いつかどこか誰かのクリスマス。
いつかどこか誰かのクリスマスのお話。
こちらに掲載しております3つ小説の登場人物が、それぞれにクリスマスの過ごし方を語ります。
❇︎いつかのなごみ荘より❇︎
意外だと言われるかもしれないが、俺はクリスマスが好きだったりする。
たぶん、一年の中で、もっとも好きな行事だと言っても過言ではないくらい。
いつだったか、
「クリスマスが楽しみだなんて、ガキじゃあるまいし」
と正太郎に鼻で笑われたことがあったが、そういうあいつが、実は、毎年クリスマスイブに行うパーティーを密かに楽しみにしていることを、俺は知っている。
意地っ張りな正太郎はいつも、
「野郎3人と婆さんでクリスマスパーティーなんかして、何が楽しいんだよ」
なんて悪態をつく。本当は誰よりもパーティーを楽しみにしているのに、素直じゃない。
パーティーと言っても、別に大したことはしない。クリスマスの定番、チキンやノンアルコールのシャンパンのような飲み物を買ってきて、ケーキは俺が作って、いつもより長く、そして騒がしく食事をする。
それから、普段はみんなそれぞれ自分の部屋で寝るが、この日だけは、遊司と正太郎が俺の部屋に集まって、3人川の字になって寝る。
興奮冷めやらぬ遊司は布団に入った後も笑いっぱなしでうるさいし、正太郎も落ち着かないのか「もう寝た?」の質問を繰り返すから、毎年すぐには寝付けないのだが。
ようやくうとうとし始めたと思ったら、もうクリスマスの朝が来ている。
そして、枕元には必ず3つの包み、クリスマスプレゼントが置いてあるのだ。
中身はいつも決まっている。3人お揃いの、手作りマフラー・手袋・帽子などのあったかグッズと、3人の共有財産として、新作のゲームソフト、そして百科辞典もしくは文学全集。
「寒いから風邪をひかないように。それからゲームもいいけど、ちゃんと勉強もするんだよ」
という、サンタからの無言のメッセージであろう。
遊司はゲームを手に笑い、正太郎は熱心に本のページをめくる。
俺は、そんな2人と、手編みのあったかグッズを見て、心の奥がほっこりと暖かくなるのを感じる。
あの瞬間、幸せってこういうことを言うんだなと、しみじみ思う。だからクリスマスが好きなんだ。
クリスマスは、感情が希薄な俺にも、幸せを実感させてくれる、素晴らしい行事だから。
「あのさー、クリスマスパーティーのことなんだけど」
夕食の席。遊司が居住まいを正し、突然切り出した。
「まさか参加しないなんて言うんじゃないだろうな」
隣に座る正太郎が箸を動かす手を止めて、ギロっと横目で遊司を睨んだ。遊司は慌てて首を振って、
「違うからっ! あの、友達呼んでもいいかなと思って……てか、もう誘っちゃったんだけど」
途端に、正太郎の片眉がはねあがる。
あ、そういえば、明日の天気予報を聞かなかった。婆ちゃんは友達と食事に行ってていないし、正太郎と遊司は天気なんか気にしないからな。明日はどうなんだろうか。
「朱音くぅん、話聞いてますかぁ?」
明日の天気のことを考えていたら、遊司が困ったように笑いながら、問うてきた。
「ああ……いいんじゃないか」
と言うか、もう誘っちゃったというのに、今更いいも悪いもないだろう。
「おまえらがよくても、俺はよくない」
俺の言葉に、正太郎は眉だけでなく、目までつり上げた。
「余所者が来るなら、俺は参加しないからなっ」
参加したくないなら、参加しなければいい。別に強制というわけではないのだから。しかし、毎年クリスマスパーティーを楽しみにしてる正太郎に、そんなことが出来るとは思えない。それに、5年前までは、自分だって余所者だったということを忘れてはいないだろうか? そんなことを言ったら、繊細な正太郎を傷つけてしまうかもしれないし、喧嘩になってしまうかもしれないから、口にはしないが。
