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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
明鏡止水編
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第八話 炎の代価

 エルヴィス、ヒルダ、ヴィニーの3人は校舎に残っていた普通科の生徒及び、魔道士ではない教職員に屋上に避難するように指示を出していた。


「エルちゃん、私たちも一階の救援に向かおう?」

「誰がエルちゃんだ。その呼び方はいい加減やめろ!」

「う~、エルちゃんはエルちゃんだもん……」

「二人とも、今はそんな言い争いをしている場合じゃないだろ。僕たちも一階の戦闘に加勢しに行くぞ」


 ヴィニーは二人のいつもと変わらないやり取りのおかげで、突然の実戦で張りつめ過ぎていた空気が緩んだことに感謝しつつ、指示を出す。


「いいか、いつも通り3人で補いあって戦うんだ。いつも通りの力が出せれば、僕たちはきっと生き残れる」

「ああ、分かって――ん?」

「どうした、エルヴィス?」


 突然、エルヴィスが立ち止まる。


「……女の匂いがする」

「はあ?」


 ヒルダがエルヴィスの肩を掴み、爪を立てるように力を入れる。


「いぃっ! や、止めろ、ヒルダ!」

「エルちゃん、ふざけてる場合?」

「いや、ふざけてねえよ! すげえ薄いけど、あっちから女の匂いがするんだ!」


 そう言ってエルヴィスはとある方向を指差す。


 エルヴィスたちがいるのは校舎の東館三階の階段付近であり、エルヴィスが指差した方向は立ち入りが禁止されている西館三階へと続く渡り廊下の扉だった。


「開かずの扉の先? でも、前にエルちゃんとヴィニー君と忍び込んだ時に、あの先は行き止まりだったよね?」


 西館の三階には行くことが出来ないというのは、エウニス学園では常識だ。


 西館の階段は二階から四階に通じており、三階部分は壁で閉ざされている。エレベーターもあるが、そちらは三階のボタンが存在しない。


 かといって東館の三階から続く通路は立ち入り禁止の扉で塞がれている。


 エルヴィスたちは以前、ヒルダの魔術を使って扉の鍵を開けて忍び込んだのだが、渡り廊下の先で待ち受けていたのは扉のない石の壁だった。


「まさか、この混乱に乗じて忍び込んだ生徒がいるのか? 行き止まりとも知らずに……」

「いや、なんか嫌な匂いなんだよな……。女の良い匂いのはずなのに、嫌な匂いなんだ」


 エルヴィスの肩を掴んでいたヒルダの手に再び力が込められる。


「いだだだだっ! ヒルダ、勘弁してくれ!」

「さっきから意味分かんないことばっかり言ってるエルちゃんが悪いんでしょ?」

「待て、それってエルヴィスの『ブラッドスキル』によるものか?」

「どうだろう。もともと鼻は良い方だったんだが、この状況で『嗅覚強化』ってやつが目覚めてきたのかもな。匂いに嫌な気配みたいなのを感じるんだ」


 ヒルダはエルヴィスがふざけているわけではないと分かると、肩から手を離した。


「行ってみよう、エルちゃん。たぶん、侵入者だよ」

「僕もそう思う。外の敵はシェリー先生やジェイクたちに任せて、僕たちは侵入者を捕縛するんだ」


 エルヴィスは二人の目を見て意思を確認してから、開かずの扉に近付き手をかける。


「……やっぱり、鍵は壊されてるぞ」


 扉を開けて通路の先を見た三人は、より一層の警戒を強めた。


 行き止まりだったはずの西館側の石壁に大穴が開けられていたからである。


「急ごう、エルちゃん、ヴィニー君」

「待て、ヒルダ。どうやら、向こうから来てくれたみたいだぜ?」


 エルヴィスが身体の正面に土魔法の盾を召喚すると、それとほぼ同時のタイミングで魔法の盾に黒い刃のナイフが突き刺さった。


「……それが魔法というものか」


 西館の壁に空いた大穴から、美しい人形のような顔立ちの女性が現れる。


