第九話 魔獣オルトロス
アルフレートの目の前で、シアメイの身体が床に崩れ落ちる。
「シアメイさん!」
ティアが彼女の名を呼ぶが、返事はない。
完全に気を失ってしまったようだ。
「――ま、まさかあの状態から俺を攻撃するなんてな、恐れ入ったぜ……」
「なかなかの技だったぞ」
「そりゃ、どうも」
片膝を付いていたジェイクがよろよろと立ち上がる。
「アル、今の技見たか?」
「うん。まさかあんなことまで出来るなんて……」
マサムネは先ほどまで完璧にジェイクの魔法に捕らわれていた。
それこそ指の一本すら動かせなかったはずだ。
しかし、身体は縛れても、『気』までは縛るすべがない。
アルフレートの目には木刀が空中を舞い、ジェイクを攻撃したのが見えていた。
おそらくは『気』で木刀を遠隔操作したのだろう。
「おかげで、氷の魔法が解けちまった。こんな必殺技を隠してるとはな」
「必殺技などではないさ。苦し紛れの荒業が偶然上手くいっただけだ」
「へえ、なら俺たちはそこまであんたを追い詰められたって訳か」
「そういうことだ。おかげで力加減を忘れて、シアメイを攻撃してしまった」
マサムネは横たわるシアメイを見て、顔をしかめて頭をかいた。
「俺もまだまだだな。せっかく稽古をつけてやるつもりだったのだが……年甲斐もなく芝居などをして、悪ふざけが過ぎたようだ」
彼がシアメイに近付こうとしたところで、何かが倒れる音が体育館に響いた。
見ると、ティアが縛られた状態のまま椅子から転げ落ち、芋虫のようにうねうねとのたうっている。
「ぐっ、このっ! ああ、めんどくさい!」
彼女の真下に真っ赤な魔方陣が現れたかと思うと、たちまちそこから火柱があがり、彼女の身体を覆い尽くした。
「なっ! ティア様!?」
「おいおい、やばくねえか?」
すると、炎の中から髪の毛一本たりとも燃えていない無傷のティアが飛び出し、マサムネへ向かって突撃した。
「マサムネぇえええ!」
彼女が振りかぶり、叩きつけようとした平手をマサムネは手首をつかんで受け止める。
「お、おやめくださいティア様!」
「は、な、し、な、さ、い!」
「何をそんなに怒っているのですか!」
「そりゃあ怒るに決まってるでしょ! あんたあたしの友達になんてことするのよ、ここまでするなんてあたしは聞いてない!」
「いや、確かにやりすぎはしましたが、命に別状は――」
喚き散らし暴れようとするティアをマサムネがなんとか取り押さえてなだめようとしていると、シアメイが目を覚まし、弱々しい声でティアの名を呼んだ。
「ク……ラ……インさん?」
「――シアメイさん!」
その声を聴いてティアはマサムネを蹴り飛ばすと、すぐさまシアメイに寄り添い両手を握った。
「ごめんなさい。まさかマサムネがここまでやるなんて思わなくって……。待ってて、今すぐあのバカに土下座させるから!」
「あ、はは……土下座はいいよ、それより肩を貸してくれない、かい?」
シアメイはゆっくりと上体を起こして、立ち上がろうとする。
「シアメイさん、まだ無理しちゃだめよ」
「い、いいから。早く邪魔にならないところへ……」
ティアは仕方なくシアメイに肩を貸して彼女の行きたい方向へ付き添う。
「二人とも、ボクは端で見ているから。ここに入るときの約束を果たしてよ。それとマサムネさんも、昨日の約束を守ってくださいね」
シアメイはそういって空いた手をひらひらと振ると、体育館の端に移動して腰を下ろした。
ティアも心配そうな顔でその横に座る。
「はは。なるほど、シアメイらしいぜ」
「うん。これは絶対にやってやらないとね」
「約束とは何のことだ?」
