第十話 涙
11月19日。
ジェイクは真っ白な病室で目を覚ました。
「よお、やっとお目覚めか」
正面のベッドで種無しブドウを皮ごと食べていた少年が声をかけてくる。
「……エルヴィスか。ここ病院か?」
「おう。お互い手酷くやられたみたいだな」
病室には四つのベッドがあり、ジェイクの隣のベッドにはエルヴィスと同じようにブドウを食べているヴィニーが、エルヴィスの隣のベッドには包帯が巻かれた手を振って笑顔を作るヒルダの姿があった。
「ヒルダ……? 同じ病室でいいのか?」
「ああ、最初は違ったんだけどな。治療が一段落したら、俺たちと同じ病室にしろって暴れたらしいぜ?」
エルヴィスがけらけらと笑うと、ヒルダは恥ずかしそうに頬を染めた。
「……だって、死ぬかも知れなかったんだよ? せっかく生き残れたんだから、一緒にいたいよ。エルちゃん」
ヒルダが呟くように放った本心を聞いて、エルヴィスまで顔を赤くする。そんな二人を見て、ヴィニーはいつもの澄ました表情を崩して笑う。
「お前の負けだな。エルヴィス」
「う、うるせー」
「……ヒルダの怪我、治らなかったのか?」
ジェイクはヒルダの右目の眼帯、両手の包帯、赤く変色した髪が混じったブロンドの髪を見て尋ねる。
すると、エルヴィスとヴィニーが気まずそうに顔を伏せた。
「あっ、わりぃ、無神経だったな」
「ううん、いいの。私が二人を助ける為にやったことの代償だから、後悔はしてないよ」
ヒルダが弱々しい笑顔を見せると、エルヴィスとヴィニーは同時に顔をヒルダへと向け、堰を切ったように話し出した。
「い、いいわけあるかよ! 俺たちのせいじゃねえかっ!」
「そうだ! 僕たちが弱かったせいで、君にそんな無茶をさせたんだぞ!」
二人の目に涙が滲む。
エルヴィスが更に何か言おうとしたが、病室の扉がノックされる音で中断された。
「シーラです。少し話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「なっ! シ、シーラ王女?」
エルヴィスたち三人はシーラの名を聞くと慌てて身なりを正す。
「ど、どうぞ!」
「――失礼します」
エルヴィスの緊張で裏返った声とは反対に、涼やかで凛とした声を響かせ、学園の制服姿のシーラが病室へ足を踏み入れる。その後ろにはジェイクたちの担任教師であるシェリーの姿があった。
「寝たままでも結構ですよ。まだ、お辛いでしょう」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうですか?」
シーラはエルヴィスたちを心配しつつ、近くにあった椅子に腰かけて目線を合わせる。
「まずは謝罪と感謝を。私の言葉では、魔法軍を事前に動かし学園の警護をさせられるほどの説得力を生み出せませんでした。その結果、予期していたにも関わらず後手に回ることになり、過酷な戦いをあなた達に強いてしまった」
シーラはヒルダの眼帯と両手の包帯に視線を向ける。
「また、そのような状況で身を挺して学園を守ってくれたこと、感謝してもしきれません」
「い、いえ、そんな……」
ヒルダが謙遜する中で、ヴィニーが冷静な口調でシーラに尋ねる。
「その言葉を伝える為に来てくださったのですか?」
「もちろんそれも目的の一つですが、それだけではありません。ヒルデガード・エメット、メルヴィル先生から聞きましたが、あなたは敵の魔術結界を見破り、それを破壊したそうですね?」
「あ……はい、そうです」
その質問を聞いて、ヴィニーはシーラの本当の目的を察した。
「あなたの力を私に貸して頂けないでしょうか?」
「私の力を……ですか?」
「はい。もちろん命令ではありませんが、私はあなたの魔術に関する知識、そして魔術を行使する力を欲しています」
ヒルダは少しだけ悩み、隣のベッドに座っているエルヴィスに視線を送る。
「こればっかりはお前が決めることだ。ただ、嫌なら断った方がいいと思うぞ」
「そうだな。今まで以上に危険に巻き込まれ安くなるだろうし、よく考えた方がいいと思う」
エルヴィスとヴィニーの言葉を受けてヒルダは少しの間黙って考えた後、おもむろに右目の眼帯に手をかけて、外す。
その右眼は本来の緑色ではなく、炎のような赤い色へと変貌していた。
「……うん。よかった、まだちょっとは見えるみたい」
ヒルダは左目に手を当てて、右目の視力を計りながら呟く。
