第十四話 情報収集
クライン家前。
学園から出発したシアメイとダリウスは、クライン家を訪ねてマサムネと合流した。
もともと学園とマサムネには繋がりがあったわけだが、前回の学園の防犯テストはかなり高額な依頼だったので、シアメイからタダでマサムネの協力を取り付けられると聞いた時には、教員たちはとても驚いた。
「それにしても、本当にタダで引き受けてくださるとは驚きました。シアメイ、お前一体どんな取引をしたんだ?」
「ん~、それはちょっと企業秘密かな?」
シアメイは横目で隣を歩くマサムネに視線をやる。
「まあ、シアメイは私の一番弟子ですからね。これも彼女の修行のためと思いまして」
マサムネは張り付いた笑顔で乾いた笑い声をあげる。
シアメイは夕食をご馳走になった際の会話から、マサムネはティアの姉であるクリスに頭が上がらないと見抜いていたので、稽古の際に下着を見られたとクリスに泣きつくと言ったら簡単に引き受けてくれたのだ。
先ほど口止め料も受け取ったので、シアメイは詳細をダリウスに教える気はない。
その後、3人で駅まで移動。
事件が起きたのは先日シアメイとアルフレートが買い物をしたショッピングモールだった。
何台ものパトカーが道を塞ぐように止まっており、怖いもの知らずの野次馬が数名いるだけで、通常の買い物客の姿は見当たらない。
「確かに平日だけどさ、ここまで人がいなくなるものなの?」
「今回の事件は魔道士による犯行だからな、みな逃げ帰ってしまった……ということだろう」
「ふうん。それで、被害にあったっていう警察官は?」
「ああそれなら、あの喫茶店で待ち合わせをしている」
3人で向かうと、入口付近に立っていた警官がシアメイたちに気付き、中へ案内された。
中で待っていた警官を見てシアメイは驚いた。
身体のいたるところにガーゼや包帯が巻かれているが、その人物は事件の事を忠告してくれた警官のおじさんだったのだ。
「まさか、君まで来てしまうとは……確かに実力はあるのだろうが、大丈夫なのですか?」
「ええ、優秀なボディーガードが付いていますので、危険と判断したら彼女を連れて逃げてもらう予定です」
「んなっ! 聞いてないですよ!」
「ここに来る途中にマサムネさんと話をして決めたんだ」
「そういうことだ。俺が守ってやるから安心しろ」
マサムネはポンポンとシアメイの頭を叩く。
「さて、まずは今回の事件の概要を説明してもらえますか?」
ダリウスが促すと、警官は軽い咳払いをしてから鋭い表情で語り始めた。
「事件が起きたのは、ここから歩いて2分ほどの距離にあるエルドフリームニルという飲食店です。私は詳しくないのですが、なんでも最近テレビでも取り上げられているほどの有名店だそうで」
「あっ、ボクそこ知ってる。ちょうどこの前行ったばっかりだよ」
シアメイの記憶では、イケメンの魔道士が店主としてテレビで紹介されていた。
厨房で料理をしているので会うのは難しいが、たまに接客もしているらしい。
警官はシアメイに「そうなのか」と軽く返してから話を続けた。
「現場に居合わせた女性客の証言では、犯人は今日の11時に開店と同時に来店し、軽食を注文したそうです。そしてその料理を数口食べた後、店員に店主と話がしたいと申し出ました」
そこまで話すと、警官は近くにあったノートパソコンを操作し、画面をシアメイたちに向ける。
「これがその時の監視カメラの映像です」
「え、何これ……モザイク?」
映し出された犯人の姿は、黒い霧のようなもので覆われていた。
「実際にはこのような霧などは出ておらず、犯人は身長170前後の男性です。我々は何らかの魔法ではないかと考えているのですが、いかがでしょうか?」
警官の質問にダリウスは眉間にしわを寄せる。
「私の知る限り、カメラに映らなくなる魔法など存在しません。魔法とはそういった都合のいいものではありませんので。ただ、魔術という線はあるかもしれませんね」
「魔術……ですか? 魔法にできないことを魔術にできるとは思えませんが……」
「近年はほとんどの人が魔術を大昔の弱い魔法だと認識していますが、本来は力が弱い変わりに魔法よりも応用が効くものだったと言われています」
警官は手帳を取り出すと、ダリウスから得た情報を手早く書き記す。
「あ、なんか揉めてるよ?」
ダリウスと警官が会話している間も映像を見続けていたシアメイの一言で、全員の視線がパソコンの画面へと戻る。