アルフレートとジェイクはちらりと視線を交わした後、真っ直ぐにマサムネを睨む。
空気が変わったのを察したのか、マサムネはサングラスをスーツの内ポケットにしまい、木刀を拾い上げて両手でしっかりと構えた。
「教えてやるよ、マサムネさん」
「僕たちはあなたを絶対に」
「「一発ぶん殴る!」」
二人で同時にそう叫ぶと、アルフレートは間髪入れずに右手をマサムネへ向けてかざす。
「ジェイク、行って!」
「おうよ、相棒!」
四属性の中で最速である水魔法をイメージ。
アルフレートの魔法は弱い。軽い。
だからこそそれを研ぎ澄まし、小さく一点を狙う。
「くらえっ!」
右手の魔法陣から召喚された小さな水弾が目にも止まらぬスピードでマサムネへ向かって飛び出す。
その水弾を彼はいともたやすく木刀で切り裂いた。
しかし、おかげで一振り分の時間を稼ぐことに成功したとも言える。
「おらぁ!」
「ぐっ!」
ジェイクの氷剣は先ほどのように回避も受け流すこともされず、木刀で受け止められた。
「はっ! どうしたマサムネさん! 避けねえのか?」
「ぬかせ! この程度の剣、避けるまでもないというだけだ!」
「俺が言ったのはその事じゃねえよ!」
ジェイクが注意を引き付けてくれている間に、アルフレートは地面を通してマサムネの真下に魔力を集めることが出来た。それを一気に開放する。
「魔根の狩猟!」
マサムネの足元から何本もの植物の根が飛び出す。
何度もジェイクと練習したアルフレート必殺の拘束魔法だ。
名前を付けて練習したおかげで、今では名前を言うだけで細部まで完璧にイメージ通りの魔法を召喚することが出来る。
「また同じような技をっ!」
マサムネは力ずくでジェイクを弾き飛ばすと、常人では考えられない高さまで跳躍した。
シアメイのジャンプ力もすごかったが、彼のジャンプは体育館の天井まで届き、まるで重力が上に向かっているかの如く天井に足を付けて逆さまになった。
「くそっ、射程外だ」
アルフレートの魔道士ランクではあまり長い植物は召喚出来ない。
「今度はこちらから行くぞ!」
マサムネは天井を蹴ってアルフレート目がけて突撃してきた。
「粘土魔防壁!」
名前を叫ぶと同時に正面に魔力を集中させて壁を召喚し、後ろへ飛び退く。
すると、粘土の壁は木刀を叩きつけられて粉々に飛び散った。
「そんなっ!」
この魔法は粘土で出来ているため衝撃を吸収する。
物理的な攻撃に対してはアルフレート程度の魔道士の力でもかなり有効な防御魔法として使える代物だったのだが、マサムネの気を練り込んだ木刀の一撃の前には障害にすらならないようだった。
マサムネは着地と同時にアルフレートへ向かって走り、一瞬にして間合いを詰める。
一閃。
咄嗟に腕で防御したものの、ものすごい力でなぎ倒される。
「がはっ!」
壁に身体を叩きつけられたあと、床に倒れ込む。
ジェイクの叫び声が聞こえたので声の方を見ると、彼もアルフレートと同じようにねじ伏せられ、床に転がされていた。
アルフレートの時よりも威力が高かったのか、前半のダメージのせいか、ジェイクは起き上がることも出来ないようだ。
「く、くそ……」
「あと一歩足りないといったところか。君の魔法を出す速さは中々のものだが、肝心の魔法が力不足だな。学生同士なら通用するかもしれんが、一定以上の力を持った相手にはたやすく破られるだろう」
悔しいがその通りだった。
それが原因でアルフレートは先日の決勝戦でティアに負けたのだから。
「ん?」
マサムネが何かに気付き木刀を振る。
すると次の瞬間に、一匹の獣がマサムネに突進した。
木刀で打ち払われたかと思うと、二匹目の獣が間髪入れずに突進する。
