第二話 ケイオスの魔術
シーラはホワイトボードにケイオスが使った魔術らしきものを羅列していく。
1、監視カメラに対象が映らなくする。
2、黒い霧で身体を覆った後、姿を消す。
3、自白剤のような特殊な薬。
4、魔法陣による転移。
5、市民の一斉洗脳と遠隔操作。
6、実体のある分身。
7、異空間への移動。
「事件に関わった一人一人からもっと詳しく聞けばこれ以外にもあるかも知れませんが、私が知っているのはこれだけです。どうでしょう、ヒルダ。この中にあなたも使うことの出来る魔術はありますか?」
「……少し時間をください」
シーラの問いにヒルダは即答せず、ブツブツと小さな声で何かを呟きながら思考を巡らせる。
5分ほどの長考の末にヒルダはシーラに視線を戻した。
「1番と2番の魔術は出来なくはないです。見てください」
ヒルダは立ち上がると小さな声で何かの呪文を唱える。
すると、彼女の身体がゆっくりと揺らぎ、薄れ、空気に溶ける様に消え失せた。
「――これは……フラン、リアン、どうですか?」
「す、すごいね……どこにいるのか全く分からないや。消える前に予測しておかないと私じゃ捉えられないみたい」
「私もダメですね。ヒルデガードはこちらに敵意を持っているわけではないので、この部屋の中に嫌な気配のする所はありません」
「ではヒルダ、その状態でこの中の誰かを攻撃しようとしてみてください」
シーラが部屋のどこかにいるヒルダに指示を出す。
数秒後に、フランとリアンが同時に土属性の防御魔法をソファに座っていたアリサの周りに展開する。
「わわっ!」
驚くような声と共に、土魔法の近くの空間が揺らぎ、ヒルダが姿を現した。
「び、びっくりしたぁ」
「ふむ。これでかろうじて対抗策が見えてきましたね」
「どうして私の攻撃のタイミングが分かったんですか?」
ヒルダがローズ姉妹に尋ねる。
「私のブラッドスキルは人に対して働く勘なの。ヒルダちゃんが見えなくて力が使えなくても他のみんなには使えるから、攻撃されるタイミングを感じ取ることは出来るんだよ」
「私も姉様と同じだ。アリサがいる場所に少しだけ嫌な気配を感じたんだ」
自分の力を説明しながら、二人は展開していた土魔法を消す。
「お二人のブラッドスキルって本当にすごいですね」
「ええ、頼もしい限りです」
ヒルダが素直に感心する中、シーラはアリサに無機質な視線を向ける。
「ですが、アリサ……あなたは守られる必要などなかった様ですね」
「え――」
「あなたには全て見えていた……違いますか?」
「あ、いえ……見えていたって訳じゃないですけど、ヒルダちゃんの魔術は姿を消すだけのものだったので、ヒルダちゃんから出ている気を感じ取れば見えなくても居場所くらいは分かりました」
アリサの説明にフランは目をキラキラさせて彼女に近寄る。
「すっごいねえアリサちゃん! ねえ、シーラちゃん、アリサちゃんが入ればそのケイオスって人も捕まえられそうじゃない?」
「ええ。そう思います。ヒルダはどうですか?」
ヒルダは真剣な表情のまま答える。
「ケイオスの魔術が私の使った魔術と同じなら大丈夫だと思います」
「どういうことですか?」
「アリサちゃんの言う気に関して私は詳しくないですが、『黒風の太刀』のマサムネさんは気の達人だとジェイク君から聞いています」
そこまで聞いてシーラはヒルダが言おうとしていること察した。
「『黒風の太刀』が取り逃したということは、ケイオスの魔術はヒルダの魔術とは別物ということですか」
「はい」
「じゃあ、見えなくなる魔術とは別に、気を遮断する魔術も使っているってこと?」
アリサの問いを受けて、ヒルダは一つの仮説を立てる。
「複数の魔術を同時にっていうのは、あんまり現実的じゃないかな。魔法だって二種類同時に使うのは難しいでしょ?」
「ならどうやってるの?」
「魔術結界――だと思う。事件の規模からしてかなりの準備が必要だけど」
「結界って、確か学園の屋上でヒルダちゃんが壊した奴だよね?」
アリサは学園の屋上で航空機の銃撃を受けた時の事を思い出しながら尋ねる。
「うん。予め一定の範囲に仕掛けておく魔術の事なんだけど、ケイオスはそれをニトラ市に張り巡らせてたんだと思う」
「魔術結界……私とリアンと共に各地を巡って壊して回った魔術ですね。詳しくお願いします」
シーラはホワイトボードに魔術結界と書き、1番と2番の魔術を丸で囲んで線で結ぶ。
「はい。結界には大きく分けて二種類あります。1番の魔術結界は常時発動型。特定の魔術処置を施した対象が結界の範囲内ではカメラに映らなくなるというものだと思います」
「なるほど、それなら事前に準備していれば魔術の使えないアッシュやカーミラも結界の範囲内ではカメラに映らないというわけですか」
「はい、質問! 魔術結界ってエネルギー源はどうなってるの? まさか、ケイオスがずっと魔力を注ぎ続けているわけじゃないよね?」
フランがまるで生徒にでもなったように元気よく挙手して質問する。
「もちろん、さすがにそんなことは出来ないと思います。恐らくは大量の生贄や星の位置、地脈などを駆使して発動させているんだと思います」
