第四話 地獄の特訓前編
翌日。1月4日。
「そういや聞いたぜ、シェリーちゃん。ダリウス先生と結婚するんだってな」
朝食の席でジェイクが昨日アルフレートから聞いた話をする。
「ええ。アル君から聞いたのね」
「昨日な。でもこれで魔法科一年二組のアイドルも人妻か……めでたいけど、ちょっとだけ寂しい気持ちもあるな」
「アイドルだなんて……ありがとう、ジェイク君」
ジェイクは隣で静かに食事をしていたアルフレートに耳打ちする。
「やっぱり気持ちの整理をつけるために一度玉砕しておくのも手だと思うぞ?」
「ジ、ジェイク、ここでその話は――」
「あら? 何の気持ちを整理するの?」
「――いぃっ!」
シェリーは聴覚を極限まで強化するブラッドスキルを持っているので、目の前でコソコソ話をしていたら、まず間違いなくスキルを使って盗み聞きしてくるに決まっている。
「な、何でもないよ、シェル姉ちゃん」
「ん~? 何でもないようには見えないけど、まあ男同士の秘密の話を盗み聞きしちゃった私も悪かったわね。聞かなかったことにするわ」
「あ、あはは……助かるよ」
シェリーが興味を失ったように食事に戻ったので、ジェイクは泣きそうな顔で睨み付けてくるアルフレートに謝罪した。
すると、頃合いを見計らっていたセルゲイがアルフレートとジェイクに話しかける。
「アルフレート、ジェイク。今日の訓練なんだが、特別ゲストが来てくれることになったから期待しておけよ」
「特別ゲスト?」
「その言い方……つまり予定よりも更にハードになったってことですか?」
ジェイクの問いにセルゲイはニカッと歯を見せて笑う。
「もちろんだ。なんせ彼女は俺よりも強い、正真正銘の化け物だからな」
アルフレートとジェイクは顔を見合わせる。
二人とも絶望という言葉がよく似合う表情をしていた。
「あの……一応、ゲストのお名前を伺ってもいいですか?」
アルフレートが怯える様な声で尋ねる。
「魔道士としては王国最強、レオンティウス帝国には『暴れ竜』の名で恐れられた元『竜の逆鱗』、ソフィア女王近衛7騎士の『飛竜の翼』アイリーン・メイブリック大尉だ」
「よう! 久しぶりだな、『ビーストマスター』と『アイスパラディン』!」
北の雪山へ移動したアルフレートとジェイクがセルゲイの指示のもと、彼の部下と軽く戦闘訓練をしていると、嵐のような突風と共にアイリーン・メイブリックが空から現れた。
「アイリーンさん――と、ティア?」
見ると、アイリーンに抱きかかえられる様にティアが運ばれていた。
アイリーンはゆっくりと雪の上へ着地すると、ティアを降ろす。
「どうしたの、ティア?」
「ど、どうしたのじゃないわよ。屋敷で到着したアイリーンさんにパパたちは雪山で先に訓練しているって伝えたら、お前も来いって無理やり連れてこられたのよ!」
「そりゃ連れてくるだろ。何でお前だけ屋敷で呑気に紅茶飲んでんだ。お前だって『ブリュンヒルデ』っていう立派な騎士名を持った7騎士の一人だろうが」
「そ、そうですけど……」
アイリーンは苛立ちを露わにしてセルゲイを睨む。
「セルゲイ先輩! ソフィア先輩の前でかっこつけて『俺が強くしてやる』って言った癖に、なに娘を甘やかしてんですか!」
「い、いやその……ティアがあまり乗り気ではなかったので、強くは言えず……すまん」
「ちっ、このクソ親バカが。いいぜ、先輩がそれなら代わりに私がお前ら三人を徹底的に鍛え上げてやる。覚悟しておけ!」
アイリーンは尖った歯をギラつかせて不気味に笑うと、全身から身のすくむような魔力を迸らせる。
「た、隊長。7騎士とはいえ、この子たちはまだ学生です。あまり無茶は――」
「安心しろシェリー。お前の時よりは手加減してやるつもりだ」
「――そ、そうですか……」
何か嫌なことを思い出したのか、シェリーは青い顔で遠ざかる。
「とりあえずは、お前らが今どれだけ戦えるか見てやるよ。構えな」
風魔法で再び空へと舞い上がったアイリーンを見上げながら、アルフレート、ジェイク、ティアの三人は黙って身構えた。
もはや何を言おうと止められる状況ではなさそうだと思ったからだ。
「よし、我々は少し離れたところでこの戦いを記録する。王国最強の魔道士の戦いだ。しっかりと見て学べ!」
