あるがままに欲望のままに
まだ、日の昇りきらない頃。
俺は組合の掲示板とにらめっこしていた。
「……」
壁に適当に取り付けられた木の板。そこから無数に生える釘で、依頼書が雑然と留められている。にしても、受付の人間はもっと見やすくしようと思わないんだろうか。
その事に少しイラっとしつつも俺は探し続ける。
依頼を選ぶ時の基準は主に二つ。一つは報酬、二つは危険性だ。前者は高いに越した事はないし、特に後者は怪我を負ったり死んでしまえば本末転倒。しかし、報酬が良いとそれだけ危険性も高くなっていく。だから、一番良いものは両者のバランスの取れた依頼。
けれど、人間という生き物はつくづく欲深い。目の前に金を吊るされたら、迷おうが迷わまいが取りに行ってしまうものだ。そして、例に漏れず俺もその内の一人。金の魔力には逆らえない。
「おっ! これなんか良さそうだな」
俺は依頼書に手を伸ばして下方向に引きちぎった。釘で留められていた部分はビリっと破れてしまった。が、契約には無関係だからちっとも気にならない。
「……エイオールガエルの卵を取ってこい、か」
俺は依頼書を改めて見る。依頼主はどっかの貴族。その為そこそこ高額な報酬。しかも、依頼内容は卵の納品のみ。比較的簡単にこなせそうだ。
だが、エイオールガエルってのはあんまり聞き覚えのないカエルだった。そいつがどんな奴か知りたかったが、依頼書にはそのカエルの情報は記されていない。が、代わりにそのカエルの卵の情報はわりかし丁寧に書いてある。どっかの誰かさん作のデッサン調の絵も貼付されている。
不明点の多い事に少し躊躇ったが、
「……まぁ、いいか」
どんだけ危険でも所詮はカエル。面倒くさい事にはならないだろう。と、問答に一応の決着が着いた所で、俺は依頼を受けるため受付に向かった。
///
三時間後。
「……で、エイオールガエルってのはどこに生息してるんだ?」
サヴァンは依頼書から顔を上げた。白髪の部分は太陽光の反射で増したように見える。
「流麗の洞窟だとよ」
「そんな場所、ここいらにあったか?」
そう言って、サヴァンは鎧の内側に折り畳んだ依頼書をしまい、周りを見渡した。その拍子に、背中から大きな得物がひょっこり顔を出した。それは無骨な作りをしたサヴァン愛用のハンマーだ。取手部分には、滑り止めの為の赤黒い布が巻かれてある。
「受付のお姉さんが言うにはな……」
俺たちは今、流麗山という所にいる。見える風景は全て草木に覆われ、その間からときたま鳥や小動物が姿を現す。こういうと何だか良さそうに聞こえるが、実際は険しい山道だ。先人達のおかげで道っぽいものはあっても、急勾配には違いない。
俺は話を続ける。
「流麗の滝って知ってるか? あそこの裏に結構大きい空間があるらしい」
「滝の裏に、か……」
サヴァンはそう言うと、額に浮き出た汗を拭った。ただでさえキツイ山道を、武器やら防具やらを身につけて登っているんだ。こうなって当たり前。しかも、今回はそれに加えて採集用の樽も抱えている。肉身体疲労は普段の比じゃない。
「それにしても……遠いな」
「……同感だ」
俺だってこんなに面倒だと知っていたら受けなかっただろう。と、たまさかは考えたが、やっぱり受けていたかもしれない。卵を取ってくるだけでそこそこ金を貰えるんだからな。
そんなこんなで歩き続ける事、数十分。疲労のせいで口数の減ってきた所へ、
「見えてきたぞ」
そう言って、俺は正面を指差した。
緑をかき分けて断崖から凄まじい勢いで水が流れ落ちている。その周辺は苔に覆われていて、自然の荘厳さみたいなものを感じた。
俺たちは滝の近くまで行くと、樽を椅子に見立てて腰を下ろした。
「中々、立派なもんだな」
