第三話 シーラの怖いもの
「――次の議題へ行きましょう。11月18日に起きた学園の襲撃事件についてです」
シーラはホワイトボードを一度綺麗にしてから、そこに『ジークベルト』『トウヤ』『ミヤコ』と書く。
「この三人と数十名の魔道士が突如としてエウニス学園、オーウェル城、リードクイン宮殿を襲撃してきた事件ですね」
「あの……シーラ様。ジークベルトって言うのは……」
ヒルダの反応を見て、シーラはこの場でヒルダにだけジークの話をしていなかったと気付く。
「アリサから聞いたのですが、あの赤毛の魔道士の名前がジークベルトと言うそうです」
「ああ、あの炎魔法使いの」
「はい。そして一度は退けたものの、『グーニラ』という魔術士を連れて再度エウニス学園に潜入を試みてきました」
シーラはホワイトボードに『グーニラ』と書き加える。
「このグーニラ・マイヤーという女性ですが、メルヴィル先生とリー・シアメイの報告では毒魔法と闇魔法という強力な魔法を使用していたとのことです」
シーラの説明を受けてヒルダとアリサが視線を交わす。リアンは真剣な表情で唇に手を当て、フランは呆れる様にため息をついた。
シーラはそんなフランの態度を一切気にせずに話を進める。
フランの性格を理解している彼女は、今のフランが『こんなに分かりやすいと自分の出番がない』などと考えているのだと、見抜いていたからだ。
「本体と直接戦ったリー・シアメイは、グーニラはケイオスと同一の存在だと報告してくれました」
「同一……? 協力者ではなくてですか?」
リアンの疑問はもっともだ。
ケイオスは男性であり、グーニラは女性。普通に考えれば両者が同一人物だとは思わない。
「ええ。最初は私も的外れな意見だと思ったのですが――」
シーラはヒルダに視線を送る。
ここから先は魔術士であるヒルダが説明した方が同じ内容でも説得力があるからだ。
「あ――えっと、私がさっきやって見せた姿を消す魔術ですが、あんな感じで人間の視覚や聴覚を欺く魔術はいくらでもあります。姿や声が違っていても同一人物である可能性は十分にあると思います」
「なるほど、そうなると……アリサはどう思う?」
「私ですか? そうですね……私はケイオスの本体と直接会ったことがないので確信は持てませんが、シアメイちゃんがケイオスとグーニラに同じ気を感じたのなら、同一人物である確率はかなり高いと思います」
「それはどうしてだ?」
「もちろん、グーニラが魔術を使って気まで別人のものに変化させている可能性はあります。でも、その気がケイオスと似ているなんていう偶然があるとは思えないからです」
リアンは納得が言ったのか、「そうか」と短く返事をすると、視線をシーラへと移す。
シーラはその視線を、話を次に進めて欲しいという意味だと汲み取った。
「そのグーニラですが、レオンティウスと戦争をしていた十数年前から暗躍していたと私は考えています」
シーラはホワイトボードに『セリーヌ』の名前を書き、『グーニラ』から矢印を伸ばして、魔術による無意識の操作と書き加える。
「無意識の操作……セリーヌ学園長がですか?」
「順を追って話しましょう」
シーラはエルヴィスの持つ『嗅覚強化』のブラッドスキルがセリーヌの中に微弱なグーニラの匂いを感知したこと、リードクイン宮殿でヒルダと共にセリーヌから魔術によって創り出された寄生虫を引き抜いたことを伝えた。
「セリーヌの傷跡は終戦間際に付けられたものだと聞いています。そしてその詳細はソフィア女王陛下の許可がないと話すことが出来ないそうです」
「それって……女王様が何かを隠しているってことですよね?」
「ええ。セリーヌの傷はただの戦いではなく、何か表ざたに出来ない出来事で付いたものなのでしょう」
「そしてその傷がグーニラの魔術に繋がっている……これは私たちだけで話しても答えは出そうにないですね。いっそのこと姉様が……」
リアンは言いかけた言葉をハッとして飲み込む。
フランのブラッドスキルでソフィア女王の隠し事を暴こうなど、おいそれと口に出来る事柄ではないと気付いたからだ。
「…………どうするシーラちゃん。シーラちゃんがやれって言うなら私、本気でやっちゃうけど?」
フランはソファでふんぞり返りながら不敵に笑って見せる。
その目を見たときにシーラは背筋が凍るような恐怖を覚えた。
近衛7騎士には政治的、軍事的に重要な役職についている人間は任命できないという制約がある。
そのために、シーラは既に完成された実力のある魔道士を探すのではなく、将来性のある未完成の魔道士を7騎士に任命してきた。
フラン・ローズ、リアン・ローズ、ヒルデガード・エメット、アリサ・サクライ。
それぞれが替えの効かない能力を秘めつつも、いまだ成長の途中にいる天才だとシーラは考えている。
中でもフラン・ローズはシーラにとって一番の部下であり、一番の友であり、この世で一番怖い存在だった。
フランはいつだってシーラの味方であり、それが覆ることは恐らくないだろう。
しかし、それでもシーラはフランが恐ろしかった。
彼女の能力の前では、誰一人として嘘をつくことが出来ない。
もしも嘘をついたのなら、フランは瞬時に見抜いてしまう。
人間は大人になればなるほど、嘘をつくものだ。
誰かを欺くためでなくとも、何もかも本当の事をベラベラと他人に話してしまう者など、そうそういるものではない。
彼女と話していると、自分の考えていること、抱えているものが全て見透かされているのではないかという気分になってしまう。
もちろん、フランは人の心を全て暴こうなどと考える女性ではないと分かってはいるのだが、それでも彼女に対する恐怖心は事あるごとに顔を覗かせるのだった。
「……シーラ様?」
リアンに声を掛けられて、シーラはハッと我に返る。
「――いえ……そうですね。時が来たらフランにお願いするかもしれません」
「おっけ~、任せてシーラちゃん」
「よ、よろしいのですか? いくらシーラ様とはいえ、女王陛下にそのようなことをしては……」
「もちろん、フランの力を借りずに陛下に自ら説明して頂くのが一番だとは私も思っています。ですが、陛下がそれを拒むのなら、フランの力を使うのもやむを得ないでしょう」
「そうですか……」
言葉とは裏腹にリアンの表情は納得いかないというものだったが、シーラは気にせずに話を次に進める。