「でも、正太郎も朱音もよく知ってる奴だしー」
勝手に話を決めてきてしまった負い目からか、遊司はさっきから正太郎の顔色を伺ってばかりいる。いつもだったら、もう少し強気に発言するのに。
「誰だよ?」
刺々しい正太郎の声に、遊司はおそるおそる、
「……スバル。と、その弟」
「……ああ」
正太郎の般若みたいなに吊り上がった目が少しだけ下がる。面白くなさそうではあるが、激しい怒りは治まったようだ。
スバル。男だな。遊司のことだから、「友達=女の子」と思っていたんだが。
「ところで、スバルって誰だっけ?」
「なんだ、朱音、同じクラスだろー? 名前くらい覚えとけよ」
「こいつは自分よければよしだからな、他人のことなんてどーでもいいんだよ」
呆れた声をあげる遊司と、意地の悪いことを言う正太郎に「悪い」と謝る。
何故「スバル」本人ではなく、この2人に対して謝らなければならないのかはよくわからないが、謝ったからといって何が減るわけでもない。
「それで、何でそのスバルとやらをうちのクリスマスパーティーに呼んだんだ?」
悪いとは言わない。来たければ来ればいい。パーティーというものは、人数が多ければ多いほど楽しいものだろう。しかし、遊司は俺が怒っているとでも思ったのか、
「え、ダメ? スバルだとやっぱマズい? 迷惑?」
などとのたまった。
マズいかどうかは、俺はそのスバルとやらをよく知らないから判断しかねるが、
「もう誘っちゃったなら、仕方ない。遊司がいいと思ったんだから連れて来ればいい。ただ、相手が誰だろうと外部の者をパーティーに呼ぶのが嫌な奴もいるから、先に断りを入れるべきだったな。まあ、今回は仕方ないとして、せめて、何故スバルをパーティーに招待することになったのか、その経緯・理由を説明し、納得してもらった上でパーティーを開いた方がいいんじゃないかと思ってな」
目が合うと正太郎は舌打ちし、フンっとそっぽを向いた。
「――あのな、スバルって3人兄弟の長男で、下に10歳と5歳の弟がいるんだよ」
正太郎に聞かせるために、わざわざ正太郎の方に向き直って遊司は語る。
「ちなみにお母さんは看護師で、お父さんは吟遊詩人だか、さすらいの羊飼いだか、ロマンチストだか、何だかよくわからない仕事をしてて、よくわからないけど、とにかく外国にいるらしくて、年に一度帰ってくるか来ないかなんだと」
「そのくらい知ってるよ」
正太郎はそっぽを向いたまま、むっつりとした調子で言った。
「だから、クリスマスは毎年お父さん以外の家族4人でパーティーをするんだって」
「だったら今年もそうすればいいだろ。わざわざ他所様の家のパーティーに参加する必要なんてない」
正太郎はぴしゃりと言い放つ。
「それが出来ないから誘ったんじゃないかよ」
正太郎の態度に、遊司も少しムッとしたように言い返す。
雲行きが怪しくなってきた。「遊司、質問」と手を挙げて、話に入る。
「出来ないっていうのは? パーティーは中止になったのか?」
「やる予定だったんだけど、お母さんが仕事で参加できなくなったんだって」
「だったら兄弟3人でやればいいだろ」
「正太郎。遊司が説明してるんだから、最後まで聞いてから意見を言った方がいい」
正太郎はそっぽを向いたまま、返事をしない。まあ、いつものことだから気にしないが。
「それで?」
「ああ、うん。もちろん、スバルもそれなら3人でやろうと思ってたらしいんだけど、上の弟、小学生の弟が友達の家のクリスマスパーティー兼お泊まり会に行くって約束してきちゃったらしいんだよ。で、裏切られたと思った下の弟と上の弟との間で激しい兄弟喧嘩が勃発し、下の弟が拗ねちゃって『昴兄も俺のこと何かほっぽって何処にでも行っちゃえばいいんだ!』ってスバルに八つ当たりしてるんだと」
