第二十五話 魔術士の影
11月27日。
ジェイクとヒルダの二人が正式に近衛7騎士に任命される。
アリサはアデライード王国の国籍を取得するまでは7騎士に任命できず、候補者という形で発表となった。
また、ソフィア女王も新しい近衛7騎士を発表。
エウニス学園魔法科教師のシェリー・カリーナ・メルヴィルと、元サンドラ女王近衛7騎士にして、レイランディー基地所属第6中隊中隊長のアイリーン・メイブリック大尉を近衛7騎士に任命した。
ソフィアとアイリーンは旧知の仲であり、今回エウニス学園の防衛に急遽彼女の部隊が回されたのも、ソフィアの根回しによるものだったそうである。
騎士名はシェリーが『天使の翼』、アイリーンが『飛龍の翼』、そしてジェイクが『氷騎士』となった。
任命式の後、リードクイン宮殿では女王主催のパーティーが開かれた。
王族、政府の役人、魔法軍の高官、近衛7騎士以外にも、セリーヌやエルヴィスたちなどエウニス学園の教師生徒も参加している。
「セリーヌ、一緒に来て欲しいのですが、いいですか?」
「シーラ? ええ、いいけどどこへ?」
「屋上のテラスです」
シーラはセリーヌを連れ出すと、エレベーターに乗り込んで屋上のテラスへと移動する。
「ここには……私もあまり来たことがないですね」
セリーヌはテラスを見まわして呟く。
「それで? こんなところへ連れ出して、どうしたの? 何か悩み事でもあるのかしら?」
「悩み……そうですね。悩みです。幼い頃から知っている、もう一人の母のように想っているセリーヌについて、私は悩んでいます」
「何を言っているの?」
セリーヌはシーラが自分を見ていないことに気が付く。シーラの視線はセリーヌの後ろに向けられていた。
「どうですか、エルヴィス・レイモンド?」
「はい。やっぱり勘違いじゃなさそうです」
「そうですか、ではお願いします」
セリーヌが振り返ると、そこにはエルヴィスとヒルダの姿があった。
エルヴィスは右手のグローブを確かめるように手をグーパーと握っている。
「な、何をして――」
エルヴィスはセリーヌへ右手を向けると、古代魔術具である右手のグローブ、『炎鎖の右手』に魔力を込める。
強力な炎魔法の鎖が発射され、セリーヌの身体を縛り上げる。
「臭うんだよ、ファネル学園長。あんたからな」
「くっ、こ、これはどういうことですか!」
「あんたなら俺のブラッドスキルは知ってるだろ。『嗅覚強化』の力ではっきりと臭うんだ。あんたから、あの黒いローブを着た魔術士の女と同じ匂いがな!」
「で、でたらめです! 第一、私はあの魔術士と直接戦ったのですよ? それはシーラとエメットさんなら知っているでしょう!」
強力な力で縛り上げられて、セリーヌの表情が苦しそうに歪む。
シーラは悲しそうな顔でセリーヌに近付く。
「それは私も分かっています。ですが、あの魔術士が分身と変装の魔術を使っているとも考えられます」
「違います! 私は私です! セリーヌ・エウニス・ファネルです!」
抗議するセリーヌにヒルダが近付く。
「エルちゃん、ちょっと目をつむってて」
「あ、ああ」
エルヴィスが目を閉じるとヒルダはセリーヌの身体を触って、何かを確かめる。
「――ここか」
セリーヌのドレスを引き下げて、右の鎖骨の下を露出させる。
「あっ、そこは……」
そこには、とても大きな傷跡が残されていた。
「ここです、シーラ様」
「それは……確か戦争で付けられた傷跡でしたか」
ヒルダは血の入った小瓶を取り出すと、黒い手袋を外す。
痛々しい火傷跡が目立つ指先に血を付けて、セリーヌの傷跡に魔法陣を描く。
「な、何をしているのです!」
「エルヴィス・レイモンド、しっかり押さえてください」
シーラが命じて、エルヴィスはセリーヌが暴れないように拘束を強める。
ヒルダは自分の手のひらにも魔法陣を描くと、共通語ではない言語で呪文を唱え始める。
二つの魔法陣が輝き、ヒルダの変色した髪の毛と右目が紅い光を放って反応する。
ヒルダの手のひらの魔法陣から炎の糸のようなものが飛び出してセリーヌの魔法陣と繋がると、セリーヌは激痛で叫び声をあげる。
「セリーヌ! ひ、ヒルダ? 大丈夫なのですよね?」
「は、はいっ! もう……少し……見つけたっ!」
ヒルダは炎の糸を両手で掴むと、力任せに引っ張り上げる。
炎の糸はセリーヌの身体の奥まで繋がっており、傷跡が裂けると共にセリーヌの身体の中からどす黒い塊が引き抜かれた。
「で、出たっ!」
「それが、臭いの正体なのですか?」
「あ、ああ。間違いないですよ。この塊からあの魔術士と同じ嫌な臭いがしやがる」
エルヴィスが炎の鎖を消すと、セリーヌは床に崩れ落ちて傷口を押さえる。
「セリーヌ、今治します!」
シーラが駆け寄って水魔法のブラッドスキルでセリーヌの傷口を治療した。
「……な、何なのですか……それは?」
セリーヌが自分の身体から出たおぞましい塊を見ながら尋ねる。
「これは……私も見るのは初めてですけど、魔術で作られた寄生虫の類だと思います」
「き、寄生虫?」
「ファネル学園長、その傷は誰に付けられたんですか?」
「そ、それは……」
セリーヌは傷跡を押さえたまま口ごもる。
「教えてください、セリーヌ!」
「だ、駄目よシーラ。それだけは私の一存では決められない。ソフィアの許可がないと……」
「お母様の?」
シーラは気持ちを落ち着ける様に息を吐くと、いつもの無表情でヒルダを見る。
「ヒルダ、その寄生虫について教えてください」
「はい。これは人に寄生してゆっくりと魔力を食べて大きくなるタイプだと思います。そして、成長してくるにしたがって、魔術士の思うままに宿主を操ることが出来るようになる」
「なら、セリーヌは操られていたということですか?」
「まだギリギリそこまでのレベルではないと思います。恐らくは、無意識のうちに魔術士の望んだ行動を取ってしまう段階です」
「確かに結果からみれば、今回の事件ではセリーヌが学園に残っていた方が向こうからすれば都合が悪かった」
「そ、そんな……私は私の意志で作戦に参加したのですよ?」
「宿主が気付かないくらいゆっくりと、脳まで侵食していくタイプなんです。ファネル学園長は自分で決めたことだと思っていても、本当は寄生虫によってそのことしか考えられなくなっていた可能性が高いです」
セリーヌはショックから倒れそうになり、シーラが支える。
ヒルダは炎魔法で寄生虫を焼き殺してから、黒い手袋をはめた。
「セリーヌがいつから寄生されていたのかは知りませんが、この分だと九条家に関係のある東方人を学園に集めたのも敵の魔術士の意志かもしれません」
「……悔しいけど、否定は出来ませんね」
「ヒルダ、引き続き私に力を貸してください。敵はまだ国内にいるかもしれません」
「はい」
「それと――」
シーラはエルヴィスを見て、少しだけ無表情を崩して微笑む。
「よい働きでした。その力と武器をもっと使いこなせるように励んでください。場合によっては、また力を借りることになるかもしれません」




