第二十三話 止まらない想い
11月24日。
ジェイクは見覚えのある病室で目を覚ました。
傍らにはアルフレート、フローラ、リーゼロッテの姿が見える。
「――ジェイク!」
アルフレートはジェイクが目を覚ましたことに気が付いて声をあげる。
フローラとリーゼロッテは嬉しそうに駆け寄って彼の手を握った。
「よかった! ジェイク、死んじゃったのかと思ったよ!」
「お前は……弱いんだから無茶するなって言っただろ!」
フローラはジェイクが目を覚ましたことに安心すると、怒りが込み上げてきたのか涙目で睨む。
「わ、悪かったよ……心配してくれたのか?」
「誰が人間の心配なんかするものか!」
アルフレートはフローラの頭に手を置いて彼女を宥める。
「ジェイク、こう言っているけど、フローラだって本当は――」
「分かってるよ。ありがとうな、フローラ」
フローラは「ふんっ」と鼻を鳴らせてそっぽを向く。
アルフレートとジェイクは顔を見合わせて笑った。
しばらく他愛もない話をした後、ジェイクが尋ねる。
「それで……アリサはどうしてるんだ?」
「あ……うん。今日の昼前には目を覚ましたよ。もちろん、洗脳も完全に解けていた。けど、どうやらアリサは自分が洗脳されて何をしたのかも全部覚えているみたいなんだ」
ジェイクも恐らくアリサは覚えているだろうと考えていたが、それが現実の言葉として突きつけられると、やはりショックだった。
「なら、責任を感じちまってるのか?」
「うん。洗脳中にしたことに対してもそうだけど、そもそも一人で敵地に向かったことにもね」
「そうか……よし、じゃあ行くか」
ジェイクは明るいトーンで言い放つと、ベッドから降りて立ち上がる。
「ちょっと、ジェイク! 大丈夫なの?」
「当たり前だろ? この前、腕を切り落とされた時だって、目が覚めたら完全回復してたし、退院もすぐだった。今回もシェリーちゃんが完璧に治してくれたみたいだしな」
ジェイクは笑いながら貫かれた腹部をさする。
「……い、良いのかな?」
「病院的には良くないかもだが、何よりアリサが心配だ。会って話したい」
「分かった。案内するよ」
ジェイクはアルフレートに連れられて病室を出る。
エレベーターで別の階に移動すると、とある病室の前にシアメイ、ティア、レティスの三人が立ち止まっていた。
「アル様。それに――」
「ジェイク! だ、大丈夫なの?」
「ちょっと、ティア。病院だから」
「あっ、ご、ごめんなさい」
ジェイクは苦笑いを浮かべながら3人の近くまで移動する。
「傷はシェリーちゃんが治してくれたみたいだから大丈夫だ。それより、この病室か?」
「ええ、アリサの病室よ」
「今は魔道医師の先生とシーラ王女様たちが話してる。ボクたちは邪魔だからって追い出されちゃったんだよね~」
シアメイが頭の後ろで手を組んで、あっけらかんと言う。
「邪魔とまでは言った覚えはないですよ」
「うえっ?」
会話が聞こえていたのか、病室から出てきた医師の女性がシアメイを半目で睨む。
「レティス、皆さん。迷惑を掛けました」
「ごめんね、ティアちゃん」
「ん? アルフレートも来たのか」
医師の女性に続くように、シーラとローズ姉妹が病室から出てくる。
アルフレートがローズ姉妹と二言三言会話をしてから、入れ替わるようにジェイクたちはアリサの病室に入った。
「――っ、ジェイク……君?」
「よお、アリサ」
ジェイクはあくまでもいつも通りの態度を崩さずにアリサに近付き、ベッドの横の椅子に腰かける。
「だ、大丈夫なの?」
「もちろん。この通りだよ」
ジェイクは服をたくし上げて腹部を見せる。
傷跡は少し残っていたが、傷自体はしっかりと塞がっていた。
「ねえ、ボクたちはどっか行ってない?」
「そうね。邪魔しちゃ悪いわ」
二人の雰囲気を察したシアメイとティアが提案し、ジェイクを残して病室を離れる。
そんな仲間たちをジェイクは横目で見ながら笑った。
「なんか気を使わせちまったみたいだな」
「う、うん」
「でもよ、これでゆっくり話せるな」
アリサは少しだけ顔を赤らめたあと、首を振って気持ちを落ち着かせる。
「――ジェイク君、ごめんなさい」
アリサはジェイクに深く頭を下げる。
「謝るなよ。洗脳されてた時にやったことなんか気にするな」
「そうじゃないの。洗脳とか以前に、私はずっとあなたや学園のみんなに隠し事をしてきた。学園が襲われて、みんなが怪我をしたにもかかわらず、私は過去をなかったことにしたくて誰にも情報を渡さなかった」
アリサが頭をあげてジェイクと視線を合わせる。
「ジェイク君は私を信じてくれていたのに、黙って一人で戦いに行った。全部、私の心の弱さが招いた結果だよ。だから、ごめんなさい」
「その話、さっきシーラ王女たちにもしたのか?」
「えっ?」
ジェイクの想像とは少し違った反応に、アリサは戸惑いながら答える。
「うん、したよ?」
「王女様はなんて言ってた?」
「……あなたのしたことは無謀とも取れる行動で、褒められる要素がどこにもない。でも、もしその行動の結果に責任を感じているのなら、私の下でこの国のために働きなさいって……」
シーラ王女の発言を聞かされて、ジェイクは呆れ顔で言う。
「この状況で近衛7騎士への勧誘ってことか? さすがだな、シーラ姉さんは」
「え――姉さん? えっ?」
動揺するアリサにジェイクは笑いかける。
