第二十話 カーミラの泥魔法
「そんな、ジェイクが……」
「大丈夫だよ、ティア。あれは転移魔法――いや、魔術だ。それも一回だけの」
ジェイクを転移させた魔法陣は輝きを失い、後も残さず消えていく。
「ちっ、無駄に察しがいいな、シアメイ。だが、一人いなくなったことには変わりない。お前たち2人程度なら簡単に殺してやるよ」
「やれるものなら、やってみなさい!」
ティアが右手をかざして真紅の魔法陣を展開、特大の火球を召喚してカーミラを攻撃する。
しかしカーミラは泥の鞭を作り出して火球を明後日の方向へ弾き返した。
「私の炎魔法が……その魔法、水魔法なの?」
「ふふっ、知りたいか? こいつは……右手に水魔法、左手に土魔法――」
カーミラは得意げに右手に青い魔法陣、左手に茶色の魔法陣を展開した。そして両手の指を重ね合わせると、彼女の正面で魔法陣が融合する。
「――二つを合わせて、泥魔法だ」
融合した魔法陣から泥の触手が現れて、ティアとシアメイをそれぞれ別方向に薙ぎ払う。
二人とも土魔法で防御したのだが、魔法ごと払い飛ばされるほどの力だった。
「所詮は学生。この程度か」
「ぐっ……私を舐めるんじゃないわよ!」
ティアは自身の正面に三つの赤い魔法陣を展開する。
「何っ! こいつ、ランクB+だってのか?」
魔道士ランクはC+になるとその属性に秘められたマジックスキルを扱えるようになるが、更にその上のB+になれば、同じ属性に限り複数同時に操ることが可能になる。
ティアの魔道士ランクは炎B+、水C、土C、木D+。
ランクだけで見れば、軍人と比較しても上位に位置しており、最大で3つまで炎魔法を同時に操る技量を持っていた。
「行けっ!」
カーミラは泥魔法で迫りくる火球を二つまで破壊したが、三つ目は間に合わず、盾のような形状の泥魔法で受け止めることになった。
「そこだっ! エクスプロージョン!」
ティアはすかさず炎魔法のスキルである『爆発』を発動。カーミラを魔法ごと焼き払う。
そのあまりの威力にシアメイはおろか、ティア自身も爆風で後方へ吹き飛ばされた。
「――いったた……。ティ、ティア。やりすぎだよ」
破壊した天井の瓦礫に突っ込んだシアメイが、なんとか這い出してくる。
「ご、ごめんなさい、対象を指定するのを忘れてて……でもこれ――で……」
ティアとシアメイの目の前には、ドーム状の泥魔法が揺らめいていた。
ゆっくりと魔法が消えてゆき、中から傷一つ負っていないカーミラが姿を現す。
「うそ……」
戦慄するティアを見て、シアメイは彼女の自信にヒビが入る音が聴こえた気がした。
ティアの炎魔法は決して弱くはなく、並の魔道士なら即死するレベルの攻撃だ。しかし、カーミラの泥魔法とは相性が悪すぎたのだ。
土という全属性の中で最大の防御力を誇る魔法に、炎を弱める水魔法が加わっていることで、ティアの炎魔法は完全に無効化されてしまった。
カーミラがゆっくりとティアへと歩を進める。
「ティア!」
シアメイはティアを助けるためにカーミラに立ち向かおうとするも、自分の足が思うように動かず、転倒する。
何事かと確認すると、シアメイの足は恐怖で小刻みに震えていた。
「ん? どうした、シアメイ。来ないのか?」
カーミラはティアが放つ炎魔法を泥魔法で軽くいなしつつ、シアメイを横目で確認する。
「くそっ、こんな……怯えている場合じゃないんだ」
シアメイは自分自身に語り掛け、激励する。
「分かるだろ。今、何をするのが一番正しいのか。ボクがするべきなのは、ただ震えて見ていることじゃない。誰かの助けを待つことでもない」
「お前、何をぶつぶつ言っている?」
「義を見てせざるは勇無きなり――だっ!」
シアメイは勇気を振り絞って立ち上がり、カーミラへ向かって駆け出す。
カーミラは泥魔法の鞭をシアメイ目がけて打ち下ろすと、シアメイの身体は真っ二つになって消えた。
「なっ?」
「――残像だ」
気功による残像でカーミラを出し抜き距離を詰めたシアメイは、渾身の拳による連撃を浴びせる。
