第十三話 宗尊正輝
マサムネ、ジェイク、シアメイの三人が応接室のソファに腰を下ろすと、シェリーが一振りの刀を携えて部屋へと入ってきた。
「――っ! シェリーちゃん、それって!」
「うん。ジェイク君に回収を頼まれていたでしょう?」
シェリーが持ってきた刀は、学園の襲撃犯であるトウヤが所持していた異能の力を秘めた刀であった。
刀をマサムネへ手渡すと、シェリーもソファに座る。
マサムネは刀を鞘から半分ほど引き抜き、再び戻す。
「間違いないな。これは『天羽々斬』だ」
「アメノハバキリ?」
「その昔、八岐大蛇を退治したと言われている刀だ。その能力はどんな固い生物も切断し、無生物を透過する、というものだ。鞘は刀と同じ素材らしく、透過出来ないがな」
「無生物を透過……だからあの時」
ジェイクは魔法をすり抜けて腕を切り落とされた時のことを思い出し、左腕を抑える。
「そして、この刀を持っていた東方人の襲撃犯はトウヤと呼ばれていたんだったな?」
「聞き間違いじゃなければ、赤毛の指揮官っぽい魔道士にそう呼ばれていたと思います」
マサムネは大きなため息をつく。
「ここまで証拠が揃ってしまうと、俺の見間違いというわけではなさそうだな」
「マサムネさん……もしかして、あいつを知っているんですか?」
マサムネは天羽々斬を懐かしむように悲しい目で眺めながら口を開く。
「奴の名は九条透也。俺の弟弟子だ」
「弟弟子……通りで技が似てたわけだな」
「驚かないのか?」
「いや、ちょっとは驚いたけど……何となくそんな感じだろうって想像してました」
「そうか。まあ、安心しろ。とっくの昔に俺は奴と袂を分かっている。今から話すが、奴との関係も最悪の部類だしな」
「―――ちょっと、待ってよ」
トウヤとマサムネの関係を聞いても平常を保っていたジェイクとは違い、激しく動揺したシアメイが光のない瞳でマサムネを見る。
「九条透也って……九条家の……」
「知っているのか、シアメイ」
シアメイは拳を強く握りしめて、今にも爆発しそうな気持ちを堪える。
「当たり前だよ……だってボクの兄さんは――」
喉元まで出かかった言葉をギリギリで飲み込み、シアメイは深呼吸して気を整えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。話してくれるんでしょ、師匠と九条家の人たちの関係」
「ああ。もちろんだ」
長い話になると事前に言われていたからか、シェリーが気を聞かせて全員分のお茶を淹れる。
「ありがとうございます――緑茶か……久しぶりだな」
マサムネは故郷の国を思い出したのか、目を細めてお茶を飲む。
「お前たちは俺の本名も知っているんだったな」
「ええっと、確か――マサキ・クラインでしたよね。近衛7騎士の任命式の時に知ったけど、まさかクライン家の養子だとは思わなかったですよ。セルゲイさんの血の繋がらない弟ってところなんすか?」
ジェイクに問われて、マサムネは頬をかく。
「いや、そういうわけではないのだが……ともかく、今の俺はクラインの姓を名乗っているが、クライン家に養子に入る前は宗尊という姓だったんだ」
「ムネタカ……ムネタカ・マサキ?」
シアメイはマサムネの旧姓を聞いて、考え込むように反芻する。
「――あっ! マサキ・ムネタカ! 略してマサムネ!」
「そうだ。マサムネという名はエルネ様が俺に付けてくださったあだ名だ」
エルネの名を口にしたマサムネは柔らかく笑う。
「俺は元々、大和という東方の国の出身で、幼少期から九条家の剣術道場の門下生だったんだ」
「九条家……ってことは、九条透也の?」
「ああ。九条家は大昔から武術に精通していてな。次期当主だった長男の透也はもちろん、まだ幼かった次男の玄司も相当な武術の才を秘めていた」
九条玄司の名を聞いて、シアメイの気に揺らぎが生じる。
「シアメイ?」
「ごめん師匠、続けて」
「……俺は三つ年下の透也と共に、奴の父親に剣術を習った。そして、15の時に師匠を超えた」
「は?」
「こ、超えた?」
ジェイクとシアメイは驚きのあまり口を開けたまま固まった。
「自分で言うのもなんだが、俺は強すぎたんだ。それでいて精神的には子供だった。だから道場の奥に飾られていた九条家の家宝である四振りの刀がどうしても欲しくなり、師匠に刀を掛けて勝負をしろとせがんでしまったんだ」
「う、嘘でしょ……」
唖然とするシアメイの反応を見てマサムネは苦笑する。
「そ、それで、マサムネさんは自分の師匠――九条家の当主を倒して刀を貰っちまったってことすか?」
「ああ。師匠との勝負に完勝した俺は、天羽々斬を含む四振りの刀を手に入れたんだ」