「隠し事の一つや二つ、誰にでもあるさ。それこそ死んでも言いたくないことだってあるもんだ。お前にとっては、家のことがそれだったんだろ?」
アリサは小さく頷いて返す。
「ま、さすがに無茶が過ぎたってのは、俺も同意だ。だからお前の取った行動に対して、肯定はしないぞ。正直に言うと、話してくれなくてショックだった」
「う……ごめんなさい」
「おう。だから、もしアリサが申し訳ないって思うなら、それは言葉じゃなくてこれからの生き方で示すべきだ」
「生き方で? 近衛7騎士になって国に仕えろってこと?」
「そうは言わねえよ。必ずしもそれが、アリサが取った行動で被害を受けた人たちに対しての償いになるのかは分からないしな」
「ど、どういうこと?」
ジェイクにしては珍しい回りくどい言い方に、アリサは話の全貌が掴めずに首を傾げる。
「つまり、他の奴らに対しての責任とか償いとか、俺はそういうのは分からねえ。自分で考えろ」
「うぅ……は、はい」
「でもな、俺に対しては別だ。とあることを約束してくれたら、俺はアリサから受けた仕打ちを綺麗さっぱり忘れるし、幸せになれる」
「し、仕打ち…………何を約束すればいいの?」
それは、本当に自然に、息をするようにジェイクの口から発せられた。
しかし、冗談などではなく、こういう時ほど彼は本気で言っているのだと、アリサはこれまでの経験で分かっていた。
「俺と結婚してくれ」
ジェイクの言葉を理解するのに、アリサは数秒を要した。
そして顔をゆでダコのように真っ赤にしてうつむく。
「い、いくら何でも卑怯じゃない?」
「卑怯? どうしてだ?」
「だ、だって、その流れで言われたら、こ、断れるわけない!」
「だろ? さっき思いついたんだが、これなら絶対断れないよな」
アリサは真っ赤な顔のままでジェイクを睨む。
「ひ、酷い!」
「何とでも言えよ。さすがに俺も今回は死んだと思ったんだぞ」
「だ、だとしても、け、けけ結婚とか大事なことを、こんな脅迫みたいな形で決めようとしないでよ!」
「いいんだよ。俺は人が結構簡単に死ぬんだなってことを、身をもって実感したんだ。だから、欲しいものは我慢しない。お前が欲しい。だから結婚してくれ」
まくしたてるジェイクの言葉に、アリサは嬉しさと恥ずかしさと怒りと後ろめたさが混ざり合った複雑な感情に頭をパンクさせそうになる。
「…………い、一日、考えさせて」
「嫌だ、今答えてくれ」
「うぅ……」
「お互い好きなのは伝え合ってるんだし、いいだろ?」
「そ、そうだけどっ! そうだけどぉ……」
アリサは真っ赤な顔で頭から湯気を出すように悩みぬき、絞り出すような声で答えた。
「――――ます」
「え? なんだって?」
「…………よろしくお願いします」
アリサの返事を聞いて、ジェイクは気を抜いたように笑う。
「愛してる、アリサ」
「……バカ」
ジェイクは椅子から立ち上がると、ベッドに近付いてアリサの肩に手を置く。
アリサは彼の意図に気付いて目を閉じた。
頬にジェイクの手が触れたかと思うと、唇に何かが押し当てられる。
その瞬間だけ、アリサは自分のしたことに対する罪悪感を忘れた。
「――ん……ん? んぐ!」
アリサは突如として口の中に挿入された異物に驚いてジェイクを半ば強引に引き離す。
「うわっ、お、おい、何するんだよ、いいとこだったのに」
「き、急に舌を入れないでよ! 私、初めてなのに!」
「お、そうなのか? 悪い……でも、このくらいで驚かれてたら、この後大変だぞ」
「こ、この……後って?」
「いや、そりゃあ、ここまで来たらするだろ」
ジェイクはアリサの下半身にかかっていた掛け布団をめくる。
「安心しろ、優しくするから」
「え? ま、待って、急すぎない?」
「俺はずっと前からしたかったぞ?」
アリサは自分を覆う様にベッドに乗り、じりじりと迫ってくるジェイクに対して焦りを覚える。
アリサもジェイクの事が好きなのは確かだ。
しかし、ここまでの急展開など想像していなかった。
「いや、でも私たちまだ学生だし、そういうことはちょっと早いんじゃ……」
「学生って言っても、もう成人してるんだし、大人だろ俺たち」
「わ、私の国の成人は二十歳なの!」
「大丈夫、俺と結婚すればアリサもアデライード人だ」
「……ば、ばかぁ」
ジェイクの強引な押しに根負けして、アリサは目を瞑って身を任せた。
服に手を掛けられたところで、ピタリとジェイクの動きが止まる。
異変を感じて恐る恐る目を開けると、ジェイクの首筋に水魔法の刃が当てられていた。
「――し、シェリーちゃん、冗談だろ?」
ジェイクの後ろには、腕組みをして額に青筋を立てたシェリーが立っていた。
アリサの位置からだと、シェリーが凄く怒っているのがよく分かる。怒りながらにこやかな笑顔を作っていた。
「それはこっちのセリフよ、ジェイク君。勝手に病室を抜け出したばかりか、アリサちゃんに何をしているの?」
「いや、これはその……お、思いが通じた結果といいますか」
「そう。よかったわね。でも、さすがにこれはやりすぎだと、先生は思うなあ?」
「こ、恋人同士なら、普通にやっていることだと思うんですが……」
「せっかく繋ぎ止めてあげた命を無駄に散らしたくないなら、その減らず口を閉じなさい」
「すみませんでした」
ジェイクはおずおずとベッドから降りると、シェリーに連れられて病室から出て行った。




