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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
明鏡止水編
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第二十話 九条理沙

 校舎からグラウンドへと飛び降りたアルフレートは、地面に風のクッションを展開してジェイクと共に難なく着地した。


 そして、即座に周囲を確認する。


「えっ――」

「マジかよ……」


 アルフレートとジェイクは目の前の光景を見て絶句した。


 校舎から箱を盗み出したミヤコが、エルヴィスとヴィニーの二人に捕らえられていたからである。


 少し離れたところでは、同じように駆けつけてきたのか数人の生徒と教師、それと軍人たちが黒いローブを着た敵と交戦している。


「よう、ジェイク、アルフレート。遅かったな」


 ミヤコはグラウンドの地面から伸びる炎の鎖によって仰向けに拘束され、完全に身動きを封じられている。


 よく観察すると、炎の鎖は地中を通ってエルヴィスの右手のグローブに繋がっているようだ。


 さらに酷いのは、ミヤコの服と地面に散らばったナイフなどの武器を、ヴィニーが水魔法を凍らせて封じていることだ。


 ここまでされては、例えマサムネでも脱出は難しいだろう。


 極めつけは炎の鎖がミヤコの口に入り込んでいることだ。これでは自害も出来ない。


 これ以上ない敗北の姿だとアルフレートとジェイクは思った。


「どうやったんだこれ? お前ら、この前はこいつにやられたんだよな?」

「それに、どうしてこの場所に?」


 普通に救援に駆け付けたなら、グラウンドの奥で暴れている敵と交戦しに向かうはず。しかし、エルヴィスとヴィニーは気配を断つことに特化したミヤコを見つけ出し、二人だけで拘束していた。


「この前の戦闘辺りから、なんか匂いに敏感になってさ。この女の匂いも覚えていたんだ」

「匂い? もしかして『嗅覚強化』か?」

「たぶんそれだと思う。それと単純な匂い以外にも、なんて言うのかな、嫌な臭いがあるんだよ。その臭いがあるところに前はこいつがいたんだ。だから今回もその臭いを頼りにここで待ち伏せさせてもらった」


 ミヤコは悔しそうにうめき声をあげてもがき、口に突っ込まれている鎖を噛む。


「……で? このエロい縛り方してる鎖はなんだ? ただの魔法じゃないよな?」

「おまっ! エロいは止めろ! この古代魔術具(ロストアイテム)は俺の親父の形見だぞ!」


 ジェイクの言葉に苛立ちを覚えたエルヴィスはグローブを見せつけるように右手を掲げる。


 しかしそのせいで縛る力が強まったのか、ミヤコが再びうめき声をあげる。


「…………なんかここまでくるとかわいそう」


 憐みの視線をアルフレートから向けられて、ミヤコは鎖を強く噛みながら目に涙を浮かべた。


「強力な炎の鎖を出すグローブか。すごい古代魔術具だけど、この前まで持っていなかったよね?」

「ああ。俺が大怪我をしたことを知ったお袋が家から送ってくれたんだ。ランクA相当の力がある鎖だからな。俺の土魔法をバターみたいに斬りやがったこいつも、さすがにこの鎖は斬れなかった」

