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レティス王女の近衛7騎士  作者: 相馬あさ
疾風迅雷編
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第八話 稽古

「本当にここにいるのか?」

「うん。ここだよ」

「間違いないよ、ここまでくればボクでも分かるくらいマサムネさんの気を感じるから」


 一行はアリサに先導されて体育館の扉の前に来ていた。


「それにしても、まさかアリサが気功を習得しているとはね」

「俺はよく分からないんだが、その『気功』ってのは、東方人なら誰でも使えるわけじゃないのか?」

「そうだね。気自体は全ての人間が持っているんだけど、それを操る技――つまり気功を習得している人間はあまり多いとは言えないよ。しかも、遠くにいる人間の気を追跡するなんてボクにも出来ないくらいさ」


 シアメイは半目でアリサを見やる。


「……なんで黙っていたんだい? そうと分かっていたら、もっと早く手合わせをお願いしたのに」

「そ、そういう事を言い出しそうだったからだよ。私、戦いは全然向いてないの!」

「ホントかなあ……まあ、それより今、問題なのは――」


 アリサとシアメイが体育館の扉を見つめる。正確にはその向こう側にいるのであろう人物を見ていた。


「このとてつもない殺気を放っている人をどうするかだよね」

「殺気? おいおい、なんでそんなもん放ってんだよ」

「さあ。誘拐犯に成りきっているんじゃないかい?」


 シアメイが扉に手をかけたところで、アルフレートの両手が左右両方から引っ張られる。


「どうしたの、二人とも」


 見ると、魔犬の二人がガタガタと震えて縮こまっていた。


「だ、ダメですよご主人様。これ以上近付いたら絶対殺されます」


 フローラが懇願するように涙目でアルフレートを見上げてくる。リーゼロッテに至っては声も出せずに歯を食いしばって恐怖に耐えているようだ。


「えっと、困ったな」

「置いていくしかないんじゃねえか?」

「動物は危険に敏感だからね。ここまで巨大な殺気をぶつけられたら、こうなるのも仕方ないよ」


 アルフレートはこの状態の二人を連れていっても足手まといにしかならないだろうと判断した。


「二人とも、ここから先は僕たちだけで行くから、ここで待っていてもらえるかな?」


 しゃがんで二人と目線を合わせる。


 優しく頭を撫でてやると少しだけ震えが収まった。


「アル君、二人には私がついているよ」

「アリサ、いいの?」

「うん。どうせ私は稽古なんて付けてもらおうとは思っていないから」

「じゃあ、お願いするよ」


 怯える二人をアリサに任せ、アルフレートは立ち上がった。


「お待たせ、行こうか」

「ボクたち三人で、マサムネさんに勝てると思うかい?」

「さあな、ただ、絶対に一発ぶん殴ってやるけどな」

「あはは、そりゃいいや。なら、勝っても負けても一発ぶん殴ってやろうか!」


 そんな軽口を叩きながらシアメイが体育館の扉を開け放った。




 体育館の中は明かりがついておらず、真っ暗闇だった。


 暗幕まで全て締め切っている。


「なんだ、本当にここにいるのか?」


 気を感じられないジェイクが不用意に奥へ進んでいく。


「いるよ、ここを真っ直ぐ進んだところにね」


 仕方なく、シアメイが前に出て二人を先導する。


 数メートル進んだところで、突如として館内の照明が次々に起動した。それと同時に聞き覚えのある男の大声が響き渡る。


「はぁーはっはっはっ! よくぞここが分かったな!」

「な、なんだぁ?」


 声の主は、入口からちょうど反対側にあたる場所で腕組みをして仁王立ちしていた。


「マサムネ……さん? なんだいそのサングラス。変装のつもり?」


 なぜだか知らないが、マサムネはサングラスをかけて不敵に笑っていた。


「俺はマサムネではない!」

「はあ? いやどう見てもマサム――」

「マサムネではないと言っているだろうがっ!」

「じゃあ、誰なのさ!」

「誘拐犯だ!」


 バカかこいつは――とシアメイは呆れを通り越して怒りを覚えたが、それに気付いたアルフレートが即座になだめに入る。


「ま、まあまあ、シアメイ。たぶん、そういう設定でティアの救出劇をして欲しいってことじゃないかな?」

「面白れぇじゃねえか。ここは芝居に乗っかってやろうぜ」


 ジェイクは楽しそうに一歩前へ出る。


「おうこの誘拐犯! ティアは無事なんだろうな!」

「ふん。あそこを見るがいい!」


 するとマサムネは館内の左端を指さす。そこにはティアが椅子にロープで縛り付けられていた。


「あ、そんなところにいたんだ」


 マサムネの放つ殺気が大きすぎて、シアメイも今まで気が付かなかった。


「み、みんな、助けてっ!」

「……うわぁ、迫真」


 女優の才能があるのではないかと思うほど、ティアの演技は真に迫っていた。


 涙まで浮かべている。


 しかし冷めきったシアメイにはそれが逆に滑稽に映る結果となった。


「ぐはぁっ――」


 途端にアルフレートとジェイクが胸を押さえて膝をつく。


「えっ? ど、どうしたの、二人とも。もしかして何か攻撃された?」

「い、いや……大丈夫だ、シアメイ」

「攻撃って言っても、せ、精神的な方だから……」

「精神的? 何を言ってるの?」

「いや、だからさ――」


 二人は乱れた息を整えながら、よろよろと立ち上がる。


「「ティアが可愛すぎて、胸が苦しい」」


 殴り飛ばした。


「バカか、君たちは! そこで寝てろ!」


 シアメイは呻き声をあげる二人は無視してマサムネに向き直る。


「おい、俺を差し置いて何をしている」

「気にしないでください。ボクは軟派な男どもの力なんて借りなくても強いですから」

「ほう。たった一人で俺からルクレーシャ・クラインを取り戻そうと言うのか」


 マサムネは足元に置いてあった木刀を拾い上げると、構える。


「片手? バカにしているんですか?」


 マサムネの持つ木刀は、真剣でいうところの太刀に当たる長さで、両手で持つのが主流のはずだ。しかし彼はそれを左手一本で構えていた。


「なに、これくらいがちょうどいいハンデだ。利き腕を使ってしまったら勝負にならんからな」

「くっ……しかも利き腕ですらないとか」


 シアメイはカバンと上着を床に投げ捨てると、マサムネに向かって一直線に駆け出す。


「後悔しても遅いぞ!」


 全身に高濃度の気を纏って突進、マサムネの木刀の間合いギリギリで方向を変えて後ろにまわり込む。その際にマサムネの目の前に纏っていた気だけを置いてくることで、残像を作り上げた。


 彼女の狙い通り、マサムネは残像を木刀で切り裂く。


「今だっ!」


 真後ろから殴りかかる。


「甘いな」

「――ぐっ!」


 突如、左側から強大な気が迫って来たのを感じて、左腕で頭を守る。

 トラックにでもはねられたのかと思うほどの衝撃を受けて床を転がった。


「がはっ……」

「その程度の技で俺を欺けるとでも思ったのか?」


 よろめきながら立ち上がる。


「バレバレってわけですか……初見で見切られると自信なくなりますね」


 マサムネはシアメイが後ろにまわったのも見えていたのだろう。それを悟られないためにわざと残像を斬り、その勢いのまま身体を回転させて後ろに攻撃してきたのだ。


「回転斬りなんて現実で初めて見ました」

「面白い技だったが、精度が甘いな。気の量にメリハリがないから気付かれるんだ」


 的確なお説教だ。


 どうやらマサムネは本気で稽古を付けてくれる気らしい。


 シアメイは木刀で殴られた脇腹を押さえる。


 あれだけの威力で木刀が折れていないところを見ると、マサムネは木刀に自身の気を流して強度を高めているのだろう。


「ふむ。しかし、その技はお前には向いていないな」

「どうしてですか?」

「相手の不意を突くと言うことは、気付かれないように気を消さなくてはならない。しかしそうすると、防御力が弱まり大怪我を負うリスクが高まるからな。接近戦主体のお前が使うべき技ではない」

