第三話 アルフレートとシアメイ
アルフレート・クルーガー。
アデライード王国の南部にある農家の次男で、父の名はユリウス。母の名はルーツィア。年齢は16歳――と両親から教わっていた。
アルフレートには10歳の誕生日より前の記憶が一切ない。
誕生日の早朝に家の玄関の前で倒れていて、気が付いたら記憶を全て失っていたのだ。
そこからの6年間は彼にとってあまり楽しいものではなかった。
周りの人々は記憶を失ったアルフレートに戸惑い、必要以上に気を遣う。同年代の子供たちが特にそうだった。
一緒に遊び、学んできた思い出を全て持たないアルフレートは、彼らから見るとまるで別人になってしまったと感じられたのだろう。
そしてアルフレート自身も、全く記憶にない人たちが親しげに話しかけてくるのが嫌で、距離を置いてしまっていた。
だからこそ、エウニス学園に来てからはとても楽しいことの連続であった。
学園の人たちは今のアルフレートしか知らないからだ。
昔のお前はこうだったとか、以前こんなことがあったとか、彼の知らない彼との思い出を話したりしない。
いつか思い出せるなんて無責任で的外れな励ましの言葉をかけてきたりもしないのだから。
今、彼の隣を歩いているシアメイも、ティアやクラスの友達も、学園の先生も、昔ではなく今の自分を見てくれている事が、アルフレートにはたまらなく嬉しいのだ。
それ故に、影で落ちこぼれと笑われることがあっても、彼は笑顔で学園生活を送れていた。
ティアの家を出た後、アルフレートはシアメイと共に駅前へ向かっていた。その二人の後ろを先ほどの大犬が悠々とついてきている。
アルフレートはちらりとシアメイを横目で見やる。
東方人特有の真っ黒な黒髪のショートカット。長めの前髪に隠れがちな猫のような瞳も髪の毛と一緒で真っ黒だ。
髪の色にばかり目がいってしまうが、東方人の特徴はそれだけではない。
肌は西の国の人間よりも色付いており、童顔だ。アルフレートと童顔というか、女顔なので親近感を覚えていた。
「ん? どうしたんだい、アルフレート君。人の事をじろじろと見て」
「えっ! ああ、いや、ちょっとね……」
慌てて彼女から目を反らす。
「ふ~ん?」
するとシアメイは悪戯な笑顔を浮かべ、アルフレートの正面に回り込み、下から覗き込むように見つめてくる。
「もしかして、ボクに気があるとか? 君、結構好みだし、付き合ってあげてもいいよ?」
「んなぁっ! な、ななな、何言ってるのさぁ!」
アルフレートは真っ赤になり、後ろに飛び跳ねるようにしてシアメイと距離を取る。危うく後ろを歩く二匹とぶつかるところだった。
「ぼ、僕は別に、全然、微塵も! そ、そそ、そんなつもりじゃなくて!」
シアメイはアルフレートの予想外のオーバーリアクションに唖然として、苦笑いを浮かべる。
「…………い、いや、軽い冗談だったんだけどさ。そこまで露骨に拒否されるとさすがのボクも傷付くなぁ。そりゃ、女らしさには欠けてると思うけど」
「あっ、ご、ごめん、そういう意味じゃないよ。むしろ、シアメイの事は結構……か、可愛いと思ってるけど、み、見た目だけで判断したくないし? あ、性格が悪いって言ってる訳じゃないよ? ただ、まだ知り合って日が浅いし、お互い知らないことの方が多いから……って何言ってんだ僕は!」
アルフレートが慌ててまくし立てていると、シアメイは俯いてしまう。
よく見るとお腹を抑えており、肩が小刻みに上下している。
「えっと、シアメイ?」
「ぷっ、あっははははは! お、面白いね、君!」
突然、シアメイは抑えがきかなくなったようにケラケラと笑い出した。
「まさか、そこまで本気にするなんて思わなかったよ」
お腹を抑え、涙が出るほど笑う彼女を見て、アルフレートはからかわれていたのだと気付いた。
シアメイはアルフレートの表情の変化から彼の憤りを感じて、軽くフォローを入れる。
「いや、ごめんね。でも、ボクのことを可愛いと思ってくれていたなんて、ちょっと嬉しかったよ」
「う、うるさいな。これ以上、からかわないでよっ!」
アルフレートはそう言い捨てて歩き出す。
シアメイは彼の怒りと恥ずかしさが混じったような声に、真の意味で機嫌を損ねた訳では無いと判断して気を緩めると、ニヤニヤと楽しそうに笑いながら横に並んで付いて来た。
