第三話 恋愛相談
「っていうか、アル君いまだに記憶の事話してなかったんだ」
夕食の席でアルフレートから話を聞いたシェリーが呆れた様に言う。
「アリサちゃんとシアメイちゃんにも今度教えてあげなさいよ。仲間外れみたいで可哀そうだし」
「わ、分かってるよ……」
アルフレートは巨大な長テーブルに並べられた料理を取り分けてフローラとリーゼロッテに渡しながら答えていると、比較的近くの席に座っていた軍人がアルフレートに声をかける。
「申し訳ありません。今のお話は自分たちが聞いてしまっても宜しかったのでしょうか?」
精悍な顔立ちのグレーの髪をした若い軍人だ。
名前はフェリックス・リプスコム。
セルゲイが自分の部隊のエースだと自慢していたので、アルフレートは名前を憶えていた。
「あ、すみません、リプスコムさん。この距離だと聞こえちゃいましたよね。別に気にしないでください、もう吹っ切れたので隠すつもりはないんです」
「安心しました。それと、少尉である自分にそのような言葉遣いは不要です」
戦時中、魔法軍はエウニス学園生を上級准尉として徴兵していた。
そして軍人たちの暗黙の了解の中に、近衛7騎士は『本来の階級の二階級上の存在として扱う』というものがある。
以上を踏まえるとアルフレートは中尉となり、少尉であるフェリックスよりも階級が上となってしまうのだ。
アルフレート本人にはそのようなつもりがなくとも、生真面目なフェリックスはしっかりとその例にのっとってアルフレートに接していた。
「不要って言われても……セルゲイさん、何とかなりませんか?」
「諦めろ。昔は7騎士だというだけで、大隊を指揮することすら出来たんだ。ソフィアが手を回したおかげでこの程度で収まっていると言える」
嘆息するアルフレートを見てセルゲイは苦笑する。
「大丈夫か? 明日はアルフレートとジェイクにも俺や部下たちと一緒の訓練に参加してもらう予定だぞ。近衛7騎士らしいところを部下たちに見せて欲しいんだがな」
「いっ?」
「ち、ちょっと待ってくれよ、セルゲイさん! 俺たちは遊びに来たんだぞ?」
「安心しろ、午前中だけだ。午後はティアと好きに遊んでくれ」
アルフレートとジェイクはハッとしてティアに視線を移す。
思い返してみると、先ほどみんなで明日の予定を立てようとした際に、ティアが真っ先に午前中は自由時間にしようと提案したのだ。
個人的にやりたいことがあるからみんなとは別行動するとも言っていた。
アルフレートとジェイクの視線に気付いたティアは食事の手を止めると、二人に軽くウインクしてから食事を再開した。
その姿がとても可愛らしく、二人は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
「食事中のティアは話をほとんど聞いてないからな、助け船は出せないと思うぞ」
二人がティアに助けを求めたと勘違いしたセルゲイが笑う。
「フェリックス。お前もうちの隊のエースなら、二人に後れを取るなよ」
「はい。明日も全力で臨ませて頂きます」
取り付く島もなく、セルゲイは部下たちとの歓談へと移ってしまう。
頼みの綱のティアも目の前の料理に夢中となると、いよいよ諦めるしかないと二人は肩を落とした。
「あの様子だと、ティアは訓練に参加しない感じだよね……」
「っぽいよな……。でも可愛くて、いまいち怒る気になれねぇ」
「ジェイク、そんなこと言っていていいの? アリサに殺されるよ?」
「うっ……や、やめろよ。この前ティアからの手紙を見られて殺されかけたばっかりなんだからよ」
アルフレートは自分に届いたティアからの手紙を思い出す。
どうやらジェイクにも同様の文体で送られたらしい。
「ん? ジェイク、ティアから手紙が届いた時にアリサと一緒にいたの?」
「おう。俺は実家に帰るつもりはないからな。この休みはずっとアリサの家に泊まってたぞ。ティアは俺がいることをアリサから聞いてたみたいでな、律儀に俺宛の手紙をアリサに家に送ってきたんだ」
ジェイクの爆弾発言を聞いて、アルフレートの頭の毛細血管の何本かがブチ切れた。
「は? ジェイク、それ本当なの?」
「本当だけど……なんだよ、アル。何怒ってんだよ?」
アルフレートはジェイクから視線を逸らすと、不機嫌そうに嘆息する。
「いいよね、彼女持ちは。僕も一度でいいからジェイクみたいにモテてみたいよ」
