第五話 地獄の特訓後編
「……死ぬかと思った。いや、実際死ぬ手前だったよな」
「ええ……パパも助けるならもう少し早めに助けてよ。学園のシミュレーションじゃないんだから、死んだら終わりなのよ?」
アイリーンとシェリーの手術が終わり、しばらくして目を覚ましたティアとジェイクは休憩していたアルフレートの隣に座り込んで生気の無い顔でぼやいていた。
「あはは……本当に危機一髪って感じだったよね」
「笑い事じゃないわよ、アル。あなたももう少しで私たちみたいになるところだったんでしょう?」
「まあ、うん。でも、二人よりは軽傷で済んだかも知れないってさ」
「どういうことだ? アイリーンさんの風魔法はフローラの風魔法じゃ防げなかっただろ?」
「……あの時、僕は二人が本当に殺されるって思った。そうしたら全身の血が沸騰するみたいな感覚の後、アイリーンさんの魔法がいつもよりスローに見えたんだ。まるで時間が止まったみたいな感じで、もっと早く動けるような気がした。それに魔法もいつもよりも上手く扱えるって感覚で分かった。根拠はないんだけど、今なら練習では一度も成功したことがない『あの魔法』が使えるって自身が湧いてきたんだ」
「それって……」
ジェイクはアルフレートの話を聞いて、自分の両目のブラッドスキルが覚醒した戦いを思い出した。
死と隣り合わせの極限の状況で、突然自分の身体の事がしっかりと理解できるようになる感覚。
肺を出入りする空気。心臓から全身へと送られる血液。流れ落ちる汗。
全てが理解できた時、ジェイクは自分の両目と右手の力に気付くことが出来たのだ。
アルフレートの話はジェイクの経験ととてもよく似ていた。
「アル君のブラッドスキルが目覚めたってことだろうね」
「シェル――シェリー先生」
いつの間にか三人の後ろにはシェリーが立っていた。
「バレちゃったし、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「いや、それはちょっと……」
「そう。残念だわ」
シェリーは軽い咳ばらいをすると話題を元に戻す。
「セルゲイさんと少し話してきたんだけど、アル君は予想よりも多くのブラッドスキルを持っているみたいなの」
「えっ? 僕のブラッドスキルって確か、感覚器官強化と肉体強化、あと魔法耐性の3つだよね?」
「分類としてはそのはずよ。でも、アル君は肉体強化のスキルを複数持っているんじゃないかしら」
「肉体強化を複数……」
以前アルフレートがシェリーから聞いた話では、アルフレートの肉体強化は心肺強化ではないかということだった。
アルフレートも自分が10キロ走っても息切れしない異常な体力の持ち主だと自覚していたので、その答えに納得していた。
「すげえな、それならアルはブラッドスキルを4つ以上持ってるってわけか」
「私が一番じゃなかったのね……」
「ま、スキルの多さが強さに直結するわけじゃないけどね。とりあえず紙にまとめといたから」
シェリーはアルフレートに一枚の紙を手渡す。
アルフレートは左右に座っているジェイクとティアと共に、紙に書かれた手書きの文字に目を通した。
・感覚器官強化(部位不明。未覚醒の可能性が高い)
・心肺機能強化(常時覚醒)
・脚力強化(戦闘時に速力が上がっていることから、無意識に覚醒していると思われる)
・皮膚強化(極限状態で覚醒。任意の部位が黒化。効果は未確認)
・魔法耐性(極限状態で覚醒。頭髪の変色具合から炎魔法耐性の可能性が高い)
「全部で5つも僕の中にはスキルがあるのか」
「こうしてみると、やっぱりブラッドスキルって戦いの中で覚醒することが多いんだな。俺もそうだったし」
「私は全然よ。死ぬ思いもしたのに……才能無いのかしら?」
「まだ決めつけるのは早いんじゃねえか? さっきの戦闘では俺たちは追い込まれる前に気絶しちまってた。あれじゃ覚醒のしようがねえだろ」
「へえ、分かってるじゃないか。アイスパラディン」
不意に投げかけられた荒々しい女性の声に、ジェイクたちは反射的に飛び上がってから、いつでも戦闘に移れるように身構える。
「おいおい、どんだけ私を警戒してんだよ。今は休憩中だろ」
声の主であるアイリーンが両手のひらを見せて敵意がないことをアピールすると、三人は安心したように構えを解いた。
「やれやれ。まるで昔のシェリーみたいだな」
「誰のせいですか、誰の」
