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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
疾風迅雷編
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第十五話 崩れ行く日常

 エウニス学園前駅付近、ガソリンスタンド。


 シアメイとダリウスがたどり着いた現場はまるで地獄のようだった。


 燃え盛る炎。


 破壊されたスタンドや横転している車。


 一足先に駆け付けたのであろう警官たち、ガソリンスタンドの従業員、利用客、通行人などが地面に転がって呻き声をあげている。


 二人は炎の中で一人の男が平然と立っていることに気付く。


 シアメイが近付こうとしたところを、ダリウスが手で制止する。


「この惨状は、君がやったことなのか?」


 ダリウスに声をかけられて二人に気付いた男は、あからさまに不機嫌そうに返答する。


「お前……誰だ?」

「私はダリウス・ハルフォード。エウニス学園の教師をしている魔道士だ」


 ダリウスの自己紹介を聞くと、男はにやりと口角をあげて不気味な笑みを作り、被っていたコートのフードをゆっくりと降ろした。


「赤黒い髪。やはりお前が――」

「粛清対象だ」


 ダリウスの言葉が終わる前に、赤黒い髪の男が突き出した指先に大きな赤い魔法陣が現れ、炎魔法が放たれる。


 ダリウスも即座に反応し魔法陣を展開。


 同等の大きさの炎魔法を召喚して迎え撃った。


「シアメイ! 被害者を安全な所へ運べっ!」

「は、はいっ!」


 普段は厳しくも温厚なダリウスに荒々しい大声で命令されたことで、シアメイは驚きのあまりいつものように反抗することが出来なかった。


 目の前で繰り広げられる魔法戦を見ることも叶わずに倒れている人々を運ぶことになるのだが、突然の戦闘にパニックを起こしかけていた彼女の頭には、自分も戦闘に参加したいなどという考えは微塵も浮かんでこなかった。


 二人の炎魔法がぶつかり合う。


 短期決戦を望むダリウスは自身の炎魔法に更なる強大な魔力を流し込み、相手の炎魔法ごと押し込んでいく。


 ダリウスは力勝負に持ち込みさえすれば自分の方が優勢だと考えていた。


 彼は体力に自信があり、相手の男は細身で自分より体力があるようには見えなかったからである。


 衰えることなく巨大化するダリウスの炎魔法に対抗するために、相手の男も自身の炎魔法に今まで以上に魔力を注ぎ込まなくてはならず、シアメイが近場に倒れていた3名を運び終えた頃には男の顔から先ほどの笑みは消え失せていた。


