プロローグ
炎天下の砂漠の真ん中で、二人の学生が激しい魔法戦闘を繰り広げていた。
一人は、金髪碧眼の少年。
もう一人は、漆黒の髪を持つ異国の少女。
そして、二人から少し離れたところで戦いを見守る教師の男性が一人。
少女は見るからに強力な魔法と、素人とは思えない洗練された格闘技によって、少年を追い詰めていく。
魔法の大きさ、近接格闘技術、どちらも少年より少女の方が優れていることは誰の目から見ても明らかだった。
これは魔法を習得して一ヶ月の学生同士の戦いだ。魔法戦に慣れていない魔道士2人が戦った場合、勝敗の9割は魔力量で決まる。にも関わらず、少年は柔軟な魔法と稀に見る打たれ強さで戦いを持久戦へと縺れ込ませていた。
教師から見れば素晴らしい戦闘センスだが、学生から見れば苦し紛れの悪あがきだ。
少女は決定打を与えられない苛立ちから気付いていなかったが、遠方から戦いを見守っている教師には既にこの戦場の支配者がどちらなのか分かっており、戦いの行方も予想できてしまっていた。
教師は慢心して強力な魔法を連発する教え子の少女を見て小さくため息を吐きつつも、激しい戦いを続けている二人へと近付く。
少女は明らかに消耗しているのだが、いまだに自分が少年よりも格上だと信じて疑う様子がない。戦いの主導権は自分にあるのだと確信しているようだ。なぜなら少年は終始防戦一方であり、自分の攻撃を退けるのでやっとだったからである。
少年よりも強力な魔法を扱えるという優越感、たった一撃当てるだけで決着がつくという侮りが、少女の攻撃をより単調なものに仕立て上げ、本来の実力を自分が発揮出来ていないことにも気付けていない。
少女の激しい攻撃に晒されてじわじわと消耗しながらも、少年は少女の苛立ちを見逃さなかった。あえて隙を作ることで、決着を焦った少女が必要以上に強力な魔法を使うように誘導したのだ。罠を張りつつも、あえて自らが生み出せる最大の魔法で少女の魔法に立ち向かい、無残にも魔法を打ち砕かれたように演出していた。
「ま、まさか、君がここまで粘るとはね……。正直、甘く見ていたよ『落ちこぼれ』君」
衝撃で地面に転がった少年に対して、少女は息を切らせながらも勝ち誇る。
「でも、それもここまで。勝つのは――」
少女の言葉を遮るように、突如として彼女が踏みしめていた砂地が隆起した。そこから無数の植物が飛び出し、彼女の手足を絡めとる。
「な、なんだこれっ!」
少女は次々と襲いくる植物に纏わりつかれ、瞬く間にうつ伏せの形で拘束されてしまった。必死にもがき脱出を試みるが、驚異的な力で縛り上げられ、押さえつけられている。
「無駄さ、人の力でどうこう出来る代物じゃない」
少年はゆっくりと立ち上がると、少女に向かって手をかざしながらよろよろと近付いていく。
「形勢逆転……だね、僕の勝ちだ。降参してよ」
「だ、誰が降参なんか――うぁっ!」
少年がかざした手のひらをゆっくりと握ると、植物の締め上げる力が増し、少女から呻き声があがる。
その声を聞いて、少年の方が苦しそうに表情を歪めた。
「こ、降参してくれ! これ以上はやりたくない!」
「……い、嫌だっ!」
少年が心を鬼にしてさらに強く締め上げようか考えていると、遠くから戦いを見守っていた教師が彼の真横まで近付いて来ており、優しく肩に手を置いた。
「もういいだろう。どう足掻こうが決着は付いている。魔法を解いてやれ」
教師の一言で緊張の糸が切れたのか、少年は魔法を消すと同時に脱力するように仰向けに倒れた。
「か、勝った」
少年も限界が近かったのだ。もはや立ち上がる力すら残っていない。
「負けた……のか」
少女は敗北を味わいながら、砂にまみれた拳を血が出るほど握りしめる。
少年は勝利の余韻に浸りながら、照りつける太陽に向かって手を伸ばした。
「勝者。アルフレート・クルーガー」
戦いに勝利した少年の名が高らかに宣言された。