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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
外伝 シーラ王女の近衛7騎士
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閑話 九条家の真実とシーラの決意

 クジョウ家の中は土足厳禁であり、シーラたちは異文化に戸惑いながらも靴を脱いだ。


 シーラはアリサに座り方を教わって畳に座ると、出された緑茶を一口だけ飲んでから向かいに座っているゲンジを睨んでいるとも取れそうな鋭い目で見つめた。


「クジョウ・ゲンジさん。エウニス学園にクジョウ・トウヤ、並びにクジョウ・ミヤコが潜入し、職員生徒に危害を加え、学園に保管されていた魔術具を強奪したことに関しての意見を聞かせてください」

「……当主である九条透也と私の妹の九条美夜子はその事件が起きた日はレオンティウス帝国に仕事で出ておりました。犯行に及ぶことは不可能でしょう」

「現場に居合わせた生徒は二人が同行していた魔道士と共に空間を移動する魔術具を使用するところを目撃しています。また、魔術によって姿を消すことの出来る航空機の存在も確認されていますので、それらを用いればレオンティウス帝国から秘密裏にアデライード王国へ入国し、エウニス学園を襲撃することも十分可能です」


 ゲンジは嫌な顔を隠そうともせずに、ガシガシと頭をかく。


「それがなんだと言うのですか。映像証拠でも出ない限り、こちらとしてはそのような犯行に九条の人間が関わったなど認められるわけがない」

「でしょうね……」


 シーラは隣に座っているアリサに目を向ける。


 アリサはシーラの視線を受けて口を開いた。


「玄司様。私はその事件に襲撃者として参加していました。当然ですが、統也様と美夜子様と接触して打ち合わせをしています」

「同じことだ。証拠がない」

「ですが、事実です」

「黙れ。認めないと言っている」

「あなたの妻である葵様もレオンティウス帝国の魔道士から攻撃されたと聞いても……ですか?」

「なっ……んだと!? 聞いていないぞ、葵! 怪我はないのか?」


 ゲンジは面白いくらい動揺して立ち上がると、部屋の隅で会話を見守っていたアオイに詰め寄る。


「だ、大丈夫だよ、玄司さん。シアメイが守ってくれたからね」

「――っ、シアメイが……?」


 ゲンジは驚愕に打ち震えながら、シアメイの前に座って頭を下げる。


「感謝する、シアメイ。な、何か礼をしたいのだが……」

「……いいよ。守ったって言うより、ボクの魔法の範囲内にアオイさんが勝手に入ってきただけだしね」

「しかし」

「それより、どうしてあんたはその事を知らなかったんだ?」

「いや、さすがにエウニス学園を襲撃することになったという報告は受けていたんだが、葵は学生寮で働いている非戦闘員だからな。寮に隠れていれば安全だろうと兄貴に言われたのだ。現に葵からは怪我もなく元気にしていると事件後に連絡を受けたので安心しきっていた」