シェリーはアイリーンを半目で睨む。
「やり過ぎたのは悪かったよ。おかげでアルフレートしか覚醒させられなかった。本当ならルクレーシャも同じステージまで持って行きたかったんだがな」
「私も?」
「ああ。ジェイクはある程度スキルを使いこなせてるみたいだったからな、後はアルフレートとルクレーシャをと思って追い込んでたんだが、ついやり過ぎちまった」
「もし出来るなら、それは嬉しいんですが……ここでこれ以上戦うのは止めておきませんか?」
「あん? ルクレーシャ、お前怖気付いたのか?」
「いえ、その……あそこまでの重傷を負うようなリスクがあるなら、ここで訓練せずに学園のシミュレーションマシンを使った方がいいと思ったので。あれを使えば例え死んでも大丈夫な訳ですし」
「シミュレーションマシンねえ……確かにあれは便利な魔術機械だよな。あれのおかげでエウニス学園の生徒は学生の内からそこいらの軍人よりも魔法戦闘の経験があるほどだ」
「それなら――」
「でもダメだ」
「なっ? ど、どうしてですか?」
アイリーンはティアに人差し指を突き付ける。
「お前が言ったんだぞ。あれを使えば死んでも大丈夫ってよ」
「その通りじゃないですか。だからこそ、死ぬような訓練を何度も出来るわけですよね?」
「死んでも大丈夫だから死ぬような訓練をしても大丈夫ってか。そんな考え方だからあんなすげえマシンを使ってるのに強くなれねえんだよ」
アイリーンは人差し指の先に一瞬にして魔法陣を展開すると、風の刃を召喚してティアの首筋をかすめる。
首の皮一枚が綺麗に切開され、そこから血が流れ出たところでティアが悲鳴を上げて首を押さえてうずくまった。
「大丈夫かティア。今治してやるからな!」
ジェイクが慌ててティアの傷を水魔法のマジックスキルで治療する。
「な、何するんですかっ!」
ティアは涙目になりながらもアイリーンを怒りの形相で睨み付けた。
アイリーンは冷めた表情でティアを見下ろしながら問いかける。
「教えてくれ、お前はどうしてそんなに怒ってるんだ?」
「どうしてって、首なんて狙って死んだらどうするんですか!」
「それが答えだ。死んだら終わり。だからお前は怒ってるんだろ? 死んだら取り返しが付かないのにどうしてくれるんだって」
「……どういうことですか?」
「死にたくない。もっと生きたい。死なせたくない。守りたい。そういう強い感情で頭の中が溢れかえる状況の事を、極限状態って言うんだよ。お前みたいに死んでも大丈夫だからなんて考えているようじゃ、シミュレーションを何度やっても極限状態になんて自分を追い込めない」
ティアはここまで言われてやっと、アイリーンの言葉の意味を理解した。
そしてゆっくりと立ち上がると、目を閉じて深く息を吸って吐き出し、再び両目を開ける。
「へえ、やっとお目覚めか。ブリュンヒルデ」
「はい。もう一戦、お願いします」
「いいね。私も次はもっと上手く追い込んでやるよ。それこそ覚醒しなければ死ぬような状況にな」
「…………」
肌にビリビリとアイリーンの魔力が伝わってきて、ティアは息をのむ。
先ほどの痛みを思い出して鳥肌が立ち、両足が震える。
「どうした? 怖いのか?」
「はい……こ、怖いです」
「いいぞ。この恐怖を越えた先に今から連れて行ってやる。ジェイク、アルフレート、お前らもさっさと構えろ!」
「「は、はいっ!」」
こうして、アイリーン対レティスの7騎士の二回戦が始まった。
午後1時半頃。
屋敷に戻った一行は昼食を取っていた。
「いや~、先輩のとこの料理はいつ食ってもうまいですね。レイランディー基地の食堂の飯なんて小学校の給食より不味いですよ」
「おい。色々なところから怒られそうな発言は控えろ……」
「は~い。失礼いたしました」
アルフレートたち三人を何度も叩きのめし、その後セルゲイの部下たちの相手もしたアイリーンは子供のような笑顔でおいしそうに食事をしていた。
逆にジェイクとティアはアイリーンとシェリーの治療のおかげで傷跡すらないほど全回復しているはずなのに、疲れ切った顔で食事も中々進まないでいた。
「おら、ガキども。もっと食え。消費した分はしっかり補給するのが一人前だぞ」
「「はい……」」
二人は生返事をして料理を口に運ぶ。
せっかくのおいしい料理も胃が受け付けようとせず、何度も戻しそうになりながら飲み込んでいく。
