第十四話 九条玄司と黎俊豪
十三話の内容を少し変更しています。
大和国は日本をイメージした国なのですが(成り立ちや歴史は全く異なります)、それにしては当時18歳だったマサムネに対しての刑罰が重すぎると感じた為です。
学生寮の近くにある東方風呂の露天風呂で、シアメイはぼうっと星空を眺めていた。
「どうしたの、シアちゃん。悩み事?」
「……まあ、そんなとこ」
「話なら聞くよ?」
「この前から明らかに悩んでるのに話してくれないアリサには話たくない」
「うっ……それは……」
アリサはバツが悪そうに湯船に深く浸かる。
学園襲撃事件からアリサはずっと何かに悩んでおり、見かけるたびにシアメイが話しかけたのだが、「何でもない」の一点張りで打ち明けてくれなかった。
「はぁ……ティアがいればなぁ」
ティアは再襲撃に備えてレティス王女を付きっ切りで護衛しており、学園にはあれから一度も顔を出していない。
そこに、聞き覚えのある大人の女性の声が響く。
「あら? アリサとシアメイじゃない。久しぶり」
「あっ、せっちゃん。それと……」
二人の元へ近付いてきたのは、エウニス学園の学園長であるセリーヌ・ファネルと、料理人のアオイ・クジョウの二人だった。
シアメイはアオイの姿を確認すると、立ち上がって警戒する。
「ク、クジョウ・アオイ! あんたあの後どこに行ってたんだ! 話をするって約束だっただろ?」
「あ~、ごめん、ごめん。あの後、怪我人の手当てやら瓦礫の撤去を手伝ってたら、『黒風の太刀』に見つかってさあ。同じ東方人だし自己紹介したら捕まえられちゃって、軍の事情聴取を受ける羽目になったりと、結構大変だったんだよ」
アオイはやれやれだと言いながら、お湯に浸かる。
「ちょ、ちょっと、何勝手に座ってるんだ」
「だって、話をするんだろ? こんな寒空の下で、お湯に浸からずに裸で話なんてしたら風邪引くだろ。あんたも早く座りなよ」
シアメイは少しだけ悔しそうにしながらお湯に浸かりなおす。
二人のやり取りを眺めていたセリーヌも後に続いた。
「それで? 何が聞きたいんだ?」
「……アオイさん。あなたは九条家の仕事についてどこまで知っているんだい?」
シアメイが切り出すと、アオイの表情から笑顔が消えた。
「シアメイ、あんた……裏の仕事を知ってるのか」
「ついさっき師匠――『黒風の太刀』から聞いたんだ」
「ふうん。これは魔法軍やファネル学園長にも説明したんだけど、私の夫は裏の仕事には関与していないからね」
「なっ……どういう意味だい? 同じ九条家の人間だろう?」
「ああ。でもね、玄司さんは武術道場っていう表の看板を背負ってるんだよ。裏の仕事を受けるはずがない。だから、今回の襲撃事件にだって玄司さんの姿は確認されていないんだ。恐らく、自分の兄妹がこの国に来ていることすら知らされていないはずさ」
「そう……なんだ」
シアメイはどこか落胆したようにお湯に沈み、夜空を眺める。
「それで? さっき知ったってことは、この前から聞こうとしていたのは裏の仕事のことじゃないんだろう?」
「あ、うん。6年前、アオイさんってクジョウ・ゲンジと知り合ってた?」
「いや? 私が玄司さんと知り合ったのは5年前――ちょっと待て、6年前だって?」
アオイは空を見上げているシアメイの顔をじっと見つめる。
「黎夏美…………まさか、黎俊豪の妹か?」
「――知ってるんだ?」
「ああ。玄司さんが昔教えてくれたんだ。私自身は写真でしか見たことはないよ」
「大和人のアオイさんは知らないのかと思ってたよ」
シアメイが少しだけ状態を起こしてアオイに向き直ると、二人の話を理解できていないアデライード人であるセリーヌが会話に割り込む。
「あの、ちょっといいかしら。シアメイのお兄さんって有名人なの?」
「ボクの国ではね。天才武術家にして俳優の黎俊豪。父さんが首相になれたのだって、息子の兄さんの人気のおかげだって言われることもあるくらいだよ」
「政治家の父に俳優の兄か。でも、確かお兄さんは事故で……」
セリーヌが尋ねると、シアメイはアオイに視線を向けながら話す。
「表向きの発表は事故死さ。でもボクはあれを事故だとはどうしても思えない。6年前――2011年の4月。東方の国々が合同で大きな武術大会を開いたんだけど、その大会の決勝戦でボクの兄さんはクジョウ・ゲンジに殺されたんだ」
「――え?」
セリーヌは驚いてシアメイとアオイを交互に見る。
「トップクラスの武術家は全員が気功の達人だからね。気功を使えば素手でも斬撃を放つことが出来るんだ。だから試合では急所への攻撃以外にも切断技や貫通技は禁止とされている。でもあいつは――」