 ゲンジが語り終えたところでシアメイはニヤリと悪い笑みを浮かべる。


 アオイは呆れる様にため息を吐いて頭を抑えた。


「玄司さん、本当に私のことになると我を忘れすぎだよ」

「何の事だ?」

「エウニス学園を襲撃するって統也さんから報告を受けていたんだね」


 アオイに指摘されて、ゲンジは自分が取り返しのつかない失態を犯したことに気が付いた。


 血の気の引いた顔でシーラを見る。


「これは証拠になりますよね?」


 シーラは先ほどまでの冷徹な顔から打って変わって、満面の笑顔を浮かべる。


 彼女の後ろにはオルグレンが座っており、携帯端末でしっかりと動画を撮影していた。


「…………腹を切る。葵、介錯してくれ」

「いつの時代の話だよ、バカ!」


 アオイは素早く立ち上がると、ゲンジの頭を叩いてツッコミを入れる。


「では俺はどうしたらいい!? ああ、クソ……俺はこういった腹芸は苦手なのだ。何故、今日に限って兄貴も美夜子もいないのだ!」

「それは……シーラ様、何とかなりませんか?」

 アオイが半ば諦めるようにシーラに願い出ると、シーラは再びいつもの無表情に戻った。

「オルグレン」

「はい、姫様」


 シーラはオルグレンから携帯端末を受け取ると、アオイに向かって投げた。


 アオイはキャッチした携帯端末とシーラの顔を交互に見て尋ねる。


「いいんですか?」

「ええ。データを削除しても構いませんよ」

「バックアップは取ってあると……」

「いえ、取っていません。私はただ、真実が知りたかっただけです。そして、その上でクジョウ・ゲンジ、あなたに聞きたいことがあってここまで来ました」


 シーラの言葉にアオイがゲンジを見ると、彼は小さく頷いた。


 ゲンジはアオイから受け取った携帯端末を操作して動画データを削除すると、シーラに投げ返す。


「それで? 何が聞きたいのですか?」

「エウニス学園から盗み出されたのは、かつてレオンティウス帝国との戦争中に我が国の魔道士が入手した帝国の国宝『時の魔眼』です。戦後、幾度も返還を求められていましたが、その強力さと入手経緯、そして魔眼の状態から、我が国は魔眼を保有していないと主張することに決めました」

「所持しているという証拠がないのをいいことに、しらを切ったのか……私たちと一緒ですね」


 ゲンジは自嘲気味に鼻で笑う。


「しかし、状態というのは? 破損しているということですか?」

「いえ、我が国が秘密裏に保有していたのは魔眼の片割れなのです。両目揃って奪われたのに、帰ってきたのが片目だけだとしたら、レオンティウス帝国の人間はどう思うでしょうか?」

「私ならアデライード王国に足元を見られているような気分になりますね。もともと戦争をするほどの間柄なのですから、過激な人間なら帰ってきた魔眼の片割れの力を使って再び戦争を仕掛ける算段を立て始めてもおかしくはないでしょう。魔眼のもう半分の奪還を名目として掲げれば、大義は自分たちにあるように見せることも出来ます」

「あなたと同じことを女王陛下やサルゼード首相は懸念していました」


 シーラはゲンジの理解の速さに感心する。


 先ほどはシアメイに奸計にまんまと引っかかっていたが、頭に血が上っていない状態の彼は決して侮ってはいけない男であった。


「クジョウ・ゲンジさん。レオンティウス帝国のその後の動きについて何か知っていることはありませんか?」


 シーラの問いに、ゲンジは目を伏せて首を横に振る。


「私は兄の統也から依頼を完遂したという報告は受けましたが、その後の依頼者の動向までは存じません。そもそも裏の仕事は兄と妹の管轄というのもありますが、その二人も裏の仕事から足を洗いたいと父に話に行っているところです」


 ゲンジがそう口にした瞬間、その場にいた全員が死を連想するほどの冷たい気配を感じ取った。


 ゲンジ、アオイ、シアメイの三人がより敏感に気を感じ取り、底冷えのする気を発しているアリサを見た。


「裏の仕事から足を洗う? それを私が三年前に言った時にどうなったか忘れたのですか?」

「あ、あの時とは状況が違う……兄貴は父上と由紀子様を説得するだけの材料が揃ったと言っていたのだ」

「材料……ん?」


 アリサは立ち上がると、シーラの近くへと移動する。


「ヒルダちゃん、構えて」

「え? う、うん!」


 アリサに命令されるままに、ヒルダはシーラを守る様に位置取りをして身構えた。


「亜理沙、何をして――」


 ゲンジが尋ね終わる前に、部屋と庭とを隔てていた襖が開け放たれる。


 同時に、アリサとゲンジが動いた。


 侵入者との攻防は本当に一瞬のうちに集結し、シーラが気付いた時には黒髪の女性がアリサによって組み伏せられ、そのアリサを守る様にゲンジが両手を広げて立ち、ゲンジの首筋には黒髪の男の握った刀剣が突き付けられていた。