マサムネとは違い、カーミラには超速で打ち込まれる近接格闘に抗うすべはない。
激しい殴打による衝撃と痛みによって魔力を集中させることも出来ずに殴られ続け、最後は得意の土魔法で召喚した大岩に突き飛ばされて、壁に叩きつけられた。
「――すごいわ、シアメイ」
「まだだ。次で終わらせる!」
シアメイは立ち上がろうとするカーミラへ止めを刺さんと接近を試みるも、すぐに危険を感じて後方へ飛び退いた。
その直後、カーミラを覆うように泥魔法が召喚された。
「くそっ、これじゃ近付けない」
「……さっきの攻撃で私を殺さなかったのは失敗だったな。もう二度と近付かせない」
カーミラの周りを旋回する泥魔法の隙間から、彼女の怒りに満ちた瞳が見える。その瞳にはもう先ほどまでの余裕がない代わりに、油断もなくなっていた。
不意に泥魔法の形状が変化し、鋭く細い針のような棘がシアメイ目がけて飛び出す。
シアメイは土魔法の盾を召喚するも、速度を落とすことすら叶わず貫通し、そのまま右肩を貫かれた。
泥魔法の棘が引っ込むと、ぽっかりと空いた右肩の穴から血液が噴き出す。
「うっ――ああああああああああああああああああああああああ!」
シアメイは右肩を抑えて倒れ、悶え苦しむ。
「シアメイッ! よくも!」
ティアが怒り、両手を正面に突き出して特大の魔法陣を展開する。
「アトミック・フレア!」
放射状に拡散する炎魔法で泥魔法ごとカーミラを覆いつくす。
「このまま燃やし尽してやる!」
超高温の炎を放射し続けることによって、水魔法すら蒸発させるティアの必殺魔法だったが、カーミラの泥魔法の棘はその炎を引き裂くように突き進んでくる。
「そ、そんな……私の炎がこんな魔法に――」
ティアの怒りが恐怖へと変わった瞬間、彼女の左手が泥の棘によって貫かれた。
絶叫し、血が噴き出す左手を抑えてうずくまる。
「次は頭だ」
勝ちを確信したカーミラの泥魔法がティアへと迫る。
ティア自身も目をつむって死を覚悟したのだが、いつまでたってもその時が訪れないので、恐る恐る目を開けると、カーミラの泥魔法は浮遊する瓦礫によって阻まれていた。
「え――これって……」
「この技、もしかして――」
シアメイが空けた天井の大穴から、一人の男が飛び降りてくる。
その男の顔を見て、カーミラは息をのんだ。
「し、師匠……来てくれたんだ」
「マサ……ムネ?」
マサムネはティアとシアメイの状態を確認し、眉間にしわを寄せる。
カーミラは即座に泥魔法で攻撃するが、マサムネに当たる直前で彼の刀によってばっさりと斬り裂かれる。
そして、マサムネがもう一度刀を閃かせると、カーミラが口から血を吹き出して倒れた。
「二人とも、降りて来てくれ!」
マサムネが天井に向かって声をかけると、そこから氷の階段が出現し、ジェイクとアリサが駆け下りてきた。
「すげえな、マサムネさん。もう倒しちまったのか」
「話は後だ、ティア様とシアメイの治療を頼む」
「え?」
ジェイクとアリサは血にまみれた二人を見ると、血相を変えて駆け寄り水魔法と木魔法で治療を開始する。
「し、師匠。どうして……ここに?」
アリサによって肩の治療を施されながら、シアメイが尋ねる。
「それに、アリサも」
「俺は爆発音のようなものが聴こえたから駆け付けただけだ。二人とは上で偶然出くわした」
「私はジェイク君が地上に飛ばされてきたから、事情を聞いて一緒に付いて来たの。ごめんね、こんな事なら最初から一緒に行けばよかったよ」
話しながらも、アリサは手際よく治療を進めていく。
魔法で召喚した麻酔の効果がある植物で痛みを緩和し、『収穫』のスキルで自身から生命エネルギーを流し込んで治癒力を超活性化させる。
その際に、砕けた骨片を取り除き、神経や血管を元通りに繋ぎ合わせていった。
「ジェイク君、シアちゃんの方がかなり酷い。手伝って!」
「おう。ならティアの方は止血だけにしとくぞ。後でもう一度開いて骨とかを見てやってくれ」