「了解!」
セルゲイたちは即座に数十メートルは離れた位置へと移動する。
隊員たちはこれから繰り広げられる戦いを真剣に観察するというよりも、スポーツを観戦する子供のような目でアイリーンを見ていた。
実戦を経験したことがない若い世代の隊員たちにとって、アイリーン・メイブリックとは学生時代の憧れの魔道士なのだ。
「おい、アルフレート。お前私をなめてるのか? 早く、ガキどもを呼べ」
「は、はい!」
「アル、二人を呼ぶなら私のコートを一緒にお願い出来る?」
「分かった、任せて」
アルフレートは屋敷にいたフローラとリーゼロッテに連絡を入れると、二人を転移魔法で呼び寄せる。
ティアは魔法陣から現れたフローラから真っ赤なコートを受け取って身に纏う。
「二人とも、分かっていると思うけど、最初から全力で行くよ。気を引き締めて」
「はい、ご主人様」
「頑張るよ、兄ちゃん」
魔獣オルトロスの変身能力で二人は美しい腕輪の姿となり、アルフレートの両腕にそれぞれ装着される。
「俺も、こいつを使わないとヤバそうだな」
ジェイクは持っていた妖刀、『天羽々斬』を抜刀して構える。
「魔力の節約を考えられる相手じゃないわね。飛ばすわよ、アル、ジェイク」
ティアがこの一ヶ月『戦乙女の外套』に溜め続けてきた魔力を解放すると、真紅のコートが衣服と混ざり合って紅蓮の鎧へと変化する。
手には自身の炎魔法で作り上げた大鎌を持っている。
「へえ、ジェイクとティアも良さそうな古代魔術具を持ってるなあ。んじゃ、始めるか。言っとくが、私を殺す気で来いよ? 極限の戦いじゃないと、人は強くならないからな」
アイリーンは両手を重ねて正面にかざすと、10メートルは超えるであろう黄緑色の魔法陣を展開する。
「この魔法が戦闘開始の合図だ。まずは上手くさばいて見せろ」
アイリーンは上昇すると、魔力を増大させて更に魔法陣を巨大化させる。
魔法陣が100メートルを超えたところでアイリーンは大きく息を吸い込む。
「行くぜ、飛竜の咆哮!」
アイリーンの魔法陣から超特大の風の塊が発射され、三人の目の前で炸裂した。
アルフレートたちは死力を振り絞ってアイリーンの猛攻を防ぎ、戦いが始まってから五分ほど経過したところで彼女に掠り傷を負わせることに成功した。
しかし、それが引き金となったのかアイリーンの攻撃が目に見えて強力なものに変わり、ジェイクとティアが戦闘の継続が不可能なほどの外傷を負ってしまう。
「ア、アイリーンさん、二人の治療をさせてください!」
「戦いの最中に待ったなんて出来ると思うなっ!」
アルフレートは訓練の中止を申し出たがアイリーンは聞く耳を持たず、動けない二人目掛けて魔法を放った。
「喰らえ! 飛竜の翼撃!」
「ぐぅ……や、やらせるかぁぁあああ!」
アイリーンが放った二対の風魔法が傷付いたジェイクとティアに迫る。
ボロボロになったアルフレートが雄叫びを上げながら間に割って入り、二人を庇う。
「グラビテーション!」
「獄炎斬!」
突如として戦場に飛来した球体がアイリーンとアルフレートの間で停止してアイリーンの風魔法を吸い寄せる。
続くように黒い炎が襲来して、吸い寄せられた風魔法を両断して消滅させた。
「アイリーン。やり過ぎだ」
「あそこであんな追撃しますか普通?」
「ちっ、先輩とシェリーか……まあ確かにやり過ぎた。だが、おかげでアルフレートは一つ壁を越えたみたいだぞ?」
アイリーンは戦いに割って入ってきたセルゲイとシェリーにアルフレートを見る様に視線で促す。
「――なっ、何だ? どうなっている?」
「アル君……なの?」
視線の先にいたアルフレートは、いつもの美しい金髪ではなく、血のように赤い髪をしていた。
瞳も髪と同じように赤く染まり、後ろに倒れているジェイクとティアを守ろうと突き出した両手は絵の具を塗り固めたような漆黒の色をしていた。
肩を上下させ今にも倒れそうなほどに消耗しながらも、視線はアイリーンを鋭く睨み付けている。
「ははっ、まるで追い詰められた獣じゃねえか。それがお前の本当の姿かよ、ビーストマスター!」
「……何を言っている?」
アルフレートはアイリーンの攻撃を相殺してくれたセルゲイとシェリーに視線を移す。