フェリックスたち軍人はさすがに慣れているのか、ぐったりとした顔をしつつもしっかりと食事をとっていた。
「セルゲイ先輩、私は夜まではここにいられるんで、午後の訓練ではライラを任せてもらっていいですか?」
アイリーンに名指しされてライラ・リンドバーグ少尉はびくりと身体を震わせた。
「ライラを?」
「はい。午前中に見た限りじゃ能力は並みですが、周りがよく見えていた。今日一日でダイアモンド並みに磨き上げてやりますよ」
「ふっ、期待しているぞ」
「あ、あの、自分は血液検査でブラッドスキルを持っていないと判定されているのですが」
「スキルの有る無しで全てが決まるわけじゃねえよ。ていうかお前は医療魔道士だろ。水魔法ランクがB以上なら十分だ」
「……申し訳ありません。自分のランクはC+です」
「あ?」
アイリーンはセルゲイに視線を向ける。
「言ってなかったか。俺の中隊は一般の魔法学校出身の奴らばかりなんだ。ランクBを超える魔法を使えるのはフェリックスだけだ」
「弱い魔法で小細工ばっかりする連中だと思ってましたけど、そういうことですか」
アイリーンはライラに視線を戻すと獲物に狙いを定めた蛇のような目付きに変わる。
「喜べよ、ライラ・リンドバーグ少尉。午後は私が地獄に連れて行ってやる」
「じ、地獄……ですか?」
「ああ。ちょっと人には言えないようなことをして、お前の魔道士ランクをB+まで引き上げる」
「あ、あうあ……」
ライラが震えあがりながら助けを求める様にセルゲイに目で訴える。
「アイリーン……お前、そんなことが出来るのか?」
「まあ、普通は無理ですね。ただ、私の見立てだとライラにはそれなりに才能があります。ランクAまで持って行くのは不可能ですが、ランクBなら何とか引き上げられますよ」
「分かった。ライラ、命令だ。死なない程度に地獄で特訓してこい」
「うっ……りょ、了解しました……」
ライラの瞳から少しだけ涙が零れ落ちた。
ジェイクはこの世の終わりのような顔つきになったライラを不憫に思いながらも、アルフレートに話しかける。
「なあ、この後どうする?」
「この後? ああ、午後は自由時間だもんね。フローラとリーゼロッテと雪遊びでもしてあげようかと思っていたんだけど、とてもじゃないけどそんな体力残ってないみたいだね」
「だよな……」
アルフレートはちらりと両隣に座っている双子に目をやる。
魔獣とは言っても子供の二人は完全に体力を使い切っており、ウトウトと舟を漕いでいた。
「ティアは?」
「ん? 私も遊ぶような体力は残ってないわね……」
いつも軍人たちの二倍ほどの量をおいしそうに食べているティアが先ほどからほとんど食事に手を付けていないことからも、彼女の疲労度が伺える。
「なら、二人を任せてもいい? たぶん部屋に戻ったら本格的に寝ちゃうと思うから迷惑はかけないと思う」
「いいけど、アルはどうするの?」
「僕は……セルゲイさんたちと訓練しようと思う。もう少しでブラッドスキルのコントロールが上手く行きそうなんだ」
「そ、そう……さすがの体力ね……」
アイリーンと同様に疲労を全く感じさせずに食事をしているアルフレートを見て、ティアとジェイクは焦りのようなものを感じていた。
自分たちも先ほどの訓練でブラッドスキルを覚醒させ、今までとは比べ物にならないほど強くなった。
しかし、アルフレートの成長速度はその中でも突出し過ぎている。
気を抜くと、誰も追いつけないところまで行ってしまうのでないか。
そんな気がして二人は不安に駆られるのだった。
「ちっ……負けてられねえよな」
「ええ。最強は私なんだから。私より先に行こうなんて許さないわ」
ジェイクとティアは目の前の料理にかぶりつく。
周りの人たちが驚く中、無理やりにでも食べ物を胃の中へと送りこんでいく。
「ティ、ティア、無理はしなくていいんだぞ?」
「無理じゃないわ。アルが出来ているんだもの、無理なんかじゃ決してないわ!」
セルゲイの制止も振り切って、ティアは目の前の料理を平らげる。
ジェイクも同様に自分の分を食べ終えると、ティアと一緒に後ろで控えている料理人に声をかけた。
「「おかわり!」」
アイリーンはライラ少尉の育成に専念するので、アルフレートたちの地獄の特訓は終了です。
先に言っておきますが、セルゲイたちとの訓練シーンは割愛します。
特に見所もありませんので。
次回はアイリーンから貴重な話を聞かされます。