「箱もこうして取り戻したし、あとは正門前の剣士とあっちのローブの敵を捕らえれば終わりだな」


 ヴィニーが取り返した箱をアルフレートとジェイクに見せる。


「待て、ヴィニー。なんかやばい臭いがしやがる。この女を捕まえる前よりも、ずっと醜悪な臭いだ!」


 エルヴィスが声を上げ、3人は緩んでいた感覚を戦闘レベルまで引き上げる。


「俺の鎖とヴィニーの魔法はこいつの拘束で手一杯だ。ジェイク、アルフレート頼むぞ!」

「ああ。お前の鼻の次は、俺の目を頼ってくれ!」


 ジェイクは魔力を両目へと集中させる。


 両目に流れる血液が脈動するような感覚を覚え、ジェイクの目は再び覚醒した。


「隠れるのが随分得意みたいだが、俺に丸見えだぜ!」


 ジェイクがグラウンドの端の植え込みに右手をかざす。


 水色の魔法陣を展開しランクAの水魔法を召喚しようとした、その刹那だった。


 覚醒し過ぎた彼の目は、植物の裏に隠れていた人物の姿を完璧に視認してしまった。


 それ故に、ジェイクは水魔法を放つことが出来ず、敵に先手を許した。


 漆黒の風がグラウンドを駆け、ジェイクとアルフレートの脇を通り過ぎ、ヴィニーの左手に握られた箱に突き刺さる。


「なっ――」


 返しの付いた極小の針。


 黒塗りされ、夜の闇にまぎれた針は、漆黒の糸に繋がれて箱に突き刺さっている。


「まずいっ! ヴィニー放すな!」


 ヴィニーは箱を両手で抑えようとするが、彼が力を入れるよりも速く、箱は植え込みの茂みへと引き込まれた。


「フローラっ!」


 アルフレートはフローラに合図して茂みに向けて風魔法を放つ。


 その一撃は、一瞬の攻防の中でアルフレートたちが取ることの出来る攻撃の中で最速だったにもかかわらず、箱を奪った犯人は風魔法の直撃よりも速くに茂みから脱出した。


 一筋の黒風がグラウンドを走り抜ける。


 闇に溶ける漆黒のマントを纏った少女の動きに、ジェイクだけが反応して先回りし立ち塞がる。


「アイス・サンクチュアリ!」


 少女と自分を囲うように氷の壁を展開する。


 逃げ場を失った少女は動きを止めた。ジェイクを睨みつけ、脱出の隙を伺っているのだろう。


 ジェイクは左手に持っていた『天羽々斬(アメノハバキリ)』を抜くと、少女に突き付ける。


「どういうことだ……アリサ」


 箱を抱えてジェイクを睨む少女は、ミヤコと似たような異国の服を着て黒いマントを羽織っているが、その顔はどう見ても彼が想いを寄せていたアリサ・サクライだった。


「えっ、あ、アリサ?」

「本当だ! どういうことだ?」


 アルフレートとエルヴィスがアリサを見て驚きの声を上げる中、ヴィニーがアリサと拘束されているミヤコとを見比べる。


「……似ている」

「何がだ?」

「気付かないのかエルヴィス。サクライさんと九条美夜子だ。体格は違うが、顔は良く似ている。それこそサクライさんが数年後には――」

「止めろ、ヴィンセント!」


 ヴィニーの推理をジェイクが怒鳴りつけるように止める。


「アリサは俺たちの味方だ! 間違ってもそこの女やあっちにいるクソ剣士とは関係ない!」

「しかし、それならこの状況をどう説明するつもりだ?」

「それは……」


 ジェイクが言い淀むと、その隙を突くようにアリサが動き、ジェイクに殴りかかる。


「――っ!」


 すんでのところでジェイクはアリサの攻撃を回避した。


「何だ、その武器……爪?」


 アリサの拳に嵌められた手甲にはカギ爪のような四本の刃が装着されていた。


 それは大和国では『手甲鉤』と呼ばれる暗殺用の武器であり、アリサはその金属の爪部分に自身の気を纏わせていた。


「や、止めてくれアリサ。どうしてこんなことを」

「……さっきから、誰と勘違いしている?」


 アリサの返事に、ジェイクは胃を掴まれたような気分になる。


 感情のない淡々とした声は、とてもアリサの発した声だとは思えなかった。


「お前……くっ」