そう言っていじけるように食事を再開しようとしたところで、アルフレートは周りが妙に静かになったと思い、顔をあげて周囲を見回す。
すると、ジェイクだけでなく、セルゲイや部下の軍人たち、シェリーまでもが化け物を見るかのように顔を引きつらせてアルフレートを見ていた。
「これは驚きだ。あれほど騒がれているのに、本人には届いていないのか」
「アル君、もっとよく周りを見た方がいいと思うわよ」
セルゲイとシェリーの言葉にアルフレートは首を傾げる。
「えっ? どういうこと、僕って何か噂になっているの?」
アルフレートの質問にフェリックスが律儀にも返答する。
「クルーガーさん。あなたは今、アデライード王国中の女性たちに注目されているのですが、ご存知なかったのですか?」
「ち、注目? 僕が?」
「ええ。確か『可愛すぎる美少年魔道騎士』としてメディアに取り上げられていましたよ。後はレティス王女殿下と並んでいる姿がとても絵になるとかで、一部のマニアからも絶大な人気があるそうです」
アルフレートはまさかと思いながら、ポケットから携帯端末を取り出すと、自分の名前でインターネットに検索をかける。
ヒットした記事に目を通して、アルフレートは震えながらシェリーに顔を向ける。
「シ、シェル姉ちゃん……知ってた?」
アルフレートは動揺のあまり、シェリーを家族の前以外では呼ばない愛称で呼んでしまう。
「もちろん。ていうかアル君、どうして知らないの?」
「いや、普通ネットで自分の事とか調べないよ」
「にしてもやべえよ。そもそもネット上だけじゃなくて、アルは学園でも……」
ジェイクは突然言い淀むと、「何でもない」とだけ告げて食事を再開した。
「え? ねえ、待ってよジェイク……続きは?」
学園でアルフレートに好意を抱いている女性の代表格と言えば、シーラ王女の近衛7騎士である「リアン・ローズ」だが、ジェイクは日々の観察から、その姉の「フラン・ローズ」、親友であり同じ近衛7騎士の「ルクレーシャ・クライン」、同じ師匠を持つ姉弟子の「シアメイ・リー」、第二王女の「レティス・オーウェル」の四人はアルフレートを好きになる可能性が十分にあると考えていた。
しかしジェイクはそれを本人に教えるのはフェアではないと思い、固く口を閉ざしたのだった。
その後、アルフレートがどんなに尋ねても、ジェイクは口を割らなかった。
アルフレートは不満そうな顔で食後の紅茶に口を付ける。
「どうしたの、アル? 口に合わなかった?」
食事に夢中でこれまでの話をほとんど聞いていなかったティアが不思議そうに首を傾げる。
「いや、紅茶はおいしいんだけど……」
アルフレートは学園で自分に好意を持ってくれている女性がいるかもしれないと思うと、紅茶の味など気にしていられなかった。
どうやったらジェイクが教えてくれるのか、そのことばかり考えてしまう。
「そんなに気になるか?」
「あ、当たり前だよ。ジェイクだって僕と同じ立場だったら気になるでしょ?」
「アルと同じ立場だったら? ……いや、気にならないな」
「はあ? なんでさ!」
アルフレートはだんだんとジェイクに意地悪をされているような気がしてきて、思わず声を荒げる。
「考えてもみろよ? 重要なのは誰が自分を好きかってことじゃなくて、自分が誰を好きかってことだろ?」
「自分が誰を……」
「そうだ。お前は自分が相手を好きじゃなくても、相手が自分を好きなら付き合うのか? 違うだろ?」
「う、うん。でもさ、もしかしたら僕が気付いていないだけで、僕が好きな人が僕を好きでいてくれているかもしれないじゃない?」
アルフレートの言葉を聞いて、ジェイクが力を抜くように笑う。
「なんだよ。ちゃんと答えが出てるんじゃねえか」
「答えって?」
「自分が誰を好きかってことだよ。アル、お前は今、誰を思い浮かべた? 自分を好きでいてくれているかもしれないって心の中で期待した相手は誰だ?」
「あっ――」
アルフレートはジェイクとの会話に夢中になったばかりに、とんでもない内容の話を大勢の前でしていたことに気が付いた。
周りを見ると、シェリーやティアが期待するようにアルフレートの次の言葉を待っていた。
セルゲイや軍人たちは微笑ましいもの見るような、生暖かい目でこちらを見ている。
「えっと……ジェイク、続きは部屋で話そう?」
アルの言葉に一同は落胆するように声をあげ、次々と席を立った。
ティアは自室に戻ると巨大なベッドへと倒れこむ。
