第七話 天才の失敗
アイリーンが去ってからしばらくして、彼女と入れ替わるようにこれまた大物の人物がクライン家の屋敷へと訪れた。
そんなことは露とも知らずに、アルフレート、ジェイク、ティアの三人はティアの部屋でトランプに興じていた。
フローラとリーゼロッテはティアのベッドで寝息を立てている。
すると、突然ドタドタと階段を駆け上がるような音が響いたのでティア達は部屋の外へ意識を向ける。
音は次第に近付いてきて、勢いよくティアの部屋の扉が開け放たれた。
「やっほー、アルフレート君と愉快なお友達たち!」
元気よく満面の笑みで挨拶してきた侵入者は、赤紫色のセミロングの髪を緩めに編み込んだ可愛らしい女性。
エウニス学園二年生、『未来予知』のローズ姉妹の姉の方。
『牡丹』の騎士、フラン・ローズだ。
「フラン先輩? どうしてここに?」
「いやいや、アルフレート君。合宿なんて面白そうなことしてるのに、どうして私たちを呼んでくれないのかなぁ? お姉さん、寂しいぞ!」
「うっ、あ、す、すみません」
アルフレートは呼ばれた側なのでどうしようもないのだが、フランの勢いにのまれて謝罪する。
ティアは状況に付いて行けずに固まり、ジェイクは面白そうなことになったとニヤニヤ笑いながら行く末を見守っている。
「ね、姉様。お願いですから勝手に動き回るのは止めてください! クライン家の方々にも失礼です」
遅れるようにして部屋に入ってきたのはローズ姉妹の妹の方。
『黄金』の騎士、リアン・ローズ。
学園にいる時とは違い、赤紫の髪の毛を三つ編みにして肩から前に垂らしている。
リアンはアルフレートの存在に気付いて慌てて身なりを整える。
「ア、アルフレート? す、すまない。その、シーラ様からお前たちがここで合宿しているという情報を得てな。姉様が行くと言ってきかなかったんだ」
「本当は合宿ってわけじゃなかったんですけどね」
「リアンったら嘘ばっかり。リアンがアルフレート君に会いた――むがぁ!」
何かを言おうとしたフランにリアンがジェイクも驚きのスピードで口を塞ぎにかかる。
「ともかく驚かせてすまなかったな、アルフレート。私たちは一度セルゲイ様に挨拶をしてくるから失礼するぞ」
「は、はい」
リアンはフランを引きずる様にして部屋の外へと連れ帰っていく。
「……ねえ、アル。迷われると面倒だから、あの二人をパパの部屋まで案内してもらっていいかしら。場所は一度行ったから分かるわよね?」
「え? う、うん、分かったよ」
アルフレートは何故自分に頼むのかと不思議そうな顔で答えつつ、ローズ姉妹を追いかけて部屋を出た。
「気が利くな、ティア」
「あそこまで露骨だと私でも分かるわよ」
「だよな。分かってないのはアルだけだ」
「あんな綺麗な先輩から好かれてるなんて、ちょっとムカつくわね」
「ああ、ムカつくな」
ティアは自分の意見に当然のように同意してきたジェイクをじろりと睨む。
「あなたにはアリサがいるじゃない」
「いや、そうだけど」
「あんな可愛い彼女がいて何が不満なの? 燃やすわよ」
「……すみませんでした」
しばらく部屋で過ごしていたティアとジェイクのもとに使用人が夕食の準備が出来たと知らせに来たので、二人はベッドで眠りこけていたフローラとリーゼロッテを起こして部屋を移動した。
夕食の席ではセルゲイとその部下、シェリー、アルフレートとローズ姉妹の他にもう一人のゲストがティアたちを待っていた。
「レティス?」
「マジか!」
「お久しぶりです、ティア様、ジェイクお兄様」
ニコニコと嬉しそうな笑顔で王国の第二王女、レティス・メーベル・ウラニア・オーウェルはティアとジェイクに挨拶をする。
「え、ええ。久しぶりね」
「おい、レティス。俺たち一応お前の騎士なんだぞ? 連絡くらいしてくれよ」
「申し訳ありません。驚かせたいと思いまして」
「やっぱりこの匂い、レティス姉ちゃんだったんだな」
ジェイクの後ろからリーゼロッテとフローラが顔を覗かせる。
二人は目が覚めた時からレティスが来ていることを匂いで感付いていたようだ。
「ローラ様とロッテ様もお久しぶりですね」
「うん。久しぶりー」
「レティス様もお元気そうで何よりです」
フローラはいつも以上に猫かぶりモードである。
彼女にとってレティスは主の主なので、礼を尽くすのは当然とのことだった。
「積もる話もあるだろうが、まずは食事にしよう。ティア、席に着きなさい」
セルゲイに促され、4人は空いている席に腰を下ろす。
アルフレートの両隣がローズ姉妹に奪われていたのでフローラとリーゼロッテは不機嫌になった。