「ちぃ!」
木刀にかみつく獣を振り払うと、マサムネは飛び退いて距離を取った。
「そうか。来ないのかと思っていたが、主人が傷付いたのを感じ取ったか」
二匹の大犬はアルフレートを守る様に位置取り、マサムネへ向かって吼える。
「フローラ、リーゼロッテ、来てくれたのか」
アルフレートが声をかけると、二匹は光に包まれ、学園の制服を着た小さな女の子に姿を変えた。
二人が彼に抱き付く。
「ご主人様、申し訳ありません。私が臆病なばかりに」
「二人とも……」
抱き付かれて、二人が恐怖に震えているのが分かった。
やはり、マサムネが放つ殺気とやらが恐ろしいのだろう。
「アル君! 大丈夫?」
二匹に遅れて、アリサも彼の隣に駆け付ける。
「アリサ、ちょうどいいや、二人をお願い」
アルフレートは何とか両足に力を入れて立ち上がる。
ふらふらだが、まだ戦えなくはない。
「ジェイク君とシアちゃんは負けちゃったんだ……。アル君はまだやる気なの?」
「うん。意外と僕って負けず嫌いなのかも。ここまで来たら意地でも一発入れてやりた――」
アルフレートがバランスを崩して倒れそうになったので、アリサは慌てて彼を支える。
「ふむ。どうやら、ここまでのようだな。シアメイ、あの約束は諦めろ」
「そういえば、さっきも言ってましたけど……そっちの約束って何なんですか?」
アルフレートがマサムネに尋ねる。
「昨日、シアメイとティア様と約束してな。この稽古で誰かが俺に一撃でも入れられれば、俺はティア様のボディーガードを止めてシアメイを弟子に取り、ティア様の女子寮への入寮を許可するというものだ」
「弟子入りと女子寮入り……なるほど、それでシアメイは張り切っていたんだね」
「う、うん。でもボクはもちろん、ジェイク君とアル君もその状態じゃ無理そうかな……」
不意に、アルフレートを支えていたアリサの手に力が入る。
「――アリサ?」
「……そういうことなら、私が手伝ってあげるよ」
「え、君が?」
アリサは地面に手をかがずと、一本の小さな木を魔法で召喚する。
その植物からツルが伸び、アリサの腕に注射器のように刺さる。
「吸収」
アリサがそう唱えるとその植物はアリサから何かを吸い上げていく。
「アル君。ちょっとチクッとするよ」
植物からもう一本ツルが伸びて今度はアルフレートの腕に絡みつく。
「アリサなにをっ――」
止める間もなく彼の腕に針のようにとがったツルの先端が突き刺さる。
「放出」
再びアリサが唱えると植物からアルフレートの身体に何かが流れ込んできた。
「え、こ、これって」
たちまち身体の痛みが引いていき、擦り傷なども目に見えて治っていく。
「初めて見る? これが木魔法のスキル『収穫』だよ」
アリサが魔法を消すころには、アルフレートの身体にいつも以上の力が宿るのが感じられた。
アリサは自分の身体から生命エネルギーを吸い取り、彼に流し込んだのだ。
「あ、ありがとうアリサ、これなら……やれそうだ」
「うん。じゃあ、私はティアちゃんたちと応援してるから、三人で頑張ってね」
アリサは逃げるように走り去り、弱ったジェイクを引きずっていたティアと合流して、彼をシアメイの隣に運ぶ。
「三人って……」
「もちろん」
「私たちの事です」
恐怖に震える二人が、アルフレートの手を握りながら引きつった笑顔を浮かべる。
「二人とも、怖いなら無理しない方が……」
「この程度の気に気圧されるようでは到底戦えまい。安心しろ、これは稽古だ。お前たちの主人を殺したりはしない」
マサムネもアルフレートと同意見のようだ。
「た、確かに私たちは恐怖でまともに動けないけど」
