第四話 強さの再確認
フローラとリーゼロッテの私服を一からそろえるとなるとかなりの量になってしまい、一段落ついた頃には夕暮れに差し掛かっていた。
「ま、まさか服がこんなに高いなんて……」
アルフレートは見る影もなくなった自身の財布の中を眺めてため息をつく。
荷物が大量になり過ぎてほとんどを配送してもらう事になったせいで余計に出費がかさんでしまっていた。
「お金ないなら、あんな高いコート買ってあげなくても良かったんじゃないかい?」
「う〜ん。でもこれから寒くなるだろうし、この子たちが気に入ったみたいだったから」
「妹に甘いお兄ちゃんだねぇ」
「え、妹?」
「うん。さっきちょっと言っていたよね、使い魔との契約は一生ものだって。ということは家族になったってことでしょ?」
シアメイの言葉を聞いて、アルフレートの中で自分と使い魔との関係性がカッチリと噛み合った。
「そっか……昨日から使い魔って何なんだろうってずっと考えていたけど、そんな単純なことだったんだ」
「妹だなんて恐れ多いです。私たちの事はペットみたいなものだと考えてください」
アルフレートは自らをペットと同列のように扱うフローラの言葉に不快感を覚え、屈むように目線を合わせて彼女の手をとった。
「ペットだなんて思えないよ。こうして言葉を交わすことも出来るんだから」
「……は、はい」
フローラはアルフレートの真っ直ぐな視線から逃れるように目を逸らして頷く。するとアルフレートは彼女を慈しむように優しく頭を撫でた。
フローラのスカートから覗く尻尾が嬉しそうに揺れていたのをシアメイは見逃さなかった。
「あんまり、構いすぎるとシスコンだと思われちゃうかもよ?」
「……感動的なシーンに水を差さないでよ」
アルフレートはシアメイに茶化されて、フローラから離れる。
フローラは不満そうな視線をさりげなくシアメイへ送ったが、シアメイは何か別のことに気を取られたように明後日の方向へ視線を向けている。
すると、これまで大人しくしていたリーゼロッテがアルフレートの服の裾を引っ張った。
「ん? どうしたの?」
「兄ちゃん、あれ」
アルフレートがリーゼロッテの指さす先を見ると、1人の女性が3人のガラの悪い男に囲まれていた。
女性は口を塞がれ、乱暴に人気のない裏路地の方へと連れて行かれる。
「……アルフレート君。あまりこんなことは言いたくなかったんだけど――この国、治安は良くないみたいだね」
「め、面目ない」
シアメイはすぐさま女性が連れて行かれた路地へと歩を進める。
「ちょ、ちょっと、なにする気なの? 今、警察呼ぶから」
アルフレートは携帯端末を耳に当てた状態でシアメイを呼び止める。
「そんなの待っている時間ないだろ!」
それだけ言って、シアメイは裏路地へと走った。
女性を探して二つほど路地を曲がったところで人の気配を感じて立ち止まる。
次の角を右に曲がったところに、数人の人間がいる。そう感じて慎重に様子を確認すると、先ほどの男たちが嫌がる女性を無理やり組み伏せようとしていた。
その光景を見た瞬間、シアメイは近くの壁を全力で蹴りつけていた。石の壁は砕け、辺りに破片が飛び散る。
男たちが何事かと彼女の方を見た。
「なんだ、てめえ?」
いかにもチンピラといった感じの第一声だ。
「あんた達、何をしているんだ?」
シアメイは3人の注意を完全に自分に引き付けることに成功したので、一度沸騰しそうな頭を切り替えるために握った拳を開き、息をゆっくり吐いて気の流れを整えた。
「おい。このガキ、東方人だぞ」
「エウニス学園の制服じゃねえか?」
「いや、大丈夫だ。学生ってことは学園の外じゃ魔法は使えねえはずだ」
「あ、ああ。そういやそうだっ――」
シアメイは地面に転がっていた石を男に向かって蹴り飛ばす。
石は男の反応速度を超え、頬の肉を綺麗に切り裂いた。
「んなっ……」
「魔法が使えないから何?」
男たちの表情から余裕の色が消え、怒りと恐怖で引きつった顔になる。
その表情を見た瞬間に、シアメイにとってとても慣れ親しんだ感覚が蘇って来た。
先日の敗戦、ティアの圧倒的な炎魔法、先ほどのマサムネの閃撃。彼女のプライドを揺るがすものが多かったせいか、この感覚を忘れるところだった。
自身の圧倒的な力で、他者の心を砕く感覚。それを味わった時、自分が絶対的な強者なのだと感じられるのだ。
「ボクは――魔法を使わなくとも、お前たちより強いぞ」
ゆっくりと構え、気を高めていると、男の一人が無策に突っ込んでくる。
シアメイはその素人丸出しのパンチを最小の動きでかわし、首の後ろを蹴り飛ばした。
男はその勢いで壁に激突すると、崩れ落ちて動かなくなる。
「全く、この国はこんな弱いチンピラが粋がっていられる国なのか」