食事が始まると二人は苛立ちをぶつける様に目の前の肉料理にかぶりつく。
人の姿を取ってはいても二人は犬の魔獣であり、基本的に野菜はあまり好まず肉を食べたがる傾向にある。
ケーキなどの甘いものは欲しがるので味覚が完全に獣というわけではないのだが、フローラが言うには本来は生肉のみで生きていけるらしい。
「なあ、アルフレート。あの双子、物凄い勢いで肉を平らげているが、何かあったのか?」
二人の勢いに驚いたリアンが隣で黙々と食事をしていたアルフレートに尋ねる。
「え? あ~、最近はもう少し行儀よく食べていたんですけどね。僕が隣にいないから歯止めがきかなくなったのかも知れません」
「そうなのか? 学園で他の生徒と行儀よく食事をしている姿を見かけたこともあった気がするが……」
「言われてみればそうですね。じゃあ、どうしてだろう?」
「それは多分、アルフレート君の隣にいるのが私たちだからだろうね~。アルフレート君が私たちに取られちゃう気がして不機嫌なんだよ」
フランが楽しそうに笑いながら、アルフレートのグラスに飲み物を注ぐ。
「あ、ありがとうございます」
アルフレートはお礼を言いながらグラスに口を付けた。
グラスの中の液体がアルフレートに口に入り、喉が動く。
最後まで見届けたフランはニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
アルフレートがフランの表情に気付き、しまったと思った時にはもう遅かった。
身体を流れる血液が熱を帯び、フワフワとした奇妙な浮遊感に襲われる。
「――あれっ、ふ、ふらんせんぱい……これ、何です……か?」
アルフレートはテーブルに肘をついてボーっとする頭を抑える。
そんなアルフレートの様子を見て、リアンが慌てて席を立って倒れそうになった彼を支える。
「だ、大丈夫か、アルフレート? 姉様、アルフレートに何を飲ませた!」
「やははっ、何だと思う?」
リアンが声を荒げたので、周囲の人々の注目が三人に集まった。
「ちょ、ちょっとフランちゃん。アル君にお酒を飲ませたの!?」
シェリーが驚きと怒りが混ざった声で尋ねると、フランは両手を広げてそれを否定する。
「やだなあ、メルヴィル先生。お酒は先生や軍人さんたちの方にしか配られてないじゃないですか?」
「で、でもアル君のその様子はどう見てもそうでしょう!」
アルフレートは真っ赤な顔で支えてくれているリアンに寄り掛かる。
リアンは嬉しそうに頬を染めたが、すぐにそれどころではないことを思い出して首を振って理性を保つ。
「違いますって。でも、例えそうだったとしても、アルフレート君はもう16で成人しているわけですし、問題ないのでは?」
「ダメよ。学生の内は例え成人していても保護者の許可がなければ飲酒は認められないわ」
「あ、そういえばそんなルールがありましたね。でも、大丈夫ですよ、私がアルフレート君に飲ませたのはお酒じゃありませんから」
「お酒じゃないって……」
アルフレートの症状はどうみても酔っ払ったものであり、その場にいた誰もがフランが嘘をついていると考えた。
しかし、双子の妹であるリアンだけは何となくフランが嘘を言ってはいないような気がして、再度尋ねた。
「姉様。それならばアルフレートに何を飲ませたのですか?」
「ん? そこにあったジュースだけど?」
「注いでいたのは私も見ていたので知っています。聞き方を変えましょう。何を混ぜたんですか?」
「さすがリアン、よく分かってるね」
フランはごそごそとスカートのポケットから二本のガラス製の小瓶を取り出す。
空の小瓶は先ほどまで何かの液体が入っていたのか少し濡れていた。
「そ、それはっ!」
リアンが目を見開いて驚く。
以前、女子寮で同じ近衛7騎士のヒルダが持っていた瓶と同じものだったからだ。
ヒルダは魔道士でありながら魔術士でもあり、魔術を用いて調合した秘薬と呼ばれる液体を瓶に入れて持ち歩いていた。
「ど、どうしたんだよ。兄ちゃんは何を飲まされたんだ?」
「ご主人様の体温や脈拍が上昇しています。危険な薬物なんじゃないですか?」
アルフレートの身体の状態を感知できる使い魔の二人がリアンの反応を見てうろたえる。
「リアンは見たことあるよね。ヒルダちゃんに頼んで作ってもらった秘薬だよ」
「やはりヒルデガードの……どのような効果の秘薬ですか?」
「お酒と同じだよ。飲み物に混ぜるとアルコール無しで酔っ払えるんだって。身体には無害だから安心してよ」
「無害……ですか」
リアンは安心したように自分にもたれ掛かっているアルフレートの金髪を撫でる。