「『付き合いってものがあるから仕方ない』、なんて上の弟の味方をしたスバルも悪いんだろうけどさ」と遊司は苦笑いをする。
「だからっ、その話とスバルたちが家のクリスマスパーティーに参加するのと何が関係あるんだよっ⁉︎」
正太郎は怒鳴り付けるように言い放ち、遊司を振り返る。
「クリスマスを楽しみにしていた弟の機嫌をとるために、家のパーティーに招待した、ということか」
「そういえば、まあ、そうなんだけど」
遊司の言葉は歯切れが悪い。問い掛けるようにじっと見つめると、遊司はへらっと困ったような笑みを浮かべながら言った。
「機嫌とりってか、せっかくのクリスマスなのに寂しい思いをさせるのは可哀想じゃん? 可哀想って言葉は適切じゃないかもしれないけどさ。クリスマスは、世界中のみんなが……いや、それは無理だけど、せめて俺の周りの人たちだけでも幸せ感じててほしいっていうか」
うまい言葉が見つからないのか、遊司は困ったように頬を掻く。
「俺、クリスマス好きなんだよ。正太郎がいて、朱音がいて、婆ちゃんがいて、みんなで食卓囲んで、クリスマスを祝う。その中に血の繋がった肉親っていうのは一人もいないけど、本当の家族みたい。絵に描いたような仲睦まじい家族みたいな感じが、すごく嬉しくて。俺、ここに来てよかったって、涙が出そうになる。だから、何ていうんだ、その幸せな、あったかい感じをスバルと弟にも分けてやりたいっていうかな」
「わかったよ」
正太郎が口を開いた。相変わらず面白くなさそうに、下唇を突き出してはいたが。
「遊司の気持ちはよーくわかったよ。呼べよ、スバルと弟」
遊司が正太郎を見て、俺を見る。
「俺はもちろん構わない」
俺の言葉に、遊司は安堵の笑みを浮かべた。
「今年はクリスマスパーティーを2回やろうか」
「「2回?」」
遊司は目を丸くして、正太郎は怪訝な顔をして、俺の言葉を繰り返した。
「24日はお客様を招待したクリスマスパーティー。25日は毎年恒例の、俺ら3人と婆ちゃんの4人でやる、身内だけのクリスマスパーティー。家族だけの時間も大切にしないとな」
「そうだろう?」と訊ねると、訝し気な顔をしていた正太郎が驚いたように少し目を見開いて、ほんの一瞬口元をほころばせた。が、すぐに、
「俺はどーでもいいし。やりたきゃ勝手にやれよ」
と、そっぽを向いた。本当は嬉しいんだろうに、素直じゃない。まあ、いつものことだからな。
たくさんの人と幸せを分かち合いたい遊司の気持ちと、本当に大事な人とだけ幸せを共有したい正太郎の気持ち。どちらもわかるし、どちらもいいと思う。
とりあえず俺は、遊司と正太郎、もちろん婆ちゃんも、楽しそうにしてくれてればそれでいいんだ。
それだけで、俺は十分幸せなんだと思うから。
❇︎昼下がりの3年D組の教室より❇︎
「もうすぐクリスマスだねー。クリスマスは何か予定あるの?」
机に覆い被さるようにして眠るヒナタの、遮光カーテン代わりの長い髪の毛。大体この辺りかなと一掴みして、捲ってみる。
思った通り。仏頂面したヒナタの顔が髪の毛のカーテンの向こうから現れた。
「何なんだよオメーはっ。人が寝てるときに話しかけんなっていつも言ってんだろっ」
「そうだねー。でも、ヒナタ起きてたよ?」
「おまえの声で起こされたんだよ」
「あれ、それは悪いことしたねー。じゃあ寝てていいよ」
掴んでいた髪の毛を放すと、ヒナタはダルそうに半身を机の上から起こした。
「もういい。眠気失せた」
「よかったねー」
「よかねーよ! 何がいいんだよっ!」
僕らの目の前、教壇に座り込んでお喋りしていた女の子たちが、肩をびくつかせて顔をあげた。ヒナタはこうやってすぐに怒鳴るんだ。本当に短気なんだからなぁ。
