第四話 フィルター
放課後。
アルフレートとアリサはジェイクに連れられてシミュレーションルームへ向かっていた。
ジェイクが特訓しようと言い出したのだ。
どうやら、エルヴィスたちに負けたことが相当悔しかったらしい。
「でも、先生たちも忙しいだろうし、協力してくれるかな?」
「大丈夫だろ。シェリーちゃんなんて、俺たちがやる気を見せたら泣いて喜んでくれるんじゃねえか?」
職員室で他の教師に聞いた話では、シェリーはダリウスと共にシミュレーションルームに向かったらしいので、ジェイクは多少強引にでも頼み込んで特訓相手になってもらうつもりだった。
「それに、フローラとリーゼロッテがいないんじゃ、ここのシミュレーションマシンを借りないとアルが全力を出せないだろ」
「まあ、それはそうだけど」
現在、フローラとリーゼロッテはいざという時にレティスのもとへいち早く駆けつける為に彼女に預けている。
最初はとても不満そうにしていたが、レティスの住むオーウェル城で出されるケーキを一口食べたら大人しくなったので、アルフレートは複雑な気分になった。
「――あれ? 二人とも、ちょっと待って」
後ろを付いて来ていたアリサが二人を呼び止める。
「……なんか、言い争ってるみたい」
「言い争い?」
「シェリーちゃんとダリウス先生がか?」
ジェイクとアルフレートは顔を見合わせると、まるで暗殺者のような動きで音を立てずにシミュレーションルームの扉に張り付いた。
アリサも二人に続くように聞き耳をたてる。
「――ですから、この状況下でそんなことをしたら、生徒たちどころか教師の半数は使い物にならなくなります」
「なぜそう言い切れるんだ。確かに俺たちはシェリーのような実戦経験は少ないが、それでも魔法軍に負けないレベルの戦闘技術を身につけている」
「技術とかそういう問題じゃないんですよ。ダリウスさんは本当の戦場の恐ろしさを知らないから……あの地獄ではほとんどの人間は正気を保てません」
普段からは考えられないほど真剣なシェリーの声に三人は息をのむ。
同時に、ジェイクとアルフレートの中に別の感情が芽生えた。
「おい、ダリウス先生ってシェリーちゃんにため口だったか?」
「ううん。前は敬語だったし、メルヴィル先生って呼んでいたはずだよ」
「だよなぁ。くそっ、馴れ馴れしいんだよ、あのメガネヤロー」
「シェリー先生も、ダリウスさんなんて呼んでなかったのに……」
ジェイクたち魔法科一年二組の男子生徒にとって、シェリーとティアはアイドルのような存在だ。
故にダリウスとシェリーの態度はジェイクとアルフレートを苛立たせるには十分だった。
「……男の子ってたまにどうしようもなく馬鹿だよね」
アリサの呆れるような呟きにも耳を貸さず、二人は盗み聞きを続けた。
「なぜそう言い切れる? 俺はこの前の誘拐事件で実戦を経験したが、正気を保てなくなるほどではなかったぞ。確かに一部の気の弱い生徒の中には取り乱す者もいるかもしれないが、俺たち教師が恐怖で使い物にならなくなるとは思えない。君の言っていることは俺たちに対する侮辱だぞ」
ダリウスの主張を聞いて、シェリーは拳を握りしめて彼を睨み付ける。
「よく、未経験の人間には何を言っても理解できないって、経験者が偉そうに言ったりするじゃないですか。私……あれ嫌いなんです。ちゃんと説明すれば、想像力を働かせれば分かるんじゃないかって思うから。だから私が言うことをちゃんと想像してください」
ダリウスはもちろん、声だけを盗み聞いているジェイク、アルフレート、アリサの三人までもが、シェリーの凍てつくような覇気に気圧される。
「目の前で人が死ぬんです。敵も味方も。映画のような格好の良い死に方なんて出来ません。ドロドロに熔かされ、大岩に押しつぶされ、氷塊に貫かれ、触手に引きちぎられ、ありとあらゆる死が目の前で繰り広げられるんです。分かりますか、ダリウスさん。自分が死ぬよりも、仲間の死を見る方が辛いんです。でも、もっと辛いことがあります。何だと思いますか?」
「えっ? な、何と言われても……」
シェリーに問われ、ダリウスは戸惑う。その様を見てシェリーはにこりと笑う。