「玄司、どういうつもりだ?」

「兄貴、亜理沙は――理沙たちは戦いに来たわけではない」

「そのようだな。でなければ、俺たちはとっくに死んでいるだろう」


 ゲンジの兄――クジョウ・トウヤが刀を鞘へ納めると、アリサも女性の拘束を解いた。


「すみません。大丈夫ですか、美夜子様?」

「……ああ。私のプライド以外は」


 クジョウ・ミヤコは瞬く間にアリサによって組み伏せられたのが堪えたのか、肩を落として部屋の隅に移動して座った。


 すると、トウヤとミヤコに遅れて厳格な雰囲気を漂わせる初老の男性と、妙齢の女性が姿を見せた。


 初老の男性はアリサを見て小さく息を吐く。


「先ほどの殺気、やはりお前だったか……理沙」

「……お久しぶりです、義継様」


 アリサの父、クジョウ・ヨシツグはシーラに視線を移す。


「西の国からの客人か。騒がせて申し訳ない」

「いえ、こちらに実害は出ておりませんので、お気になさらず」

「ふむ。玄司、なぜ畳部屋へ案内したのだ? 応接室にはアデライードから取り寄せたソファがあるだろう」


 ヨシツグに尋ねられ、ゲンジとアオイが「あ……」と間の抜けた声をあげて顔を見合わせる。


「そういえば、そんな部屋あったね……」

「俺は普段使わないからな、完全に忘れていた」


 ヨシツグは小さく首を振りながら「バカ息子が」と呟いてから、シーラに謝罪する。


「息子が大変失礼いたしました。部屋を変えることをお許しいただけますか?」

「はい。こちらとしても助かります。実はそろそろ足が限界なのです」




 シーラは顔色こそほとんど変えなかったが、感覚がなくなるほど足が痺れていたらしく部屋の移動にもかなり苦労した。


 ヒルダとオルグレンと侍女二人も同様に辛そうにしていたのだが、セリーヌだけは涼しげな顔で部屋を移動した。


「九条家の当主、九条統也です」

「アデライード王国第一王女、シーラ・アデライード・オーウェルです」

「統也の父、九条義継と妻の由紀子です」


 応接室のソファは四人掛けが二つだったので、クジョウ家側で席に着いたのはトウヤ、ゲンジ、ヨシツグ、ユキコの四人で、ミヤコとアオイは後ろに立つ形になった。


 同じようにアデライード側はシーラを挟むようにアリサとヒルダが席に着き、シアメイ、セリーヌ、オルグレンと二人の侍女は後ろに立った。


「……親父、由紀子さんも、何かあったのか? 雰囲気が違うが」

「玄司、ここはシーラ王女と話をする場だぞ。後で話すから黙っていろ」

「雰囲気が違うとは?」

「弟の戯言です、お気になさらず。それよりも――」


 トウヤが半ば無理やり話を先に進めようとするも、アリサが会話に割って入る。


「待ってください。私も義継様と由紀子様の雰囲気に違和感を覚えます。特に由紀子様、あなたは本当に由紀子様ですか? 私が知っている頃とは、纏っている気の質が別物です」

「理沙…………統也さん、お話ししてもよろしいですか?」


 ユキコが許可を求める様にトウヤを見る。


「由紀子さん、この件を説明するということは、我々の仕事に付いて詳しく話さなければなりません。アデライード王国の方々の前でそのようなことは出来ないとあなたも理解しているでしょう」

「それは……」

「あ~、すまない兄貴。裏の仕事については俺のせいでほとんどバレてしまったのだ」

「なっ!?」


 トウヤは目を見開いて驚いた後、鬼のような形相でゲンジを睨む。


「クジョウ・トウヤさん。私はその件を公にするつもりはありません。そのうえで、あなた方との情報交換を望みます」

「くっ……それは公にしない代わりに、情報をよこせという脅しと受け取れますよ」

「そう思って頂いて構いません。あなた方には悪いようにはしませんので、知っていることは全て教えてください。レオンティウスに魔眼が渡ったことで、こちらもなりふり構ってはいられないのです」