 エルヴィスとヴィニーは女性の美しい黒髪と露出の高い異国の衣装から覗くしなやかな肢体に目を奪われた。


 それこそが彼女――ミヤコの狙いであった。


 ミヤコはエルヴィスたちに生じた一瞬の隙を突いて接近、エルヴィスの土魔法を横切って彼の首筋目がけて手刀を振り下ろす。


「――っ!」


 あと少しというところで、ミヤコは自分の腕が弾力と粘着性のある糸に止められたことに気が付く。


 その糸は、注意深く観察しないと視認出来ないほど細く透明だった。


 ミヤコが動きを止めたところで、すかさずヒルダが炎魔法を放つ。


「ちっ」


 ミヤコは封じられた左腕を右手で撫でるようにして糸を削ぎ落し、ヒルダの炎魔法から逃れる。


「うそっ、そんな方法で逃れるなんて!」


 ヒルダはミヤコの取った行動に唖然とする。彼女は糸が腕から離れず、斬るにも時間がかかると判断して、服どころか左腕の皮膚ごと糸を削ぎ落したからだ。


「……魔法は四種類だと聞いていたが」


 ミヤコはヒルダの糸を警戒しながら、血が滴り落ちる左腕に力を込める。


 すると、見る見るうちに傷口が塞がり、美しい白い肌が形成された。


「何だ、あの力? あれもシアメイさんの使う気功と同じ技か?」

「さあな、厄介なことには変わりねえけど」

「ていうか、ヴィニー君、エルちゃん、次は私の糸じゃ助けてあげられないかもしれないからね。ちゃんとやってよ?」


 ヒルダはミヤコの美しさに見とれて死にかけた二人に釘をさす。


「分かってるよ。でもよ、こう狭い室内戦だとお前の糸が有効なことには変わりないんだ。頼りにしてるぜ、ヒルダ」

「うん!」


 ヒルダは返答と同時に両手を床に付けると、共通語とは違う言語の呪文を唱える。


 すると、地面から先ほどの糸が何本も吹き出して天井と交差する。


「二度も食らうか」


 ミヤコは無駄のない動きで糸の間をすり抜け、三人に迫る。


「来るか。俺に任せろ!」


 エルヴィスが得意の土魔法で盾を召喚して身構える。


 しかし、ミヤコは三人の横を素通りして走り抜けていく。


「――え?」

「しまった。そういうことかっ!」


 ミヤコにはそもそも戦う気などなかったのだ。


 それをいち早く察知したヴィニーは小さな水魔法を召喚して追撃する。


 速さのみを特化させた四属性中最速の水魔法は、狙いを絞らせまいとジグザグに走るミヤコの左肩をかすめた。


 速さ以外の全てを捨てた攻撃は、ミヤコを一瞬だけよろめかせる程度にしかならなかったが、それが彼女の足を止めさせる要因となった。


 威力としては平手で打たれた程度。しかし、その衝撃によってミヤコの服の裾から小さな箱がこぼれ落ちたのだ。


 そしてそれを拾おうとミヤコが振り返るのを見た時、ヴィニーは反射的にミヤコにぶつけた水魔法で箱を回収していた。


「なっ――お、お前……」


 ミヤコは悔しそうにヴィニーを睨む。


 ヴィニーの行動とミヤコの反応を見て、エルヴィスとヒルダもミヤコの目的に気が付いた。


「なるほどね。あんたの狙いはこの箱ってことか」

「これ、西館の三階に隠してあったってことだよね? 相当なお宝なのかな?」

「分からないが、これだけの事をしてまで盗み出そうとしたんだ――」


 ヴィニーは水魔法の中で揺れる箱を手に取ってヒルダに渡す。


「悪党に渡していい代物じゃないってことだろう?」


 ヴィニーが水の弾丸を発射すると、ミヤコはそれを交わしつつ接近を試みる。


 エルヴィスとヴィニーが前に出て箱を持っているヒルダを守る様に立ち回り、ヒルダは炎魔法で二人を援護する。


「やべえぞヴィニー、こいつ速すぎる!」

「無駄口を叩くな! 防御に集中しろ!」


 同じ東方人でも、ミヤコの動きはエルヴィスたちが訓練で何度か戦ったシアメイとは全く違うものだった。


 シアメイは気功による残像などは織り交ぜてくるものの、基本的には正面からの接近戦を主体とした武術家らしい戦い方だが、ミヤコはとにかく動き回って狙いを絞らせず、もはや分身にしか見えないレベルの残像を囮にしてヒルダを狙ってくる。