でも、ヒナタが眠れなかったのは僕一人のせいじゃないと思う。
だって、昼食後の教室では、みんな思い思いの場所で、思い思いの話に花を咲かせてて、こんなに賑やかなんだもの。しーんと静まり返ってるなか、僕一人だけ大騒ぎしてるなら、別だけどね。
「で、何だよ」
顔にかかる髪の毛をうっとおしそうに払って、ヒナタは言った。
「何が?」
「何がって、おまえが何か言って俺を起こしたんだろ!?」
噛みつきそうな勢いで迫るヒナタの肩を慌てて押し返す。
「あのね、僕は100メートルも離れた場所にいるわけじゃないんだからね、そんな大きな声で言わなくても聞こえるんだよ?」
短気なヒナタにも理解出来るように、なるべくゆっくり、そして優しく、諭すように僕は言った。
「わかってるよっ! で、何の用だよっ!?」
だから、そんな大声出さなくても聞こえるのに。ヒナタってば、全然わかってくれないんだからなぁ。
「何ってことはないよ。もうすぐクリスマスだけど、ヒナタは何かするのかなって思っただけ」
僕がそう言うと、ヒナタは険しい顔のまま瞬きを二回して、
「それだけか?」
「それだけだよ」
「それが何か重要なことなのか?」
「うーうん、ただの好奇心」
「……そんなことで起こすんじゃねーよ」
はぁーとヒナタは疲れたみたいなため息をついた。あれだけギャーギャー大きな声出して怒れば、そりゃ疲れるよね。
「ちなみに僕はね、クリスマスイブの日に剣道部で闇鍋パーティーするんだ」
「あーそー」
ヒナタはめんどくさそうに言って、また机の上に体を伏せた。でも、もう寝る気はないみたいで、顔を横にしたまま僕を見上げた。
「つーか、何でクリスマスに闇鍋?」
「いっちゃん先輩が、闇鍋やったことないって言うから。あ、クリスマスらしくプレゼント交換会もするよ。それに、いっちゃん先輩が、本物のサンタクロースに会った時の話をしてくれることになってるんだよ……ん? いっちゃん先輩のお兄さんがサンタクロースに会った話だったかな?」
「それはどっちでもいいけど、何だよ、その『いっちゃん先輩』てのは」
「剣道部の先輩だよ。高等部2年」
「そうじゃなくて、何で先輩に対して『いっちゃん』なんだよ」
イライラしているのか、ヒナタの顔はますます険しく、眉間のシワもますます深くなる。
「そういうあだ名だからだよ」
「だからっ、何で先輩に対して『ちゃん』付なんだよっ! 失礼じゃねーのか、て話をしてんだよっ!」
机を拳でドンっと叩いて、ヒナタはまた大きな声を上げた。
目の前で話していた女の子たちが、今度は迷惑そうな顔で僕らを見た。ごめんねー、うるさくて。
「それはね、うちの部には先輩後輩関係なく、部員同士あだ名で呼びあうルールがあるからなんだよ。堅苦しい上下関係は嫌だからって、いっちゃん先輩が決めたんだ」
余談だけど、僕はいっちゃん先輩からも、同学年の友達からも、後輩の女の子からも『ひっじー』て呼ばれてる。
ヒナタは一瞬、きょとんとして、でもすぐにまた難しい顔をして、
「前から思ってたけど、剣道部って、すっげぇ変なとこだよな」
と言った。
「そんなことないよ、剣道部はとーってもフレンドリーな楽しい部なんだから。ヒナタもよかったらおいでよ。闇鍋パーティー」
僕ら剣道部メンバーだけじゃ、盛り上がりに欠けるから、各自友人を連れてきていいことになってるんだ。
いっちゃん先輩は、都合が合えば、兄弟を連れてくるとかって言ってたな。
「ムリ。先約あるから。てか、クリスマスに闇鍋とか食いたくねーし」
「先約?」
僕の反応にヒナタはまた眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌な顔をして見せた。
「悪いけど、おまえが想像してるような楽しいことはねーからな」
