第九話 アリサの戦い
東館の入り口付近にいたアリサの下へ一匹の大犬が駆けつける。アリサの目の前で光に包まれ、少女の姿へと変身した。
「ローラちゃん? ジェイク君は?」
「ジェイクは置いて来ました。あちらは囮のようだったので」
「囮? でも、ダリウス先生の読みだと、ここも足止めが目的みたいだよ?」
アリサは二つの巨大な土魔法の壁を召喚して敵の攻撃を阻んでいるダリウスをちらりと見ながら言う。
すると、アリサの下に負傷した一年生が運ばれてくる。
「アリサちゃん、お願い!」
「うん、任せて!」
負傷者を運んできた女子生徒は再びダリウスの下へ戻り、彼の土魔法に隠れながら攻撃に参加した。
直接の戦闘が苦手なアリサは、木魔法の『収穫』を使って自身の膨大な気を負傷者に分け与えることで、傷の治療を行う役割を担っていた。
「それにしても、グラウンド側も囮だなんて……ん?」
治療を行いながら疑問を口にしたアリサは、こちらへ近付いてくる気配に気が付く。
「ダリウス先生! グラウンド側から敵が来てます。一個中隊規模です!」
「な、何っ? こっちから三人回す! 後はお前とフローラで何とかできないか?」
「やってみます! 君ももう戦えるよね?」
アリサは傷の治療を終えた一年生に尋ねる。
「あ、ああ。大丈夫そうだ。ありがとう!」
「よし……迎え撃とう!」
アリサを含めた一年生五人とフローラがグラウンド側へ出ると、武装した魔道士数十名が押し寄せてきていた。
「防御は私が担当します。全員攻撃に専念してください!」
「あの人数の攻撃を一人で? 大丈夫なの?」
アリサの問いにフローラが答える前に敵の魔道士が銃を発砲する。射程内へ入ったのだ。
フローラはその全てを風魔法で受け止め、続けざまに来る魔法攻撃すら防ぎきった。
「……全神経を防御魔法に集中させれば、なんとか防げます。防御は気にせず攻撃を!」
フローラの決死の行動に返答するように、一年生四人は魔法で反撃を開始した。
「みんな頑張ってるんだ……私だって!」
アリサは地面から木魔法で大樹を召喚すると、その木から触手を伸ばして自分を含めた全員の背中へ突き刺す。
「行くよみんな、ハーベスト!」
アリサは木魔法の『収穫』を発動して、全員へ気を分け与えていく。
「な、なんだこれ、力がみなぎっていく!」
「すごい、すごい!」
「これがアリサちゃんの魔法なのね?」
「これなら、この人数差でも!」
一年生四人は自身の上限を超える気を流し込まれて、士気を上げていく。
「や、やっぱり……アリサお姉ちゃんはご主人様より――」
「犬以外にも、やっかいな魔道士がいるみたいだな」
少し遅れて中隊に合流したジークが、アリサの木魔法を見て呟く。
「向こうには『ネクロマンサー』がいるみたいじゃねえか。通して貰うぞ!」
ジークは空を掴むような勢いで右手を天にかざすと百メートルを超える極大の炎魔法を召喚する。
「――なっ……ローラちゃん、あれ防げる?」
「う、受け止めるだけなら。でも内包する魔力量から見ても、あれはランクAです。もし『爆発』でもさせられたら到底防げません!」
「そ、そんな……」
ジークが右手を振り下ろすと、炎魔法が落下を開始してフローラの風魔法に激突する。
「ぐっ……ぜ、全員で防御魔法をっ!」
フローラが叫び、一年生四人はアリサによって流し込まれた気を魔力へと変換して防御魔法を召喚する。
「無駄だ。俺の炎を防ぎたけりゃ、『水の城壁』か『龍の逆鱗』でも連れてくるんだな!」
ジークが更に炎魔法に魔力を注ぎ込む。
「消し飛べ! エクスプロジィオーン!」
炎魔法はジークの命令によって『爆発』を発動させんと中心点が輝くが、次第に輝きは弱まり、炎の大きさも小さくなっていく。
「――な、何だ? なんで爆発しない?」
「……間に合ったみたいだね」
アリサがほっと胸を撫で下ろす。
ジークの炎魔法はみるみる小さくなって消滅した。
「ジ、ジークさん! 足です!」
「何?」
仲間に指摘され、ジークは自分の足元を確認する。
ミミズの様に小さな植物の根が一本、ジークの左足に突き刺さっていた。
アリサの木魔法の大樹が地中から根を伸ばし、ジークの魔力を吸い上げていたのだ。
「――あ、ああ……く、くそがぁっ!」
ジークは怒りに任せて植物の根を引き抜くと、小さな炎魔法を召喚して焼き尽す。
そして、かなりの体力を奪われた影響でふらつき、片膝を地面に付いた。
「もう、あなた達の足元には根を伸ばしきった。私の勝ちだよ!」
グラウンドの地面から何本もの根がジークたちを囲むように飛び出し、襲い掛かる。
その光景はまさに狩場という言葉が相応しく、襲う側と襲われる側が入れ替わった瞬間だった。
「さ、さすがです、アリサお姉ちゃん!」
「直前で思い付いたんだけど、予想以上に上手くいったよ」