サヴァンは滝を見上げながら目を細めた。俺も滝の方を向く。
何だかこの滝を見ていると、ふと昔の世界で見た滝を思い出した。真っ赤に染まった木葉が透き通った水に流れていて、とても綺麗だったと思う。
「これで紅葉があれば最高なんだけどな」
「モミジ?……何だよ、それ」
サヴァンを首を捻っている。
「……何でもねぇよ」
サヴァンの反応は尤もだ。こっちの世界では紅葉というのを見た事も聞いた事もない。まぁ、世界中を探しまくればどっかにはあるんだろうが、この辺りで生活していれば知らなくて当然だろう。
「にしても……」と、サヴァンは首をかしげた。「どうやって入るんだ?」
滝の周囲にはここから裏へと続くような道は見当たらない。だが、見てる限り滝壺はそこまで深くなさそうだ。あってせいぜい腰辺りまでだろう。
「そのまま入っちまえばいいじゃないか」
俺は樽を肩に担ぎ上げた。
「お前、本気か?」
「冗談に聞こえたか?」
ひょっとこみたいな顔をしたサヴァンはほっといて、俺は滝壺に飛び込む。予想通り、水深は浅い。だが、流れは激しく少しずつしか進めなさそうだ。
「何とか、行けそうだぜ」
水底のツルツルした岩を避けて進む。
「……ったく、どうかしてるぜ。お前はよ!」
ど、やっと決心したのか、サヴァンはバシャンと音をたてて水の中に入ってきた。
「ホント、お前はいつもいつも自分勝手に進みやがって! いい加減頭にくるぜ!」
文句を言いつつも着いてくるサヴァン。
「自分勝手なのはお互い様だろ! そんな事言ってると滝に入った瞬間、舌噛むぞ」
「そりゃあ良い、こんな所とおさらば出来るなら本望だ! 早く楽にしてもらいたいもんだね!」
「そんな思ってもない事、言うもんじゃないぜ」
「ほっとけ!……俺はこうやって生きてきたんだ……」
サヴァンはそう吐き捨てるように言う。詳しくは知らないが、こいつにも色々あったんだろう。
ちょっとギスギスした空気の中、やっとこさ流れの中心までたどり着く。水量は結構なもので、早くしないと足をとられて流されそうだ。
「サヴァン! 先に行くぞ!」
そして、俺は肺一杯に空気を溜め込み滝の流れのなかに身体を入れた。鼓膜に響く水音。
――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――
「くっ……」
冷たい水流に押し戻されそうになりながら、一歩……また一歩……と歩み続ける。すると、程なくしてパッと視界が開けた。
洞窟内は意外に明るかった。それは、岩盤に埋もれた鉱石が青白く光っているからだろう。何個かの鉱石は氷柱型になって天井を彩っている。
「……寒っ」
その景色に見とれてるのも束の間、体温の変化に身震いを起こす。
俺は装備を一つ一つ外し、順番に服を絞っていく。と、滝の割れた所からサヴァンが出てきた。
「遅かったな……」俺は振り向いて声をかける。「……って、何だそれ?」
見ると、サヴァンの茶色い頭髪が緑色のぶよぶよとした物に変わっている。その様相は、まるで映画に出てくる宇宙人を連想させた。
「んん?」と、サヴァンも違和感はあったのか、自らの頭に手を伸ばす。直後、雄叫びを上げた。
「うおおおぉ!? スライムじゃねぇか!」
サヴァンはそれを掴むと、洞窟の壁面に投げ飛ばした。投げられたスライムは古代文字みたいになって張りついた。
「ハァハァ……」
そんなに激しい動きをしてないのに不思議と息を乱れさせているサヴァン。
「……あれ、すでに死んでたぜ」
スライムは死亡すると緑色に変色する。原理は分からないが。
「スライムはスライムだ! 関係ないね」
サヴァンは心底機嫌悪そうに答えた。こいつはスライムに恨みでもあるのか。