「うん。任せて」
二人の息の合った連携で、ものの数分の内にシアメイとティアの怪我は完治した。
「驚いたな。特にアリサ、君は医者を目指しているのか?」
「あ、いえ、私とジェイク君は回復系のスキルが使えましたから、放課後や休日に特別授業を受けさせられていたんです」
「まあ、アリサは特別授業を受けていた4人の中で飛びぬけて優秀だったけどな」
シアメイは右肩をグルグル回して状態を確かめる。
ティアは傷跡すらほとんど残っていないことに喜び、二人に感謝の言葉を贈った。
「そうだ、師匠。この部屋のどこかに操られている人たちに指示を出すものがあるはずなんだ」
「忘れてた。早く、それを破壊しましょう? そうしたら、魔法軍もすぐにここに辿り着けるもの」
「ふむ……それなら、そこのノートパソコンはどうだ? 何やら妙な気を感じるのだが」
「パソコン?」
シアメイはマサムネが指さしたノートパソコンに近付く。
薄暗い部屋で不気味な輝きを放っていたパソコンの画面を覗くと、そこには地上の映像がいくつも映し出されており、それを監視しながらカーミラが市民を操っていたのだと推察できた。
「原理は分からないけど、機械と魔術を混ぜ合わせているのかな?」
「どうでもいいだろそんなの。要はこうしちまえばいいんだ」
ジェイクはパソコンをためらいなく魔法の剣で両断する。
「これで、あの暴れていた人たちも落ち着くだろ」
「どうかしら。でも、解放まではいかなくとも、あの女からの指示がない分、魔法軍はやりやすくなったはずよ」
「よし。では、ティア様、私はアルフレートと合流し、レティス王女の救出に向かいます。ジェイク、お前も来てくれないか。やはり、治癒魔法を使える魔道士はいた方がいい」
「おう。だけど、マサムネさん。付いて行くのは俺だけじゃないぜ?」
「何?」
ジェイクの隣に、シアメイとティアが並び立つ。
「バカな。二人とも今の戦闘で力の差は理解できただろう」
「ええ、よく分かったわ。私のプライドもズタズタよ。でも――」
「戦いは数だよ、師匠。個々の力では及ばなくても、それを束ねれば無力じゃない。援護ぐらいはできるし、いざとなったらレティス王女を担いで逃げることも出来る」
「しかし、二人は既に消耗しきっているだろう」
マサムネがそう指摘すると、ティアとシアメイの背中に植物のツルが突き刺さる。
「ひゃあっ!」
「いっ!」
二人が驚いて振り返ると、アリサが召喚した植物が長いツルをティアとシアメイ、そして自分自身と気絶しているカーミラに突き刺していた。
「私に任せて。ここに入る前よりもずっと元気にしてあげる」
植物のツルがドクドクと脈打ってアリサとカーミラから生命エネルギーを吸い上げる。そしてそのエネルギーがティアとシアメイの身体へと流れ込んでいく。
限界ギリギリまで注ぎ込んだ結果、アリサは片膝を付いて肩を上下させた。
「す、すごいよ、アリサ。力がみなぎってる」
「ええ、これだけの力があれば、負ける気がしないわ」
「……私はこの人を担いで上に戻るから、みんなは必ずアル君と王女様を連れて帰ってきてね」
アリサは息を整えると、気絶しているカーミラを木魔法で持ち上げる。カーミラは生命エネルギーを吸い上げられてかなり顔色が悪くなったが、呼吸は安定していたので死にはしないだろうと思われた。
「なあ、マサムネさん。まさかこれでも二人を置いていくって言うのか?」
ジェイクに聞かれずとも、既にマサムネの答えは決まっていた。
気功の達人でもあるマサムネには、ティアとシアメイに流れ込んだエネルギーがどれほど強大なものなのか手に取る様に感じ取れたからである。
「俺とシアメイが前に出る。ティア様は援護、ジェイクは回復だ」
「そうこなくっちゃな」
ジェイクは希望通りの返答が帰ってきたことに気をよくして、天井へとかかる氷の階段を作り出す。
「よし、行くぞ!」
マサムネ、ジェイク、ティア、シアメイの四人は氷の階段を駆け上がった。