 トウヤはシーラの真っ直ぐな視線に根負けするように息を吐いた。


「分かりました。私が全て説明します」

「……良いのですか、統也お兄様?」

「ああ。それにこの件に関しては魔道士の方が詳しく知っているかもしれないからな」


 トウヤはシーラに向き直ると、自分がこれまでにしてきたことを告白する。


 クジョウ家の次期当主として育てられ、裏の仕事を拒んだゲンジの分も暗殺の仕事を受け、手を汚してきたこと。


 母が他界して数年後にヨシツグが娶った後妻のユキコが取り付けた、野党の有力な政治家を暗殺するという大仕事で、兄のように慕っていたマサムネを裏切ったこと。


 ユキコがヨシツグに話を通さずにトウヤをそそのかし、マサムネに妖刀を与えて脱獄させ、その全てをトウヤの独断として処理して汚名を着せた上で、実の娘であるリサをトウヤの代わりに次期当主へと推薦したこと。


 リサが成長していくに連れて、ヨシツグまでもがユキコの思想に毒されたかのように変わっていき、裏の仕事に力を入れていくようになったこと。


 ゲンジが表の仕事で暗殺技を披露してジュンハオを殺めてしまった上に、数年後にリサが初めての裏の仕事に失敗したせいで、クジョウ家が大和政府に見切りを付けられてしまったこと。


 ヨシツグが海外に目を付け、レオンティウス帝国から裏の仕事を取り付けてきたことが語られた。


「私と妹の美夜子は、大手の取引相手であった大和政府との繋がりを失ったことで、暗殺業を続ける意義を見出せなくなっていました」

「大和政府の代わりにレオンティウス帝国という新しい取引相手を見つけたではありませんか」

「それは一度限りの契約です。任務には成功しましたが、美夜子は学生に捕らえられ、私もそちらで7騎士と呼ばれている魔道士の一人を抑える程度の力しかないことが帝国に知られましたから、次は無いでしょう。任務を成功させたのは私たち九条の人間の力ではなく、あのグーニラという名の不気味な女の力です」

「なるほど。お考えは理解しました」


 シーラが一定の理解を示すと、隣に座っていたアリサが口を開く。


「それで透也様と美夜子様は義継様に裏の仕事から足を洗いたいと話をしたのですよね?」


 アリサに笑顔で睨まれて、トウヤとミヤコは表情を凍り付かせた。


「なるほど……先ほどの恐ろしい殺気の正体は、ゲンジがその事を教えたからか」

「すまない、兄貴」

「もういい、過ぎた事だ」


 トウヤはアリサの強大な殺気に当てられながらも、鋼の精神力で彼女としっかり目を合わせた。


「お前が裏の仕事を止めたいと言った時に助けてやれなかったことは申し訳なかった。今思うと、あの頃の俺たちは父と同じように由紀子さんに毒されていたのだ」

「話を聞いていると、今のユキコさんと昔のユキコさんは別人のようですね」


 シーラに指摘されると、トウヤは悔しそうに握られた両手の拳に力を籠める。


「実際、別人だったのではないかと思います。由紀子さんは何か異質な気を纏った方でした。特別強い訳ではないのですが、俺ですら恐ろしくて由紀子さんの命令には異を唱えられなかったほどです」


 シーラはユキコに視線を向ける。


 艶のある長い黒髪の女性で、アリサの母親のはずだがとても若々しい。姉と言われれば信じていただろう。


 物腰は柔らかで、とても人に暗殺を命じるような人物には見えない。


「俺たちが仕事を止めたいと感じるようになったのは、レオンティウスとの取引のために初めて大和国を出てからです。何か呪縛のようなものが薄まったように感じました」

「ふむ。ヒルダ、どう思いますか?」


 シーラがヒルダの考えを聞いたのは、人の心を操るような力と言えば、魔術ではないかと考えたからだ。


 そして、専門家であるヒルダも同意見だった。


「その話が本当なら、まず間違いなく洗脳の魔術ですね。この一帯には太い地脈が感じられますし、大和国全土というよりは、この家の周辺に影響が及ぶような魔術が施されていたのではないでしょうか」

「やはりそうですか。まったく、魔術は厄介なものですね」

「ま、待ってください。では、兄貴たちはその魔術とか言うもので由紀子さんに操られていたということですか?」

「そう考えるのが妥当でしょう。そしてこの国から外国へ出ることで効果が薄まるのなら、晋共和国で開かれる大会に出場していたあなたに影響がみられない裏付けにもなります」