そこではたと思い出す。そういえば、サヴァンはスライムと戦う時だけへっぴり腰になっていた。その時は気にならなかったが、これはひょつとすると……
俺は壁に張りついたスライムに近付きそれを剥がすと、サヴァンの足元目掛けて投げ捨てた。
「ぅおおわおお!!」重低音の奇声を発して、手足をくねくねさせ躍るサヴァン。「何すんだ!」
「お前……もしかしてスライム恐いのか?」
サヴァンはそっぽを向く。
「そ、そんな訳ねぇだろ! い、いきなりだったから、ちょっと驚いただけだ!」
「ちょっとぉ? 大の大人があんな声出してんのにか?」
「ちょっとした事でも俺は出るんだよ!」
頬を赤らめてキレるサヴァン。
「ふぅん……まっ、俺はどっちでも良いんだけどな」
こいつの意外な弱点を見つけただけで満足だ。これからは、それとなくいじっていく事にしよう。
「……お前、何笑ってやがる?」
どうやら無意識に顔に出ていたようだ。俺は企みを悟られぬよう、話をそれとなく反らす事にした。
「笑ってる? 気のせいだろ。それよりお前は良いのか?」
「良いって……何が?」
俺はサヴァンを指差し、
「その鎧の中を乾かさなくても良いのか?」
「おっといけねぇ、忘れてた」
それからサヴァンの準備が整う間、俺は頭の中で悪戯のシミュレーションを重ねていた。
///
「ヴァックション!……あー、しっかし馬鹿広い洞窟だな」
盛大なくしゃみをかまして鼻を啜るサヴァン。
歩いてみて分かったのだが、洞窟の奥は蟻の巣状に広がっていた。天上やら壁面やらに大小様々な穴が空いている。人ひとり通れそうなものから、針先程度のものまで。
最初は綺麗だと思った鉱石のシャンデリアも、こうずっとだと見飽きる。そうしてあくびをした時、
「ん?……んん?」サヴァンは、目を見開いたり細めたりしている。「あれじゃないのか?」
サヴァンは人差し指を正面に向けた。
「どれ?」
その延長線上を目で追うと、十メートル位先にわたあめっぽい形をした物を見つけた。
俺たちは急ぎ足で近づく。
「あれ? どこやった、依頼書」
身体中を探しても何処にもない。
「俺が持ってる」
サヴァンは懐に手を入れ、依頼書を取り出した。俺はそれを横から覗く。
「……そう、みたいだな」
記されている特徴とも一致しているし間違いないだろう。
俺はエイオールガエルの卵を手に取った。それは、ジェル状の白濁とした体液に包まれていて、手にねっとりとこびりつく。
「うえー……」
しかも嗅ぐと、息の詰まるような生臭さ。これはまるで……
「なぁ、サヴァン。これ何か、せい」
「言うな……運ぶ気が失せる」
しかめっ面をしてサヴァンは言葉を遮った。こいつもおんなじものを頭に思い浮かべていたようだ。
俺は手についた卵をささっと地面で拭う。
「……そうだな。こんな物はちゃっちゃと運んで、さっさと酒場に直行するに限る」
採取用の樽に手桶ですくい入れる。
「こんな物でも一応は納品するものだ。丁重に扱えよ」
「あぁ、分かってるよ……こんな物のどこがいいんだか」
本当に金持ちの考える事は分からない。
「少し試てみれば価値が分かるんじゃないか?」
「何で俺が試さなきゃならない」
「ちょうど肌にニキビが出来てて、おあつらえむきだぞ」
「いやん! それならそうと早く教えなさいよ、もう!」
オネェっぽく身振り手振りを大げさにしてみる。
「気色悪いんだよ。ただでさえ気持ち悪いのに、吐いちまうだろうが」
「お前がふったんじゃないか!」
そんなこんなで、男二人でじゃれつきながら採取した甲斐もあって、樽の中にはいっぱいに卵が詰まっている。
「じゃ、帰りますか」
「可愛い子ちゃんが俺の帰りを待ってるからな」
ど、おどけるサヴァン。目的を達成して気が緩んだんだろう。