黒い霧に覆われているが、辛うじて犯人が店主に掴みかかっているのが分かる。
店主が犯人の手を振り払うのとほぼ同時に、犯人の目の前に魔法陣が出現し、そこから召喚された木魔法で店主が突き飛ばされた。
犯人が炎魔法で追撃、店主も魔法を使って抵抗したために店内は滅茶苦茶に破壊され、居合わせた客が逃げ出していく映像が続く。
「うわ、これは酷いね」
最後は犯人の炎魔法が爆発したところで映像が終わった。おそらくはカメラも爆発に巻き込まれたのだろう。
「被害はどのくらいですか?」
「店の内装は爆発と炎で見る影もありませんが、死者は出ていません。ですが、応戦していた店主と2名の従業員は意識不明で救急搬送されましたし、その他の従業員や逃げ遅れた客からも度合いは違いますが負傷者が出ています」
警官の男性は、説明しながら包帯が巻かれた自身の右腕を押さえる。
「先ほどから気になっていたが、あなたのその怪我は?」
「あ、いやこれは……私が考えなしだったせいですね」
マサムネに怪我の理由を尋ねられると、警官は目を反らし苦笑いを浮かべる。
「事件が起きた時、ちょうど現場辺りをパトロール中でして、燃え盛る店内から飛び出してきた犯人と被害者を見て、つい」
「まさかおじさん、警官魂に火がついちゃったとか?」
シアメイの問いに、警官は目を合わせずに答える。
「……まあ、その通りだ。気付いたら立ち去ろうとする犯人の退路を塞いで銃を向けていたよ」
「あちゃ~、魔道士でもないのに、おじさんも無茶するねえ」
「君に言われたくはないがな」
その後、3人は警官から店の場所と犯人の容姿を細かく聞き、事件現場へと向かった。
オーウェル城。
ソフィア女王の計らいでティアたちは昼食をとり、食後に出された紅茶を飲んでいた。
食事中の何気ない会話からアルフレートが感じたのは、ソフィアは王家の伝統的な仕来りを煩わしく思っているということだった。
ソフィアは王国の貴族制度を廃止した曾祖母を強く尊敬しており、自身が女王に即位して初めに行ったことが、女王の権力を規制する制限君主制の国家へと王国を作り替えることだったことからも、彼女が6年前に停戦となった戦争の責任が王家にあると考えていることが伺えるのだが、この食事の席でそれを理解できたのはレティスとティアだけだった。
「そういえば、アル様とルクレーシャ様は恋人としてお付き合いをされている間柄なのでしょうか?」
それまでの会話の内容と全く関係のないレティスの唐突な質問に、アルフレートはまたもや口に含んでいた紅茶でむせ返りそうになる。
「い、いや、僕とティアはそういう関係じゃないよ。ただの友達」
「……そうね。私たち、ただの友達よね」
心なしかティアの態度が不機嫌になったのだが、アルフレートは気が付かない。
ティアはただの友達ではなく親友だと言って欲しくて腹を立てたのだが、ソフィアとレティスにはティアの態度は別の意味に映って見えた。
そのやり取りを眺めていたソフィアが小さく吹き出して笑う。
「ご、ごめんなさい。でも、あなた達、若い頃のセリーヌとセルゲイにそっくりね。なんだか懐かしいわ」
「セルゲイ? それって確か……」
「父と――ファネル学園長にですか?」
アルフレートはセルゲイ・クラインという人物を思い出した。
戦時中に目覚ましい活躍をした王国の英雄的軍人であり、ソフィア直属の騎士でもあるティアの父親だ。
「セルゲイとセリーヌは私のエウニス学園生時代の同級生なのよ。親友だと思っているわ」
「陛下と父が親友だなんて、私初めて聞きました」
「ん? ということは、僕がファネル学園長に似ているということですか?」
「ええ、似ているわね。生真面目で、自分のことには鈍感。しっかりしているように見えて、どことなく抜けているところとかも。ティアちゃんも父親似みたいだし、二人と話しているとまるで学生時代に戻ったみたい」
ソフィアは若かりし頃に思いを巡らせながら、手に持ったティーカップの紅茶を眺める。
「すばらしいですわっ!」
不意にレティスが立ち上がり、満面の笑みを浮かべて喜びの声をあげた。
「レティス?」
「王女であったお母様と、セリーヌ様、セルゲイ様の立場を超えた友情! それこそがわたくしが求めるものですわ!」
「レティス、少し落ち着きなさい」
ソフィアに注意され、レティスは顔を赤らめつつ席に着く。
「し、失礼しました。つい興奮してしまいましたわ」