「あたしたちは使い魔だ。兄ちゃんが戦うなら一緒に戦う!」
二人はアルフレートの顔を見上げる。
「ご主人様、私たちを」
「あたしたちを使って」
二人の身体が光を放ち、人の形を失っていく。
「え、二人とも?」
その光の粒子は彼の両手を覆い、腕輪の形に変化した。
「なんだそれは?」
「ぼ、僕にも分かりません」
アルフレートの両手にはそれぞれ美しい銀色の腕輪が装着されていた。右腕の方は黄緑色、左腕の方は金色の美しい模様が描かれている。
『ご主人様。これが私たちのもう一つの姿です』
頭の中にフローラの声が響く。
『もう一つの姿?』
『はい。武器としての姿です』
『武器っていうよりは、防具だけどな』
『この姿なら、私たちの魔法をご主人様が自分の魔法として扱うことが出来ます』
『君たちの……魔法』
二人も魔法を使うことが出来たのかと、今更ながらに思う。
『はい。私が風』
『あたしが雷の魔法だよ』
『風と雷って、そんな属性聞いたことがないよ』
『私たち魔獣のような上位生命体だけが扱える上級魔法です。人間の使う下級魔法より扱いは難しいですが、今は戦いながら慣れてもらうしかありません』
『よく分からないけど、それだけ強力ってこと?』
『うん。せっかくの稽古なんだ、思いっきりぶっぱなしちゃってよ』
アルフレートは言われるままにゆっくりと右手をマサムネへ向ける。
「その腕輪が何なのか分からんが、まだやる気はあるようだな」
「はい。行きます!」
吹き荒れる風をイメージするとフローラの魔力がアルフレートを介して右手の先に集まる。大きな黄緑色の魔法陣が目の前に展開された。
「こ、この大きさは……」
魔法は魔法陣を通過して現れるため、魔法陣の大きさで出てくる魔法の大きさも大体予想が出来るのだが、アルフレートが展開した魔法陣は彼の身体とほぼ同じほどの大きさだった。
「これならっ!」
込めた魔力を解き放つ。
アルフレートの魔法陣から放たれた目に見えない風の塊がマサムネを捉え、彼を体育館の奥の壁際まで押し込んだ。
「――っ! はぁぁああああ!」
壁に叩きつけらえる間一髪のところで、マサムネは木刀で風を弾き飛ばす。
「すごい……なんて力だ」
アルフレートは自分の出した魔法に驚く。
魔獣オルトロスの風魔法。威力もすごいが、恐ろしいのは目に見えないところだ。
マサムネほどの人間でも一瞬反応が遅れていた。
「な、なんだよその魔法!」
「すごいわ! クルーガー君!」
アルフレートの出した魔法を見たみんなが声をあげる。
「アルフレート君。その子たちの魔法があれば、やれるんじゃないかい?」
アルフレートはシアメイに問われて気が付く。自分が今、かつてないほどの自信に満ちていることに。
フローラの風魔法のあの威力。それに、まだ使っていないが、リーゼロッテの雷魔法もあるのだ。
この二つを上手く扱うことさえ出来れば――
「マサムネさん」
「なんだ?」
「悪いけどその顔、思いっきり殴らせてもらいます!」
今度は左手を前に突き出す。
力強い稲妻をイメージするとオレンジ色の魔法陣が現れる。
「くらえ!」
魔力を魔法陣から放出する。
「――え」
アルフレートの左手から放たれた雷は一直線にマサムネへ向かって進むはずだった。そのようにイメージしたのだから。
しかし実際は、バチバチとものすごい音と光を放ちながら、制御不能の雷が彼の正面を暴れまわっただけだった。
突然の事に驚いて、すぐに魔法を消す。
「ど、どうして……」
『あ~、やっぱりか』
『リーゼロッテ、どういうこと?』
『雷魔法は威力が強すぎて方向を制御するのが難しいんだ。あたし自身もいまだに上手くコントロール出来ないし』
