第十八話 追走
二トラ市、展望台周辺。
指定の時間になってすぐに、周辺のいくつかのポイントで爆発が起きたことで、人々はパニックを起こしかけていた。
しかし、しばらくすると、先ほどまで騒いでいた人々が、人が変わったように黙り、無言で軍人たちに襲い掛かったのだ。
アルフレートがこの異常な光景を唖然として眺めていると、ジェイクとティアが飛び出し、封鎖された道路を突き進んでいく。
慌てて、アルフレート、アリサ、フローラ、リーゼロッテの4人も後を追いかけた。
「ちょっと、二人ともどうしたのさ?」
「どうしたも何も、こりゃ異常事態だろ!」
「そうだけど、これ以上近付いたらシアメイが」
「違うわ、アル。普通こんな暴動がこのタイミングで起きるわけがないもの」
「つまりは、どうやったから知らねえが、この街の市民は洗脳か何かをされてると見て間違いねえ」
「洗脳?」
「このタイミングで魔法軍を動けなくするってことは、犯人は絶対に邪魔が入らない状態にしたかったってことだ」
「さっきまではシアメイを人質にして魔法軍の動きを封じていた。それなのに市民を暴走させて軍を封じ込めたってことは、シアメイを人質に出来なくなったってことでしょう?」
アルフレートが走りながら二人の説明を聞いていると、不意にズボンのポケットに入れていた彼の携帯端末が振動する。取り出した端末の画面に表示されていた名前を見てアルフレートはぎょっとして、足を止めた。
端末にはレティス・オーウェルと表示されていたからだ。
アルフレートは即座に電話に出る。
「レティス? どうしたの?」
雑音が酷い上にレティスは何も喋らないので、アルフレートは一層不安になり、再度呼びかける。
「レティス? 何かあったの?」
『―――アル……様』
「レティス! 大丈夫? 何かあったんでしょ?」
『た、助けて……くださ――』
『――いつの間に! ふざけやがって!』
最後にレティスの呻くような声が聴こえて、電話は途絶えた。
「フローラ! レティスの居場所分かる?」
アルフレートは隣を走っていたフローラに、ほとんど怒鳴るような強さで尋ねる。
「は、はい。えっと――――え? どうして?」
「どうしたの?」
「それが……おかしいんです。急にすごい速さで匂いが遠ざかって行っています」
「えっ! アル、それって!」
「やられたっ! フローラ、僕を乗せてレティスの匂いを追うんだ」
「はいっ!」
アルフレートは大犬の姿に変身したフローラに素早くまたがる。
「リーゼロッテはみんなと一緒にいて、いざという時は転移魔法を!」
「うん!」
それだけ言い残して、アルフレートとフローラは走り去る。
その方向は、展望台とは真逆の方向だった。
二トラ市展望台付近の広場。
横幕付きの軍用テント内で目を覚ましたシアメイは、自分の身体を確認する。
あれだけやられたというのに痛むところはない。最後のカーミラの攻撃で砕かれた肋骨も治っているようだった。
「シアメイ! 目が覚めたのね!」
ティアが覆いかぶさるようにシアメイに抱き付き、寝かされていた簡易ベッドが軋む。
「うわぁ、ティア? く、苦しいよっ!」
「ご、ごめんなさい」
慌てて離れたティアは、大きな瞳に涙を溜めて嬉しそうに微笑んでいた。
シアメイはそんなティアの顔を見て、自分が安全なところにいるのだと実感して脱力しかけたが、すぐに自分の代わりに攫われたレティス王女の事を思い出し、ベッドから跳ね起きた。
「そ、そうだティア! 王女様はどうなったの?」
「それは……」
「シアメイ、目が覚めたのか!」
ティアが言いよどんだタイミングで、ジェイク、アリサ、リーゼロッテの3人がテントに入ってくる。
「あ、うん。みんな来てくれたんだ……。あれ、アル君は?」
「兄ちゃんなら、レティス姉ちゃんをフローラと一緒に追いかけてるよ」
「えっ! どうやって? ていうか、やっぱり王女様は攫われちゃったのか……」
「フローラがレティス姉ちゃんの香水の匂いを頼りに追いかけてるんだ」
「そうか、匂いを……でも――」
シアメイはケイオス、アッシュ、カーミラの実力を思い出し、治っているはずの脇腹を抑える。
「シアメイ。アルだけじゃ無茶だと思っているでしょう? 大丈夫よ、リーゼロッテは転移魔法が使えるの。あいつらの本拠地をアルが見つけたら、私とジェイクでアルの所まで一瞬で移動して、レティスを助けるわ」
「転移魔法……」
転移という言葉を聞いて、シアメイはつい数時間前に体験したアッシュたちの移動方法と同系統の術だと即座に理解した。
「あっ」
リーゼロッテの身体が一瞬だけビクッと跳ねる。数秒間、目を閉じて両耳を手で塞いだ状態で待機した後、ゆっくりと目を開ける。
「兄ちゃんが、敵の本拠地を見つけたって」