「僕はなにも言ってないよ?」
「顔に書いてある。『ヒナタ、彼女いたんだ!』ってな」
「わあ、すごい。よくわかったね」
「おまえがわかりやすすぎんだよ」
ヒナタは机に頬杖をついて、呆れたように言った。
身を乗り出して、ヒナタを無言でじーっと見つめる。ヒナタもヒナタで、怖い顔して、僕を上目遣いで睨み付けてきた。しばし、沈黙。
見つめあって黙り込む、僕ら2人を不審に思ったのか、視界の隅で、教壇に座る女の子たちが僕らを見ながらコソコソ耳打ちをし始めた。
たっぷり60秒。ヒナタが苦虫を潰したような顔をして、口を開いた。
「クリスマス会だよ。おまえの知らない場所で、おまえの知らない奴らと、毎年恒例のクリスマス会をやるんだよ」
僕の無言の訴え、「先約って誰と? どこで? 何をするの? 知りたいなぁ。教えてくれないかなぁ」という想いは、ちゃんとヒナタに届いたみたい。
「しつこさ、粘り強さ」と「目で訴える」ことにかけては、自信があるんだ。
「毎年恒例のクリスマス会って、幼なじみとか?」
「幼なじみ、てか、ガキの頃から世話になってる人達。もともと兄貴の友達なんだけど、何か毎年俺にまで声かけてくれるんだよ」
「お兄さんの友達のクリスマス会に、弟のヒナタが参加してるの?」
「いろいろ事情があってな」
「事情?」
「そ、俺がガキの頃は、毎年家族でクリスマスパーティーをするのがお決まりだったんだよ。でもいつだったか、おふくろが仕事で、下の兄貴が友達の家のクリスマスパーティーに行くからって、家でパーティーが出来なくなったことがあって。今だったら別にそんなんどーでもいいけどよ、まだ5歳とかだったから納得いかなくて、上の兄貴に八つ当たりしまくってな。困り果てた上の兄貴が、学校の友達に頼んで、他所様のクリスマスパーティーに参加させてもらうことになったんだ。それがきっかけで、今でも誘われてるって話」
「なるほどね」
でも、ずいぶんと矢継ぎ早な説明だったね。
「いいお兄ちゃんだね。それにお兄ちゃんのお友達も」
ヒナタは「まぁ、そうだな」と頷いて、何だか決まり悪そうな顔をした。
「仲間内では俺が一番下だからな、あれから10年もたつのにいまだにガキ扱いで、この時期になるとわざわざ手作りの招待状を郵便で送ってくるし」
「別に行きたいわけじゃないけど、そこまでしてもらってるんだから、行かなかったら悪い気がしてな」と言い訳するみたいに話すヒナタを見ていたら、何だか笑いがこみあげてきた。
「楽しみだね、パーティー」
「ああ……てか、何だよ」
にやける僕をヒナタはキッと睨み付ける。
「べつに、楽しそうでいいなーと思っただけ」
「おまえだって年がら年中楽しそうにしてんじゃねーかよ。それに、剣道部で闇鍋パーティーやんだろ?」
「うん、そうだけどね」
口は悪いし態度はでかいし、怒りんぼでいっつも眉間に皺を寄せてるヒナタだけど、クリスマス会を楽しみにしてるなんて、可愛いとこもあるんだなあって思ってね。
「いいクリスマスになるといいね」
「闇鍋パーティーでいいクリスマスになるのかしらねーけど……おまえも楽しめるといいな」
「うん」
ぶっきらぼうだけど、ヒナタがそう言ってくれたのが、また嬉しかったり。
「楽しいよ、絶対」
だって、剣道部はみんな仲良しだもんね。
仲良しの友達と一緒にやるクリスマス闇鍋パーティーが楽しくないわけないもの。
「そういえば、25日にはレオの家でもクリスマスパーティーやるんだよね。今年は楽しいことがいっぱいだ」
「ね?」と同意を求めても、ヒナタは「うん」とは言ってくれなかった。
げんなりと、「強制参加のパーティーなんて、嫌な予感しかしねーよ」とぼやいただけ。
そうかな? 僕は楽しみだけどなぁ。
ああ、早く来ないかなあ、クリスマス。
