第七話 目覚める力
ジェイク、アリサ、フローラの3人は校舎の階段を駆け下りる。
外に出ると敵の魔道士と交戦しているダリウスを含む3人の教師と、校舎に残っていた魔法科一年生の姿があった。
「む、マクスウェルか? すまないが彼らを中に運んで手当てを頼む!」
ダリウスは戦闘しながらも校舎の壁際で血を流している一年生を指さす。
「あ、ああ――いや待ってくれダリウス先生、ここ以外はどうなってるか分かるか?」
「ここ以外? 体育館はクラウザー先生とスピアリング先生に行ってもらった!」
「グラウンド側は?」
「そっちは校舎に残っていた二年生が向かったから安心しろ! それよりも、ここへの攻撃が苛烈だ。最前線でかなりの人数をシェリーが食い止めているが、回復魔法を使える魔道士が足りない!」
「安心って、教師は行ってないんだろ……?」
ジェイクは一瞬だけためらったが、すぐに覚悟を決めてアリサとフローラを見る。
二人はジェイクが考えていることを彼の目を見て瞬時に理解した。
「ダリウス先生、怪我人の手当ては私がやります!」
「ん? ああ、頼む。だが、ジェイクは――」
ダリウスは戦闘に集中していたので、ジェイクとフローラが自分の後ろで何をしようとしていたのか、気付くことが出来なった。
もし気が付いていたのなら、彼は絶対に二人を止めただろう。
ジェイクは大犬へと姿を変えたフローラに跨ると、風のようなスピードで発進した。
校舎のピロティーを抜けてグラウンドへ出た所で、彼の目に敵と交戦している二年生たちが映る。
数は16人。元々近くにいたのか、一年生も7名ほど戦闘に参加していた。
全員がグランドの奥にある第二体育館を守る様に立ち回っていることから、普通科の生徒たちを中に誘導して守っているようだった。
敵は猛スピードで突撃してくるフローラに気が付き、銃を構える。
フローラは人型に変身して急ブレーキをかけると、両手を身体の前へ突き出して風魔法を展開、迫りくる銃弾を風の力で捻じ曲げて逸らす。
「どわあっ!」
ジェイクはブレーキに対応できず、感性の法則によって空中に投げ出された。
「なんのぉおおお!」
空中で弾力のある水魔法を第二体育館の壁に召喚して飛び込む。ゼリーのような水魔法がクッションの代わりを果たし激突の衝撃を吸収した。
「君、確かシェリー先生のクラスの……マクスウェル?」
つんつんと逆立った銀色の短髪をした少年がジェイクに声をかける。
「おう。エドガーだっけか? 助けに来たぜ!」
エドガー・ドレイク。ジェイクの記憶では、10月の魔法戦技トーナメント一回戦でアルフレートと戦っていた一年生だ。
「そ、そうか、心強いよ」
ジェイクはエドガーから差し出された手を取って立ち上がると、飛来した敵の炎魔法を氷の壁を召喚して防ぐ。
「ゆっくり話してる暇もねえな。フローラ、行けるか!」
「もちろん!」
フローラは銃弾の雨に晒されながらも、その全てを風魔法で防いでジェイクと合流する。
「すごいな。マクスウェル、その子はクルーガーの……」
「話は後だ、人間。お前もジェイクと一緒に攻撃しろ。防御は私が引き受ける」
エドガーはフローラに強い口調で命令されて驚き、ジェイクを見る。
「こいつはアル以外の男にはこんなもんだから気にすんな。それよりやるぞ」
「……お、おう」
ジェイクは水魔法、エドガーは炎魔法を使って攻撃、敵の魔道士からの攻撃はフローラが全て防いでいく。
「なんか、妙じゃねえか? あいつら攻める気あるのかよ……」
「そこなんだよ。さっきから絶え間なく魔法と銃で攻撃してくるものの、僕たちを包囲するように陣取ってその場から動こうとしないんだ」
ジェイクは敵の意図に気が付いて舌打ちする。
「くそっ、やられた! こいつら俺たちが校舎の救援に行けないようにしたいだけだ!」
「えっ? あ、そういうことか。最初だけ妙に攻撃が激しかったのは、こっちに戦力を分散させる目的だったのか!」
「二年生をこっちの救援としておびき寄せただけで十分こいつらの目的は果たされてるってわけだ」
