第十二話 不思議なお茶会
10月11日。エウニス学園校門前。
アルフレートとティア、それにフローラとリーゼロッテは、登校する生徒たちの注目を浴びながら、迎えに来た高級そうなリムジンに乗り込んだ。
途中、飲み物としてワインを出されそうになり、慌てて断った。
これから女王陛下に謁見するというのに、アルコールを摂取するなど考えられない。
代わりにと出されたブドウジュースはフローラとリーゼロッテがおいしそうに飲んでいたが、アルフレートは一口飲んだだけでグラスを置いた。
ティアに至っては口を付けようともしなかった。
アルフレートがガチガチに緊張しているティアと、のんきに車の窓に張り付いて外を眺めている双子を交互に眺めていると、あっという間に目的のオーウェル城に着いてしまった。
車から降り、四人で並んで城を見上げる。
「うわぁ、でっかいね、兄ちゃん」
「う、うん」
オーウェル城は昔写真で見たことがあったが、エウニス学園と同じく大昔からの建物であり、中世の時代からある古城といった雰囲気のお城だ。
現在は王族が休日に過ごす場所として利用されている。
言ってしまえば、女王陛下の自宅ということだ。
「お待ちしておりました。クルーガー様、クライン様」
入口の前に立っていた、初老の紳士に挨拶される。
アルフレートとティアは慌てて彼に向き直った。
「私は女王陛下の身の回りのお世話を任されております、ルーファス・オルグレンと申します。本日は私が皆様をご案内させて頂きます」
「よ、よろしくお願いします」
ルーファスに案内されるままに、一行はお城の中へと足を踏み入れた。
城の内装は外観からは想像できないほど新しいものに変えられており、王家の人間が何不自由なく暮らせるようになっていた。
待合室のようなところへ案内されてソファに腰かけたところで、アルフレートはフローラとリーゼロッテが座らずにうろうろしていることに気付く。
「二人とも、少し落ち着きなよ。目を引くものが多いのは分かるけどさ」
アルフレートがちらりとルーファスに目をやると、にこりと笑顔で返された。
特に気にしてはいないようだ。
出されたコーヒーを飲んで緊張を和らげようとしていると、なぜか二人からテレパシーが送られてくる。
『あ、あのご主人様、すみません』
『トイレ行きたいんだけど……』
「んぐっ!」
驚いて口に付けていたコーヒーでむせ返ったのを見て、ルーファスが心配して近寄ってきたので、手と視線で大丈夫だと伝える。
「あの、えっと――」
ちらりと二人に視線を送ると、もはや我慢など出来そうにないほど顔面蒼白だ。
「――お手洗いはどこでしょうか?」
エウニス学園グラウンド。
体育の授業中、シアメイは先日のマサムネとの稽古をぼんやりと思い出しながら空を見上げていた。
今日の授業はサッカーだったのだが、気功を使った超絶シュートをぶちかました結果、ゴールを破壊。
女子の魔法戦技と体育を担当している教師のシェリー・メルヴィルに怒られて、審判をやらされていた。
あくびを噛み殺しながらグラウンドを眺めていると、校舎の方から一人の教師が走ってくるのが見えた。
その教師とシェリー、それに男子の体育を担当していたダリウスが何やら話をして、最後はシェリーを残して二人は校舎の方へ走り去っていった。
直後、シェリーが生徒全員を集合させ、ダリウスは急用が入ったので自分が男女両方を見ることになったと説明した。
シアメイは話を聞いていた時の先生達の表情から何か事件めいたものを感じ、シェリーに気付かれないように近くにいた見学の子に審判を変わってもらい、授業を抜け出した。
オーウェル城。
アルフレートはトイレまで案内するというルーファスの申し出を断り、場所だけ聞いて部屋を出た。
多少入り組んだ場所にあったが何とかたどり着いて二人を送り出すと、ついでとばかりに自分も用を足した。
「お待たせ~、兄ちゃん」
「うん。じゃあ、戻ろうか」
アルフレートは女王陛下を待たせることにならにように急いで戻ろうとしたのだが、先を歩いていたリーゼロッテが急に立ち止まったので、ぶつかってしまう。
「うわっ――どうしたの、リーゼロッテ?」
「兄ちゃん。さっきは切羽詰まってて気付かなかったけど、あっちからいい匂いがしない?」
リーゼロッテは左手で脇道を指さす。
その先はどうやらお城の中庭に繋がっているようだった。
「いや、そうだとしても、今はそれどころじゃ――」
アルフレートの返事も聞かずにリーゼロッテは中庭へ走り出す。
「あっ、こら!」
「ご主人様、追いかけましょう!」
「リーゼロッテ、今は戻――ら……ないと……」
リーゼロッテを追いかけて中庭に出ると、そこにはテーブルで優雅にお茶を楽しむ一人の少女が座っていた。
リーゼロッテはキラキラした瞳で、テーブルの上のケーキを凝視している。
「えっと……邪魔して、ごめんね。僕たちすぐ行くから」
そう口にしてからアルフレートは自分の失態に気付く。
リーゼロッテたちほどではないにせよ、かなり幼い顔立ちだったので砕けた口調で話しかけてしまったが、ここにいるということは彼女も王家の人間ということになるだろう。
その証拠に、横で給仕をしていたメイドが眉間にしわを寄せた。それにいち早く気付いた彼女は手でメイドを制する。
「わたくしは、レティス・メーベル。あなた方は?」
「わ、私はアルフレート・クルーガーです。失礼な口をきいてしまい、申し訳ありません」
アルフレートの態度の変化に少女はくすくすと可愛らしく笑う。
「そこまでわたくしに気を使って頂かなくてもよろしいですよ。普段の言葉使いでお願いします」
「いえ、しかしそれは……」
「そうかしこまられると、わたくしの方が困ってしまいます」
