第二話 隠し事
魔導暦2018年、1月3日。エウニス学園前駅。
「アル、待ってたわ!」
アルフレートとオルトロス、シェリーの4人が駅から外に出たところで、彼らを待っていたティアが嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる。
その後ろにはセルゲイとジェイクの姿もあった。
「二週間ぶりだね、ティア」
アルフレートはティアに近付くと再開のハグを交わす。
「よう、背伸びたんじゃないか?」
「な訳ないでしょ。というか知ってて言ってるでしょ、ジェイク」
軽口を叩きつつ、ジェイクとは突き出した拳をぶつけ合い挨拶する。
「セルゲイさんも、お久しぶりです」
「うむ。来てくれて感謝する、アルフレート。それに、メルヴィル先生も」
「いえ、私もクライン家の北の別荘には興味がありましたから」
当たり前のようにシェリーと挨拶を交わすセルゲイをティアとジェイクが不思議そうな目で見る。
「えっと、シェリー先生はパパが呼んだの?」
「ああ。ティアは毎年の事だから知っているだろう? アレにシェリー先生も参加してもらう予定だ」
「あ~、アレに……」
ティアは何かを察したように可愛そうなものを見るような視線をシェリーへと送る。
「な、なあ。そんなことより、どうしてシェリーちゃんとアルが同じ電車に乗ってきたんだ? シェリーちゃんの家って学園の近くだったよな?」
「え? それは……アル君を迎えに行ってたからだよ」
咄嗟にシェリーが上手く誤魔化したにもかかわらず、アルフレートは動揺して不自然に視線を泳がせてしまった。
ジェイク相手に嘘をつく時に一番やってはいけない仕草だ。
「おい、アル。お前何か隠してないか?」
案の定、即座に見抜かれる。
アルフレートがここからどう誤魔化したものかと急速に思考を巡らせていると、シェリーが面倒そうに頭をかく。
「はあ、仕方ないわね、本当の事を言うわ。アル君は久しぶりの都会で迷子になっちゃったのよ」
「はあ? 迷子?」
「ええ。それで私に助けてってメールしてきたから迎えに行ったって訳。16歳にもなって迷子なんて、あまり大きな声では言えないでしょ? 察してあげて」
「そ、そういうことだったのか……悪かったな、アル」
アルフレートはあの場を切り抜けるためとはいえ、迷子という汚名を着せられて恨めしそうにシェリーを睨んだ。
すると、状況が理解できていなかったリーゼロッテがシェリーを心配するように口を開く。
「シェリー姉ちゃん、さっきから何言ってるの? 姉ちゃんは兄ちゃんの家からずっと一緒だったじゃん」
リーゼロッテの一言で場が凍り付く。
アルフレートはオロオロと狼狽えて、シェリーが諦める様に顔に手を当てた。
ジェイクがゆっくりとアルフレートに近付いて肩に手を置く。
「話がある」
「はい……」
アデライード王国北部レイランディー地方。クライン家別荘。
「着いたぞ」
セルゲイの運転する車で長時間移動していた一同は、車から降りると身を振るわせた。
「うおっ、ここは一段と寒いな。ティア、火出してくれよ」
「しょうがないわね」
ジェイクの頼みでティアが炎魔法を召喚し、全員を包み込む。
的確に温度を調節し、誰一人燃やすことなく炎の中に適温の環境を作り出した。
「今は学生の内からそんな芸当が出来るのか」
セルゲイが車の運転席からティアの炎魔法を眺めながら感心する。
「セルゲイさん、こんな細かい対象指定と性質操作が並行して出来る一年生はティアちゃんくらいですよ」
助手席に座るシェリーが補足する。
「ほう。やるじゃないか、ティア」
「ふふん。当ったり前でしょう? これでも近衛7騎士なのよ?」
「そうだったな。では、私とメルヴィル先生は先に来ている部下と合流することにするよ」
そう言ってセルゲイは再び車を走らせてティアたちから遠ざかっていく。
「早く中に入りましょう?」
ティアが目の前にそびえ立つ巨大なお屋敷を指さしながら言う。
玄関で待ち受けていた使用人達に暖かい室内へと迎え入れられると、ティアはすぐ近くにあったソファに腰かける。
「とりあえず、みんなも座って」
ティアに促されて全員がソファに座る。
ティアの隣にジェイク、低めのテーブルを挟んで向かい側にアルフレートを中心にしてフローラとリーゼロッテの3人が座った。
「アル、なんか随分疲れてるみたいね」
「いやまあ、あれだけ根掘り葉掘り聞かれるとね……」
アルフレートは車内でジェイクとティアから質問攻めにされたことを思い出し、彼女から視線を逸らす。
「ま、教師と生徒の禁断の関係とかじゃなかったと分かったわけだし、もうその話はいいんじゃねえか?」
リーゼロッテがアルフレートを心配するように、エッグノッグ(カスタード風のホットドリンク)の入ったカップをアルフレートに手渡す。
屋敷の使用人がテーブルに人数分並べてくれたものだ。
「兄ちゃん大丈夫? ほら、これ甘くておいしいよ」
「あ、ありがとう」
アルフレートがリーゼロッテに笑いかけているのを見て、ティアがためらいがちに尋ねる。
「あ、あのさ……まだ私たちに隠してることあるでしょ?」
「えっ?」
アルフレートはカップを持ったまま首を傾げる。
「アルとシェリー先生の関係は前からなんか怪しいと思っていたの。距離が近いっていうか、壁がない感じ……そう、家族みたいなね」