二人は何か恐ろしいものを前にしたような不安げな表情でアルフレートを見ていた。
そこでアルフレートは自分の腕が黒く変色していることに気が付く。
「何だ? オレの腕が……」
突き出した腕を戻して確認しようとすると、再び皮膚の色が変化して元の肌色に戻る。
「おい、アルフレート」
「――っ!」
アイリーンが足元の雪を固めてアルフレートに投げつける。
アルフレートは咄嗟にそれを右腕で弾いたが、その際に右腕が再び黒く変色した。
「なるほどな。肉体強化系……それも筋力じゃなく皮膚そのものって感じだな」
アイリーンは珍しいものを見る様に、先ほどの戦闘時とは打って変わって冷静にアルフレートの能力を分析する。
「ともかく、一旦休憩だ。休んでいいぞ」
「休憩……」
休憩という言葉を聞いて、アルフレートは全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
腕輪になっていた双子の魔犬が人型へと戻り、心配そうにアルフレートを支える。
「はあ……し、死ぬかと思ったぁ」
アルフレートは気の抜けた声を出しながら雪の上に仰向けに寝そべる。
それと同時に荒々しく変貌していた容姿が元の金髪美少女のような可愛らしい姿へと戻る。
「髪の色が戻った」
「面白い体質だな。これもこいつのブラッドスキルなのか?」
「二人とも、感心してないでティアとジェイクの治療を頼む!」
アルフレートの変貌に気を取られていたシェリーとアイリーンがセルゲイの一言で我に返って倒れている二人の元へと駆け寄る。
「うわっ、こりゃ酷え。あの魔法が直撃するとこんな感じになるのかよ」
「感心してる場合ですか! あなたの魔法でしょ! ああもう、ティアちゃんの出血が酷いわ。誰か、輸血用のパック持って来て!」
「ジェイクの方も骨の砕け方がやべえな。手術するぞ、お前ら器具持ってこい!」
アイリーンとシェリーに指示され、周りの軍人たちが慌てて道具を持ってくる。
セルゲイの部隊に一人だけいた女性の軍人がアイリーンとシェリーに声をかける。
「メ、メイブリック大尉、メルヴィル様、自分はこの部隊の医療魔道士です。お手伝いします」
「ああ? いらねえ――と言いたいところだが、丁度いい。どうせお前も経験不足だろうし、近くで見学することくらいは許可してやるよ」
「隊長、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよ!」
「おい、シェリー。私だぞ?」
「うっ……失礼しました」
シェリーはアイリーンの眼光に威圧されるように黙り込む。
アイリーンはその振る舞いや戦闘力から誤解されることがあるが、本来は水魔法の扱いに精通した医療魔道士であり、戦場で傷付いた魔道士を治療する専門部隊『青い鳥』の部隊長だった経験を持っている。
アイリーンにしてみれば、新人の医療魔道士に指導しながらも迅速に手術を進めるなど朝飯前であった。
「お前、名前は?」
「ライラ・リンドバーグ少尉です」
「オーケー。ライラ、よく見てろ? まずはこうやってフィールドを張る」
アイリーンが手のひらから召喚した小さな水魔法が巨大化して広がると、アイリーンたちの身体を通り抜けて周囲にドーム状のフィールドを作り出した。
「この魔法で雑菌を外に追いやるんだ。戦場じゃ病院みたいな設備はない。呼吸するようにこのフィールドを作れるようになっておけ」
「了解です」
「んじゃ、取り掛かるぞ。こっからはいちいち説明してられねえ。よく見て疑問点を後で教えろ」
言い終わるや否や、アイリーンとシェリーがフィールドの中で大量の水魔法を召喚する。
「す、すごっ――」
「喋るな、ライラ! 見逃さねえように全神経を目と脳に集中させろ!」
「は、はい!」
二人はそれら一つ一つを手足のように操りながら、自身の両手も使ってジェイクとティアの怪我を治療していった。
訓練シーンがダイジェストになったのは、細かく書きすぎると助長だと感じたからです。
あくまでも訓練なので、軽めにサクサクと書かせてもらいました。
ジェイクとティアの怪我の具合は詳細を書きたくないと思えるほど酷い有様ですけどね。
次回は訓練後半です。




