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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
疾風迅雷編
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第十六話 脱走

 シアメイは見知らぬ部屋で目を覚ました。


 むき出しのコンクリートの壁は所々崩れ、辛うじてついている明かりのいくつかは数秒おきに点滅を繰り返している。


「目が覚めたか」


 すぐ近くの椅子に座って本を読んでいた男がシアメイに話しかける。


 シアメイはその男の赤黒いボサボサの髪の毛を見て、自分が気を失う直前の出来事を思い出した。


「お、お前は……」

「俺はアッシュ。よろしくな、リー・シアメイ」


 アッシュに名を呼ばれて、背筋に悪寒がはしる。


「なっ――ど、どうして、ボクの名前を……」

「悪いな。ちょいと持ち物検査をさせてもらったよ」


 そういってアッシュは上着のポケットから生徒手帳を取り出してヒラヒラと振る。


「カーミラ、動画の方はどうなってる?」


 アッシュが振り返り、奥の方でパソコンを操作していた女性。カーミラに声をかける。


「かなり伸びている。頼んでもいないのに他の動画サイトに転載してくれるバカまでいるよ」

「はは、そりゃあいい。世の中、他人の不幸で喜ぶクズばっかりだな」

「おい。ボクの手帳、かえ――」


 シアメイは生徒手帳を奪い返そうと立ち上がるも、足にほとんど力が入らず、前のめりに転んでしまう。


「おいおい、無理するな。まだ薬が抜けきっていないんだ」

「く、薬?」

「強力な自白剤のようなものだ。副作用で強い眠気と手足の痺れなんかがあるが、後遺症はないから安心しろ。しばらくすればいつも通り歩けるようになる」


 自白剤と聞いて、シアメイの心は恐怖と悔しさでいっぱいになった。


 後遺症はないというアッシュの発言を信用する気にはなれなかったし、意識がない間に自分が彼らに何を話してしまったのか考えると怖くて仕方なかった。


 アッシュは床に這いつくばるシアメイの身体を抱き起し椅子に座らせると、「大人しくしていろ」とだけ告げて、読書を再開する。


「ボクをどうするつもりだ?」


 シアメイが問いかけるも、アッシュは無視して本のページをめくる。


「貴方には交渉材料になってもらっていますよ。シアメイ」


 美しくも不気味な低い声に、シアメイだけでなくアッシュとカーミラも即座に反応した。


「ケイオス、戻ったか!」

「随分遅かったじゃないか。それで、女王たちはどう動くんだ?」

「サルゼード首相にかなり食い下がられてはいましたが、最終的にはソフィア女王と王女二人、それに『不死身の大鎌』の4人で指定の場所に向かう方向で決定しました」

「よし。まさかここまで上手くいくとはっ!」


 アッシュはにやりと口角を吊り上げると、シアメイの頭を荒っぽく撫でる。


「これも、お前のおかげだ。シアメイ」

「こ、交渉材料って……?」

「そのままの意味さ。晋共和国首相の娘であるあんたを使って王族を私たちの目の前に引きずり出す。あんたの素性を調べてから急遽立てた計画だったけど、こんなに上手くいくなんてね」