「……なるほど」


 正直に言うと、のたうち回りたいほどの痛みであった。骨にひびくらい入っているかもしれない。


「あの、シアメイさん、大丈夫?」


 吹き飛ばされたことで、シアメイのすぐ近くの距離にいたティアが心配して声をかけてくれた。


「あはは、痛いけど大丈夫だよ、クラインさん。今すごい楽しいんだ」

「そ、そうなの? 無理だけはしないでね」

「ありがと」


 シアメイは再びマサムネと対峙し、ゆっくりと構える。今度は正面から勝負するつもりだ。


「ボクの魔法を見せてやる」


 右手のひらに魔力を集中、土色の魔法陣を展開してマサムネへ向ける。


 魔法とは炎、水、土、木からなる大自然のエネルギーを召喚して操る力だ。


 シアメイはその中でも得意とする土属性魔法を選択した。


 土属性と言っても、ただの土しか扱えない訳ではない。しっかりとしたイメージを頭の中で描くことが出来れば、岩や粘土などを召喚することも出来る。


「行けっ!」


 魔法陣から巨大な粘土の弾丸を召喚して飛ばす。


 この魔法は先日の試合でアルフレートが多用してきた魔法だ。


 大きさはシアメイの魔法の方が数倍はあるが。


 マサムネは自身の背丈と同じ大きさの巨大な粘土に臆することなく、木刀で受け止めた。


「岩に変われ!」


 木刀が粘土にめり込んだ瞬間を見計らって、粘土を岩に変化させることで、めり込んだ木刀を抜けなくする。


「何っ?」


 マサムネは突如として性質が変化した魔法に驚きの声をあげた。


 魔法のいいところは、かなり自由に応用が利くところだ。


 形や性質などを一瞬にして変化させることで、相手の想像の上をいくことが出来る。


 シアメイはそれをアルフレートと戦った時に思い知った。


 格下だと思っていた彼に巧みに翻弄されて魔法を無駄撃ちし、気が付いた時には体力が底をついていたのだ。


「まだだ、マジックスキル発動! レベルアップ!」


 ここからは彼女のアレンジだ。


 魔法は各属性のランクがC+に達すると発動することが出来る『マジックスキル』と呼ばれる特殊な能力がある。


 シアメイは土属性魔法に秘められたマジックスキル『強化』を発動。その力で岩の強度と重さを一瞬にして倍にすると、あまりの重さに大岩は体育館の床を破壊するほど沈み込んだ。