「どうした! 今まで散々世間を騒がせていたくせに、この程度かっ!」


 ダリウスの圧倒的な炎魔法が男をギリギリまで追い詰めた瞬間、突如として別方向からダリウス目がけて水魔法が飛来する。


 反応が遅れはしたが、ダリウスはギリギリの所で炎魔法を消して土魔法の壁を召喚し、水魔法を防いだ。


「おいおい、冗談だろアッシュ。何やられてるんだよ?」


 水魔法が飛んできた方向から、凍り付くような冷たい目をした女性が現れる。


「カーミラか。邪魔するな、俺の得物だ」

「今日の予定にそいつは入っていないだろ?」

「こいつはエウニス学園の教師だ。こんなチャンスは滅多にない」

「なるほど……それは仕方ないな。手伝ってやる」


 二人が同時にダリウスへ向けて魔法を放つ。


 ダリウスは巨大な土の壁を再度召喚して受け止めるが、二人分の魔法を受けきれずに壁がひび割れていく。


「ぐっ、これはっ……」

「ダメだ! ダリウス先生っ!」


 シアメイが援護する暇もなく、ダリウスの魔法は粉々に粉砕され、二つの魔法が彼に襲い掛かった。


「学園の魔道士もこの程度か……ん?」

「何だ、この感覚? おいカーミラ、魔法を消せ」


 手ごたえに違和感を覚えた二人が魔法を消して、ダリウスを確認する。


 するとそこには、空中に浮遊するコンクリートに守られたダリウスと、銀色に煌めく刀剣を手にした一人の東方人が立っていた。


「師匠っ!」

「た、助かりました、マサムネさん」


 宙に浮いていたコンクリートがゆっくりと地面に落ちる。


「師匠、その技は?」

「奥義『風塵』。削り飛ばした地面に自身の気を練り込み、強固な壁とする技だ。今度教えてやる」


 駆け寄ってきたシアメイに技の説明をしている隙を突いて、カーミラが水魔法を放つが、マサムネはそれを見もせずに刀で斬り飛ばす。


「さて。少々、調子に乗りすぎたようだな」


 マサムネの鋭い眼光にカーミラが一歩後退る。


「な、なんだこの東方人。アッシュ、ここは退いた方が……」

「調子に乗ってるのはお前の方だ。時代遅れの剣士ごときが!」


 アッシュと呼ばれた男が、マサムネに向かって手をかざす。


 次の瞬間。


 アッシュとカーミラの二人がその場から消えた。


 先ほどまで二人が立っていたところにはマサムネが涼しい顔で佇み、二人はガソリンスタンドの瓦礫に身体を打ち付けられていた。


「安心しろ、峰打ちだ」

「がはっ――く、くそっ! 何なんだお前はっ!」


 アッシュは怒りで血走った瞳で、カーミラを見る。


「おいカーミラ。早く俺を治せ。あいつをぶっ殺してやる!」

『止めておきなさい』

「――っ!」


 突如、ノイズの混じった男の声が聴こえると、アッシュの足元から黒い霧の覆われた何かが現れる。


「ケ、ケイオス……」

「あんた、準備はどうしたんだ?」

『それならもう終わりましたよ』

「そ、そうか。ならケイオス。お前も力を貸してくれ。お前と一緒ならあんな東方人なんかに――」


 黒い霧が霧散し、中から黒い髪の黒衣の男が姿を見せる。


「よしなさい。あの男は次元が違います。それに魔道士でもないのですから」


 霧が無くなった事で黒衣の男の声がはっきりと聞き取れるようになった。その声を聴いてシアメイは全身に鳥肌が立つ。


 ダリウスとマサムネを見ても、二人は警戒こそすれ、彼に特別な不快感を覚えているようには見えない。


 シアメイだけが、ともすれば美しいとさえ思える男の声に、死を連想するほどの恐怖を感じてしまっていた。


「逃げる算段をたてているようだが、俺がさせると思うのか?」


 マサムネが黒衣の男に刀を向ける。


「ふふっ……」


 黒衣の男は微笑を浮かべると、再び黒い霧に包まれる。


 そして次に霧が霧散した時にはそこに男の姿はなくなっていた。


「何? 自分だけ逃げたのか?」


 マサムネが辺りを見回していると、シアメイの叫び声が彼の耳に届く。


 マサムネとダリウスが気付いた時には、シアメイは黒衣の男に捕まり、黒い霧に覆われていた。


「し、ししょ――」


 マサムネが動き出す一瞬の時間も与えずに、黒衣の男はシアメイと共に霧の中へ消えた。


「マサムネさん、奴らもだ!」


 ダリウスに言われてマサムネはアッシュとカーミラに視線を戻すと、二人も黒い霧に覆われていた。


「逃がすかっ!」


 マサムネは持てる最速の動きで接近し、刀を振る。


 しかし刀は虚しく空を斬り、引き裂かれた霧がゆっくりと消えていった。




 エウニス学園校舎。屋上。


 アルフレートとティアが学園に戻った時には、生徒たち全員にシアメイが攫われたという話が知れ渡っていた。


 ダリウス、マサムネは勿論のこと、半数以上の教師が警察と協力して市内を捜索に出ていた。


 生徒たちは寮にて自習を言い渡されたのだが、アルフレートとティアの二人は寮を抜け出して、校舎の屋上からエウニス市の街並みを眺めていた。


 アルフレートは捜査に協力すると志願したのだが聞き入れられず、有益な能力を持ち合わせているフローラとリーゼロッテのみ、担任教師のシェリーに連れて行かれてしまった。


「アル。どうしようか?」

「どうって言われても、僕たちに出来ることなんて……」