「薄汚いババアの間違いだろ」
「ハハッ、違いねぇ」
俺たちは冗談を言い合い、もと来た道を引き返そうとした。瞬間、目の前に何か巨大なものが落ちてきた。
「「うおおっ!?」」
二人して後ろへ吹っ飛ばされる。俺は尻餅をつき、相棒は上手く足を使って着地した。
「……痛ってえなぁ!」
眼前に文句を言う。そこには通路を塞ぐように大きな岩石があった。いや、岩石に見えたそれには眼がある。ゴツゴツとした表皮に、発達した後ろ足。
「なぁ、あれなんだ?」
俺は相棒に訊ねる。
「……カエルだろうな、多分」
そう言われると口の辺りに袋もあるし、それっぽく見えてくる。
「じゃあよ、なんであのカエルはこっちを睨み付けてくるんだ?」
「それは……俺らが卵を盗もうとしてるから、だろうなぁ。多分」
「あぁー、道理で目付き悪いと思っ……」
「ぐぁぁぁあぁああぁ!!!」
カエルの咆哮が洞窟内に轟く。折り曲げられた後ろ足に力を蓄える為に背を弓なりに曲げた。
「逃げろ!」
相棒の言葉を合図に、俺は洞窟の側面に回避する。すると、その横を一瞬でカエルが通り過ぎ、俺の担ぎ損なった樽が木っ端微塵に吹き飛んだ。四方八方に飛び散った白色の内容物。
「あんなん当たったら洒落んなんねぇぞ!」
あの勢いでぶつかられたら骨折どころか、そのまま天国まで吹っ飛んでいきそうだ。
「キッド! 二手に別れるぞ!」
反対側の壁に取りついた相棒はそう言って、近くの横穴に走っていく。
「了解! ぬけがけするんじゃないぞ!」
「わぁってるよ!」
サヴァンはちゃっかり樽を脇に抱えている。そうして、横穴の闇の中に消えた。
カエルが向きを変える。ちょうど顔がこちらを向いた。
「あいつじゃなくて俺かよ……」
カエルにはそんな愚痴を聞く耳がないらしく、次の攻撃の為に構えている。
「……ったく、ついてねぇなぁ!」
それを察した俺も二メートル程先の横穴に全力疾走する。けれど、奴は悠長に待ってくれない。
「ぐああぁるああ!!!」
後ろ足をしならせ、地上スレスレを跳んでくる巨身体。身体の割りに素早い。カエルと俺との距離が急速に縮まる。
「ちっ、間に合わねえっ……」
横穴まで後一歩。しかし、仮に入れたとしても、カエルに体当たりされた衝撃で崩落して生き埋めになるかもしれない。
「……畜生!」
俺は覚悟を決め、身身体を反転させた。こうなったら一か八かだ。俺は腰のベルトから、丸い形状の物を取り外す。
「くらえぇぇ!」
それを力一杯カエルに投げつけた。瞬間、それは真っ赤に燃え上がり盛大に爆発した。
「ぐあああぁぁる!」
叫ぶカエル。
「くっ!」
俺は地面にあった窪みに飛び込んだ。その直後、頭の上を熱風が駆け抜けていく。身体を通して、ぐらぐらと洞窟が震動しているのが分かった。
「……っ耐えてくれ!」
暫くして、揺れは徐々に収まってきた。
祈った甲斐あって、洞窟自体はかろうじて持ちこたえてくれたようだ。横穴はどうなったか分からないが。
付近の様子を確かめようと、俺は身体を起こす為に力を入れる。だが、思っていたよりダメージを食らったみたいだ。足どころか指先を動かす事すら出来ない。
視界の隅にあのカエルが映る。奴はゆっくりと近づいてきている。顔の辺りを負傷してはいるが、まだ元気はあるらしい。
「進退ここに窮った、か」と、俺は独りごちた。
思い返せば、俺にはそもそも運がないらしい。あっちの世界では、プー太郎の甲斐性なしに生まれてしまい、その結果よく分からない死に方をした。
そして、こっちの世界でもこうしてこじんまり死んでいく。何を残す事もなく。
「全く……神様ってのは本当、人をいたぶるのが好きだな……」