 カーミラの言葉を聞いて、シアメイは自分が自白剤で何を喋ったのか理解した。


 自分が晋共和国の首相の娘であることが知られた今、事はただの誘拐事件ではなくなっているだろう。


 シアメイは自分の軽率な行動を激しく後悔し、悔しさから溢れそうになった涙を、歯を食いしばって我慢した。


「明日には解放してやる。ありがとな、シアメイ」




 10月12日。深夜。エウニス学園。


 シアメイの捜索が夜通し続けられる中、ジェイク発案の学園脱出作戦が決行されようとしていた。


 寮のバルコニーから外に出たアルフレートとジェイクは、同じように寮を抜け出してきたティアと、彼女に誘われたアリサ、フローラ、リーゼロッテと合流した。


 学園は、これ以上生徒に被害が及ばないように、教師が交代制で警備をしている。


 また、センサーの類もフル稼働しており、ひとたび誰かが学園に侵入すれば警報が鳴る仕組みだ。


 もちろん、中から外に出ようとした場合でも、センサーに引っかかれば警報が鳴り、教師が駆けつけることになる。


 アルフレートは、アリサ、フローラと共に正門近くの植木の影に待機して、作戦開始の合図を待った。


「それにしても、ローラちゃんとロッテちゃんが瞬間移動まで出来るなんてね」

「瞬間移動じゃないよ、アリサお姉ちゃん。転移魔法」

「似たようなものじゃない?」

「僕が実際に見た時は、なんていうか『召喚』って言葉が一番しっくりきたけどね」


 屋上でアルフレートたちが作戦会議をしていた際、空から光が集まって屋上の床に真っ白な魔方陣を描き、そこからフローラとリーゼロッテが現れたのだ。


 曰く、お互いかアルフレートがいる場所になら自由に『転位』することが可能らしい。


 今回の学園脱出作戦は二人の転移魔法を利用したものになっている。


 ジェイク、ティア、リーゼロッテが囮となっている隙に、アルフレートたちが先んじて学園を脱出。


 その後、転移魔法を利用して外にいるアルフレートたちの元へとジェイクたちが転移する手筈だ。


「まずは僕たちが学園を出ない事には始まらない。フローラ、君の足に掛かっているんだから、よろしくね」

「はい。任せてください、ご主人様」




 シアメイは外から鍵をかけられた部屋に、毛布にくるまって横たわっていた。


「ここは……」


 寝起きのぼんやりとした頭が段々と覚醒していく。


 薬の副作用なのか普通なら眠れない精神状態にもかかわらず、熟睡してしまっていたようだ。


 気功を使って近くに誰もいないことを確認した後、じっくりと部屋を見回す。


 開け放たれた窓はあるが鉄格子が付けられており、独房のような作りだと感じた。


 シアメイは起き上がり、右手に気を集中させる。


 身体の調子もすっかり元通りになったようだ。


 本来はマサムネが使っていたように、武器に気を集中して性能を上げる技だが、自分の手刀に本物の刃物を超える鋭さを与えることもシアメイには可能だった。


 窓はかなり高い位置にあったので、シアメイは背伸びをしながら何とか左手で鉄格子を押さえ、音をたてないようにゆっくりと丁寧に右手の手刀で切断していった。


 全ての鉄格子を切り終えると、窓の淵を掴んで跳躍し、するりと外へと飛び出す。


 勢いよく足から外へ飛び出したシアメイの目に映ったのは、美しい夜空と真下に広がる街並みだった。


 とっさに身体を反転させて窓の淵に捕まり直し、落下しないようにぶら下がる。


 閉じ込められていた部屋は、古びたビルの一室を改造したものだったらしい。


 シアメイは一度深呼吸をしてから、ぶら下がった状態で左手を外して地面に向ける。


 真下の地面に魔力を集め、岩の柱を召喚してその上に乗る。今度はゆっくりとその岩を小さくして、地面へと着地した。


 辺りを見回してもどこなのか分からなかったが、まずは距離を取ろうと思い歩き出す。


「止まりなさい」


 数時間前に聞いた、美しくも不気味なケイオスの声。


 その声を聞いたとたん、シアメイの身体は凍り付いたように動かなくなってしまった。


 もう10月だというのに、汗が背中をつたって流れた。


 振り返ろうにも、指一本動かすことが出来ない。


「おや、本当に止まってくれるとは。逃げなくて良いのですか?」


 返事をしようにも、声が出ない。


 呼吸だけが荒くなり、心臓が早鐘を打つ。


 ケイオスはゆっくりとシアメイの横を通り、正面に立った。


 顎に手を当てられ、顔を上へと引き上げられると、ケイオスと目が合う。


 正確には、合ったような気がしただけだ。


 ケイオスは目ではなくもっと深い部分。


 シアメイの心を見ようとしていた。


「私は特別な力など使っていませんよ? 貴方の身体の硬直は恐怖からくるものです」

「……き、きょう……ふ?」

「ええ。貴方は心の底から怖いと感じています。この場には貴方を守ってくれる大人も、友人も、家族も、誰もいないのですからね」


 シアメイは自分が恐怖で震えていることに初めて気が付いた。


 そして意識してしまったことにより、ケイオスへの恐怖がより強いものへと変わっていく。


 ケイオスに額を指で押されると、シアメイの身体は抵抗なく崩れ落ち、尻餅をついた。


 亡くなった兄のように強くあろうと武術を習い、西の王国の魔法を手に入れても、シアメイの本質は何一つ変わってなどいなかった。


 自分は強い、強くなったと勘違いをしていたのだ。


 シアメイは今も、兄の後ろにいつも隠れて付いていた臆病な少女のままだった。


 意識が段々と薄れていく。


 ケイオスが何かを喋っているが、シアメイの耳には届かない。


 喋り終えたケイオスがシアメイの頭に手を置く。


 一言だけ、「おやすみ」という言葉が聞こえ、シアメイの意識は闇に落ちた。




 エウニス学園正門付近。


 グラウンドの先、学園の北側にある裏門辺りから夜空に雷光が走り、炎が上がる。


 正門付近にいた教師たちも、何事かと裏門に集まっていく。


「アル君、今のうちに」

「うん。フローラお願い」


 フローラはアルフレート合図で大犬へと変身し、二人を乗せて正門を風のように走り抜ける。


 学園では、ジェイク、ティア、リーゼロッテの3人が喧嘩をするふりをして大暴れしているはずだ。


 正門を出る時に警報が鳴ってしまったが、教師が駆けつけた頃にはアルフレートたちはとっくに見えない場所まで走り去っていた。


 大犬の姿になったフローラは文字通り風のようなスピードで道路を駆けているので、アルフレートは必死でしがみつき、後ろに座っていたアリサはアルフレートに抱き付くようにして振り落とされないように耐えていた。


 しばらくすると、フローラが速度を落として立ち止まる。


 二人が顔を上げると、予定地である駅に着いていた。


 フローラから降りて一息つく。


「上手くいったね、アル君!」

「うん。これで後はジェイクたちを転移させるだけだ」


 そういってアルフレートは学園にいるリーゼロッテにテレパシーを送った。


『リーゼロッテ、そっちはどう? こっちは無事に駅前に辿り着いたよ』

『あ、兄ちゃん。こっちはしばらく動けなそうだよ。シェリーがカンカンで、3人でお説教されてるから……』

『な、なるほど』


 テレパシーを終えて状況をアリサに伝えた後、歩いて二トラ市まで向かうことにした。

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