「な、なるほど……由紀子さん、あんた何者なんだ?」


 ゲンジの視線を受けて、ユキコは怯えるように縮こまる。


「玄司の疑問はもっともだが、まずは話を続けよう。レオンティウスの仕事が終わってから、私と美夜子は共に父を説得して由紀子さんと対立するつもりで大和に帰りました。そして入念な準備を整えた後、ちょうど昨日、父を裏山に呼び出して説得を試みたのです」

「説得はどのようにしたのですか? 洗脳を解くならば外国に連れ出す必要があると思うのですが」

「初めはそうしようかと思っていたのですが、常に由紀子さんと共にいる父を外国に連れ出そうとすれば、由紀子さんに感付かれる危険性が高かったのです。そのため、私は妖刀の力を使うことにしたのです」


 トウヤの後ろに立っていたミヤコが、一振りの刀をトウヤへと手渡す。


 受け取った刀をトウヤは鞘から抜いて見せる。


 通常の刀とは真逆の方向に湾曲している異様な形の刀剣だった。


「これは『布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)』と言って、斬った相手の身体を癒す力があります」

「癒しの力……その刀でヨシツグさんを斬ったのですね」

「はい。その結果、見事に父の洗脳を解くことが出来たのです。父は最初こそ困惑していましたが、私と美夜子の話を信じて由紀子さんと対立する道を選んでくれました」


 シーラがヨシツグに視線を向けるが、彼はただ黙ってトウヤの話を聞くだけだった。


 この件に関してはトウヤに一任しているのだと思い、シーラはトウヤに視線を戻す。


「兄貴、詳しく話してくれれば俺も協力したぞ」

「お前は表の看板だ。裏の話は実際に任に付いていた俺と美夜子、そして父上の三人で蹴りを付けると決めていたんだ」

「それが昨日の話だということは、その日のうちにユキコさんと話を付けに行ったのですね」

「はい。結果は酷いものでしたがね。由紀子さんは私たちを裏切り者と罵り、本来の実力からは想像が出来ない機敏な動きで俺たちに刃を向けてきましたから」

「そして、その刀でユキコさんを斬ったのですね」

「父のように一振りとは行きませんでした。美夜子と父が暴れる由紀子さんを命がけで押さえ付け、私がこの刀で何度も斬り付けました。すると、由紀子さんの口から黒い泥のような何かが吐き出されたのです。とても巨大で、いったい身体のどこに入っていたのか……」

「黒い泥……?」


 シーラとヒルダはその話を聞いて、振り返る。


 後ろに立っていたセリーヌが顔面蒼白で自身の右胸を抑えている。


「どうしたのですか?」

「こちらばかり情報を貰う訳には行きませんね。セリーヌ、私が知る限りのことを話しますよ」

「え、ええ。どうぞ」


 セリーヌの許可を取ってから、シーラはセリーヌの身に潜んでいた魔術によって作られた寄生虫の話をする。


 話を聞いているうちに、クジョウ家の人々の顔が青ざめていった。


「トウヤさん。ユキコさんの中に潜んでいた虫はどうしたのですか?」

「あの泥は、『布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)』で斬っても意味がなかったので、もう一振りの戦闘用の妖刀である『天之尾羽張(アメノオハバリ)』の炎で消し炭にしました」

「偶然にも同じ方法で処理したのですね。ヒルダ、虫の大きさが違いますが、ユキコさんは大丈夫なのですか?」


 シーラの言葉を受けて、ヒルダは眉間にしわを寄せて思考を巡らせながら答える。


「その妖刀でユキコさんを斬ったことで、彼女の身体の抵抗力が強まって虫が弾き出されたのだと思います。エルちゃんがいないので匂いで確認はできませんが、恐らくは大丈夫かと。虫の処理も炎で焼いたのなら安心です。あれは炎に弱いので」