 そして、隙を突くようにしてエルヴィスとヴィニーにも刃を向けるのだ。


 一瞬の迷いが死に直結する戦いが続き、エルヴィスとヴィニーが目に見えて疲弊していく。


「くっ、こうなったらっ! エルヴィス!」

「おう!」


 ヴィニーが両手を地面に付くのを確認して、エルヴィスは後方へ下がる。


 すると地面から広範囲に水が噴き出し、ヴィニーの周り一帯を飲み込んだ。


 水は氷へと変わり、ミヤコの足を凍り付かせることに成功する。


「よし、これで動けないは――ず」


 ヴィニーの脇腹に左後方から小さな衝撃が加えられる。


 視線を落として確認すると、漆黒のナイフが突き刺さって鮮血が流れ出ていた。


「ヴィニー、上だっ!」


 エルヴィスの一言でヴィニーは頭上から気功によって操作された三本のナイフが迫っている事に気が付いた。


 脇腹のナイフを引き抜き、痛みに顔を歪めながらも水魔法で防御する。


 ヴィニーの魔道士ランクは水属性C+であり、同時に二つの魔法は展開できない。


 よって、防御に魔法を使うために美夜子を拘束していた氷魔法を消すことになる。


「うおぉぉぉおおおおお!」


 エルヴィスが雄叫びを上げながらヴィニーに近付き、寸前のところでヴィニーに迫る美夜子の手刀を土魔法の盾で防御した。


「ぐっ、う、嘘だろ?」


 エルヴィス自慢の土魔法の盾は、まるでアイスクリームのようにゆっくりと美夜子の手刀で引き裂かれていく。


「させるかよっ! レベルアップ!」


 エルヴィスの声に呼応するように土魔法の『マジックスキル』である『強化』が発動。岩の盾は二倍の強度となって美夜子の手刀の侵攻をせき止めた。


「……そこだ」


 床に落ちていたナイフが再び動き出し、エルヴィスの右のアキレス腱を斬る。


「ぐっ、あぁぁぁああああ!」


 強烈な痛みでエルヴィスの集中が途切れ、土魔法の盾が消える。


「……終わりだな」

「エルヴィス!」


 ヴィニーが咄嗟にエルヴィスを庇うように突き飛ばし、ミヤコが突き出した貫き手を腹部に受ける。


「がはっ!」


 血を吐きながら腹部を押さえて苦しむヴィニーを蹴り飛ばし、ミヤコは立ち上がることの出来ないエルヴィスに手刀を振り下ろす。


「――ちっ」


 あとコンマ数秒でエルヴィスを仕留められるというところで、ミヤコは何かに気付いて後方へ飛び退いた。


 ヒルダの放った炎が迫り、ミヤコは気を纏った手刀で何とか斬り払う。


 命拾いをしたエルヴィスとヴィニーは振り返ってぎょっとする。


 美しかったヒルダの長い巻き毛が、燃える炎によって浸食されていたからだ。


「ヒ、ヒルダ?」

「何……なんだ……その炎は?」


 豹変したヒルダの容姿に戦慄する二人に、ヒルダは普段と変わらない柔らかな笑顔を向ける。


「これが私の本当の奥の手」


 ヒルダの目の前の床には炎で描かれた不気味な魔方陣が展開されている。


 そこにヒルダが自身の両手をかざすと、魔法陣から炎が飛び出して彼女の両手を覆った。


「ぐぅ……こ、これでどう? あいつを倒せる?」


 ヒルダが両手の爪を炎に浸食される苦痛に耐えながら、炎の魔法陣の向こう側にいる存在へ問いかける。


 すると魔法陣から再び炎が飛び出し、美夜子へと迫った。


 ミヤコは先ほどよりも炎の力が増している事に勘付き、斬り払わずに回避に専念した。


 炎はミヤコの脇をすり抜けると、後方で壁を作って退路を断つ。


『――髪と爪ではこの程度だ』

「なら、あいつを倒せるラインまで食べていいわ」


 ミヤコがナイフを投擲するが、魔法陣から飛び出した炎がナイフを飲み込む。


『――お前は最高に美味い娘だ。喰い尽すのは惜しい。両手の皮膚と右眼で力を貸してやろう』


 炎の声はヒルダにしか届いていなかったが、エルヴィスは『ブラッドスキル』によって強化された嗅覚で、ヒルダがやっていることの危険性を感じ取っていた。


「……おい待てよ、ヒルダ。お前……その炎、大丈夫……なのかよ?」

「大丈夫とは言えないけど、これ以外に思い付かないから」


 炎が床に倒れているエルヴィスとヴィニーを掴み上げ、ヒルダの後方へ移動させる。燃やす相手の選択が出来るのか、二人は炎に掴まれながらも全く熱さを感じなかった。


「さあ、好きなだけ持っていって!」


 魔法陣から炎が噴き出し、ヒルダの両手と右眼を侵食する。


「あ……あぐぁあ……うあぁぁあぁああああああ!」


 ヒルダは燃える両手で右眼を抑えながら、残った左眼で美夜子を睨む。


『――美味い。やはりお前の味は最高だ! さあ、我の名を呼べ!』

「――あ、あいつを倒して! クトゥグア!」


 ヒルダの叫びに呼応して、炎の魔法陣から灼熱の炎の塊が出現する。


「……ま、待て。なんだ、その炎は」


 ミヤコは自分が到底敵わないものを相手にしていることを悟った。


 恐怖に顔を引きつらせながら一歩後退り、背中側からくる熱気で自分が退路を断たれている事を思い出す。


「……それは、本当に魔法なのか? なんだその――禍々しい気は!」


 魔法陣から出現した炎は際限なく膨れ上がり、ミヤコを飲み込もうと迫る。


 炎は一直線に東館を貫いて空へと放たれた。


「た、倒せた……の?」

『――いや、勘の良い相手だ。我の力を瞬時に見抜いて撤退したようだ』


 ミヤコが立っていた場所の窓ガラスが粉々に割れており、彼女はそこから脱出したことが伺えた。

 ヒルダは脱力して床にへたり込む。


「そんな……」

『――代わりに右眼は少し残しておいた。お前は我にとって特別だ、この次に限り髪の毛だけで今程度の力は貸してやろう』


 そう告げると炎の塊は魔法陣へと戻り、跡形もなく消え去った。

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