「あ~あ、せっかく面白い話が聞けそうだったのになぁ」
「ティアお姉ちゃん、そんなにご主人様の好きな相手が気になるの?」
ティアに続くようにベッドへとダイブして楽しそうにはしゃいでいたフローラが尋ねる。
「そりゃ気になるわよ。アルってあれだけモテてるのに、彼女の一人も作らないからどうなってるのかと思っていたんだから。ていうか、私もいい加減、上級生からアルとの関係を勘繰られるのも疲れてきたのよね」
7騎士になる前はティアもアルフレートをそれなりに意識していたのだが、次々と現れる彼に好意を持つ上級生からの質問攻めに対応しているうちにその淡い気持ちもすっかり萎えてしまっていた。
今の女性たちは力強く頼もしい男性よりも、アルフレートのように綺麗で中性的な男性を求めているのかもしれない。
アルフレートは中性的というよりも、ほとんど女の子みたいな容姿だが。
「ご主人様との関係を……何だか大変そう」
「まあね。アルと仲が良い女子でフリーなのって私とシアメイくらいだもの。あ~、あとエメットさんもそうか。まあ、あの子はレイモンド君にベッタリだし関係なさそうだけど」
「ティア姉ちゃんは兄ちゃんのこと好きじゃないのか?」
「う~ん、好きだけど、そういう対象としてはもう見られないかな。付き合ったら今以上に大変そうだし」
ティアの回答にリーゼロッテは「う~」と唸りながら頭を捻る。
恐らく、まだ子供である彼女には友達と恋人の好きの違いが理解できないのだろう。
「じゃあ、ティア姉ちゃんがそういう対象として見られる人って誰なの? いないのか?」
「私は――そうだな……」
ティアは天井を眺めながら少し考えた後、ポツリと呟くように言う。
「シアメイ……かな?」
ティアの答えにフローラとリーゼロッテは一瞬固まった。
「シ、シアメイ? シアメイって、あのシアメイ?」
「うん。二人もよく知っている、あのシアメイ」
「そう……か。ティアお姉ちゃんってそういう……」
フローラが驚きながらも何かに気付いたように納得する隣で、リーゼロッテが首を傾げる。
「ティア姉ちゃん、それは変だよ」
「バ、バカロッテ! 良いんだよ!」
「何が良いの? だって、ティア姉ちゃんは雌で、シアメイもあんなだけど雌だよ?」
「いや……だから、それはそうなんだけど……」
「ティア姉ちゃんはつがい――人間でいうところの……えっと」
「夫婦か?」
「そうそれ。その相手を探してたんでしょ? それなのになんでシアメイなの?」
ティアは上体を起こすと、リーゼロッテと視線を合わせる。
「私は昔から男とか女とか関係なく、好きになっちゃうタイプなのよ」
「えっ? でもそれだと子供が作れないよ?」
リーゼロッテの直球の疑問にティアは顔が熱くなるのを感じた。
「こ、こどっ……ま、まあそうなんだけど。でも、好きになっちゃうんだから仕方ないでしょう?」
「……ローラは分かる?」
「人間の中にはそういう人もいるってことは前に学園の図書室にあった本で読んだから、何となくは」
もともと勉強好きな性格からか、フローラはこの数か月で字が読めるようになっていた。
最近ではアルフレートが授業を受けている間は図書室で読書をして、寮に帰るとアリサの教科書とノートを読んで勉強している。
ちなみにリーゼロッテはいまだにほとんど字が読めない。
「でも、ティアお姉ちゃん。関係なく好きになるってことは、男を好きになることもあるんだよね?」
「うん。まあ、そうね。クリス姉にもどうしようもなく好きにならない限りは、男の子にしておけって言われているし」
「なら、ご主人様以外の男で気になる人はいないの?」
「男の子で? う~ん」
考えてみると、ティアはアルフレートとジェイク以外の男子とはほとんど話したことがなかった。
体育や魔法戦技の授業は男女別であり、記憶をたどると二人以外の男子で話したことがあるのは魔法戦技トーナメントで戦ったエルヴィス・レイモンドや一組のマルク・グネーシナくらいのものだった。
その会話の内容も試合前後の軽い挨拶程度だ。
ここでティアはあることに気が付く。
「あれっ、もしかして私って男の子に嫌われてる?」
「え? そんなことはないと思うけど……」
「でも、全然話しかけて来ないわよ? エメットさんとかはレイモンド君がいるのに結構男子にちやほやされてるわ」
「姉ちゃんは嫌われてるわけじゃないよ。ただ、『完璧過ぎて近寄りがたい』んだってさ」