アリサはフローラに笑顔を見せながらも、容赦なく木魔法を操作して敵の魔道士たちを追い込んでいく。
銃で撃とうと、魔法で燃やそうと、アリサの木魔法は無尽蔵に地面から飛び出してくるので、ジーク以外の魔道士たちの表情に焦りの色が混じり始める。
しかし、アリサたちに与えられた余裕も、飛来した光の斬撃で植物の根ごと斬り裂かれた。
「何を手こずっているんだ」
「ト、トウヤか。木魔法の『マジックスキル』を侮った……これほど強力な魔法だったとは」
「実戦経験は豊富と聞いていたんだが?」
「木魔法使いは珍しいんだ。ましてや『マジックスキル』まで使える魔道士を見たのは初めてだ」
「なるほどな……ん?」
トウヤは大樹の横に立つアリサを見て目を見開く。
アリサも同様にトウヤの存在を認識して、動揺して木魔法を消してしまう。
「――あ、ああ」
「ど、どうしたの、アリサお姉ちゃん?」
アリサは後退り、バランスを崩して尻餅をついた。
すると、アリサたちの頭上にあった渡り廊下の窓ガラスが割れ、ミヤコがグラウンドに転がる様に落下してくる。
同時に東館の端から禍々しい気を纏った炎が放出された。
「――はぁ……はぁ……わ、私がここまで……」
「美夜子か。その様子だと、失敗したのか?」
「……と、統也お兄様、申し訳ありません。学園の魔道士に箱を奪い返されました……」
「奪い返された? その上逃げるように脱出してきたわけか。さっき倒した小僧といい、魔道士というのは子供でも侮れんな」
二人の会話を聞いていたアリサの身体がびくりと跳ね上がる。
「……さっき倒した小僧?」
目の前の戦闘にだけ集中していたアリサは、グラウンドの先で繰り広げられていたジェイクとトウヤの戦闘に気付いていなかった。
アリサは気で強化した視力でグラウンドの先――第二体育館の前に倒れている生徒たちを確認する。
そこには、血に染まった地面に倒れているジェイクの姿があった。
「……よ、よくも……うぅ、何だこの変な感じ……」
アリサは頭を押さえて呻く。
脳に掛けられているフィルターが怒りの感情を制限しているせいで、激昂したいはずなのに、それほどの怒りが湧いて来ないのだ。
アリサの気が高まり、トウヤとミヤコの意識はアリサに集中した。
「――あっ、あの子! 嘘! そんなことが?」
「信じられんことだが、この気は間違いない」
ジークや他の魔道士たちにすらアリサの気が感じ取れるほどに、彼女の気が密度を高めていく。
「フローラちゃん、アル君を呼んで。あの二人は今の私じゃ分が悪い」
「は、はいっ!」
フローラはテレパシーを使ってアルフレートと連絡を取る。
「えっ! ほ、ホントですか!」
地面に真っ白な魔方陣が浮かび上がる。
「や、やりました、アリサお姉ちゃん! 最強の助っ人も一緒です!」
「最強の助っ人?」
フローラは先ほどとはうって変わって嬉しそうに笑顔をみせる。
白い光が二人の人物を形作り、転移魔法が完了する。
「――お待たせ、フローラ!」
「ご主人様っ!」
フローラは半泣きでアルフレートに飛びつく。
「ん? この気は…………どういう因果か、まさかこの国で会うことになるとは」
転移魔法でアルフレートと一緒に転移してきたマサムネが、いち早くトウヤとミヤコの気を感じ取って腰の刀に手を置く。
「『魔獣使い』に『黒風の太刀』だと? まずいな……正門側には『ネクロマンサー』もいるってのに。おい、ここは俺たちが何としてでも食い止める。お前らは二人掛かりで中に潜入して――」
ジークはアルフレートとマサムネを警戒しながらも指示を出すが、トウヤとミヤコの表情を見て言葉を止めた。
二人の顔が、怯え切っていたからだ。
「――撤退の指示を出せ」
「な、何?」
トウヤが消え入るような声で呟いたのでジークが聞き返すと、トウヤはジークの胸倉を掴み上げた。
「撤退の指示を出せ! 全滅するぞ!」
「なっ! 冗談だろ? さっきまでの余裕はどうしたんだ?」
「あ、あの人は足止めが通用するような次元じゃない! 死にたくなければ撤退の指示を出せ!」
ジークはトウヤの必死の形相に気圧され、赤い宝石が嵌められた指輪を天にかざす。
すると宝石から直径百メートルほどの炎魔法が空へと放たれた。
「エクスプロジィオーン!」
ジークの叫びに呼応して炎が爆発。
遥か上空で爆炎を上げる魔法を目にしたジークの仲間の魔道士たちは、全員が地面に小さな黒い石を叩きつける。
石は地面に当たると粉々に砕け散り、漆黒の魔法陣へと姿を変えた。
そこに各々が手を付き、自身の魔力を流し込む。
魔法陣に亀裂が走り、まるで奈落への入り口のような穴が出現する。
「二人は俺に掴まれ!」
トウヤとミヤコはジークに捕まると、共に奈落へと身を投げ入れた。