「あ、うん。だからそれは、シェリー先生が僕にとって姉みたいな存在だからで」
「そうよね。で、その壁がない感じはローラとロッテに対してもそうなの」
「まあ、妹みたいなものだからね」
アルフレートはカップを置くと、両脇に座るフローラとリーゼロッテの頭を撫でる。
ティアはテーブルに置いてあった自分の分のエッグノッグを一口飲む。
「姉と妹。血は繋がっていなくても家族は家族だわ。私だってマサムネの事は家族の一人だと思っているし」
「ティア……何が言いたいの?」
アルフレートは二人の妹からティアへと視線を戻して驚いた。
ティアがとても真剣な顔で、じっとアルフレートを見つめていたからである。
「アルにとって、レティスは家族なの?」
アルフレートはとっさに居住まいを正す。
この質問は回答を間違えれば自分の足場を揺るがすような気がしたのだ。
「違うよ。レティスは大切な友達。ティアやジェイクと一緒だよ」
「ならどうして、レティスに対しても私たち以上に壁がない感じがするのかしら?」
「いや、僕はティアやジェイクに対して壁なんて作ってないよ。ねえ、ジェイク」
同意を求めるアルフレートの視線に、ジェイクは苦笑いを浮かべる。
アルフレートが何かを隠している。
そんなこと、ティアよりも先にジェイクは気付いていた。
「なあティア、何も無理に聞きだそうとしなくても」
「……アルが自分で言ったのよ。私の事をレティスと同じ大切な友達だって」
「待ってやろうぜ? アルが自分で話してくれるまでさ」
「違うわ、ジェイク。私は別にアルに秘密を話して欲しいわけじゃないの。誰だって秘密の一つや二つ持っているものよ」
ティアは再びアルフレートに熱い視線を送る。
「でもね、アル。あなたは気付いていないかもしれないけど、私はあなたと話していると壁を感じることがあるわ。それが辛いのよ」
「僕が……ティアとジェイクに壁を?」
アルフレートがショックを受けたように俯いたのを見て、ジェイクはティアに耳打ちする。
「おい、言い過ぎだ。もうちょっと……こう、オブラートに包んで言えないのかよ」
「仕方ないでしょ。そういう器用な真似を私が出来ると思うの?」
「ったく、魔法は器用なくせに」
「う、うるさいわね。とにかくこの空気を何とかしてよ」
「丸投げかよ――って、お前泣いてんのか?」
「なな、泣いてないわよ」
ティアとジェイクが小声で言い争っていると、アルフレートがゆっくりと顔をあげた。
「二人とも」
「お、おう。何だ?」
「な、何かしら?」
アルフレートの瞳はとても真剣で、ティアとジェイクは息をのんだ。
「確かに僕は、二人に意図的に話していないことがあるんだ。僕にとっては大きな話だけど、二人にはどうということのない話かもしれない。でも、僕はこの話をするのがずっと怖かった。そういう話題になると誤魔化して逃げていたんだ」
堰を切ったように話し出したアルフレートを、ジェイクが慌てて止める。
「ま、待てよ、アル。別に無理に話さなくてもいいんだぞ?」
「ううん。ティアの言葉を聞いて、話さなくちゃダメだって感じたんだ。結局僕はこのことを秘密にしたまま、二人と友達として付き合って行くことが出来るほど器用じゃない。今までごめんね、ティア」
「……いいの?」
「うん。それにティアにしてみたら、何だそんなことかって内容だと思う。もしも逆の立場だったなら、僕はそう思うから」
今にして思えば、どうしてずっと話して来なかったのか、親友とも言える二人にどうして隠してきてしまったのか、アルフレートにも分からなかった。
「僕にはさ――」
話すタイミングを見失っていただけとも言える。
けれどもやはり、いざ話すとなると何故だか緊張した。
「10歳よりも前の記憶がないんだ」
しかし、一度口に出してしまえば、本当にどうでもいいような秘密だったと感じられた。
アルフレートが自身の記憶について話した後、ティアとジェイクはそんなことかと笑った。
実際はかなり衝撃の告白だったのだが、アルフレートが笑い飛ばして欲しそうだったので、二人は努めて大事として捉えないようにしたのである。
その後は屋敷の中を見て回り、部屋割りなどを決めた。
フローラとリーゼロッテはティアの部屋。
アルフレートとジェイクにはそれぞれ個室があてがわれた。
もちろんシェリーやセルゲイの部下たちの部屋も用意されているということだった。
部屋に荷物を置いてから再び合流した5人が、ティアの部屋で夕食の時間まで明日の予定を立てていると、セルゲイたちが雪まみれになって帰ってきた。
アルフレートが心配して何があったのか尋ねると、雪山での実戦訓練中にシェリーの大規模魔法で雪崩が発生して全員飲み込まれたとのことだった。
アルフレートとジェイクはドン引きしていたのだが、ティアにしてみれば何度か聞いたような内容で面白みに欠けていた。
そもそも、魔道士なら炎魔法で周りの雪を溶かして脱出することが可能なので、心配する方が無駄である。
アルフレートとジェイクはセルゲイに部下を紹介されたが、20人以上いる軍人を覚えきれるわけもなく、適当にやり過ごした。
ついに記憶喪失について話せましたね。
それ以外はあまり動きのない話で申し訳ない。
次回は新キャラも登場するのでお許しを。
しばらくは恋愛話が続きます。