ジェイクたちの会話を聞いていた二年生たちの間にも動揺が走る。
数名が包囲網を突破しようと進み出るが、魔法と銃撃の二重攻撃を前に後退を余儀なくされた。
「このままじゃまずいぜ。フローラ、アルと連絡取れるか?」
「さっきした。ご主人様とリーゼロッテの方もここと同じように急に現れた魔道士たちに攻撃されているようだ。だが、ご主人様の方は余裕があるらしい」
そこでジェイクは少し考えてから、提案した。
「フローラ、もう一度この銃撃の中を校舎まで戻れるか?」
「……難しい。さっきの突破劇で私に対しての警戒が跳ね上がっている。これを無傷で突破するなら『加速』を使って移動するしかない」
それはジェイクをここに置いていくことを意味していた。
風魔法を身体に纏ってマジックスキル『加速』を使用すれば文字通り風を超える速度で移動できるが、力のコントロールがとても難しく、フローラは人を乗せた状態で使用することが出来ないのだ。
「しゃあねえな、行ってくれ」
「いいのか?」
「俺だって何が最善かは分かってるつもりだぜ?」
「なら行ってくる。お前は弱い人間なんだから、無茶するなよ」
フローラは大犬の姿に変身すると、風魔法を纏って『加速』。一陣の風となって包囲網を突破し、校舎へと駆け抜けていった。
フローラの突破を許すと、敵の攻撃が途端に収まった。
「な、なんだ?」
指揮を取っていた赤毛の男――ジークベルト・オーレンドルフを残して、他の魔道士たち全員がフローラの後を追いかけて校舎へと移動していく。
「お、おいおい、させるかよ! 行くぞ、エドガー!」
「ああ!」
ジェイクとエドガー、それにその場にいた二年生たち全員が追撃に移ろうとしたところで、グラウンドに一筋の光が通る。
その光はジェイクたちとジークとの間を仕切る様に一直線に流れ、グラウンドの地面を真っ二つに斬り裂いた。
「――え、この技……」
ジェイクはその光に見覚えがあった。
一か月前の王女誘拐事件で活躍した、ジェイクが知る限りで世界最強の剣士。
ソフィア女王近衛7騎士『黒風の太刀』マサムネ。
彼の刀から放たれる気功による遠隔斬撃と瓜二つだったのだ。
「ジーク、ここは俺に任せてお前もさっきの犬を追いかけろ。あれは厄介だ」
「トウヤか……」
斬撃が飛んで来た方向からトウヤと呼ばれた一人の東方人が現れ、ジークに指示を出す。
ジークは嫌そうな顔をして舌打ちしたものの、トウヤの言う通りに校舎へと向かった。
「どうした? ここを通らないと校舎には行けないぞ?」
トウヤは無感情な視線をジェイクたち学園生に向ける。
ジェイクを含む全員は、目の前に立っている小柄で目つきの悪い東方人の男に、脳内のフィルターが許す最大限の恐怖を感じていた。
それゆえに警戒して、無理やりな突破を試みようとするものは一人としていなかった。
「ほう。実力差が分かる程度には教育されているんだな。それなら――」
トウヤが手に持っていた刀を閃かせ、先ほどの遠隔斬撃を放つ。
即座に反応した二年生三人が三重の土魔法で防御するが、斬撃の侵攻をほんの数秒遅らせることしか出来ずに両断される。
しかし、稼いだ数秒で全員が安全圏に退避することが出来た。
「ぐぁっ!」
ジェイクの真横で叫び声が上がる。
全員が遠隔斬撃に気を取られている隙にトウヤはエドガーに忍び寄り、彼の両足を峰内で砕いていた。
「エドガーッ!」
「ぐっ――くそぉ!」
エドガーは激痛で顔を歪ませ、地面に這いつくばりながらも左手をトウヤに向けて土魔法を放つ。
トウヤは刀で土魔法を軽く払い飛ばすと、エドガーの首の後ろに触れる。するとエドガーは一度だけびくりと痙攣を起こして意識を失った。
「な、何しやがった!」
ジェイクが水魔法で造った氷剣をトウヤへ向ける。
「俺に無関係の子供を殺す趣味はない」
トウヤは小さく呟いてから刀を一閃する。
「なんのぉ!」
ジェイクは咄嗟に身を引いて峰内をかわす。
「――っ、お前は後回しだ」
「え?」
トウヤはジェイクに背を向けると、魔法陣を展開して隙を伺っていた他の学園生に襲い掛かる。
エウニス学園の生徒は学生とは言え、かなりレベルが高い。