「そ、そう? じゃあ、えっと……僕はアルフレート。それでそこにいる子が――」
アルフレートはケーキに手を伸ばそうとしたリーゼロッテの首根っこを捕まえて、引き戻す。
「僕の妹のリーゼロッテとフローラだよ。ほら、二人とも挨拶して」
「フローラです。よろしくお願いします」
「リーゼロッテだよ。姉ちゃん、その甘い匂いのするやつ何ていうの?」
「これですか? いちごのショートケーキですが……よろしければ皆様の分もお出ししますわ」
彼女がそう言うと、どこからともなく何人ものメイドが集まり、あっという間に椅子とテーブルが用意され、全員分のお茶を入れ始めてしまった。
「あ、あの、気持ちは嬉しいんだけど、僕たち女王陛下に呼ばれていて、早く戻らないといけないんだ」
「あら、それでしたらまだ大丈夫ですわ。到着が遅れているそうですから。それでも不安ということでしたら――テッサ?」
「はい。レティス様」
「オルグレンさんに事情をお話しして、女王陛下が到着したらすぐに知らせてください」
「かしこまりました」
テッサと呼ばれたメイドは一礼すると速足でアルフレートが来た方向へと歩き去った。
「では、お茶にしましょうか」
「……う、うん」
初めから全て知っていたかの如く、アルフレートの不安要素を全て取り除かれてしまったので、断る理由もなく着席する。
双子の妹たちもすぐに席に着き、用意されたケーキを口に運ぶ。
「その制服、エウニス学園の制服ですよね。わたくしも来年入学する予定なんです」
「えっ! 君が?」
「変でしょうか?」
「――ごめん、変じゃないよ。驚いただけ」
来年入学ということは、年齢はアルフレートの一つ下ということだ。
見た目の幼さからアルフレートは彼女が三つほど下かと思っていた。
この国伝統の水色の髪の毛をゆったりと伸ばし、気品ある所作でお茶を飲む姿はまるで人形のようで、アルフレートは彼女の美しさに見とれながら、ティーカップに口を付けた。
すると、品のいい紅茶の香りが広がる。
田舎者のアルフレートでも、その紅茶が自分では到底手が届かない値段の代物だと理解した。
「あの、アルフレート様にはお友達はいらっしゃいますか?」
「え? うん、そりゃいるけど……」
アルフレートがレティスの随分と不思議な質問に戸惑いつつ答えると、彼女は持っていたティーカップを置く。
「でしたら、その内の一人に、わたくしを加えて頂けないでしょうか?」
「……それって、友達になろうってこと――だよね?」
「はい。お嫌ですか?」
「ううん。嫌じゃないよ。よろしく、レティス」
アルフレートが名前を呼ぶとレティスは顔を真っ赤にした。
「え、ど、どうしたの?」
「も、申し訳ありません。その、男性に名前を呼び捨てにされたのは、お父様以外ではアルフレート様が初めての事でしたので……」
「そ、そう。でも、友達ってそういうものだし。レティスもさ、僕の事はアルって呼んでよ。友達はそう呼ぶ人が多いし」
「分かりました……では、アル様とお呼びいたします」
レティスは言いながらまた顔を真っ赤にする。
「ちなみにアル様には、お友達は何名ほどいらっしゃるのですか?」
また妙な質問だと思いながら、アルフレートは自分の友達を思い浮かべる。
まずはジェイク、それにアリサにティア、あとシアメイも友達の内に入るだろう。
「レティスを入れて5人かな」
「5人……ですか? その、意外に少ないのですね」
「あ、それはその……」
レティスは気まずそうにしょんぼりと下を向く。
「申し訳ありません。その、お母様が学園に入学すれば数え切れないほどのお友達が作れると教えてくださったので、てっきりアル様もそうなのかと……」
「なんて無責任な……。レティスはそんなにたくさん友達が欲しかったの?」
「お母様はわたくしにお友達がいないことを気にしていらしたので、エウニス学園では沢山のお友達を作って欲しいという想いから出た言葉だったのでしょう。わたくしは数名の親しいお友達に囲まれた学園生活を送ることが出来れば、それで満足です」
「なら、大丈夫じゃないかな」
アルフレートには彼女にどうして友達がいないのか分からなかったが、彼女の置かれた状況はエウニス学園に入学する前の自分に少しだけ似ていると思った。
「実は僕――昔の記憶が無いんだ」
「え?」
レティスに共感してしまったからか、アルフレートはジェイクにも話していない秘密を、今日出会ったばかりの彼女に話していた。
「記憶喪失ってやつでさ。友達も知り合いも誰もいない、作り方も分からない状態でエウニス学園に入学したんだ。それでも、今では大切だと思える友達がいる」
両脇に座っていたフローラとリーゼロッテの頭に手を乗せる。
「可愛い妹もいて、競い合うライバルにも出会った」
「アル様……」
「とにかく、毎日が楽しいんだ。さすがに数え切れないほどってのは難しいかもしれないけど、エウニス学園できっと、レティスも大切な友達が作れると思う」
しばしの沈黙が流れ、フローラたちがお茶をすする音だけが聞こえる。
「わたくしにも出来るでしょうか。アル様のように」
「出来るさ。少なくとも僕がいるし。入学したら僕が学園を案内してあげるよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
少し不安げだった彼女の表情に、ぱあっと花が咲いた。
いつまでも見ていたいと思えるほど美しい笑顔だ。
その後も学園の話や使い魔の二人の話で盛り上がっていると、メイドのテッサが戻ってきた。
「クルーガー様、お時間です」
「あ、はい、分かりました」
アルフレートが席を立つと、フローラとリーゼロッテも続いて立ち上がる。
「それじゃレティス、またね」




