第四話 魔眼
「次に奪われた光の魔眼について話しておきましょう」
「光の魔眼?」
珍しくフランが聞き返す。
どうやらアルフレートに言われてブラッドスキルを制限しているというのは本当のようだ。
「もしかして、あの箱のことですか?」
「そうですヒルダ。その中身こそが『光の魔眼』と呼ばれる最上級の古代魔術具です。もっともレオンティウス帝国では、その能力から時の魔眼と呼ばれているそうですが」
「……空の魔眼とは違うものなんですか?」
「いい質問ですね。この国の歴史を知らないアリサへの説明も兼ねて、魔眼について話しましょうか」
シーラはホワイトボードに『魔眼』と書くと、魔眼についての説明を始める。
「先ほども言ったように最上級の古代魔術具であり、世界に8つ――つまり左右揃って4種類の魔眼が存在していると言われています」
「4種も……私、知りませんでした」
「ヒルダが知らないのも無理はありません。一般にアデライードの国民に伝わっているのは王家が所持している『空の魔眼』だけですから」
シーラは王家に伝わる初代アデライードの物語を思い出す。
それは半ばおとぎ話の類であり、歴史の教科書には詳しくは記されていない話だ。
ホワイトボードに『空の魔眼』『光の魔眼』『星の魔眼』『闇の魔眼』と書く。
「これが、オーウェル家が知る4種類の魔眼です。本来は精霊が所持していた物で、私の祖先である『蒼の少女』、初代アデライードは精霊から空の魔眼を授かりました」
『空の魔眼』の隣に『アデライード』と書き加える。
「そして同じように『炎髪の獣』、レオンティウスは光の魔眼を授かったそうです」
『光の魔眼』の隣に『レオンティウス』と書き加える。
「他の2組についての所在は不明ですが、一説には『星の魔眼』は東方人に持ち去られ、『闇の魔眼』は悪しき者に破壊されたとあります」
『星の魔眼』の隣に『東方へ?』、『闇の魔眼』の隣に『消滅?』と書き加える。
全員の視線がアリサへと集まった。
「えっと……私の国にはその魔眼についての話は伝わってないです。もしかしたらシーラ様みたいな国の偉い人達にだけ伝わっているのかもしれないですが……」
「そうですか……今度、リー・シアメイにも聞いてみましょう。まあ、この二つの魔眼はさして重要ではありませんので話を進めます」
シーラは『空の魔眼』を指さして続ける。
「問題は魔導師レオンティウスが精霊から授かり、数十年前までレオンティウス帝国が所有していた『光の魔眼』が、エウニス学園にあったということです」
シーラの話をただ黙って聞くだけのアリサとヒルダとは違い、フランとリアンはシーラの解説を待たずに発言する。
「話が見えてきましたね。つまり、レオンティウス帝国は初代皇帝の所有物だった『光の魔眼』の奪還を画策していたということですか」
「どういう経緯でエウニス学園に保管されていたんだろう?」
「普通に考えれば国宝級の古代魔術具でしょうから、そうそう外には持ち出されないと思います。可能性があるとするならば、戦争中にアウデンリート城に潜入した経験のある――」
「そっか! 不死身のセルゲイか! さっすがリアン、冴えてる~!」
「フラン、リアン、自分たちだけで話を進めないでもらえますか?」
シーラがいくらかの不機嫌さを含んだ声で二人を注意する。
二人の反応は両極端で、フランはケラケラと笑いながら謝り、リアンは慌てて姿勢を正して謝罪した。
シーラはアリサとヒルダに視線を向けると解説を再開する。
「アリサは知らないかと思いますが、ヒルダはセルゲイ・クラインの騎士名がどうして『不死身』なのか知っていますか?」
「確か……生存率の限りなく低い戦場から数年がかりで帰還したから……だったと思います」
「正確には一度戦死扱いになった数年後に帰還したからですね。部隊が壊滅した状態で敵の捕虜となりアウデンリート城に捕らえられていたところを、現地の奴隷たちに助けられて脱獄したとのことです」
「す、凄い経歴ですね……」
「もしかして、その脱獄の時に『光の魔眼』を盗み出したってことですか?」
「はい。いくつもの偶然が重なった結果、持ち帰ってしまったと先日セルゲイ・クライン本人の口から聞きました」
「あの……こんな事、言っていいのか分からないんですけど」
アリサが何か言いにくそうに切り出す。
「構いません、何か気になることがあるのなら何でも質問してください」
「偶然盗んでしまったものなら、戦争が終わった時に返還しようって話にはならなかったんですか?」
アリサの質問を聞いてシーラの表情に僅かな影が差す。
その変化に気付いたアリサは慌てて取り繕った。
「あっ、ご、ごめんなさい! これ、やっぱり聞いちゃダメな事でしたよね?」
「――いえ、良いのです。アリサは悪くありません……」
シーラは一度深呼吸してからアリサを見据える。
「アデライード王国とレオンティウス帝国の戦争は終結していますが、和平を結んだというわけではありません。ただ、お互いにこのまま戦争を続けるだけの体力が無くなっただけなのです」
どちらが勝ったわけでもない状況において、ついこの前まで殺し合いをしていた相手に『光の魔眼』などという、切り札と呼べる強力な古代魔術具を返還するだろうか?
出来るはずがない。
現にレオンティウス帝国から返還を求められた際には、『光の魔眼』を我が国は所有していない、といった回答をしてしまっている。
セルゲイ・クラインが『光の魔眼』を持ち出した映像証拠でも残されていない限り、アデライード王国が『光の魔眼』の所有を認めて返還することはあり得なかった。
「あなたはいつこちらに矛先を向けるか分からない相手に、武器を返しますか?」
「それは…………出来ない、と思います」
アリサは俯いて口を閉ざす。
「まあ、戦争だからね~、盗みはいけないとか綺麗ごとを言っていられる状況じゃないよ」
「ですが、こちらがそういった態度を取ったからこそ、レオンティウス帝国も隠密部隊による奇襲という手段で『魔眼』の奪還を試みたのでしょう」
「まあ、あっちの国も今回の件に関しては知らぬ存ぜぬの一点張りらしいし、見事にやり返されちゃったよね」
フランがいつもの軽いノリで重苦しい空気を払い、リアンが話題を次へと進める。
シーラは友人たちの気遣いに感謝しつつ、気を引き締めた。
「結局、あの人たちはレオンティウス帝国の軍人だったってことですよね?」
ヒルダは事件前のレオンティウス帝国の不審な動きから、恐らくは帝国の差し金だろうと考えていたが、フランとリアンのやり取りを見て、それが王国側では確信に変わっているのだと理解した。
「向うは認めてないけどね」
フランはどこか呆れるように頭の後ろで手を組んでソファにもたれ掛かる。