「命乞いをする敵兵を殺すことです」
「――あ……そうか、君は……」
「私が戦場で生き延びる為に真っ先にやったことは、仲間を助けることでも、敵を殺すことでも、ましてや逃げることでもありません。自分の心を殺すことでした」
シェリーは部屋に何台も設置されているシミュレーションマシンの一つに触れる。
「この機械を使えば、私が戦場で必死になってやった事を、やらなくてもよくなるんです。やっと完成したこの機能を非人道的だという人もいるらしいですが、私にしてみれば、何の処置もせずに戦場に送り出す方がよっぽど非人道的だと思います」
聞き終えて、ダリウスは押し黙る。
彼はシェリーの言った通り、想像力を働かせてしっかりと彼女の話を聞いてしまった。完全にではなくとも、彼女の経験した地獄の一端を彼も感じ取ってしまったのだ。
ジェイクたちも同様であり、アルフレートにいたっては涙で目を潤ませていた。
「……さてと」
シェリーはシミュレーションルームの扉に近付くと、一気に開け放つ。
「うわっ!」
扉に体重をあずけていたジェイクが部屋の中へ転がり込む。
「お、お前たち! 今の話を聞いていたのか? シェリーも気付いていたなら何故もっと早くに対応しなかったんだ。生徒に聞かせる話ではないだろう!」
「私だって常時『聴覚強化』を発動しているわけじゃないですからね。普段は普通の地獄耳くらいなんですよ。気付いたのはアル君が鼻水を啜る音が微かに聞こえてからです」
「ぐっ……い、いいかお前たち、この話はくれぐれも――」
「――言わねえよ、誰にも」
ダリウスの忠告に被せるようにジェイクは言い放つ。
「俺は――たぶん、アルとアリサも、シェリーちゃんの話を聞いて、シェリーちゃんの言う地獄ってのがどんなもんなのか、少しは想像出来ちまったからな。んで、この機械には俺たちの心を殺す機能が付いてるってことなんだろ?」
ダリウスはシェリーと顔を合わせてから、落ち着いた声で回答する。
「いや、心を殺さなくてもよくなる機能だ。このマシンを使ってシミュレーションを重ねていくうちに、脳にフィルターのようなものが掛かるようになっている」
「フィルター?」
「ああ。魔力を体内で生み出すことで発動する、感情を制限するフィルターだ。恐怖や怒りなどの感情が高まりすぎると冷静な判断力を失いパニックに陥るからな、そうならないように脳に制限がかかるんだ。俺はこの新機能の使用をやめて、生徒たちからフィルターを取り除く処置をしようと提案していたんだが――」
ダリウスは話しながらシェリーに向き直る。
「君の話を聞いて考えを改めたよ。これは必要な機能だ」
「ありがとうございます。ダリウスさん」
「しかし、シェリーの話を聞いても分かってくれない人間もいるだろうからな。ファネル学園長の指示通り、この新機能についてはしばらく極秘扱いにしよう。お前たちもそれでいいな?」
ジェイク、アルフレート、アリサの三人は異口同音に同意の返答をした。
「あっ、ダリウス先生、シェリーちゃん、最後に質問」
「何だ?」
「いつの間にお互いの呼び方変えたんすか?」
「「あっ!」」
ジェイクに指摘されて二人は目に見えて慌てる。
「な、なな何のことだ? 気のせいだろう? そうですよね、メルヴィル先生」
「は、はい! 気のせいよ、ジェイク君」
ジェイクは半目で二人を睨んでから部屋の隅へアルフレートと移動し、顔を突き合わせて小声で話す。
「アル、どう思う?」
「認めたくないけど、黒だね」
「だよなぁ……くっそ、なんであんな冴えないメガネ教師なんかにシェリーちゃんを……」
二人の会話を地獄耳で聞き取ったシェリーは全身から脂汗を流す。
「あ、アル君、ジェイク君……その……こ、この事は他のみんなには……」
ジェイクはエルヴィスたちに負けた時よりも悔しそうな目でダリウスを睨む。
「言えるかこんな事。俺たちのシェリーちゃんがダリウス先生なんかと……」
ジェイクは大きなため息を付くと、アルフレートと一緒に肩を落として部屋を出ていく。
そんな情けのない様を一部始終見届けたアリサは小さく呟いた。
「ホント男の子って……馬鹿だよね」




