第二十三話 勇気の証明
マサムネとケイオスの激しい攻防をシアメイは一歩引いた所で眺めていた。
ケイオスは楽しそうにマサムネに話し掛け、マサムネはそれを無視し続けている。
明らかに次元の違う戦いを前に、シアメイは離れた所で今も戦っているアルフレートたちに加勢しに行くべきではないかと考えていた。
「おや? 余所見はいけませんね」
「え――」
闇魔法がシアメイの足元から出現し、あっさりと絡めとられる。
そのままケイオスの近くまで引き寄せられると、彼の腕が後ろから回り込みあごを掴まれた。
「シアメイ……クソッ!」
マサムネが刀を構えた状態で停止するのを見て、シアメイは内心で足手まといの自分を責めた。
「シアメイ、何をしている! 気功を使えっ!」
マサムネに言われて、シアメイは自分が気功を一切使用していないことに気が付いた。
二トラ市での戦闘時のレティス王女と同じように、恐怖で判断力が鈍ってしまっていたのだ。
「無駄ですよ。ほら、シアメイ見てください。あなたのお友達はあんなに遠くにいるのですよ。そして目の前の彼は力を封じられています」
シアメイの瞳に、遠くで必死に戦っているティアの姿が映る。
なぜティアは戦えるのだろうか。彼女も先の戦闘では大怪我を負い、目の前に迫る死を体感したはずなのに。
背後にいるケイオスに怯えながら、シアメイはティアの強さに嫉妬した。
『――でも、この判断は正しいって思うから。何もしないで後悔するほうがもっと怖いもの』
ふと、地下に潜入する前にティアが言った――自分の背中を押してくれた言葉を思い出した。
「大丈夫だ、シアメイ! お前は強い。俺に挑んできたお前は、どんな辛い状況でも笑って戦える強さを持っていた!」
ケイオスの手があごから頬へと移り、優しく撫でる。
「それは彼女が作り出し演じてきた強い自分です。ですが本当は違う。本当の彼女はもっと臆病でか弱い、ただの少女です。違いますか? シアメイ」
耳元で名前を囁かれ、シアメイの身体がびくりと強張る。
「……そうさ、ボクは――わたしは臆病だ。怖いよ。怖くて、怖くて、今も兄さんに助けて欲しいって思っている。こんなところに来るんじゃなかったって後悔している」
「ま、待て、シアメイ。気をしっかり持つんだ。俺がいる、諦めるな!」
シアメイはマサムネと視線を交わす。
「うん。分かってるよ、師匠。本当は何をするのが一番正しいのか。わたしは弱いから、怖くて仕方がないけど、ここで怯えて何もしなかったら、もっと後悔するもの」
シアメイは目を閉じて、深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。丹田に力を込め、気を練り上げる。
「だから、わたしを見ていてね、師匠」
「恐怖に怯えた身体で何をしようというのですか、シアメイ?」
「……ケイオス、勇気が何か知っている?」
「勇気ですか? 何者も恐れずに向かっていくことの出来る心のことでしょうか」
「外れとまでは言わないけど、当たりでもないよ。……勇気とは、どんなに怖くて恐ろしくても――」
シアメイは真後ろにいるケイオスの足を蹴り飛ばす。
「自分が正しいと思った事を貫き!」
態勢が崩れた瞬間に屈んで拘束から脱し、下から突き上げるようにケイオスの顎を蹴り上げる。
「恐怖に立ち向かえる心のことなんだっ!」
シアメイは流れるように回転して構え直し、練り上げた気を右手に集中して掌底を放つ。
「――っ!」
突き飛ばされたケイオスは腹部を押さえてよろめきつつも何とか堪え、闇魔法を召喚する。
シアメイは極限まで高めた気を拳に集約させて、飛来する無数の闇魔法を高速の拳で弾いていく。
「素晴らしい動きですよ、シアメイ。ですが、これならどうですか?」
ケイオスの正面に10メートルを超える闇の渦が召喚される。
「いかん! シアメイ下がるんだ、ここは俺が!」
「大丈夫だよ、師匠。……アリサの気、やっぱりすごい。今のわたしならやれるはず!」
シアメイはアリサから貰った強大な気に自分の気を上乗せして練り上げ、右手に集結させていく。