これが上級と言われる所以であった。
アルフレートにはあの暴れ馬のような魔法を制御するイメージが全く湧いてこない。
「ふん。なるほどな。恐ろしい威力のようだが、コントロールは出来ずか。ならば、そろそろ攻めに転じさせてもらおう!」
マサムネがアルフレートに向かって一直線に迫る。
『ご、ご主人様、あいつが来ます!』
『分かってる。大丈夫、コントロールは出来なくともやりようはあるさ』
向かってくるマサムネへ右手を向ける。
「行け!」
風魔法を放つも、木刀で切り裂かれる。
もうタイミングを掴まれてしまったようだ。
「そんな直球が通用するか!」
「ならこれはどうだ、粘土魔防壁!」
マサムネとの間に粘土の壁を出し、姿を隠す。
その隙にもう一度風魔法の魔法陣を展開する。
マサムネが木刀で壁を破壊した瞬間に風魔法を放つ。
二種類の魔法を同時に扱えるアルフレートだからこそ出来る連続魔法だ。
それに今度は風を鋭い刃のようにイメージして飛ばしたので、一撃の重さは上がったようだった。
「なっ!」
思いがけない連撃に圧倒され、風魔法を弾きつつもマサムネの足が止まる。
「ここだっ!」
彼の真上に魔力を集中、落雷をイメージする。
「まさかっ――」
解き放たれた雷がアルフレートの制御を跳ね除け暴れまわる。
確かに制御は出来ない。
だが、ちょうど真下にいたマサムネに雷が落ちないわけがない。
アルフレートの計算通り、雷魔法はマサムネを直撃した。
「ぐぅ、ま、まだだぁああああ!」
マサムネは叫び声を上げながら、雷を木刀で弾き飛ばす。
「はぁ……はぁ……」
さすがに気を纏った木刀でも雷のダメージは通ったようで、マサムネは木刀を落とした。
「ちっ、手がしびれて…………なっ、これはっ!」
落とした木刀を拾おうとして、マサムネは気が付いた。
自分の足が、木魔法で拘束されていることを。
アルフレートは魔法を二つ同時に操れる。
だから雷を上、植物を下から展開して、上下の同時攻撃を仕掛けたのだった。
「もらった!」
アルフレートの拳がマサムネの頬を捉える。
渾身の一撃が決まり、手に痛みが走るほどの手ごたえを感じると共に、マサムネが床に倒れ込んだ。
静寂。
アルフレートは自分の息遣いと心臓の鼓動をやけに大きく感じていた。
誰もが息を飲み、仰向けに倒れるマサムネを凝視する中、意外にも一番に声を上げたのは、マサムネ自身だった。
「ふっ……ははははっ」
「わ、笑ってる……?」
やはりというか、アルフレートの拳などたいしたダメージになっておらず、マサムネは何事もなかったかのように起き上がる。
「いや、驚いたぞ。まさか本当に一撃を入れられてしまうとはな。合格だ、これなら君にティア様を任せられる」
「へ?」
「んなっ! ちょっとマサムネ、いくらなんでも言い方ってものが――」
マサムネの言葉を聞いて立ち上がったティアが、焦ったのか足をもつらせて盛大に倒れた。
「ティア様!」
起き上がろうとするティアにマサムネが近寄って手を差し伸べるが、彼女はその手を勢いよく払いのける。
「あ、あんた、言い方が紛らわしいのよ!」
「紛らわしい……とは?」
「だからっ! 私をクルーガー君に――その……任せるとか」
口に出すのが恥ずかしくなったのか、ティアの声がどんどん小さくなる。
状況が理解できていないジェイクが間に入る。
「なあ、ティアにマサムネさん。俺たち、色々分からない事が多いんだが、ちゃんと順を追って説明して貰えねえか?」
「む、それもそうだな」
マサムネは咳払いをして一拍空ける。
「そもそも俺はティア様に仕えているという訳ではないんだ」
「……そうね。パパに雇われてるって形よ」