シアメイは湧き上がってきた怒りを、拳を強く握りしめる事で我慢して続ける。
「クジョウ・ゲンジは禁止技の貫手を使って兄さんの心臓を貫いたんだ」
「あ、あなたはその場にいたの?」
「もちろん、最前列で見ていたよ。アオイさんはあの時の事、あいつの口から何か聞いてないの?」
シアメイの質問にアオイは慎重に言葉を選びながら答える。
「……玄司さんには歳の離れた妹がいたんだ」
「は? 何の話だい?」
「いいから聞きなよ。本来九条家の子供は、男子には剣道か空手を、女子には茶道や華道をやらせながら、裏では本物の殺人術を教え込まれるらしいんだけど、その妹は何をやらせてもすぐに習得してしまう天才だった。だから当時九条家の当主だった父親は、末娘を兄たちと戦わせて真の実力を見極めようとしたんだ」
「待って、それってその子とクジョウ・ゲンジが何歳の時の話なの?」
興味を引かれたのか、シアメイはいつの間にかアオイを睨むのをやめて訪ねていた。
「その大会の開かれる前日さ。玄司さんは21歳、妹は確か……11歳年下らしいから、10歳だね」
「当時10歳って……ボクと同い年じゃないか。勝負になるはずないよ」
「普通はそうだろうね。でも、その子は普通じゃなかった。玄司さんは10歳の妹に殺されかけたらしいよ。ちなみに他の兄妹も同様に敗北したって聞いている」
「じょ、冗談だろう?」
「こんな話、冗談なんかで言えるわけない。でも、そうだね、そんな冗談みたいな事が起きてしまったから、玄司さんの心は酷く傷ついた。それこそ、生涯のライバルと認めた黎俊豪との試合に集中出来ずに負けそうになるほどにね」
「生涯の……ライバル? それ、クジョウ・ゲンジが言ったの?」
シアメイは、兄がクジョウ・ゲンジの中でそれほどの存在だったことに驚いた。
幼い頃のシアメイにとってクジョウ・ゲンジとは、兄の最強への道を邪魔する悪者であり、互いを認め合ったライバルとは程遠い存在に見えていたからだ。
「ああ。玄司さんは黎俊豪を尊敬していた。彼との試合をいつも楽しみに稽古していたそうだよ。でも、あの日は違った。彼に負けそうになった時、玄司さんは妹に負けた瞬間の事を思い出してしまったんだ。そして錯乱して、気が付いた時には試合で禁止されていた気功を使った貫手――幼少期から教え込まれていた殺人技を放っていた……。結局、明確な殺意があったわけじゃないってことで殺人罪には問われなかったけど、玄司さんはあれから大会に出なくなったし、大会に集中したいって理由で先延ばしにしてもらっていた裏の仕事を今でも拒否し続けている。あの日の事をずっと後悔して苦しんでいるんだ」
シアメイはつまらなそうに風呂の淵の岩に寄り掛かる。
「…………なんかさ、世の中思い通りにはいかないよね」
「いきなりどうしたんだい?」
「だって……アオイさんを目の前にして言うのもあれだけど、ボクはずっとクジョウ・ゲンジを憎んでいたんだ。兄さんを殺した男だから、いつかボクが強くなってぶちのめしてやるって思ってた。なのに……」
シアメイは話ながら涙が出そうになったので、慌ててお湯で顔を洗って誤魔化す。
「兄さんの事を後悔して苦しんでいたなんて……聞きたくなかったよ。なんでもっと嫌な奴でいてくれないんだよ」
「シアメイ……」
次々に溢れてくる涙を、シアメイは必死になって拭う。
「今度、私が大和に帰るときにあんたも一緒に来ないかい? 一度、玄司さんと話をしてみて欲しいだ」
「……それでボクにあいつを許せって言うのかい?」
「そこまでは言わないよ。許されないことをしたって玄司さんも分かっているから。ただ、話すことであんたも玄司さんも、気持ちの落としどころを見つけられるといいなって思うんだよ」
「分かった。でも会ったらまず殴ると思う」
「あはは。いいと思うよ、それで」
「盛り上がってるとこ悪いけど、今回の襲撃事件で九条家の人間の目撃情報が出ている以上、しばらくは帰さないわよ?」
セリーヌがにっこりと笑顔を作りながら、アオイの肩に手を置く。
「いっ? そ、そうでした……」
「九条家か……ねえ、アオイさん。その末の妹ってどんな子なの?」
「ん? あ~、そうだね……実は遠目に見たことあるだけで面識はないんだけど、丁度そこでのぼせてフラフラしてる子に似てるかな?」
アオイはアリサを指さす。
「へえ、アリサに――って! アリサ、大丈夫?」
アリサは真っ赤な顔でお湯に突っ伏すと動かなくなった。
「ア、アリサぁぁああああ!」