 二人に出来ることなど、シアメイの無事を祈ることくらいしか残されてはいなかった。


 そうして無言で30分以上佇んでいると、誰かがけたたましい足音で屋上までの階段を駆け上がってきた。


「お、お前ら、こんなところにいたのかよっ!」


 二人が何事かと振り返ると、そこにはノートパソコンを小脇に抱えつつ、ぜいぜいと息を切らせているアルフレートの親友。ジェイクの姿があった。


「ジェイク、どうしたの?」

「シアメイが攫われたって聞いてから、何か俺にも出来ないかって思ってよ。とりあえずネットで情報収集してたんだ」


 ジェイクは喋りながらノートパソコンを開き、操作する。


「そしたら偶然この動画を見つけてさ。誰でも見られる動画サイトに投稿された動画だから、ネットじゃもう話題になってきちまってるよ」


 アルフレートとティアはジェイクの持つノートパソコンの画面を覗き込む。


 再生された動画には、薄暗い部屋の真ん中で椅子に座って眠っている少女が映し出されていた。


 最初は部屋の暗さでよく分からなかったのだが、カメラがゆっくりと少女に近付いて行くにつれて、その少女の顔がしっかりと確認できた。


「……シアメイ?」

「ま、間違いないわ。ジェイク、これはシアメイよ!」

「ああ。学園の制服を着ているし、俺もこれは間違いなくシアメイだと思う」

「ねえ。警察ならこの動画が投稿されたパソコンの特定とか出来るんじゃないかしら?」

「そう思って、この前知り合った警察に連絡してみたんだが、とっくに特定済みだって言われたよ」


 ジェイクの言葉を聞いたアルフレートが、彼の両肩をがっしりと掴む。


「なら早く向かおうよ! 今ならまだ――」

「お、落ち着けよ、アル」


 肩を揺すられてジェイクの手からパソコンが滑り落ちたのを、ティアが素早くキャッチする。


「特定はできたけど、そのパソコンはサイバーカフェのパソコンだったんだ」

「さ、サイバーカフェ?」


 アルフレートはジェイクの肩を揺するのを止めて聞き返す。


「簡単に説明すると、金を払ってパソコンを貸してもらえるカフェのことだ。動画はそこのカフェから投稿されたんだ。当然シアメイと犯人はそこにはいねえよ。一応その店の付近を警察に捜索してもらってるけど、近くにいるとは思えねえな」


 アルフレートはジェイクから手を離すと、石造りの屋上の床に座り込んだ。


 ティアとジェイクはアルフレートを挟むように隣に座ると、彼にパソコンを差し出す。


「続き、あるみたいだから一緒に確認しましょう?」

「……うん、そうだね」


 アルフレートがティアからパソコンを受け取り、動画の続きを再生した。


 眠っているシアメイに、一人の人物が近付いてくる。


 体格や服装から男性だと分かるが、肝心の顔の部分は黒い霧のようなもので確認できなくなっている。


『アデライード王国の皆さん、ごきげんよう。俺の名前はアッシュ。今日はお前たちに折り入って相談があるんだ』


 アッシュは眠っているシアメイに近付き、彼女が座っている椅子の背もたれに肘をかけた。


『ここで気持ちよさそうに眠っている子なんだが、エウニス学園の魔法科の生徒でね。名前はシアメイというらしい。暗くて分かりづらいかもしれないが、真っ黒な髪をした東方からの留学生なんだ』


 シアメイの頭に触れると、そこから耳、顎へと指を滑らせる。


『さて、俺の望みはただ一つ。王族と、特に女王陛下と話がしたい。邪魔の入らないところでゆっくりとな。だからこの動画を見ているお前たちには、王族達に二トラ市北部の丘陵の上にある展望台に来るように伝えて欲しいんだ。まあ、王族といっても遠縁の奴らまでぞろぞろと来られても困るからな、この3人に来てもらおうか』


 コートのポケットから3枚の写真を取り出すと、ソフィア女王、シーラ王女、レティス王女の顔写真をカメラに突きつける。


『もちろん、3人だけで来いと言っても不安だろう。護衛として近衛7騎士くらいなら連れてきてもいいぞ。今の条件をのんでくれるのならば、俺は二人の仲間と共にこの子を連れて行くと約束しよう』


 アッシュの手に魔法陣が現れ、炎魔法が3人の写真を焼き払う。


『いいか、二トラ市北部の展望台。時間は明日の14時だ。もし時間になっても王族3名が揃わなかったり、展望台から半径500メートル以内に王族と7騎士以外の人物が立ち入った場合……。ここで眠っているシアメイちゃんに、ありとあらゆる苦痛を与える拷問動画を収録して投稿する』


 眠っているシアメイにアッシュが再び触れ、楽しげに笑う。


『そうそう、少し調べたら分かった事なんだが、このシアメイちゃんは東方の晋共和国の首相の娘らしいんだ』


 アッシュは取り出したナイフでシアメイの頬の皮を薄く切り裂き、流れ出た血を指先で弄ぶ。


『いいかソフィア女王。俺の要求を無視してこいつが肉塊にされる動画が投稿されたら、いったい晋共和国はどうするんだろうな?』


 パソコンを持っていたアルフレートの手に力が入り、パソコンが軋む。


 その後も、アッシュがソフィア女王を挑発するような発言をして、動画は終了したのだが、アルフレートはシアメイが頬を切られたところあたりから頭に血が昇って、アッシュの言葉など耳に入らなかった。


