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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
外伝 シーラ王女の近衛7騎士
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閑話 シアメイと玄司

 温泉街を抜け、西の外れまで歩くとアリサの実家である九条家の屋敷が見えてきた。


「左の大きくて古い家が玄司さん達の暮らしている屋敷で、右のシンプルな建物が玄司さんの空手道場だよ」


 アオイが久しぶりに旦那であるゲンジに会えるとウキウキしながら説明する。


「随分都市部から離れたところにあるのですね。大地主と聞いていたのでレインウォーター家のようなものだと思っていました」

「王国の西の大都市と比べられたら九条家の人間も困りますよ。ほとんどが田畑ですから」


 シーラが周囲を見回して首を傾げる。


「変ですね。警備の者が一人もいないように見えますよ?」

「そんなの雇ってないですよ、王女様。表向きはただの空手道場です」

「しかしこれほどの屋敷ならば、盗人に目を付けられることもあるのでは? 見たところ監視カメラすら無いようですが」

「屋敷が完全に留守になることはないですからね。誰かいれば大丈夫です」


 アオイの説明を受けてもシーラは中々納得出来ずに眉をひそめた。


 空手道場の前まで来たところで、アオイが立ち止まる。


 道場の中からは門下生たちの掛け声のようなものが聞こえてきていたが、アオイの来訪に反応するように声がやみ、正面の扉が開け放たれた。


「葵! 帰ったか!」

「ああ。元気そうだね、玄――」


 中から現れた偉丈夫はアオイの返答を待たずに彼女を力強く抱きしめた。


 シーラは男の勢いに圧倒されながらも、あんな抱擁を自分が受けたら骨折すると冷静に分析し始める。


 アオイの体格はアデライードの女性よりも小柄なので、普通は全身の骨が滅茶滅茶になりそうなものだが、彼女は平然と男の抱擁を受け入れていた。


「もう、玄司さん。私だからいいけど、力強すぎだよ」

「構わん。お前なら大丈夫だと分かっているし、俺はもう何ヶ月もお前を抱きしめられずに寂しい思いをしていたのだ!」

「相変わらず、勝手だね」


 シーラは二人のやり取りを眺めている人々を見る。


 彼に続くように道場から出てきた門下生たちは、毎度の事なのか呆れたような顔をしており、初対面のセリーヌ、ヒルダ、オルグレンと侍女二人は唖然として立ち尽くしていた。


 そしてシアメイとアリサは険しい顔で男を警戒して睨み付けている。


 アオイとの会話、シアメイとアリサの反応から、シーラはこの偉丈夫が九条葵の夫にして、黎夏美

の兄を殺めた櫻井亜理沙の兄、九条玄司なのだと確信を持った。


 ゲンジはアオイの両肩を掴むと真剣な顔で要求する。


「葵、味噌汁だ」

「はあ?」

「味噌汁が飲みたいのだ。もう久しくお前の作る味噌汁を飲んでいない」

「いや、ここの料理人に私の味噌汁の作り方は教えているじゃない」

「あれはダメだ。作り方は同じでも、お前の心が籠ってはいないではないか! もうすぐ昼時だ。長旅で疲れているだろうとは思うが、俺のために味噌汁を作ってくれ」


 アオイはため息を吐くと、両肩を強く掴んでいるゲンジの手を引きはがす。


「分かったよ。でも玄司さん、私が帰ってきた理由を忘れているんじゃない?」

「理由? もちろん覚えているさ。理沙やジュンハオの妹と会わせて――」


 自分で口にしたことで、ゲンジは周囲にいるアオイ以外の人間の存在に意識を向けた。


 硬直して額から脂汗を流す。


「本当に困った人だね」


 アオイが視線でアリサとシアメイの方向を向くように促す。


 ゲンジはゴクリと喉を鳴らした後、ゆっくりと横を向く。