 その隙にシアメイは脚部に気を集中して走り出し、跳躍。


 大岩を飛び越えてマサムネの頭上へ。


「くらえっ!」


 右足に全ての気を集結させた飛び蹴りを繰り出す。


「ちぃ!」


 マサムネは大岩にめり込んでびくともしない木刀から手を放すと、両手で刀を握るような構えをとり、『見えない刀』でシアメイの蹴りを受け止めた。


「なっ――」


 シアメイは『見えない刀』に押し返されて弾き飛ばされたので、空中で何とか体制を立て直し着地する。


 更にマサムネと距離を取ると同時に、魔法を消して体力の消費を抑えた。


 魔法をずっと出し続けるのはかなり疲れるのだ。


「……昨日から思っていたんですけど、マサムネさんって人間ですか?」

「どういう意味だ?」


 マサムネは床に落ちた木刀を拾い上げながら返事をする。


「今のって自分の気だけで刀を作ったんですよね? 正直、信じられないです」

「お前だって気で残像を作っていただろう。それと同じだ」


 全く違う。


 シアメイの技は相手の目を欺くだけだが、マサムネの技にはシアメイの蹴りを受け止めるほどの強度があった。


 木刀に自分の気を流して強度を高めることは出来ても、何もない空間に気だけでそれほどの強度を持った物体を作り出すなど、気の達人でも難しいだろう。


「そんなことよりも、お前もなかなかやるじゃないか。まさか俺に右手を使わせるとはな」

「え? ああ、そういえば」


 マサムネの技が凄すぎて、全く気が付かなかった。


「なら次は、三人同時に来い。少しだけ本気で相手をしてやろう」


 そう言ってマサムネは、木刀をしっかりと両手で構えた。


「三人?」


 シアメイはもしやと思い辺りを見回すと、アルフレートとジェイクが二人で床に座ってこちらを見ていた。


 しかもスナック菓子を食べている。


 シアメイとマサムネの勝負を観戦に来たお客さんのようなくつろぎ方だ。


「おっ? やっと出番か。待ちくたびれたぜ」


 ジェイクは食べ終わったお菓子の袋をカバンにしまうと、立ち上がって軽いストレッチを始める。


 アルフレートもそれに続いた。


「二人とも、起きてたなら言ってよ」

「あん? 俺たちの力を借りなくても強いんじゃなかったのかよ?」

「ぐっ――う、うるさいな。とにかく、ほら」


 シアメイはジェイクに近付くと、左腕を上げて右手で左側の服の裾をめくりあげる。


「なんだよ。サービスか?」

「バカ、そんなわけないだろ、なんで君なんかに。怪我してるんだよ」

「ああ、そういうことか」


 ジェイクは右手から魔法陣を出して小さな水の塊を召喚する。


 それがゆっくりとシアメイの脇腹に近付き、触れた。


「ひゃっ!」

「おっ、ずいぶん可愛い声出すじゃねえか」

「うるさいっ! なんでこんな冷たい水出すんだよ。びっくりするに決まってるだろ!」

「注文の多い奴だな」


 そう言いつつも、ジェイクは水の温度を変化させてぬるま湯くらいにしてくれた。


「ヒール」


 彼がそう唱えると、水魔法のマジックスキル『治癒』が発動し、シアメイの脇腹から痛みが引いていく。


 痛みが完全に消えたところで、水魔法が消滅した。


「ま、こんなとこだろ」

「ありがと」


 シアメイは一応のお礼を言う。


 途中自分の身体をいやらしい目で見ていたことは見逃してあげることにした。


 彼は一年生で三人しかいない水属性ランクC+なのだ。


 回復役としてはとても頼りになる。


「さてと、じゃあそろそろ二回戦といこうか」

「あ、シアメイ……ちょっと待って」

「なんだい、アル君」


 シアメイが尋ねると、アルフレートは自分から声をかけたというのに、顔を赤らめて目を反らす。


彼の少女の様な容姿も相まってとても可愛らしいのだが、シアメイからしてみると意味が分からなかった。


「あの……さっきみたいな、飛び蹴りはもう止めた方がいいよ」

「なんでさ?」

「だってその……スカートだから」

「へ?」


 シアメイは視線を自分の下半身へ移す。