「い、生贄……は、まあ分かるけど、星の位置と地脈って?」
「星っていうのはとても大きな生命体なんです。そして、その星が特定の位置にあるときに、星々からエネルギーを得ることができます。同じように私たちがいる地球も星であり、地球の中には莫大なエネルギーが流れているんです。そのエネルギーの流れる道のようなものを私たち魔術士は地脈と呼んでいます」
「分かるような……分からないような?」
「そこに関しては理解が及ばなくても問題はないでしょう。私たちは魔術士ではないのですから。ただ、そういった方法でケイオスはエネルギーを得て結界を使っていたということです。ヒルダ、続きを」
正直に言うとシーラも完璧には理解できなかったが、魔術を自分が使う必要は無い以上は理解する必要はないと割り切った。
「えっと……2番の魔術結界は任意発動型です。あらかじめ、複雑な指定を大量に施しておいて、結界範囲内で術者が好きなタイミングで発動させられるものです。複雑な魔術式は事前に組んであるので、使うときは結界内の誰に使うのかという指定だけで済みますから、目に見えず気でも捉えられないという複数の効果を掛け合わせることも無理なく可能です」
「事前に時間を掛けて準備さえしておけば、使うときは簡単に出来てしまうということですね。彼らには準備時間はいくらでもあったでしょうから、1番と2番は魔術結界という線でまず間違いなさそうですね」
「もしかして、ヒルデガードちゃんは他の魔術もどういうものか説明出来る感じ?」
「全部、私の推察ですけどね……」
「それで構いません。ヒルダ、順番にお願いします」
「じゃあ、3番と5番。これはたぶん秘薬を使ったんだと思います」
「秘薬――ですね」
シーラはホワイトボードに秘薬と書いて、3番と5番を丸で囲んで線で結ぶ。
「秘薬は様々な薬品、薬草、生贄などを混ぜ合わせ、魔術を練りこんだ薬です。薬を飲むことで魔術が発動します」
「なるほど、これは簡単ですね。つまり、飲んだ相手を操る秘薬を作ったということですか」
「はい。何を調合して作ったのかまでは分かりませんけど――」
「あれ? ちょっと待って?」
アリサが何かに気付いたようにヒルダの言葉を遮る。
「私はあの時、ニトラ市の人を操っているノートパソコンを見つけたんだけど、それだとあのパソコンは何だったのかな?」
「ノートパソコン?」
「うん。マサムネさんが妙な気を感じるって言うから、ジェイク君が壊しちゃったんだけど……私はてっきりあのパソコンでニトラ市の人を操作してたのかと思ってたよ」
「操作……だとしたら……」
ヒルダは少しだけ考える様に俯いてから、顔をあげる。
「秘薬で洗脳した街の人たちに同時に指示を出すために、魔術結界を応用したのかも。で、それの端末として魔術をパソコンにも施して、パソコンから人々を操作した……とかかな? 正直、よくそんなこと思いつくなって話だけど」
「色々と見えてきましたね」
シーラは5番を魔術結界とも線で結ぶ。
「だが、ヒルデガード、どうやって街の人たち全員に秘薬を飲ませたんだ?」
「え? それは……」
リアンの質問にヒルダは黙り込む。
「確かに、ニトラ市の市民全員に秘薬を飲ませるのは現実的ではありませんね。一人一人襲うわけにも行かないでしょう」
「あ――それなら私、分かるかもしれません」
アリサが控えめに手をあげる。
「暗殺術の中には、井戸に毒を入れるというものがあります」
「井戸に毒――なるほど、水道ですね?」
「はい。ニトラ市の水道に秘薬を流し込めば、ニトラ市の人たちは気付かないうちに秘薬入りの水を口にすることになります」
「恐ろしい話ですね。後で水道会社に連絡して調べさせましょう」
シーラはホワイトボードに視線を戻す。
「残るは、4、6、7ですか」
4、魔法陣による転移
6、実体のある分身
7、異空間への移動
「この3つに関しては魔術ではない気もします。4番はかろうじて魔術で再現できそうですが、6番と7番は規模が違いすぎます。どちらかというと魔法よりの力だと思います」
「そうですか、しかし4番は再現が可能なのですか? 転移と言うと『ビーストマスター』の使い魔の転移魔法が思い浮かびますが……」
「確かに転移自体は魔法よりですけど、アルフレート君の使い魔みたいに、それを使える生物がこの世にはいるってことですよね。それなら、その生物の血液を利用して魔法陣を描いて、肉や内臓、脳などを生贄にすれば出来なくはないと思います。やりたくないですけど」
ヒルダの恐ろしい説明にシーラは暫しあっけに取られていたが、すぐさま我に返って咳払いをする。
「な、なるほど……怖気が走る方法ではありますが、ないとは言い切れませんね」
「ちなみに、アルフレート君の使い魔の血液とか爪とかが手に入れば、それをその辺の動物に掛け合わせてキメラにして、今言った実験が出来ますけど……」
「い、いえ! それは結構です!」
シーラは珍しく一目で分かるほどに感情を表情に出して断った。