 そこには、冷ややかに刺すような目を向ける妹と、兄の仇を睨み付ける少女の姿があった。


 ゲンジは身体ごとシアメイへと向き直る。


 言葉を発することはせず、真っ直ぐにシアメイを見つめた。


 次の瞬間、ゲンジへ向かってシアメイが駆けだした。


 途中で飛び上がって身体を捻り、ゲンジの顔目掛けて渾身の蹴りを放つ。


 ゲンジは一切の無駄がない動きでシアメイの蹴りを左腕一本で受け止めた。


 シアメイは弾かれるように上空へと飛ばされると、クルクルと回転しながら綺麗に着地した。


「ふうん、てっきり蹴り飛ばさせてくれるかと思っていたよ」


 自分の蹴りを受け止めたのが意外だったかのように言いながら、シアメイはゲンジを睨み付ける。


「確かに、俺は君に蹴られても文句の言えない立場だ。だが、俺が無抵抗に蹴り飛ばされたところで、君は満足しないだろう。むしろ、あえて蹴られてやるのは、その領域まで己を鍛え上げてきた君に対して失礼だと思ったのだ」

「失礼かどうかはボクが決める。まずは殴らせろ」


 怒りに燃える目でシアメイが命令すると、ゲンジはその場で目を閉じて立ち尽くした。


「おい、気で防ごうとするな」

「……分かった」


 ゲンジが言われるままに自身の身体に纏っていた全ての気を消し去ったので、アオイが慌てて間に入る。


「ま、待ってくれ! シアメイ、玄司さんを殺す気か?」

「どいてよ、アオイさん」

「葵、邪魔をするな」


 シアメイだけでなくゲンジにまで退くように言われてしまったので、アオイは悔しそうに道を譲り、不安そうな目でゲンジを見つめた。


 シアメイは真っ直ぐにゲンジに近付くと、右の拳に力を籠める。


「殴る前に一つだけ聞きたい。兄さんとのことをどう思っている? お前は事故だったと考えているか?」

「誰が何と言おうとジュンハオを殺したのは俺だ。俺は彼に負けるのを恐れ、試合のルールを犯して彼を殺したのだ」


 ゲンジが言い終わるや否や、シアメイは彼の頬を殴り飛ばした。


 とても軽い一撃だった。


 アオイも、アリサも、王国から来たアデライードの人々も、シアメイに殴られればただでは済まないと考えていたが、ゲンジを殴った渾身の拳はこれまでのシアメイからは想像できないほど弱かった。


 それもそのはずだ。


 ゲンジが気で身体を守らなったように、シアメイも身体に気を纏っていなかった。


 続く拳も、蹴りも、全てが弱く、155センチの少女が放つ平均的な威力でしかなかった。


 ゲンジは黙って目を瞑ったまま、シアメイの連撃を全て受ける。


 鍛え抜かれた彼の身体にはほとんどダメージが与えられていないのだが、シアメイの拳から伝わる悲痛な思いを感じ取り、ゲンジは終始苦しそうに歯を食いしばって耐えきった。


 シアメイの攻撃が終わったのを察してゲンジは目を開く。


「……どういうことだ?」


 ゲンジの目の前には悔しそうに涙を流しているシアメイの姿があった。


「今のは、兄さんが死んだあの日、まだ武術の鍛錬すらしていなかったわたしの拳だ。あんたを殴るなら、今のわたしじゃなくて、あの頃のわたしじゃなくちゃダメだと思ったんだ」

「なるほど……そういうことか」

「どうだ。痛かっただろ、わたしの拳は」

「ああ。これまで受けてきたどんな拳よりもきいたよ」


 ゲンジは殴られた頬を撫でながら言う。


 シアメイは満足したように息を吐くと、気持ちを切り替える。


「クジョウ・ゲンジ。お前は何故、総合格闘技大会に出場しない」

「……気功を使った貫手という最悪の反則をした俺には、もうあの大会に出場する資格はないと思っている」

「建前はいい。本音を言え」


 ゲンジは驚いたように目を見張ってシアメイの真剣な表情を見た後、隠しきれないと白状するように言う。


「ジュンハオを殺した俺が、彼のいない大会に何を求めて参加するというのだ。彼のいない大会で優勝したとしても、それは最強の称号ではない。卑怯な手段でライバルを陥れて手にする勝利に何の意味がある」