「では、由紀子はもうあの泥からは解放されているのですね?」


 これまで話を聞くのみだったヨシツグがユキコの身を案じて口を開く。


「はい。念のため、一週間程この薬を食後に飲んでください。炎の力を魔術で閉じ込めてあるので、身体の中に虫の一部が残っていても祓うことが出来ます」

「なんと……感謝いたします」

「ありがとうございます」


 ヨシツグは深々と頭を下げ、ユキコは受け取った薬が入ったガラスの小瓶を大事そうに握り締めた。




 その後、シーラはトウヤと連絡先を交換し、ユキコに虫を潜ませた魔術士について調査することを約束した。


 ユキコ自身、どこで寄生させられたのか全く覚えがないそうだ。


 もっとも、二人ともその正体には心当たりがあったので、いざという時は互いに協力して戦うと誓い合うことで、あっさりと話し合いは終わった。


 セリーヌは口を割らないが、彼女の身体に傷を付けて、そこから虫を寄生させたのも、全て同一の人物だとシーラの勘は告げていた。


 トウヤとミヤコも、襲い掛かってきたユキコの不気味さが、つい数週間前まで共にいた不気味な女と瓜二つだったと感じていた。


 グーニラ・マイヤー。


 エウニス学園を襲撃し、複数の魔術と闇魔法で『時の魔眼』を奪い去ったレオンティウス帝国の魔術士。


 シアメイがケイオスと同一だとする彼女が一連の事件の犯人ならば、全てに合点がいくのだ。


 シーラはクジョウ家を出て温泉街へと戻る途中で何の前触れもなく呟いた。


「ヒルダ、エルヴィスは私が貰ってもいいですか?」

「うえっ?! な、何を言ってるんですかっ! シーラ様!?」


 ヒルダはシーラの口から飛び出した有り得ない言葉にむせ返りながら返答する。


「エルヴィスの力はやはり必要です。私の夫として迎えようかと思うのですが」

「だ、だだだ、ダメですよ! 絶対ダメです!」

「ですが、ヒルダは実はまだエルヴィスと恋人ですらないと聞きましたよ。周りの者たちは気付いていないようですが、ヴィンセント・アーノルドだけは真実を知っていました」

「な、何でヴィニー君に話を聞いているんですか~!」

「欲しいと思ったから調べたのです。ヒルダからだけでなく、様々な立場の人々から意見を聞くのは常識です」

「ぐぅ……」


 シーラの言っていることは真実だった。


 ヒルダとエルヴィスは常に一緒にいるので、周囲には恋人同士だと認識されているのだが、実際はただのヒルダの片想い状態なのである。


 物心ついた時から一緒にいる幼馴染故に、異性として見られていないのだ。


「そ、そうだ! エルちゃんが欲しいなら7騎士に任命すればいいじゃないですか!」

「私は7騎士を全て女性にしたいので嫌です」

「わ、わがままだぁ! シーラ様、王女様だからってわがままですよ!」


 想い人であるエルヴィスが奪われそうになっているせいか、ヒルダは錯乱気味に騒ぎ立てる。


 最後尾を歩いているオルグレンは、ヒルダのあまりに不敬な発言に頭痛がしてきて頭を押さえた。


「ではヒルダ。私の卒業までにエルヴィスを射止めなさい。それが出来れば私は彼を7騎士に任命します」

「で、出来なければ……?」

「エルヴィスには私が求婚します」

「うわぁああああ! アリサちゃん、シアメイちゃん、助けてぇぇえええ!」


 ヒルダは先頭を歩く二人に泣きながら抱き着いた。


「シーラ様、ヒルダちゃんが可哀そうよ」


 セリーヌが困った顔でシーラを見る。


「これくらいやらないと、ヒルダはいつまで経ってもエルヴィスにアプローチ出来ませんから」

「あ、なるほど。一応、シーラ様なりの思いやりってやつなのね」

「もちろん、ダメだった場合は本当に私がエルヴィスを貰いますけど」

「あらら……ご愁傷様、ヒルダちゃん」


 その日以降、シーラの7騎士会議ではヒルダがエルヴィスをどう攻略するかという議題が必ず上がるようになったのだった。

裏設定のお蔵出しとばかりに詰め込んでいたら、かなりの文量になってしまいました。


楽しんでいただけていれば幸いです。

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