❇︎何時か何処かの駄菓子屋より❇︎
「こんちはー。あっくん、いるー?」
引き戸を勢いよく開け放つと、部屋の中にこもっていたあったかくて重たい空気がもわぁ〜と、ぬぁ~っと顔を包み込んだ。
12月の寒空の下を歩いてきた今の俺にとっては、ほっとするあったかさ。
あっくんは店の一番奥、帳場の上で熱心に編み棒を動かしていた。
客はいない。橙色の優しい灯りをともすストーブの上で、やかんがしゅーしゅー音をたてている他は、なんの音もしない。
「寒い中ご苦労様だな。茶でもいれるか」
顔をあげずに、あっくんは言った。
「俺、紅茶がいい。あと、これ」
昔から大好きな、物差しみたいにでっかいチョコレートバーを一本抜き取り、50円を帳場の机に置く。
キリのいいところまできたのか、あっくんはようやく編み棒を動かす手を止めた。
「今は70円だぞ」
俺が頬張るチョコレートバーを指差し、あっくんは言った。とがめる様子じゃなかったから、「あー、ごめーん」と謝ってポケットを探る。
「いいよ、今回は特別。次は70円頼むな」
「はーい」
あっくんは、机の下からダンボールの箱を出した。中には、色とりどり毛糸のルームシューズがラッピングされた状態で入ってる。左右の靴それぞれ、駄菓子の詰めあわせつき。
「おー、さすがあっくん、仕事が早い! 忙しいのにありがとー」
「お菓子を出せば普通にルームシューズとして使えるから」
財布を出して「いくら?」と訊ねると、あっくんは考える素振りを見せることもなく、「1つ100円」と答えた。
「えぇ、このクオリティで、100円‼︎ すごーい! やすーい!……て、安すぎだから。それじゃあ駄菓子の詰め合わせ代にだってならないじゃん」
「安すぎということはないだろう。実際、こんなの百均にだって売ってるぞ? 駄菓子は俺からのプレゼントだ。おまえにはいつも贔屓にしてもらってるから」
「それは嬉しいけどー、でもそういうわけにはいかないって。俺はあっくんにルームシューズを編んでくれって、仕事として頼んだんだもん。それ相応の金は払うよ。材料費とか手間賃とかあるっしょ?」
「あるにはあるが、でも俺は、始めから金をとらないつもりでおまえの頼みを受けたから」
「けどさあ、」
「それにな、」
あっくんは俺の言葉を遮るように言った。
「俺も楽しませてもらったからいいんだよ。家族と部活の後輩たちに、サンタの長靴ならぬ、サンタのルームシューズをプレゼントしたいから作ってくれって言われた時に、ほっこりしてな。やっぱクリスマスっていいよなって思わせてくれた、お礼のつもり。だから、いいんだ。気にしなくて」
ダンボール箱の蓋を閉めながら、
「どうしても気になるなら、おまえが思う代金分だけ、別に駄菓子を買っていってくれ。俺はあくまで駄菓子屋の店主だからな」
と言って、あっくんは立ち上がり、店の奥へ消えていった。
俺はまだ話は終わってないと思ったけど、あっくんにとってはこの話はもう終いなんだろうな。
かなわないなあって思うんだー。こういう瞬間に。
俺はあっくんに言われた通り、手当たり次第駄菓子を買っていくことにした。
机の上に積み上げられた、チョコレートバー、ガム、ラムネ、飲むゼリー、すもも、酢漬けイカにスナック菓子。戻ってきたあっくんに、でっかいビニール袋に入れてもらったけど、それでも1000円ちょっとにしかならなかった。
「お買い上げありがとうございます」
「いいえー、こちらこそ。ルームシューズ代として、本当は5000円分くらい買いたかったんだけどな」
「それはいくら何でも高すぎだろ」
あっくんは机の上にお盆を置いた。紅茶のカップと緑茶の湯呑み。空の菓子鉢に、牛乳のパックと砂糖のポット。
「熱かったら牛乳いれな」