「そうか。なら数年後、ボクが大会に出場する時はお前も出場しろ。今度は武術家としてのボクと真剣勝負をするんだ」

「……それが君の望みなら、従おう」


 シアメイは言質を取ったことで、ニヤリと口角を上げる。


「よし、じゃあボクが勝ったら、ボクや家族に対して罪の意識を感じるのを止めろ」

「何を言っている? それは無理だ、俺が犯した罪は一生かかっても償いきれるものではない」

「ああそうだよ。お前が兄さんにしたことは一生かかっても許されない。だからこれから死ぬまでお前は兄さんに詫びて、死んでからもあの世で兄さんに詫び続けるんだ。でもな、ボクや家族に対してはそれでチャラにしてやるって言ってるんだ。毎年毎年兄さんの命日が近くなると連絡入れてきやがって。こっちはお前の顔も見たくないんだよ。ボクが勝ったら二度とその面をボクたち家族に見せないと誓わせてやる!」


 シアメイの主張にゲンジは一度目を伏せて考え、再びシアメイに視線を合わせる。


「分かった。ならば俺は、死ぬまで君たちに償い続ける為にも、全力で試合に臨ませてもらおう」

「それでいい。試合に出場する時はアオイさんに連絡を入れる」


 ゲンジがゆっくりと頷くとシアメイは満足したように振り返り、後ろで待っていたアリサたちに合図する。


「ボクの要件は終わったよ。次はアリサたちだね」

「うん」


 シアメイと入れ替わる様にアリサとシーラが前に出る。


 ゲンジはアリサと向き合うと、少しだけ目を細めた。


「久しぶりだな、理沙。相変わらず背は小さいままか」

「玄司……様、私はもう九条理沙ではなく、櫻井亜理沙です」

「ああ。だが、養女に出されたとは言え、俺はお前の兄だろう?」

「玄司様は変わられましたね。以前は私のような妹はいらないと仰っていたではないですか。元々母親も違うのですし、私はもう玄司様を兄とは思っておりません」


 アリサの言葉にゲンジはたじろぎ、目を泳がせる。


「あ、あれは、お前が家を出るよりもずっと前の話ではないか。あの頃の俺は、自分よりも強いお前をどうしても妹のように思ってやれなかったが、今は違うぞ」

「そうですか。ですが、私はもう櫻井家の次女で、家族は両親と姉だけだと思っています」

「……そ、そうか」


 ゲンジは悲しそうにため息を吐いたが、すぐに気を取り直してアリサの隣に立つシーラに目を向ける。


「理沙――いや、亜理沙だったか。こちらの女性は?」


 紹介しようとしたアリサを手で制して、シーラは自分から名乗る。


「アデライード王国第一王女、シーラ・エレノア・アデライード・オーウェルです」

「お、王女!?」


 ゲンジは驚いて近くにいたアオイを見る。


 アオイは両手を合わせて申し訳なさそうに謝罪した。


「ご、ごめんね、玄司さん。シーラ様は今回お忍びでいらしたんだ。どこから情報が洩れるか分からなかったから、事前に同行者として伝えるわけにはいかなかったんだよ」

「むぅ……そ、そういうことなら、仕方ないか」


 ゲンジはシーラに向き直ると一度咳払いをしてから、口を開く。


「私は九条家の次男で、現在はこの空手道場の師範をしている、九条玄司です。王国の王女様がわざわざいらしたということは、去年の11月頃に王国の学園を九条家の人間が襲撃したのではないかという件でしょうか?」

「話が早くて助かります」

「分かりました。ここで話す訳にもいかないので、どうぞお上がり下さい」


 ゲンジとアオイに率いられ、シーラたちは九条家の屋敷へと招き入れられた。

あと一話ほど続くと思います。


そうしたら次は本編ですね。

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