相棒は今頃、洞窟の入り口辺りまで逃げていると思う。たとえ、そこから救援に来ても、帰ってきた時には俺はぺちゃんこになっているだろう。
カエルは俺の側まで来ると、その筋肉質な前足を俺に向かって振り落とした。
「じゃあな……」
目蓋を閉じて、誰にともなく別れを告げた。が、慌ただしくこちらに向かって来る『何か』。その『何か』は聞き馴染みのある足音を立てて、
「キッド! この分は後で請求するからな!!」
相棒の声が近くから聴こえる。薄目を開けると、ちょうどサヴァンは手に持ったハンマーを大きく振りかぶっていた。
「……現金な奴だ」
でも――――最高だぜ相棒。
「おらぁ!」と、渾身の力を込めるサヴァン。
そうして、太くて無骨な鉄の塊は隆起したカエルの眉間に叩きつけられた。直撃を受けたカエルの巨体はぐらりと揺れて地面に吸い込まれていく。
「行くぞ!」
サヴァンは俺の片方の足首を持って引きずり出し、そのままの形で走っていく。。
「イテッ! イテッ! もうちょっと! 優しくっ!」
助けてくれるのは嬉しいが頭や耳に岩が当たって地味に痛い。
「ハァハァ……てめぇ、置いてくぞ……」
そう言ったサヴァンは、鬼の形相でこちらを睨んでいる。この迫力ならドラゴンですら畏縮してしまうかも知れない。
「……すいません。我慢します」
そんなのに抗えるはずもなく、俺は黙って引きずられ続けた。洞窟を出るまで。
///
「なぁ、俺の取り分少なくないか?」
俺たちはいつもの酒場に集まり、貰ったばかりの報酬を分ける。アイツの方には紙幣が三枚と小銭数枚。俺の方には小銭だけ。合計で五百ウル。(円換算で一ウルは約二、八円)
「命の代価だと思えば安いもんだろ」
サヴァンは葉巻にマッチで火をつけた。ふぅっと、紫煙がたちのぼる。
「それはそれで、納得いかないな」
まるで俺の命が安いって言われてるようだ。
「とにかく!」
サヴァンは机を大袈裟に叩く。周りの客はチラッと見てきたが、何もないと分かると直ぐにまた話しだした。
「お前は俺に救われた。これは紛れもない事実だ!合ってるな」
「……まぁ、そうだな」
俺の方もそこには異論はない。ただ、もうちょい欲しいだけだ。
「でだ、俺はお前の医療費も出してやった! 額で言うと五千ウル。これで、今回の報酬の半分がおじゃんになった!」
俺は「うんうん」と、適当に相づちを打つ。
「しかも、お前の持っていった樽は粉々になって、そこから更に半額だ! その上でまだ、残った報酬を折半してほしいって言うのか? 言わないよな。普通は言えないぞ。人によっては感謝する位だ。それともなんだ、俺とお前の仲……」
「アァー! 分かったよ。今回はこれで良い!」
これ以上粘っても無駄だと判断し、もう認める事にする。ただ、根負けした訳じゃない。こいつの話は長いから途中で切ってやっただけだ。
「……本当だな?」
「あぁ」
「男に二言は?」
その問いにきっぱりと答える。
「ない!」
野郎同士で顔を突き合わせる。サヴァンのくわえた葉巻の先端が口につきそうだ。
「……良し。じゃあ、この話は終いだ」
そう言って、サヴァンは葉巻を灰皿に押しつけた。
「でだ、今回の依頼やたら高額だったが……何でか知ってるか?」
俺は首を横に振る。
それを見てサヴァンは「やっぱりか」と、ため息をついた。
「何だよ、やっぱりって?」
「俺もついさっきまで知らなかったんだがな……あのエイオールガエルとかいう奴、実は今繁殖期らしい」
「マジか!」
繁殖期には大体の生物は凶暴化する。子熊を連れた親熊だろうと、人間だろうと自分の遺伝子を残す為ならなりふりかまっていられないんだろう。
「あぁ。しかも最近、原因は分かっていないが、生物が巨大化しているって噂も聞く……もしかしたら、それとも何か関係あるかもしれないな」