彼の言う通り今の彼女は制服のスカートを履いていた。


「み、見た?」

「…………うん」

「丸見えだったよな」


 アルフレートは申し訳なさそうに、ジェイクはあっけらかんと答えた。


「ああ、その件は俺も後で言おうと思っていた。今後はもっと稽古に適した服を着てくることを勧める」


 当たり前だが、マサムネにもしっかり見られてしまったようだ。


 シアメイは身体を動かす時はいつも以上に兄を強く意識する傾向にあり、自分がスカートを履いていることなど完全に忘れてしまっていた。


「とりあえず、ジェイク君は後で殴る」

「なんで俺だけ!」


 ジェイクの講義の声は軽く聞き流し、アルフレートに視線を送る。


「まあでも、その件は関係なくマサムネさんにはそろそろ一撃入れときたい。アル君、協力してくれるかい?」


 一対一では無理でも、アルフレートと協力すれば一撃くらいは入れられるかもしれない。


「うん。三人で挑めばチャンスはあるよ」

「三人……ねえ」


 シアメイはジェイクとの試合を思い出し、小さく笑う。


「アル君はともかく、足だけは引っ張らないでよ」

「おい、バカにしてんのか?」

「だって、ジェイク君の実力は知ってるし。二回戦でボクにボコボコにされたの忘れた?」


 彼の水魔法はかなりのものだが、そもそも水魔法というのは戦闘向きではないのだ。


攻撃力も防御力も他の属性より劣っている。


「ちっ。悔しいが、お前とは相性が悪かっただけだ。足引っ張ることはないって、今ここで証明してやるよ」


 ジェイクは右手を突き出すと、手のひらを地面に向ける。


 地面には水色の魔法陣が現れ、その中心から氷で出来た美しい剣が召喚された。


「行くぜ、誘拐犯。ティアは返してもらうぞ」


 ジェイクはシアメイがすっかり忘れていた設定を忠実に守りながら剣を掴み取り、マサムネへ向かって走り出す。


「ふっ。面白い! お前の実力を確かめてやろう!」


 マサムネも設定を思い出したのか、ノリノリで迎え撃った。


 全速力で近付き、ジェイクが氷剣を一閃するも、マサムネは流れるような動きで回避する。


完璧に見切っていないと出来ない動きだ。


「くそっ!」


 ジェイクは剣を切り返して攻撃するも、今度は木刀で綺麗に力を受け流されてしまった。


「まだだ!」


 マサムネは、ジェイクが打ち込んでくる剣撃全てを木刀で受け流していく。


信じがたい技量だ。


「どうした? その程度か」

「へっ! 調子に乗るなよ、これならどうだっ!」


 ジェイクが叫んだその瞬間、彼の氷の剣が水に戻り、蛇のようにマサムネの木刀に絡みつく。


「やっと捕まえたぜ」

「捕まったのはお前の方だぞ」

「え――うおあっ!」


 マサムネが木刀を力いっぱい振り抜くことで、ジェイクは前に引っ張られてしまう。


そのままカウンターの蹴りをお見舞いされて、地面に転がった。


「惜しかったな」

「……まだ、これからだ」


 ジェイクが地面に両手を付く。


 するとマサムネの足元に水色の魔法陣が展開された。


「何?」

「遅い!」


 魔法陣から水が噴き出したかと思うと、一瞬にして氷へと凝固する。


「今だ、行けよシアメイ! ぶん殴るんだろ?」


 シアメイの目の前には、氷によって顔以外のほとんどの動きを封じられたマサムネがいた。


その姿を見て、彼女は急いで走り出す。


「見直したよ、ジェイク君!」


 全身の気を右手に集束する。思いっきり振りかぶり、マサムネの頬めがけて拳を振るった。


 勝ちを確信したその瞬間。


 氷が砕け、シアメイの目の前からマサムネの姿が消える。


「――え?」


 ずしんと、腹部に衝撃が走る。


 視線を落とすと、マサムネの木刀が腹部に直撃していた。


 ゆっくりと視界が薄れ、全身の力が抜けていく。


 倒れる瞬間、ティアの声が聴こえた気がした。

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