リーゼロッテが両手を差し出し、それぞれの手にティアとジェイクが自身の手を重ねる。
「それじゃあね、シアメイ」
「アリサ、シアメイのこと頼んだぜ」
ティアとジェイクが手を振り、リーゼロッテが転移魔法を発動させようとしたところで、3人は一人の男の声によって制止される。
「待ちなさい」
大鎌を肩に携えた銀髪の軍人がテント内にゆっくりと入ってくる。
「パパ!」
「ティア、本拠地を見つけたという話、本当なのか?」
二トラ市展望台から南西20キロ地点。立ち入り禁止区域。
匂いを頼りに辿り着いた立ち入り禁止区域内で一行を発見したアルフレートは、気付かれないように100メートル程の距離を保ちつつ追跡し、一つの廃ビルに入っていくところを目撃したのだった。
すぐにリーゼロッテに連絡を入れ、ティアとジェイクと共に転移してくるように要請する。
しばらくして近くの地面に白い魔法陣が浮かび上がり、リーゼロッテと二人の人物が転移してきたのだが、その二人というのが、女王近衛7騎士のセルゲイ・クラインとマサムネだったので、アルフレートは酷く驚いた。
「なっ、なな、なんで?」
「久しぶりだな、アルフレート」
「君がアルフレート君か。驚かせてすまない。だが、これは安全な学園の授業ではないのでね。ティアともう一人の彼には遠慮してもらったんだ」
「は、はあ」
セルゲイは動揺してまともな返事を返せないアルフレートの肩をポンっと叩いてから、周囲を見渡す。
「ここは……ビルの上か。それで? 奴らがいるのはどこなんだ?」
「それなら、もうあたしにも分かる! あそこのボロいビルだよ!」
リーゼロッテが楽しそうに指さす。
「……そうなのか?」
「はい。フローラとリーゼロッテはその気になれば犬の数倍の嗅覚を発揮できるので、レティスが付けていた香水の匂いで分かるみたいです」
「軍の魔力探知機やマサムネの気功では追えなかったものを匂いで探知してしまうとは。奴らも盲点だったということだな。逆に言えば、匂い以外は全て遮断しているということだが」
「あの霧は光や音に加えて魔力や気を完全に遮断するものなのでしょう。でなければ王女の強大な魔力を探知できないわけがない」
マサムネは小型の魔力探知機の画面を眺めて苦々しく呟く。
「あの、ちょっといいですか?」
「何だ?」
セルゲイはアルフレートの問いに望遠鏡で廃ビルを確認しながら答える。
「強大な魔力って、レティスのことですか?」
「何だ? 君はそんなことも知らないのか」
「……すみません」
「いや、気にするな。学園で魔力の源については習ったな?」
「はい」
アルフレートは学園で受けた授業を思い出す。
魔力とは自身の生命エネルギーを魔法エネルギーに変換したもののことだ。つまり、体力の多い者はたくさんの魔力を作り出すことが出来るので、持久戦に向いているということだ。
「レティス王女は自身の意思とは関係なく体力を魔力に変換してしまう特殊体質なんだ」
「えっ? それって結構危ないんじゃ……」
「結構どころではない。彼女はこの国に10人しかいないランクA魔道士だからな。消費してしまう魔力量が半端ではない。だからこそ彼女は病弱なんだ」
「レティスがランクA魔道士?」
「そうだ。正直、俺もソフィアも、ランクAの彼女が捕まるなど有り得ないと思っていたのだが、実際は恐怖でまともに戦えなくなってしまっていた」
セルゲイは自分のミスだと小さく呟く。
「少々話し過ぎたな。潜入を開始しよう。アルフレート君はここに残るんだ。脱出用に使い魔の二人を貸してくれ」
「えっ? あ、あの、僕も一緒に行かせてください」
「何を言っている。これは実戦だ、学生を連れて行くわけにはいかない」
「いえ、待ってください、セルゲイ様。アルフレートも連れて行きましょう」
自分と同意見だと思っていたマサムネが反対したので、セルゲイは怪訝な顔をする。
「マサムネ? バカを言うな、彼は優秀だとは聞いているが、ティアの次程度だろう? 今回の相手は格が違う」
「それは昔の話です。今の彼の戦闘力は、あなたの部下と互角かそれ以上です」
セルゲイは真剣な表情のマサムネを見て戸惑う。マサムネは嘘を付くような人間ではない。つまり、アルフレートは戦闘力だけで見れば、エウニス学園を卒業した将来有望な新兵たちを越えているということだった。
「……お前がそこまで言うとはな。なら、使い魔の一人をここに置いて行きなさい。そして危険を感じたら、君は転移魔法でここまで逃げるんだ」
「分かりました。リーゼロッテ、悪いけどここで待っていて貰えるかな?」
「……うん、分かったよ兄ちゃん」
リーゼロッテは少しだけ不満そうに答える。なぜフローラではなく自分なのかと言いたげな表情だった。
アルフレートはそんな彼女の頭を優しく撫でた後、廃ビルへの潜入を開始した。