そして、色の違う両目でシーラを見据えて、返答した。
「魔術っていうのは、一歩間違えばこういうことにもなり得る力です。その分、代償や条件が揃えば恐ろしいほど出来ることの幅が広いですから、私一人でどこまで対抗できるか分かりませんが、協力させてください」
エルヴィスとヴィニーの態度を見て、シーラは良い返事は貰えないだろうと考えていたので、ヒルダの返答に驚いて珍しく言葉を詰まらせる。
「い、いいのですか?」
「はい。もう覚悟は決めました」
「……では、あなたが退院する際に迎えに来ます。ありがとう、ヒルダ」
シーラは感謝の言葉を伝えると、病室を後にした。
「驚いた。あんなに上機嫌のシーラ様は初めて見たわ」
「あ、あれで上機嫌なの?」
「シェリーちゃんの見間違いじゃないのか? 表情一個しかないのかと思うほどだったぞ」
「お、おいエルヴィス。さすがに失礼だぞ……」
シェリーはいつも通りのテンションで会話するエルヴィスたち三人と違い、先ほどから一言も喋らないジェイクに近付いて話し掛ける。
「……左腕、調子はどうかしら?」
「左腕?」
ジェイクは自分の左腕に視線を落とす。
そこには、無いはずの左腕が確かに存在していた。
「――えっ? どうして……」
ジェイクは驚いて左腕を確認する。
斬られた部分の継ぎ目すら見当たらず、自分の思った通りに動く左腕だった。
「何で斬られたのか知らないけど、あんな綺麗な断面初めて見たわ。おかげで簡単にくっついちゃって私も驚いたわよ」
シェリーがあっけらかんと放った言葉を聞いて、エルヴィスが嫌な顔をする。
「うげぇ、シェリーちゃん、断面とかグロいこと言うなよ。想像しちゃっただろ?」
「ああ、ごめんごめん」
「ってことは、やっぱり斬られたのは現実なのか……。シェリーちゃんが治療してくれたのか?」
「ええ。アル君とローラちゃんが血相変えてあなたを運んできたからね。でも、ジェイク君も凄いわよ。あの状況でちゃんと止血してるんだもの。おかげでギリギリ死なずに済んだのよ」
どこかぼうっとしていたジェイクの表情が曇る。
「止血……?」
「ええ。かなり荒っぽかったけど、破れた制服の布で圧迫止血してあったわよ? ジェイク君が自分でやったんじゃないの? なら、一緒にいた二年生の誰かかしら?」
ジェイクの脳裏に、昨日の記憶が電撃の様に蘇る。
トウヤが言った『子供を殺す趣味はない』という言葉が、頭の中で響き渡る。
それと同時に、彼の意識はしっかりと現実の今へと戻ってきた。
呼吸が荒くなり、右手で左腕を強く握りしめる。
「ちょっと、ジェイク君?」
「ち、違う……」
「えっ?」
ジェイクは悔しさのあまり、左手の拳をベッドへと叩きつける。
「この腕を止血したのは俺じゃない! あいつだ! あいつ……あの東方人、わざわざ俺が死なないように止血して行きやがったんだ!」
「東方人って……敵が止血してくれたってこと?」
「何だよあいつ……舐めやがって! てめえの刀を奪ったのは俺だぞ? 最後に一矢報いてやったって思ったのに……ば、馬鹿にしやがって……」
ジェイクは物心ついてから初めて、母親以外の人間の前で涙を流した。
彼の性格上、本来ならトウヤに対して怒り狂うところだが、脳のフィルターが作用して一番激しい怒りの感情が制限されてしまい、代わりに悔しさや惨めさが彼の中で大きくなっていた。
シェリーは拳を握りしめ、歯を食いしばって涙を堪えようとするジェイクの頭に手を置いて優しく撫でる。
しばらくして、泣き止んだジェイクにシェリーは笑いかけた。
「ったく、個人差はあるとは言っても、本当にフィルターが作用しているのか疑わしくなってくるわね」
「……知らねえよ、そんなこと」
ジェイクは涙で濡れた顔を手の甲で拭う。
「ちょっと羨ましいな。俺もシェリーちゃんに慰められたい」
「バカエルちゃん! 空気読んでよ!」
エルヴィスとヒルダの会話が耳に入り、ジェイクは病室にいるのが自分とシェリーだけではないことを思い出し、恥ずかしくなってシェリーの手を払い除けた。
「そ、そんなことより大事な話があるんだ、先生」
先生と呼ばれて、シェリーはドキりとする。ジェイクはこれまで一度として、シェリーをそう呼んでくれたことはなかったからだ。
「……何かしら?」
「俺が倒れていたところに、大きな地割れがあると思う。そこが埋められる前に、中に落ちている刀を回収しておいて欲しいんだ」




