第六話 平和の崩壊
エウニス学園、屋上。
「それで? ここに何があるの?」
屋上に着くと同時に、シェリーはヒルダに問いかける。
「ここ最近、魔術はシミュレーターの電脳空間でしか使ってなかったから気が付かなかったんだけど……」
ヒルダは話しながら制服のポケットから真っ赤な血の入った小さなビンを取り出す。
栓をしていたコルクを抜き、床に血で魔法陣を描いていく。
「この学園――ううん。もしかしたらエウニス市全体を覆うくらいの大きな魔術結界が貼られているみたい」
「なっ! おい、それってまさか……」
「どうだろう? 私はこの前の事件の誘拐犯には会ってないからね。別の誰かの仕業かもしれないけど」
ヒルダが魔法陣に手を付くと、血で描かれた魔法陣が光り輝く。
「反転!」
ヒルダが叫ぶと魔法陣から風が吹き出す。
「どこの誰だか知らないけど、この程度の結界なら魔力の流れを逆流させて簡単に――」
ヒルダが言い終わる前に魔術結界は破壊され、隠れていたものが一同の目の前に晒される。
夕焼けに照らされた十二機のそれは、誰がどう見ても輸送用の航空機だった。
「――あ、あはは……こんな近くにいるのはちょっと予想外……かな?」
航空機はエウニス学園を取り囲むように停止飛行をしている。その距離は校舎から五百メートルほどしかない。
「こいつら……まずい、狙われてる!」
シェリーが反射的にドーム状の水魔法で全員を包み込むのと同時に、正面の一機から機銃掃射が行われた。
何十発と撃ち込まれる弾をシェリーの召喚した薄い水魔法が防いでいく。
「う、嘘だろ、マジで撃って来やがった!」
「シェリーちゃん、どうすればいい?」
ジェイクとエルヴィスは驚いてはいるが、パニックには陥っていない。
シェリーはシミュレーションマシンの新機能に感謝しつつ、全員に指示を出した。
「何? シェリーちゃん、聴こえねえよ!」
銃撃の音が大きすぎてシェリーの声は生徒たちに全く伝わらない。
シェリーは指示を出すのを諦めて、空中に巨大な氷魔法を召喚する。もちろん防御用の水魔法は展開したままである。
氷のつららが航空機に向かって飛び出すと、乗っていた男たちが一斉に飛び降りる。
他の機体に乗っていた男達も同様に飛び降りて、銃撃音に驚いて出てきていた教師や魔法科の生徒たちに襲い掛かった。
シェリーの氷魔法が航空機を貫くのとほぼ同時のタイミングで、侵入者を感知して学園の警報が鳴り響く。
「ちっ……今更ね」
パイロットを失った航空機はコントロールを失って落下を開始する。
「させないわっ!」
正面の一機を貫いた氷が水へと変化して膨張。その大きさからは想像出来ない速度で移動して全ての航空機を絡めとると、シェリーたちの上空で静止する。
「ヒルダちゃん、あれを消し飛ばせる?」
「やってみます!」
ヒルダが両手を空に掲げ巨大な魔方陣を展開すると、シェリーはタイミングを見計らって水魔法を消す。
落下してくる航空機の残骸目がけてヒルダの炎魔法が放たれ、全てを飲み込んだ。
「原子まで熔けろ! エクスプロージョン!」
対象を航空機のみに設定して、炎魔法のマジックスキル『爆発』を発動。
文字通り跡形もなく航空機は消し飛んだ。
「よし。ジェイク君、アリサちゃん、ローラちゃんはグラウンド側に残っている生徒たちを第二体育館へ誘導! エルヴィス君、ヒルダちゃん、ヴィニー君は校舎内の生徒を守りつつ、侵入者を外に追い出して!」
全員がはっきりとした声で返答する。
その表情には多少の恐れはあるものの、怯えは存在しなかった。
「正門側の敵は私が仕留めるわ!」
シェリーは勢いよく屋上から飛び降りた。
学生寮の自室にいたシアメイは、突如として聞こえてきた銃撃音に驚いて外に出た。
しばらくすると警報音と共に校舎の方向からやってきた武装集団に襲い掛かられ、状況が飲み込めないまま戦闘するはめになっていた。
「ああもう! 銃って便利だな、クソッ!」
土魔法で銃弾を防ぎながら悪態をつく。
寮に襲撃してきた6人の男達は全員魔道士のようなのだが、威力の高い魔法攻撃の合間に銃による攻撃を織り交ぜてくるおかげで、シアメイの得意な近・中距離の戦闘に持ち込むことが出来ないでいた。
同じように寮にいた魔法科の生徒たちも普通科の生徒たちを守る為にシアメイと一緒に戦ってくれてはいるのだが、防戦一方で中々攻めに転じることが出来ていない。
「こうなったら、一か八かやるしかないか」
「止めときな、ここは守りに徹するんだ」
「いや、守ってばかりじゃ勝てな――って、誰だい?」
気付かぬうちにシアメイの土魔法の壁に一緒に隠れている黒髪の女性がいた。
男子寮で働いている東方人のアオイ・クジョウである。
シアメイは見事なまでに気を断って気配を消しているアオイをただ者ではないと警戒した。
「あいつらの動きをよく見なよ。牽制射撃だけでまるで攻める気がない。私の勘じゃあ、これは足止めだね。こちらも守りに徹していれば、死にはしないよ」
「なるほど、確かに――じゃなくて! あなたは誰なのさ!」
「アルたちに聞いてないのかい? 私は九条葵、旅の料理人でね。今はここの男子寮で働かせてもらってるのさ」
「…………クジョウ……だって?」
シアメイはアオイの苗字を聞くと、猫のような目を見開いて驚く。
「ん? そっか、有名だもんね、晋の出身でも知ってるか。もっとも、私は嫁に入っただけで、血の繋がりはないんだけどね」
「嫁にって……じゃあ、本当にあのクジョウなのか」
「ああ。私の旦那は九条玄司。素手の武術において世界最強の男さ」
九条玄司。
その名を耳にした瞬間にシアメイの気が異常なまでに膨れ上がったので、アオイは驚いて距離を取った。
「えっ、ちょっと、君……どうしたんだ?」
「クジョウ・ゲンジ……だって? あんた今、クジョウ・ゲンジって言ったのか?」
「あ、ああ。そうだけど――危ないっ!」
無防備に立っていたシアメイ目がけて土魔法の岩が飛来する。
その岩を、シアメイは左手の裏拳で弾き飛ばした。
「邪魔するなよ」
シアメイは殺気の籠った声で呟き、魔法を撃った敵の魔道士を睨む。
「アオイさんって言ったよね。クジョウ家に嫁いだってことは、戦えるんだよね?」
「……まあ、旦那ほどではないけどね」
「それは分かってるよ。なら、こいつらを片付けるのを手伝ってくれないかな。色々と聞きたいことがある」
「話なら後でいくらでも。ただ、あいつらはテロリストってやつだろう? 追い詰めたら自爆だろうと何だろうとやりかねない。ここは下手に刺激せずに、守りに徹して救援がくるまでやり過ごそう」
「…………分かった」
シアメイは再び土魔法の壁を召喚し、膨れ上がっていた気を身体の中へ引っ込めた。