「無害なら何をしても言ってわけじゃないわ。フランちゃん、次からは勝手に飲み物に秘薬を盛るのは禁止よ」
「は~い。ごめんなさい」
フランはこうなることが分かっていたように形だけシェリーに謝罪した。
「全く、姉様は……ん? 待ってください、その二本の瓶、中に残っている液体の色が違いませんか?」
薄っすらと瓶の中に残っている液体の色に違いに気付き、リアンは再びフランを睨み付ける。
「うぁ……そ、それは……」
「姉様!」
「いや、その……ちょっと私の口からは恥ずかしくて言えないかな~」
「はあ!? 待ってください! 恥ずかしいって何ですか、正直におっしゃってください!」
いつも元気いっぱいに楽しそうに笑っているフランが本当に恥ずかしそうに頬を染めたので、リアンはただ事ではないと感じて問い詰める。
「リアンが悪いんだよ? 私が頑張ってアルフレート君と仲良くなれる様にこれまでセッティングしてきたのにさ、いつまで経っても自分の気持ちの一つも伝えられないんだから」
突然、関係のない自分の恋愛話をされて、今度はリアンの方が顔を真っ赤にする。
「んなっ! 姉様、何の話ですか、止めてください!」
「でもさ、アルフレート君も悪いと思うんだよ。どう考えたって気付いてもいいのに全然気付かないし。その割にリアンの事、結構好きになってたみたいだし」
「――えっ?」
フランのブラッドスキル『第六感強化』によれば、アルフレートは少なからずリアンに気があった。
その癖にいつまで経っても進展しない二人の関係を傍で応援するのが面倒くさくなったので、フランは今回の行動を起こしたのだ。
「だからさ、酔わせて理性を吹っ飛ばしちゃった上で、ある感情を高めれば女の子みたいなアルフレート君も男になるかなって思ったの」
「あ、ある感情? それ――うわっ!」
リアンにもたれ掛かっていたアルフレートが突然彼女を強く抱きしめた。
アルフレートは椅子に座っているのでリアンの腰に手を回して彼女の豊かな胸の下に顔を埋める形になる。
「ちょ、ちょっと待つんだアルフレート……こ、こんなところで」
そこでその場にいた全員は驚くべき現象を目にすることになった。
アルフレートの頭髪が、真っ赤な赤毛へと変色したのだ。
「アルフレート? おい、お前髪が……姉様、本当はアルフレートに何を飲ませたんですか!」
「えっ、そ、その……エ、エッチな気分になる秘薬を少々……」
「何てことを、ひゃっ――」
椅子から立ち上がろうとしたアルフレートに押されるようにしてリアンはバランスを崩す。
床に尻餅を着くと、覆いかぶさるように赤毛のアルフレートが迫ってくる。
「ま、待つんだ、アルフレート!」
「誰が待つか、お前はもうオレの獲物だ」
「お、お前本当にアルフレートか?」
燃えるような赤毛、鋭い獣のような目付き、荒っぽい口調。
リアンの目の前には、全てが正反対になったアルフレートがいた。
アルフレートは自分を抑えようとするリアンの右手を逆に左手で掴み返し、右手で彼女の左腕を床へと押さえつける。
「ま、待ってくれ。も、もっと……優しく……」
リアンが豹変したアルフレートの圧に負けて怯えるように目を閉じたところで、アルフレートの身体を強い衝撃が襲い、リアンの上に意識を失って倒れる。
「くっ……ん……あ、あれ? アルフレート?」
抱きしめられたと勘違いしたリアンだったが、しばらく待ってもアルフレートが何もしてこないので目を開ける。
「もう大丈夫よ、リアンちゃん」
シェリーがリアンを安心させようと笑顔を見せながら、被さる様に倒れているアルフレートを水魔法で引き上げる。
「――あっ、ありがとう……ございます」
アルフレートに突然襲われてパニックを起こしていた頭がやっと正常に働いてきて、リアンは静かに立ち上がると、自分の席に座った。
「じゃ、私はアル君をベッドへ運んでくるわね」
扉が閉まるまで運ばれていくアルフレートを見つめていたリアンは、彼が見えなくなると思い出したように乱れた髪や服を整えだした。
「まずいなぁ……あの薬、明日の朝くらいまでは効果が切れないと思う」
「姉様……あれは本当にアルフレートなのですか?」
「どういう意味?」
「私にはあの赤毛の男がアルフレートには見えませんでした。いや、姿は変わってもアルフレートだとは思います。ですが、中身が別物に感じたのです。ただ理性が飛んだだけとは思えない」
リアンの質問にフランは驚くほど真剣な面持ちで答える。
「あれはたぶん……アルフレート君の本性――ううん、違うね。あれはもう一人のアルフレート君なんだと思う」
「もう一人のアルフレート?」
「私がアルフレート君に初めて会った時にフランに伝えた事、覚えてる?」