二年生にもなればほとんどの生徒は『マジックスキル』を使いこなせるようになっており、中にはランクBに到達する者もいる。
全員が天賦の才を持ち、最強の魔道士になりうる存在なのだ。
しかし、そんな天才たちが目の前の東方人に成す術もなく蹴散らされていた。
どんなに強固な土魔法も、魔道士本人を叩いてしまえば意味をなさず、どんなに強大な炎魔法も、当たらなければ意味をなさない。
「お、おい……冗談だろ……?」
ほんの数十秒の間に、ジェイク以外の生徒は地面に転がっていた。
「最後だ」
一直線に向かってくるトウヤを見て、ジェイクは時間の流れがゆっくりになっていくのを感じていた。
世界の全てがスローになっていく。
「――お前、何者だ?」
気が付くとジェイクは、トウヤの刀による三連撃全てを一切の無駄のない動きで回避していた。
身体が脈打つ。
目の奥が猛烈に熱い。
心臓から流れる血液が、自分の緑色の瞳へと送られていく感覚が分かる。
「これって……もしかして」
ジェイクはシェリーの授業を思い出した。
『ブラッドスキル』は血液に秘められた力であり、心臓から対応した部位へと力を集めて解き放つことで発動する。
「すげえ、これが『視覚強化』ってやつか。それにこの魔力は……」
「何を言っている!」
トウヤが初めて感情を表に出してジェイクに斬りかかった。
ジェイクは氷剣でトウヤの刀を受け止める。
「バカなっ、そんな氷で!」
「悪いな、この水魔法は普通じゃねえんだ!」
氷剣を大量の水魔法に変換してトウヤを後方へ押し流す。
「俺の右手ってこうなってたのか」
ジェイクは右の手のひらを確認して笑う。
「何が面白いのか知らないが、これ以上はやらせんぞ」
トウヤは手にしていた刀を鞘へとしまうと、腰に差してあったもう一振りの刀を抜く。
「お前は強い。悪く思うなよ」
トウヤはジェイクとの距離を詰めて刀を一閃する。
ジェイクは先ほどと同じようにトウヤの刀を氷剣で受け止めた。
「――なっ!」
ジェイクは強化された己の目を疑った。
トウヤの銀色の刀が、強力な水魔法で造った氷剣をすり抜けたのだ。
「…………恐ろしい反応速度だな。よく避けたと言えるが、もう戦えまい」
トウヤは地面に転がったジェイクを一瞥して納刀し、背を向ける。
「ま、待ちやがれっ!」
苦しみに悶えながら、ジェイクが吼える。
「その出血量で俺を止めることは出来ないぞ」
ジェイクが必死に右手で抑えている左腕は、肘から先が存在していなかった。
地面に転がっている自分の左腕を確認して吐き気を覚える。
「ああ、無理だろうな……だがよ」
ジェイクはトウヤの足元に巨大な魔方陣を展開する。
トウヤが飛び退くと、彼が先ほどまでいた場所に水柱が上がる。
「こいつだけは貰ってくぞ!」
ジェイクはトウヤが水柱に気を取られている隙に、最速の水魔法で彼の腰に差してある刀を鞘ごと抜き取った。
「何っ! 二つ同時だと?」
極限状態に置かれ、己の血の力を覚醒させたジェイクは『視覚強化』の他に、もう一つの力を目覚めさせていた。
学園は『魔法強化』という名で魔法の力が上がる力と認識していたが、後に『魔力器官』と名称を改めることになる。
魔道士とは、魔力種と呼ばれる種を体内に寄生させることで、魔力を作り出す器官を作り出した人間の事を指すが、ジェイクはそれを生まれながらに右手に持っていた。
血液をランクAの純度魔力に変換して溜め込む水属性の『魔力器官』。それがジェイクが覚醒させたもう一つの『ブラッドスキル』であった。
ジェイクは右手の『魔力器官』で水柱を召喚してトウヤの気を引き、胃の近くに寄生している魔力種の『魔力器官』で小さな水魔法を召喚して意表を突いたのだ。
奪った刀を最初にトウヤが割ったグラウンドの裂け目へと投げ入れる。
よほどの深さがあったのか、刀はトウヤが視認できないほどの地下へと落ちていった。
「……お、俺の……刀が」
トウヤは今まで見せたことがない様な怒りの表情でジェイクを睨む。
「……へへっ、ざまあみろ」
ジェイクは力尽き、意識を失った。