サヴァンは天井を見上げる。
「世も末だな……」
俺たちの間には沈鬱な雰囲気が流れた。うるさかった喋り声は、どんどんと遠ざかっていく。テーブルの上に目を向けると、ランタンは灯りを揺らめかせていた。まるでその灯火は、俺たちの将来を写しているように感じる。
――シュッ――
「……ん?」
突如、耳を掠める風切り音。そして、俺たちのいるテーブルに刺さった銀のフォーク。方向から察するに、それはカウンターの向こう側から飛んできた。
「コラァァァァァ! アンタ、どんだけツケで飲むつもりだい!! 今日という今日は払ってもらうからね!!!」
真っ赤な顔したババアの怒声。その手には用途不明の極太金属棒。
「ひぃぃぃぃっ! 勘弁してくれぇ!」
そんなババアとは正反対に、青い顔をした中年の男。脱兎の如く店を飛び出したそいつを追って、ババアは店を出ていく。
最早、どちらが被害者だか分からない。
それを見ながら、サヴァンは頬を掻く。
「……まぁ」
「『過ぎた事をとやかく言っても仕方がないし、そんな時間は俺らには無い』だろ?」
俺はにやけ顔でサヴァンを見た。
「ふっ、俺のセリフ盗るなよ」
それにサヴァンは口の端を吊り上げて微笑み、手元のジョッキを持ち上げた。俺も同じようにジョッキを持ち上げる。
「じゃあ、乾杯」と、俺。
「乾杯」と、サヴァン。
ジョッキの温かみのある音を響かせて、俺たちは一気に麦酒を飲み干した。
///
酒場を出ると、もうすっかり日は傾いていた。石と木材で出来た街がオレンジ色に染まっている。俺の顔もそんな風に染まっているのだろうか。
胸元から麻の巾着袋を引っ張り出す。開けると中には小銭。さっきのと元から入っていたもので、千ウルいくかいかないか。
「……こんなんでどうやって生活しろっていうんだよ」
それをじいーっと見ている内に、段々と怒りが湧いてきた。思わず、巾着袋もろとも拳を握りしめる。
「……くっ……こんの……クソがあぁぁぁ!」
あんまりにも堪らなくなって俺は走り出した。そうすれば、頭も冷えて収まるだろうと。
露店の建ち並ぶ通りをグングン進む。色んな奴に迷惑そうに見られるが、気にしない。途中、ぶつかりそうになった老婆に暴言を吐かれた。
「こんなところで走り回るんじゃないよ!」
それでも俺は走る事を止めなかった。
そうこうしている内に、俺は街の外に出た。側を流れる小川の水面に自分の姿が写っている。
「ハァハァ……ハァハァ……ハァ、ハァ」
ここまで来ても、まだ気持ちは釈然としない。手に握った巾着袋を眺める。こんな物があるから、判然としない怒りに振り回される羽目になるんだ。
だったら、
「こんなもん!――」
と、俺は思いっきり腕をしならせ、
「――いるかあぁぁぁ!」
天高く巾着袋を投げ捨てた。放物線を描いて飛んでいくそれは、やがてポチャンと水しぶきを上げて川に落ちる。
「ふぅ、スッキリした。さっ、帰るか」
そうして、気持ちの晴れ渡った俺は踵を返した。
しかし、明日からはどうやってしのごうか。
相棒は……駄目だ、貸してくれない。というか、アイツも金無しだ。他には……。
「……………………ハァ」
考えたって当てなんてない。こんな世の中じゃみんな自分の事で手一杯だ。
俺は頭を掻くと、再び踵を返す。
「……情けねぇな、全く」
どうして、どこの世界も地獄のように苦痛ばかり伴うのだろうか。やっぱり神様や創造主がサディスティックだからか? それとも、俺が堕落しているからか?
全然分からない。けれど、そんな俺でも一つだけ分かってる事がある。それは、
「……まぁ、成るようになるか」
この夜をしのげば、いずれ日は昇る。必ず。
第一話、完
ありがとうございました