第十一話 家族の条件
アデライード王国の僻地に潜伏していたフード付きのローブのような服を着た女性が、地面に血で魔法陣を描き上げる。
女性が共通語とは違う言語の呪文を唱えると魔法陣が開き、奈落への入り口が出現する。
「一人も脱落者を出していないとは……さすがはオーレンドルフですね」
女性は感嘆の声を上げると、奈落へと手をかざす。
漆黒の魔法陣が彼女の正面に現れ、そこから何本もの影が飛び出す。
影は奈落へと侵入し、そこから何十人もの傭兵たちを引き上げた。
「――お待たせ致しました。早速ですが報告をお願いします」
奈落から引き揚げられたジークは怪しげな微笑を浮かべる女性を見て心底嫌そうな顔をする。
「ここは?」
「学園の南西に位置する山岳地帯です」
「そうか……お前みたいな愛人をわざわざこんなところへ使いに来させるなんて、あの皇帝は何を考えてやがるんだ?」
「私はお前ではなく、グーニラ・マイヤーです。ヨハネス皇帝陛下にお仕えしておりますが、ご寵愛を賜っているわけではありませんよ?」
「けっ、そうかよ」
「それに、この術は私以外に使えるものがおりませんので」
それを聞いて、ジークは眉を上げる。
「お前が? 不気味な女だと思っていたが、魔術士だったか」
「報告をお願いします」
グーニラはジークの態度に顔色一つ変えずに促す。
「――ちっ……失敗だ。奪い返されたそうだぜ?」
ジークは隣に立つミヤコに視線を送りながら言う。
「……申し訳ない。学生と侮ったわけではなかったのだが……あの炎の塊を前に逃げることしか出来なかった。あれは化け物だ。何か禍々しい生き物のような気を纏っていた」
「気を纏った炎の塊ですか? それを操る魔道士に『魔眼』を奪い返されたと?」
「……そうだ。あれとは何度やっても勝てる気がしない」
ミヤコの報告を聞いて、グーニラは何かを考え混む。
「事前にエウニス市全体に仕掛けておいた結界が破壊されたのは私も感じました。驚くべきことですが、学園には魔術に通じた者がいるようですね」
「……あの炎は魔法ではなく魔術ということか?」
「恐らくは。しかし、私の想像通りなら相当な代償が必要なはず……。ともあれ、次は私も同行しますのでご安心下さい。向こうが私の結界を破壊した様に、私がその炎の召喚条件を崩すことも十分可能です」
「魔術士には魔術士をってことだな。だがよ、俺はもう一つ気に入らねえことがあるぞ」
ジークは両手に赤い魔法陣を展開し、それぞれを両脇に立つトウヤとミヤコへと向けた。
「お前ら、学園の木魔法使いの東方人と知り合いだろ。あの女を見て明らかに動揺していたよな?」
「木魔法を使う東方人……ですか?」
グーニラはジークの行動を止めるでもなく、興味深そうな視線を二人へと向ける。
「それだけじゃねえぞ。トウヤ、お前は『黒風の太刀』のことを『あの人』と言ったな。随分、奴の実力にも詳しいみたいだし……教えてくれよ? 知り合いなんだろ?」
トウヤはミヤコと一瞬だけ視線を合わせた後に、観念するように口を開いた。
「確かに、俺たちはあの二人と知り合いだ。だが、良き仲というわけでもない」
「信用できると思うのか?」
「直ぐには無理だろうな。長い話になると思うが……いいか?」
ジークは魔法陣を消して両手を下げると、後ろに控えていた仲間たちに指示を出す。
「お前ら、飯の準備をしろ」
「あら。私たちも頂けるのでしょうか?」
「当然だ。奇襲が失敗したのだから、警戒が一層強くなるはずだ。となれば次は俺たちが今まで以上に連携して動くしかない。だがな、俺は家族しか信用しないんだ。一緒に飯も食ったことがない奴らと家族になどなれるものか。まあ、どちらにしろお前だけは信用できないがな」
グーニラは残念そうに肩をすくめてみせる。
「ジーク……君の言う家族とはどういう意味なんだ? 俺はオーレンドルフという一族のことを指しているのかと思っていたのだが」
「ここにいる俺の家族の大半はオーレンドルフとは無縁の奴らだよ。だが血は繋がっていなくとも、こいつらは絶対に俺を裏切らないし、俺もこいつらを裏切らない。困っていれば手を差し伸べ、困難には共に立ち向かう。そういう固い絆で結ばれている奴のことを俺は家族と呼んでいる」
ジークの家族の定義を聞いて、トウヤの中に一つの疑問が生まれた。
「君のような男が……なぜこのような任務を引き受けたんだ? 家族を危険に晒してまで金や名誉が欲しいわけではないだろう?」
「……それを俺がお前に話すと思うのか? 俺から見れば、お前たち兄妹の方が謎だらけだってのに。わざわざ外国の危険な極秘任務に協力して、代わりに何を得ようってんだか」
トウヤは小さく首を振ると、吹っ切れたように言う。
「平行線だな。どのみち、君の協力を得られなければ、任務の達成は難しいんだ。まずは疑惑をかけられている俺の方から歩み寄ろう。それで君の家族になれるとは思えないが」
苦笑いを浮かべながらジークを見るトウヤの瞳は、ジークがこれまでの人生でうんざりするほど見てきた俗物たちとは違う、そう思わせるほどに澄んでいた。
ジークはトウヤの返事を気に入ったのか、ギラつく歯を見せて笑って見せた。
「楽しい夕食になりそうだな」