あっくんのいれてくれた紅茶のカップを受け取って、イスに腰かけた。イスつっても、ビール瓶のケース。2つ重ねただけのやつ。俺専用のイス。上にのってる水色の座布団はあっくんの手作り。
「あっくんさーあー、この駄菓子屋って正直どうなの? 儲かってんの?」
「毎日来てくれる子はいる」
「答えになってなくない?」
あっくんは、机の下から芋けんぴの袋を取り出して、菓子鉢にざらざらと流し込んでくれた。誤魔化された? でも、これがうまいんだよなー。
「前から思ってたんだけど、駄菓子屋やってるよりも、手芸やってるほうが、実は儲かんじゃないの?」
あっくんは、手先が器用だ。あっくんの婆ちゃんが手芸の先生で、小さな教室なんかもやってて、あっくんも小さい頃から婆ちゃんに手芸を習ってたから、何でも作れる。婆ちゃんにはかなわないよって言うけども。
今現在は、あっくんが引退した婆ちゃんの代わりに、教室をやったり、時々ご近所のマダムや知り合いの雑貨屋に頼まれて、女の子受けするような小物を作ったりしてる。っぽい。
「こんな寂れた駄菓子屋なんてやんなくたって、そっちの道で十分食ってけるのに、もったいなくない?」
「そうかもしれないな。けど、駄菓子屋をやめる気はないよ。店をやめたら、悲しむ子たちがたくさんいるからな」
そう言って、あっくんは、ちらりと俺に目をやってから、小さく笑った。
不必要に喋らない、笑わない、無口で無表情なあっくんは、こうやって時々すごーく優しい目をして笑う。慈しむような目。だけども、全部見透かされてるような目。じっと見てると、どぎまぎするような目。なんか恥ずかしくなって、熱い紅茶をごくごく飲む。
「それに、こんな寂れた駄菓子屋にも、それなりに思い入れはあるもんでね」
「あ、ごめんね。俺、失礼なこと言った」
俺、頭悪いから、何でも思ったことをそのまま口にする。
「事実だから気にしてない。むしろ、寂れた駄菓子屋だってわかっていながらも、足繁く通ってくれる伊吹には感謝してるよ」
「そりゃそーさ。ここに来ればただで茶が飲めるしー、菓子だって食えるしー」
菓子鉢に手を突っ込んで、芋けんぴを一握り。顔を上に向けて、口の中に放り込む。よく噛んで、飲み込んでから、言う。
「こんな食い方したって、『汚い』とか『行儀が悪い』とか言われないしさー」
「まあ、一応、お客様だからな。おまえが家の下宿にいたら言うよ」
あっくんは、芋けんぴの残りを全部、菓子鉢にあけた。まだまだ、たくさんある。
ここらで紅茶のカップに牛乳をたして、ちょっと味を変えてみる。
「そーいや、あっくんは、クリスマス何かすんの?」
「毎年恒例の身内でのクリスマスパーティーだな。親しい友人も招待するが、身内みたいなものだから」
あっくんの言う身内ってのは、あっくんとこの下宿にいる住人のこと。その中に、本当の意味での『身内』が何人いるんだかは、知らない。
詳しく聞いたことないからわかんないけど、あっくんの家は何か色々複雑で、幼稚園の頃から生家を離れ、婆ちゃんとこ、つまり今、あっくんが管理人をやってる下宿に住んでるらしい。
「身内でパーティーって、楽しい?」
「楽しいよ」
「全員参加?」
「強制はしてないから、参加する・しないは自由なんだが、毎年みんな必ず参加してくれるな」
「へぇ、仲いいんだねー」
あっくんは俺より8歳くらい上のいい大人だけど、大人になっても身内のクリスマスパーティーが楽しいって言えるのって、いいな。なんか、いいな。
「伊吹のとこは、仲が悪いのか?」
「なにいってんの? ちょー仲いいに決まってんじゃん。じゃなかったらプレゼントなんて用意しないし」
言ってて何となく誇らしい気持ちになってきた。そうです、うちの兄弟はみーんな仲いいんです……あ、じゅりじゅりとは、あんまよくないか。