右手の指を獣の爪のように折り曲げ、振りかぶる。
「猛虎・破山爪!」
シアメイが叫び、右手を振り下ろすと、ケイオスの闇魔法は巨大な気の爪によって斬り裂かれて消滅した。
しかし、ケイオスは臆することなく立て続けに闇魔法を召喚する。
「わたしを運べ!」
シアメイが足元を力強く踏みつけると魔法陣が出現して土魔法の岩が生える。岩は柱のように高く伸び続け、シアメイはそれに乗ってケイオスの闇魔法を回避しつつ上空を取った。
ケイオスが上を見上げた隙を突くように、マサムネが斬りかかる。
「いいぞ! それでこそ、シアメイだっ!」
「ぐっ、邪魔を!」
ケイオスがマサムネの剣撃を闇魔法で防いでいる間に、シアメイは土魔法から飛び降りて限界まで気を練り上げる。
マサムネが後方へ飛び退き、それと入れ変わる様にシアメイが気功を纏い、回転と重力のエネルギーを加えた蹴りを繰り出す。
「無駄です!」
ケイオスは闇魔法でシアメイの蹴りを完全に受け止めた。しかしそれにより、闇魔法の上にシアメイが立つような形になったことで、異変に気が付いた。
「軽すぎる――」
周囲に意識を向けた事で後方の落下音に気が付き、全てを悟った。
自分が受け止めたのはシアメイではなく、彼女の気そのものであるということに。
シアメイはありったけの気を打ち出した後にケイオスを飛び越えるようにして彼の後方へ着地していた。
「――遅い」
ケイオスの意識が背後へと移った瞬間に、マサムネが刀に纏わせていた気を打ち出す。
「がはっ!」
強い衝撃を受けてケイオスが呻き、膝を付く。
「今だっ!」
シアメイはケイオスを後ろからうつ伏せになる様に蹴り倒すと、彼に飛び乗って片腕を後方へ捻りあげる。
「いい気の使い方だったぞ、シアメイ」
「えへへ、ちゃんとメリハリがあったでしょ?」
「ああ」
マサムネはシアメイと話しながらも水が流れるような滑らかな動きで刀をケイオスの眼球すれすれに突き付けた。
「これで終わりだな」
「……どうやら、そのようですね」
ケイオスはあっさりと負けを認めた。
「師匠こわっ……」
「このくらい、こいつには生温い。エルネ様に不殺の誓いを立てていなければ、とっくに首をはねている」
マサムネの言葉に冗談などは微塵も感じられず、シアメイは口をつぐんだ。
「なるほど、不殺の誓いですか。明らかに手を抜いていたのは、そういうことでしたか」
「気付いていたか」
「はい。命を奪う覚悟のない子供たちはともかく、あなたが子供たちに危害が及ぶかも知れない状況で峰打ちを繰り返すのは、気持ちが悪いと感じておりました」
マサムネはケイオスの挑発を受けて、何の躊躇いもなく彼の右肩に刀を突き刺した。
「――ッ!」
「不殺というだけで、傷つけないということではないぞ。調子に乗るな」
大人でも叫び声を上げるほどの激痛がケイオスを襲っているはずなのだが、彼は微笑を崩すことはなかった。
「まったく、恐ろしい男ですね。今宵はこれで幕引きとさせて頂きましょうか」
「――うぁっ!」
ケイオスの身体が黒い霧に変化し、馬乗りになっていたシアメイが声をあげて床に落ちる。
シアメイの身体をすり抜けるようにして霧は移動し、少し離れたところで再びケイオスの姿へと変化した。
「ちっ、厄介だな。これでは拘束するのは難しい」
「どうしよう師匠、もうアリサにもらった気を使いきっちゃったし……」
「幕引きと言ったでしょう? 今回の主役はアッシュとカーミラ。その二人が倒れた今、私にこれ以上戦う理由はありません」
「何っ?」
マサムネとシアメイは即座にアッシュとアルフレートたちが戦闘していた方向を確認する。すると、倒れたアッシュの周りにアルフレートたちが集まっている姿が見えた。
「それでは、皆さん。ごきげんよう」
ケイオスが指を弾くと、地下からこの空間に移動した時と同様の揺らぎがその場にいた全員を襲った。
空間が崩壊する直前に、ケイオスが一言だけ呟いた。
「楽しかったですよ、アッシュ、カーミラ」