「覚えています。分からなくて面白いと姉様は仰っていました。姉様が分からないなどという言葉を発したのは初めてだったので、あの時は驚きました」
「私のブラッドスキルを使えば、相手が次にとる行動とか発言が何となく予測できるわけだけど、アルフレート君はその予測とは異なることをすることがあったんだよね。なんていうのかな、自分がしようと思っている行動とは違うことをしてしまっているのに、それに本人は気付いていないみたいな、すごくちぐはぐな感じだったんだ」
「……それはつまり、二重人格ということですか?」
「うん。抽象的な言い方になるけど、内側と外側に一人ずついる感じかな。内側のアルフレート君はずっと眠っていて、私たちは外側のアルフレート君と話していたんだと思う。でも私はブラッドスキルの力で内側のアルフレート君のことを感じ取っちゃうことがあって、それで予測が外れることがあったんだと思う」
「眠っている内側……それはもしかして、記憶を失う前のアル様ということでしょうか?」
二人の会話を聞いていたレティスが初めて口を開く。
アルフレートの記憶の事を知らないフランとリアン以外の全員が、その言葉で一つの結論へと至った。
「昔の事を覚えていないってことは、性格も違う可能性があるわよね」
「性格ってのは、それまでの経験の積み重ねで作られるものだ。記憶を無くす前と後で性格が違っていても不思議じゃないってことか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アルフレートは記憶を無くしているのか?」
どんどん話を進めていくティアとジェイクに付いていけなくなったリアンが尋ねると、ティアはしまったという顔をしてリアンから目を逸らす。
そんなティアを見てジェイクはため息をつくと、リアンに答える。
「まあ、そういうことです。でも、細かい経緯とかはアル本人から聞いてください」
「わ、分かった」
リアンは席を立つと食堂を出て行こうとして、セルゲイに止められる。
「待ちなさい。秘薬の効果は朝まではきれないのだろう? 今行くのは危険だ、明日にしなさい」
「あっ……はい。分かりました」
リアンはおずおずと席へと戻る。
目の前にはいまだ食べかけの料理が並べられたままだが、手を付ける気にはならなかった。
「アル様のことは心配ですが、今のわたくしたちに出来る事はありませんね。それとフラン様、今回の件はわたくしからシーラお姉様にお話しさせて頂きます」
「げっ……まあ、仕方ないか。さすがにやり過ぎちゃったよね」
「ええ、本当に」
ニコリと優雅に笑うレティスの目は一切笑っていなかった。
「……姉様、こうなることは分かっていたのではないのですか?」
「前にも言ったでしょ? 最近は日常ではスキルをあまり使わないようにしてるんだよ。だから、アルフレート君があそこまで豹変しちゃうって気付けなかった」
「はぁ……これからは日常会話では使わなくても、何か行動を起こす際に結果がどうなるかくらいはスキルで予測してください」
「ごめんね……」
リアンはフランが肩を落として落ち込んでいるのを見て心底驚いた。
いつだってやりたい放題で、それでいて絶対に失敗しないのがフランという姉だった。
今回の事件は、フランにとって人生で初めての失敗だったのだ。
「ブラッドスキルに頼らないで生きるのは難しいね」
「今夜はスキルを使う時と使わない時について話し合いましょう。全く使わないというのは子供の頃からこの力を持っていた私たちには無理な話ですよ」
「うん。よろしく、リアン」
実行犯のフランが目に見えて反省しているのを確認したので、レティスはそれ以上彼女を責めるようなことを言うのを止めた。
後は姉であるシーラに任せるだけだ。
気を取り直してレティスは遠くの席で主を心配しながらも食事を再開していたフローラとリーゼロッテに話しかける。
「ローラ様、ロッテ様。後ほどお時間を頂けませんか?」
「ん、時間?」
「構いませんが、ご主人様ではなく私たちですか?」
「はい。アル様ではなくお二人に、折り入ってご相談したいことがございます」
「分かりました」
「よろしくお願い致します」
レティスとオルトロスたちの会話が終わるとその後は誰も言葉を発することがなく、夕食の時間は静かに過ぎていくのだった。
フランはかなり初期の段階からアルフレート以上に彼のことが分かっていたキャラクターですね。
何でも知っている万能な女性に見られがちですが、内面は普通に年相応なので今回のようなミスもします。
次回はアルフレートの告白です。