シアメイが残りの二人を睨み付け一歩前へ出ると、二人は明らかに動揺し、一歩後ろへ下がる。
「……ふ、ふざけんな」
女性の近くにいた男が懐から何かを取り出してこちらに向ける。
「こんなガキに、舐められてたまるかっ!」
それは映画などで見たことがある、真っ黒な拳銃だった。
「お、おいっ、そりゃやりすぎだろ!」
「うるせえ、こいつが大人しくしてりゃあ、撃ったりしねえ!」
銃を持った男はシアメイに照準を定めたまま、じりじりと近付いてくる。
どうやらシアメイを取り押さえるつもりらしい。さすがのシアメイもこの距離で銃弾を避ける自信はないので、動きを止めざるを得なかった。
「ずいぶんと用心深いんだな。学生相手に銃まで」
そこまで言ったところで、女性が動き出した事に気が付く。
男たちは二人ともシアメイを警戒しているので、全く気付いていないようだ。
「お前が危険なのはもう十分わかったからな。東方人ってのは化け物のことなのか?」
「ボクは特別だ。お前なんか2秒もあれば簡単に再起不能にでき――」
軽口を叩こうとしたところで、頬を殴られた。
「……や、やってくれるね」
「まだまだ、お楽しみはこれからだぜ?」
銃口を眉間にぐりぐりと突き付けらえる。
「は……はは、そいつは楽しみだ……」
痛みに耐えながらも時間を稼ぐために軽口を叩き続け、男の注意を引く。
腕や脚、しまいには腹に蹴りをお見舞いされるが、気を集中させることで少しでもダメージを軽減する。
今のうちに被害者の女性だけでも逃げてくれないかと思っていたのだが、あろうことか彼女は銃を持っていないもう一人の男へと忍び寄りだした。
彼女は意を決した真っ直ぐな瞳でシアメイに何かを訴えかけている。
「……5……4……」
シアメイは女性の決意に賭け、カウントダウンを開始する。
こちらの意図を理解したのか、女性は一瞬だけウインクをして見せた。
「あ? おい、なんのつもりだ」
「3……2……1……ゼロッ!」
女性が叫び声を上げながら傍観していたもう一人の男へ体当たりする。
女性の力は弱く、男は一瞬よろめいた程度だったが、それだけで十分だ。
拳銃を持った男が、何事かと後ろを振り向いたその隙を突いて、手に持っていた拳銃を裏拳で払い飛ばす。
「なっ!」
「お返しだ!」
足を振り上げ、男のこめかみを蹴り飛ばす。もちろん一撃で昏倒させるだけの威力を乗せた。
「お、お前っ!」
もう一人の男が体当たりしてきた女性を突き飛ばすと、懐へ手を入れたので、シアメイは全速力で男へ接近する。
近くの壁を蹴って跳躍し男の上空を取った。
男は完全に反応が遅れ、シアメイが蹴った壁に向かって取り出した拳銃を発砲していた。
「遅いっ!」
空中で身体をひねり、回転と落下のエネルギーを込めた足を肩へ打ち下ろす。
男は聞くに堪えない汚らしい悲鳴を上げて倒れ、銃を手放した。
肩を砕かれた男の呻き声しか聞こえなくなったところで、足音と声が近づいてくる。
「こっちです。この先!」
アルフレートの声だ。
「あ! シアメイ! だいじょ――う、ぶ?」
アルフレートは地面に崩れ落ちている二人と、呻き声を上げて苦しんでいる男を見てから、もう一度シアメイを見た。
「これ……シアメイが?」
「うん。言っただろ? 時間がないって。ボクがいなかったら、今頃この人がどんな目にあっていたか」
地面にへたり込んでいる女性を見る。
「あ、えっと……助かりました」
「ま、助かったのはボクもだけど。でもお姉さん、なんで逃げなかったんだい?」
「だってあなたが、2秒もあれば簡単だって言ったじゃない」
アルフレートに遅れて何人かの警察官とおぼしき男達が現場に到着した。
「これは、君がやったのか?」
「ええ、まあ」
「学園外での魔法の使用は禁止されているはずだが」
「ああ、使ってないんで大丈夫です。ね? お姉さん」
シアメイが女性に同意を求めると、彼女は慌てて立ち上がる。
「は、はい。そうなんです。私、この子が来てくれなかったらどうなっていたか……」
シアメイは警官への説明は彼女に任せた方がよさそうだと思い、倒れている男たちに目を向ける。
「そうだ。シアメイ、さっき銃声がしたと思ったんだけど」
「うん。たぶんその辺に転がって――」
銃を探して辺りを見渡すと、最初に気絶させた男が意識を取り戻して立ち上がろうとしていた。
「あ、おい!」
警官たちが気付いて取り押さえ向かうが、その前に男は走って逃げだした。
「ったく、面倒だなぁ」
シアメイが追いかけようとしたところで、アルフレートに手で制止される。
「大丈夫だよ。フローラ、リーゼロッテ、行けっ!」
彼の合図で二人が魔犬へと姿を変えて駆け出す。二匹は風のような速さで走り去り、数秒後に遠くから男の絶叫が聴こえてきた。
「ほらね?」
「はは……お見事」