しばらくの間、沈黙が続いていたのだが、住宅街を抜けるというところでシアメイが口を開く。
「ねえ、アルフレート君。その子たちはそのままで大丈夫なのかい? そんな大型の犬種を首輪も繋がずに街に連れて行ったら大騒ぎになると思うんだけど。さっきだって、すれ違った女の人がすごい怖がっていたよ?」
アルフレートは後ろを歩いている二匹に振り返る。シアメイの言う通り、このまま街に連れて行くのは難しいかもしれない。
そこでアルフレートは小さな企みを閃いた。先ほどの仕返しではないが、シアメイを少しばかり驚かせてやろうと思ったのだ。
「確かにそうだね。じゃあそろそろこの姿は止めようか」
「は? 何を言っているんだい?」
「あまり大声は出さないでね」
そう前置きすると二匹の頭に手を置く。
「二人とも、お願い」
次の瞬間、二匹が光に包まれる。
光が形を変え、光の中からだぼだぼの制服を着た小さな女の子が姿を現した。
「……え? な、何がどうなって?」
アルフレートはシアメイが予想通りの反応したのが嬉しくて少し笑ってしまう。
昨日初めてこれを見た時は、アルフレートも同じように面食らっていた。
「紹介するよ、こっちの翠色の瞳の子がフローラ、琥珀色の瞳の子がリーゼロッテ。僕の使い魔なんだ」
「つ、使い……魔? え? それって確か、準優勝の商品で君が契約したって噂の……」
「そうそう。昨日の話なのによく知ってるね」
「は、ははは……。魔法だけじゃなく、人に変身する魔獣って……どうなってるのさこの国は」
シアメイが急に乾いた笑い声をあげたのが怖かったのか、使い魔の二人がアルフレートの両腕にしがみ付く。
「ご、ご主人様。この人間、大丈夫なんですか?」
「頭おかしくなっちゃったんじゃないのか?」
アルフレートはあまりにも酷い言いぐさに苦笑しながら、二人の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いてるだけだと思うから……たぶん」
すると、バチンという大きな音がしたので、何事かとシアメイを見ると、両手で自分の頬をバシバシと叩いていた。
「やばい、本当に頭がおかしくなったのかも」
「さっきから失礼だな、君たちは。もう大丈夫だよ」
相当な力で叩いたのだろう、赤い跡の付いてしまった頬をさすっている。
「ボクは黎夏美。よろしく、二人とも」
堂々と二人に名乗ったシアメイはすっと手を差し出す。
二人はまだ少し警戒していたが、恐る恐るシアメイの手を握った。
「私はフローラ。まだ子供だけど、魔犬オルトロスだ。昨日からご主人様の使い魔になった」
「あたしはリーゼロッテ。フローラの双子の妹で、同じように昨日から兄ちゃんの使い魔になったから、よろしくな!」
シアメイは挨拶を交わした後、少し屈むと二人をじっくりと観察しながら、アルフレートに問いかける。
「見た目は完全に人間と一緒なんだね」
「うん。あ、でも、まだ完全には変身できないみたいで、スカートに隠れているけど尻尾はあるんだよ?」
「ははぁ。漫画みたいだ」
シアメイは楽しそうに頭を撫でたり、尻尾を掴もうとスカートに手を突っ込んだりしたので、二人はびっくりしてアルフレートの後ろに避難した。
「何となく読めてきたよ。この二人は男子寮で一緒に暮らせないから、実家から通ってるクラインさんに預かってもらっていたんだね」
「正解。で、今日はまず、二人を美容院に連れて行こうと思っているんだ。髪の毛とかボサボサに伸びきっちゃっているからね」
二人の髪の毛はもう少しで地面についてしまいそうな長さだった。
「なるほど。じゃあ、早く行こう。その後服も買うんだろ?」
それだけ言うとシアメイはさっさと歩きだす。
「あの人間、意外に友好的ですね。呑み込みも早いし頼もしいです」
フローラが小声で呟く。
「うん。ちょっと苦手なタイプだけど、来てもらって正解だったかも」
アルフレートは二人と手をつないでシアメイの後を追った。
アデライード王国の学校は、小学校5年間、中学校5年間、高校(エウニス学園など)2年間、大学4年間で、全て9月が始業、翌年の7月末に終業となっています。
アルフレートは一年生ですが、日本で言えば高校二年生の年齢ですね。
誕生日は6月です。
日本人の方には馴染みが薄いかもしれませんが、入学から一ヶ月なので現在は10月です。