「まあ、気持ちは分かるわ。それじゃあ、そろそろティアちゃんのお腹も膨れただろうし、本題に入りましょうか」
ソフィアに茶化されてティアは恥ずかしそうに俯きつつ、聞き返す。
「ほ、本題ですか?」
「どうして今日、あなた達をここへ呼んだのか、ということよ」
「わたくしからお話します。本日、アル様とルクレーシャ様をお招きしたのは、わたくしがお二人とお友達になりたかったからなのです」
ティアにとってそれは衝撃的な申し出だったのだが、アルフレートにしてみれば、「なるほど」という一言で片づけられてしまうものだった。
「私と殿下が――あ、だから先に会っていたアルと……」
ティアの視線にアルフレートは目で返事をする。
「ですから、是非ともルクレーシャ様ともお友達になりたいです」
「えっと……わ、分かりました。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ティア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです、殿下」
ティアの態度にレティスは少しだけむっとした表情に変わる。
「ティア様。もっと普段の言葉使いでお願いします」
「えっ、そ、それはその……」
「わたくしが王女だということは、今はお忘れください。アル様とお話ししている時と同じようにお願いします。わたくしはティア様の友人のレティスです」
レティスの圧力に気後れしたティアは、ソフィアや後ろに控えている執事やメイドたちをチラチラと気にしながら、少しずつレティスの要望に答えていく。
そんなティアをアルフレートは一時間ほど前の自分と重ねて眺めていた。
エウニス学園前駅付近、レストラン。
現場検証を終え、特に目新しい情報を発見することが出来なかったシアメイ、ダリウス、マサムネの3人は、現場から少し離れたところにあったファミレスで食事を取っていた。
情報を整理するために、現在判明していることを3人で確認する。
犯人の容姿は、赤黒い髪、身長170後半、やや細身の30歳前後の男性。
カメラには魔術など何らかの方法で黒い霧がかかったようにしか映らない。
ちなみに他の連続事件の犯人も同様にカメラに映らないことから、同一人物もしくは同一グループによる犯行だと考えられているらしい。
「なんか、分かってる事少ないよね。探しようがないじゃん」
シアメイは頬杖を付き、砂糖を入れたコーヒーをスプーンでかき混ぜる。
「そう簡単に見つかるならとっくに見つかっているはずだしな、粘り強く捜索するしかないだろう」
「やっぱり、もう一回くらい事件が起きてくれないと――」
シアメイのぼやきをかき消すように、何かが爆発したような轟音が響く。
「これはっ!」
ダリウスが即座に席を立ったので、シアメイとマサムネも後を追う。
「お、お客様、お会計は――」
「師匠、お願い!」
「何っ?」
会計をマサムネに押し付けて、ダリウスとシアメイは店を飛び出した。
オーウェル城。
城の入り口の前で、行きと同じ車と運転手が4人を待っていた。
「それじゃあ、レティス。またね」
「あ、お待ちください、アル様、ティア様。よろしければご連絡先を教えて頂きたいのですが」
レティスが近くにいたメイドから受け取った携帯端末を見せてきたので、アルフレートとティアは喜んで彼女の端末を登録した。
「いつでも連絡してよ」
「休みが重なったら、また遊びに来るわね」
「はい。必ずご連絡します」
「レティス姉ちゃん、あたしたちも遊びに来ていい?」
「もちろんですわ。美味しいケーキを用意しておきますね」
レティスがフローラとリーゼロッテをぎゅっと抱きしめる。
「そうでした。最近、魔道士を狙う犯罪が多発していると聞きます。お二人もどうかお気をつけて」
「大丈夫だよ、姉ちゃん。あたしたちがいれば兄ちゃんは無敵なんだ」
「そうです。ご主人様には私たちが付いていますから」
抱きしめられた状態で、フローラとリーゼロッテが不敵に笑う。
「無敵――ですか?」
「うん。雷と風の魔法に超嗅覚。子供だけど最強の魔獣だからねっ!」
「他にも、念話に転移魔法、魔法耐性のある体毛などでご主人様をサポートします」
「あ~っと、その辺を話すとまた長くなっちゃうから、また今度ね」
「そ、そうなのですか……分かりました。では、次まで楽しみにしておきますね」
レティスに別れを告げて、4人は車に乗り込んだ。