「なんだよ……これ」

「――許せない」


 ティアは素早く立ち上がると、怒りに満ちた鋭い眼でアルフレートとジェイクを見た。


「私、二トラ市に行くわ」

「いいのかよ? 王族と7騎士以外が立ち入ったらシアメイは――」

「分かってるわ。でも、展望台から500メートルの所までなら行っても平気でしょ?」


 ティアの主張を聞いたアルフレートは、持っていたパソコンを床に置いて立ち上がる。


「僕も行くよ」

「お、おい。お前らが行ったところで何にもならないだろ」

「確かに、僕たちが駆けつけても何にもならないかもしれない。でも、友達が――シアメイが酷い目に会っているっていうのに、このまま黙って明日を待つなんて絶対できないよ。ジェイクは違うの?」


 アルフレートに尋ねられて、ジェイクは我に返った。


 元来、ジェイクは考えて行動するような性格ではない。したいことをして、直感で行動するような青年だった。


 それなのに、警察の捜査に協力するなど柄にもないことをしていたせいで、大人の仲間入りをした気になって今回の事件を一歩引いた場所から冷静に見ようとしてしまっていた。


 ジェイクは右手で、自分の頬を殴り飛ばす。


 アルフレートとティアがぎょっとする中、ジェイクはよろよろと立ちあがった。


「だ、大丈夫?」

「悪かった。うだうだ考え込んで俺らしくなかったよ」

「本当だよ。いつものジェイクなら、真っ先に学園を抜け出して助けに行くって言うところなのにさ」

「そうよね。ジェイクといえば、考えなしの斬り込み隊長って感じだもの」

「お、俺ってそんなイメージなのかよ……。まあいいや、とにかく3人で二トラ市に向かおうぜ」


 ティアは燃え盛る炎のような怒りを、アルフレートは不安と焦りを、ジェイクは反省と闘志を胸に、二トラ市へ向かうことを決意した。


「ああ、そうだ」


 そこで、アルフレートが思い出したように携帯端末を取り出して耳元に当てる。


「電話か?」

「うん。今日、レティス王女の端末を登録させてもらったからさ。どうするのか、聞いてみるよ」

「マジかっ! すげえな、お前」


 驚くジェイクを軽く流しつつ2人から少し距離を取る。


『はい、レティスです。アル様、どうされましたかっ?』


 電話越しのレティスの声は昼に話した時とはどこか違い、何か急いでいるような雰囲気をアルフレートは感じ取った。


「あ、レティス? ちょっと聞きたいんだけど、学園の生徒が誘拐されたのって知ってる?」

『はい。アル様は動画の方はご覧になりましたか?』

「あ、うん。実はその事で電話したんだ。レティスたちはどうするのかなと思ってさ」


 アルフレートの問いに、レティスはしばし沈黙する。


「レティス?」

『――先ほどお母様とは少し話しましたが、最終的な決定はこれから行う会議で決まります。ですがアル様、わたくしはどんなに反対されようとも、二トラ市に向かうつもりでいます』

「……そう。ならさ、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

『わたくしに出来ることでしたら』

「二トラ市に行くことになったら、その時は今日僕に会った時に付けていた香水を、いつもより多めに付けて行ってくれないかな?」


 あのシアメイが誘拐されてしまうほどの相手なのだ。


 レティスが話し合いに行けば、同じように捕まってしまう可能性は大いにありえる。


 そこでアルフレートは自分の使い魔たちの嗅覚を利用して、それに備えようと考えたのだった。


『香水……ですか? 分かりました』

「うん。それじゃあ、よろしくね。くれぐれも無茶だけはしないでよ」

『はい。ありがとうございます』


 アルフレートが電話を終えると、待ち構えていたかのようにティアとジェイクが彼に近付く。


「どうだった?」

「これから会議だってさ。レティスは犯人の要求通り二トラ市にいくつもりみたいだけど」

「こっちもパパから連絡があったわ。パパも会議に呼ばれたみたい」

「ま、やっぱりそうなるよな。こうしちゃいられねえ、俺たちも学園を抜け出す作戦会議始めるぞ!」

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