「じゃあその刀はどうして九条透也が持っていたんですか?」
ジェイクの問いに、マサムネは緑茶を飲むことで間を置く。
「俺が18歳の時だ。九条家をも超える剣の腕を持つということで俺は少々有名になっていた。それで舞い込んできた政府の役人の護衛という仕事を引き受けたんだ」
湯呑を持つマサムネの手に力が入る。
「そして車での移動中に、事故に巻き込まれた」
「事故?」
「前を走っていた車両が突然スリップしたかと思うと爆発したんだ。俺たちを乗せた車も爆発に巻き込まれた対向車に衝突されてな。運転手は大怪我を負ったんだ。俺は爆発の直前に気の揺らぎを感じ取っていたので、それが人為的に引き起こされたものだと悟り、運転手を見捨てて役人を車両の外へと連れ出した」
「み、見捨てたのか……」
「護衛対象が第一優先だったからな。だが、外に出た俺たちを待ち構えるように、透也の奴が道をふさいでいたんだ」
話を聞いていた三人の顔付きが険しくなる。
「し、師匠、もしかして、九条透也が犯人だって言うのかい?」
「もしかしなくても、奴が犯人だった。だが、奴と親しかった俺は、そんなことは考えもしなかったんだ。たまたま近くに通りがかっただけだと思ってしまった」
マサムネは湯呑を置くと、右手でボサボサの前髪を持ち上げると、その顔に深く刻まれた刀傷を三人に見せる。
「俺の一瞬の油断をついて、奴は俺の右目を切り裂いた。驚いた俺は、怒りに任せて抜刀し、透也が立っていた場所めがけて刀を振ったんだ。肉を裂く確かな手ごたえがあった。だが――俺の目の前に転がったのは、守るはずの役人の首だった」
右手を下ろし、マサムネは過去の自分を嘲笑する。
「完全にしてやられたよ。結局俺は、殺人罪で投獄されることになった」
「な、なんだよそれ! 他に目撃者とかいなかったんですか?」
「いなかったな。今思えば口封じをされていたのかもしれん。たまたま通りがかった通行人の携帯端末から、俺が役人の首を跳ね飛ばす瞬間の映像だけが発見され、それが決め手となった」
ジェイクは自分のことのように悔しがり、うなだれる。
「たかが15の子供に、俺は――宗尊正輝という男の人生は大きく歪められたんだ」
落ち込むジェイクとシアメイをよそに、シェリーが冷静な表情でマサムネに尋ねる。
「それでマサムネさん。あなたはどうやってこの国に? そう簡単に釈放されるとは思えないのですが」
「あれから大和には戻っていないから詳しくは知らないのだが、実際には透也の手によって秘密裏に釈放されたんだ」
「ええっ?」
「はぁあああ? どういうことだよ! 意味分かんねえ!」
話の展開に頭がついていかなくなったシアメイとジェイクは、頭を押さえて喚く。
「まあ落ち着け。どうやらあの場に俺がいたのは透也にとっても想定外だったらしくてな。後から九条家が政府に根回ししたらしい」
「それでは、九条透也の目的は政府の役人の殺害――ということですか?」
「そうです、シェリー先生。釈放の際に透也が言っていたが、九条家は裏では国相手にそういった仕事を生業としている家だった。俺も顔と名を変えて一員にならないかと誘われたんだが、断って人目につかないところで野垂れ死ぬことを選んだんだ」
マサムネは再び天羽々斬を手に取る。
「俺の四振りの刀は九条家に回収されたようなんだが、透也の奴は一振りだけ俺に渡してきた。これから生きていくのに必要だろうってな……まあ、あの時の俺は生きる気などさらさらなかったんだが」
マサムネは立ち上がると、ジェイクの目の前まで移動して彼に刀を差し出す。
「これはお前が透也から勝ち取ったものだ。お前が使え」
「んなっ――い、いいのかよ? 元はマサムネさんの刀だったんだろ?」
「そんなこと気にするな。お前にはこれから俺の剣術を教えるんだ。魔法の剣も悪くはないが、やはり本物の刀を持っておいた方がいい」
ジェイクは少し躊躇いながらも、マサムネから刀を受け取る。
「へへっ、じゃあさ、さっそく教えてくれよ。こいつの使い方」
「うむ。では、今日はグラウンドで稽古にしよう。シミュレーションマシンでその刀の力を再現できるのか分らんからな」
「おう!」
元気よく返事をするジェイクとは違い、ぼうっと天井を眺めているシアメイにマサムネは声をかける。
「どうした、シアメイ? お前には気功術を教えるから、一緒に付いてこい」
「――ん? ああ……ごめん、師匠。ボクはもう帰るよ」
「なに?」
シアメイは驚くほど静かな足取りで移動して部屋を出ていく。
残されたマサムネ、ジェイク、シェリーの三人は不思議そうに顔を見合わせた。