「いいえ、違います」
ティアが顔をしかめる。
「私が仕えるのは今も昔も『エルネ様』ただ一人です」
「エルネ?」
「誰のことだ?」
アルフレートとジェイクが尋ねると、ティアが俯きながら返事をした。
「私の……死んだママの名前」
悲しそうな、弱々しい声だ。
「エルネ様は死の間際に、ティア様が学園に入学するまでの間、命を懸けて守って欲しいと命ぜられたのだ」
「ん? じゃあもう期間は終わってねえか?」
「ああ。そういうことになる。だが、せめて卒業までは俺の手で守りたいと思ってしまったんだ。それで学園側に頼み込んでティア様を自宅から通わせてもらっていたというわけだ」
そこまで聞いてジェイクは納得したのか、ニヤッと笑う。
「はは~ん。分かったぜ、つまりあんたは、学園で一番近くにいるであろう俺たちに、卒業までの間、あんたの代わりをして欲しいって事か」
「む……まあ、そういうことだ。頼めるか?」
「俺は当然いいけどよ。一撃入れたのはアルだからな」
ジェイクが視線をやると、アルフレートはしっかりと頷いた。
「正直、僕がティアを守るなんておこがましいですけどね。でも、何かあった時に、友達として手を差し伸べるってことなら、約束できます」
「それで十分だ」
マサムネはゆっくりとその場にいる全員の顔を見て、最後にティアを見る。
「こんなにも頼もしい友人が出来たのですね。ティア様」
「ええ。私の自慢のお友達なの」
ティアは嬉しそうに笑い、ちょうど近くにいたフローラとリーゼロッテの頭を撫でる。
「すまないが、君たち全員の名前をちゃんと教えて貰えないか?」
「おう、いいぜ。俺はジェイク。ジェイク・マクスウェルだ!」
真っ先に進み出て名乗るジェイクに続くように、全員が自己紹介を始める。
「ボクも一応名乗ろうかな。黎夏美だよ」
「僕はアルフレート・クルーガー。アルと呼んでください」
「その使い魔、フローラと」
「リーゼロッテだ! ローラとロッテって呼んでもいいぞ!」
マサムネは最後に残った一人に視線を向ける。
「君の名は何というんだ?」
「わ、私は亜理沙です。櫻井亜理沙」
「ん? 櫻井……?」
「はい。えっと、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。亜理沙、君が一番頼りになりそうだ。どうかティア様をよろしく頼む」
「え――」
マサムネの言葉に、シアメイが真っ先に反応する。
「どうして、戦ってもいないアリサなのさ?」
「分からないのか? なら、お前とジェイク、それにアルがどうして元気に立っていられるのか考えてみろ」
「そりゃあ、アリサが魔法で回復を――」
そこまで言われて全員気が付いた。
アルフレートに体力を分け与え、さらにジェイクとシアメイの回復まで担ったアリサが、今こうして何事もなかったかのように立っていられることが、彼女の実力の証明だ。
「アリサ、君は――」
「わ、私、戦うのって苦手なんです。目立つのも……」
アリサは自分が注目されていることを意識してしまったのか、次第に声が小さくなる。
「でも……その……今日みたいにみんなを陰で支えることは、出来ると思います」
「それでいいさ。ティア様を友人として支えてやってくれ」
「はい」
マサムネはティアに向き直る。
「これで私の護衛の任務は終わりです。これからは自由に、思うままに生きてください」
「マサムネ……」
「私に一撃を入れるほど頼もしい友人がいるんです。もう私の出る幕はありません」
そう言って優しく笑うマサムネに、ティアは胸を張って笑顔で返す。
「そうね。それにその中でも、私がいっちばん強いんだからね!」