ティアはリーゼロッテの発言に目を見開いて驚き、彼女の両肩を掴む。
「そ、それ誰が言ってたの?」
「うわぁ、な、何だよティア姉ちゃん……えっと、ケネスとロジャーとテッドだよ」
リーゼロッテはティアの食いつき具合に驚きながらも正直に答えるが、ティアはその名前を聞いて首を傾げた。
「だ、誰?」
ティアと違いフローラは思い当たったのか、「うげえ」とらしくない声を上げてからリーゼロッテに忠告するように言う。
「あいつらか。ロッテ、まだあんな変態どもと遊んでいたのか?」
「ローラはいっつもそう言うけど、ケネスもロジャーもテッドも優しいよ?」
「私も最初は騙されかけたが、あいつらは危険なんだ。本にも書いてあったぞ。ああいう奴らをロリコンとかケモナーと呼ぶそうだ」
「何それ? よく分からないけど、悪口ならあたし怒るよ?」
リーゼロッテとフローラが臨戦態勢に入ろうとしたので、ティアが二人を小突いて止める。
「ストップ。ケンカしない。ていうか、誰なのその三人は? 私にも分かるように教えてもらえる?」
リーゼロッテは小突かれた額をさすりながら答える。
「三人とは図書室で知り合ったんだ。最近だと食堂で一緒にご飯食べたりもするよ。確か、魔法を使わないクラスの生徒だって言ってた」
「ああ、普通科の生徒ね」
「うん。すっごい優しくて、すぐに仲良くなったんだけど、途中からローラが三人を警戒しだして……」
ティアはフローラをチラリと見る。
リーゼロッテ同様に額をさすりながら「ロッテのために言ってるのに」と呟いていた。
「なるほどね。一つ聞くけど、その三人は優しいだけ? 触ってきたりはしない?」
「ん? 膝に乗せてくれる時はあるけど、ベタベタ触ってきたりはしないよ。犬になった時は撫でてくれるけど」
「……イエローカードとまで行かないけど、ファウルくらいは取れそうね」
単純に子供好き、動物好きの可能性もあるが、無害とも言い切れなさそうだ。
「その三人とは今度学園で私が直接話をするわ。それまではローラも悪口は控えなさい。本当にいい人たちかもしれないんだから」
「は~い」
厄介そうな問題を引き受けてしまったが、ティアは気を取り直して本題へと戻る。
「で、その三人が私の事を『完璧過ぎて近寄りがたい』って言っていたのね?」
「うん。確か、学園の女子で誰が一番モテるのかって話をしていた時に、あたしがティア姉ちゃんのことを聞いたらそう言ってた」
「へ、へえ~、そんな話を……まあ、男子はそういうの好きそうよね」
平静を装いつつも、ティアは内心でかなり焦っていた。
まさか男子に近寄りがたいというイメージを持たれているとは思ってもみなかったからだ。
「で、でもどうして完璧だと近寄りがたいのかしら?」
ティアの疑問にフローラが答える。
「人間の男は少し劣ったところがある女性を可愛いと感じる傾向にあるらしいよ。本に書いてあった」
「――っ。そ、そうなんだ。色々な本が置いてあるのね、学園の図書室って……」
そう言ってティアは再びベッドへと倒れこむ。
「……じゃあ、どうすればいいのよ」
ティアの性格上、近寄りがたいというイメージを払拭するために自らバカを演じる気にはなれなかった。
そもそも、ティアは自分が完璧だとは思っていない。
日々、自分のダメなところを発見して落ち込んでいるくらいだ。
夕食前のアルフレートとのやり取りも、彼を追い詰めるような言い方をしてしまったことを反省している。
しかも、このダメなところは男性が可愛いと思ってくれるようなものではないだろう。
そのくらいはティアにも分かった。
「ねえ、ロッテ。ちなみに一番モテるのは誰ってことになったの?」
「えっとね、確かエルヴィスがいない時のヒルダってことになったよ」
「…………あの天然っぷりは真似できないわね」
ティアは自分には無理だと諦めて、隣でティアの真似をするように寝転がっていたリーゼロッテを抱きしめる。
「むぐっ……姉ちゃん?」
「はぁ……やっぱり男の子より女の子がいいかも……」
リーゼロッテに頬擦りするティアを見て、フローラが呟く。
「ティアお姉ちゃん、イエローカード」
ティアは割とすぐに人を好きになってしまうタイプですね。
真剣に告白されたら、意識し過ぎて好きになってしまうような娘です。
逆に自分からアプローチするのは苦手としています。それが出来れば今頃モテモテなんですが……。
次回は恋バナをお休みして軽めのバトル回です。