 アリサは一瞬だけ顔をしかめると、何事もなかったかのように腕を振る。


 手甲鉤の爪が輝き四本の斬撃がジェイクめがけて飛び出した。


「うおっ!」


 ジェイクは四本の遠隔斬撃を回避するものの、続いて飛来した植物は避け切れずに刀で受け止める。


 生物である木魔法の植物はジェイクの刀によって二股に引き裂かれながらも、後方にある氷の壁を粉々に粉砕する。


「な、なんてパワーだよ!」


 木魔法が消えると、ジェイクの正面にアリサの姿はなかった。


「そこだっ!」


 ジェイクは『視覚強化』で視野を拡大し、後方に回り込んだアリサを見つけ出す。


 生物以外を透過してしまう『天羽々斬(アメノハバキリ)』に氷を纏わせ、アリサの爪から放たれる遠隔斬撃を斬り払った。


「おい、アルフレート。お前はジェイクの援護に行けよ!」

「か、簡単に言わないでよ」


 アリサは気功を使うことでアルフレート以上の速さで移動している上に、ジェイクと一定の距離を保っている。


 下手にアルフレートがアリサに向かって魔法を放つと、ジェイクに当たりかねないのだ。


「アル! アリサが逃げないように、俺とアリサの周りを魔法で囲ってくれ!」


 ジェイクがアリサと激しい戦闘を繰り広げながら支持を飛ばす。


「でも、それだとジェイクが!」

「いいんだ! 誰にも横槍を入れられたくない。俺が何としてもアリサを正気に戻してみせる!」

「わ、分かった!」


 アルフレートは指示通りにジェイクとアリサの周りを大きな風魔法で包む。


 アリサは風魔法に気付いて脱出しようと風の壁に向かって走る。


「おいおい。そっちは行き止まりだぜ、アリサ!」


 ジェイクが水魔法の触手でアリサの足を絡め捕り、自分の方向へと引っ張りあげる。


 見事に釣り上げられたアリサは、空中で触手を切断してジェイクのすぐ近くに降り立つ。


「死にたくなければ、邪魔をするな」

「嫌だね。アリサが大人しくなるまで俺は今みたいに捕まえ続けてやる」

「不愉快な奴だ」


 後方の地面から突如として飛び出した植物のつるを、ジェイクは振り返ることもせずに水魔法で防ぐ。

 後ろからの奇襲とほぼ同時にジェイクに詰め寄ったアリサは、彼の心臓めがけて手甲鉤を付けた右手を突き出す。


「遅いぜ!」


 ジェイクは最小限の動きで突きを回避すると、左手で突き出された腕を掴んで手繰り寄せる。


 アリサを極力傷付けたくないジェイクは右手の刀の柄の部分で彼女の腹部を撃った。


「――違う」


 『視覚強化』を用いても、コンマ数秒気付くのが遅れる程に精巧なアリサの気功分身が消滅する。


 同時に分銅の付いた鎖がジェイクの左腕に絡みつく。


「分身かよ。やるなぁ、アリサ」


 分身の後ろから鎖を持ったアリサが姿を現す。


 その表情は先ほどよりもずっと険しくなっている。


「だから……アリサと呼ぶな!」


 アリサは箱を持っている左手の手首で頭を押さえる。


「苦しんでいる? ジェイク、もっとアリサに呼びかけるんだ!」

「は? どういうことだ?」


 ジェイクは左手に絡みついた鎖を体格からは想像できない力で引っ張るアリサに抵抗しながらアルフレートに尋ねる。


「アリサは魔術か何かで操られているんだよ!」

「だろうな! それで?」

「本当のアリサに呼びかけるんだ! 今はアリサの中に二つの人格が存在している。だから苦しそうにしているんだよ!」

「お前なあ。そんな漫画みたいなことが――」


 ジェイクは否定しかけた言葉を引っ込める。


 どんなに可能性が低くても、思いついたことは全部試す。考えるより先にやってみる。それが彼の信条だったと思い出したからである。


「分かったよ、アル。やってやる」


 ジェイクは苦しそうに頭を押さえるアリサに向かって叫ぶ。


「アリサ、俺の話を聞いてくれ!」

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