「でもさあ、あっくんとこみたいに、いつまでもみんな仲良し! てわけにはいかないじゃん」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるよ。だってさあ、俺らもう17じゃん? みんな学校も違うし、付き合う友達も違うし。昔みたいにいつ、いかなる時も一緒てわけにはいかないし。実際、昔に比べて一緒にいる機会減ったし」
いつかは大人になって、みんなあの家を巣だって行く日が来る。そう遠くない未来に。
俺は考えが足りないから、そのことあんま意識してなかった。友達と遊んだあと、家に帰りゃあ、今度はみんなと遊べる。そう思って安心しきってたんだけど、ある時、いつまでもそうはいかないんだよなってことに、気付いちゃって。
「もともと家での行事には必ず参加するようにしてたんだけど、それはただ単純に楽しかったからで。でも今は、ちょっと違うんだー。いつまで一緒にいられるかわかんないからこそ、みんなとの時間を大事にしたいって思ってて」
いつまでも、あっくんとこみたいに、身内のクリスマスパーティーなんて出来たら最高だけどさ。
「俺、間違ってる?」
「間違ってないよ」
あっくんは、普段と変わらない『無』の表情のまま、重々しく頷いた。『間違ってない』というなら、出来ればそこで優しく微笑んでほしかったなぁ。なんて、あっくんにそんなこと望んじゃいけないか。
「だから今日、ここに来る前、付き合ってた女の子と別れて来たんだー」
「うん」
あっくんはお茶をひとすすり、首を傾げた。
「何が『だから』なんだか、よくわからないんだが」
「いやぁね、ついさっきまで付き合ってた女の子が『クリスマスは2人きりで過ごしたい』とか言ってきて。俺、24日は部活の後輩たちと闇鍋パーティーするし、夜は家族でクリスマスパーティー。25日はクラスの友達と遊ぶから無理っつったら、友達との付き合いは仕方ないけど、家族とのパーティーなんてどーでもいいじゃないかみたいなことを言ってきて」
意味がわからないって顔をしながら、あの子は言ってた。だから、俺も意味わからないって顔してやった。
「君にとってはどーでもいいことかもしれないけど、俺にとって家族と過ごす時間は、君と過ごす時間よりも、ずーっと大切な時間なんだって返したら、怒っちゃって」
「クリスマスに彼女よりも家族とるってどういうこと!? バカにしてんの!?」って、駅前通りで散々大きな声でわめいて、恥ずかしいったらなかったよな。
「で、どうした?」
「で、うっとおしかったから、『めんどくさいから、別れよ』って言った」
「彼女はなんだって?」
「『頭おかしい』って言ってた。他にも何か言ってたけど、忘れた。無視して置いてきちゃったから」
「それはそれは、」
あっくんは黙って俺を見つめる。
「けど、俺は間違ってないっしょ?」
彼女よりも、家族が大事。ただそれだけだもんな。
あっくんは、俺から視線を外し、少し考えてから、きっぱりと、
「家族を想う気持ちは間違ってない。彼女に対する態度はあまり宜しくないかもしれないが、ある意味で正直者のおまえらしいと思うよ」
と言ってくれた。
あっくんも、うちのはっちゃんと同じで間違ったことは言わないからな、やっぱ俺は間違ってないんだなー。よかったー。
「ありがと、あっくん。安心した。そろそろ帰る。お茶ごちそうさま」
あっくんお手製・毛糸のルームシューズが入ったダンボール箱を抱えて外に出る。もう真っ暗だ。
「今度はおまえの兄弟もつれておいで」
戸口に立って、あっくんが見送りをしてくれた。
「ん、機会があったらね」
なんて、あっくんには返したけど、じょーだんだろっ! ここはただでお茶とお菓子を食べられる俺の憩いの場所なのに、みんなを連れてきたら俺の取り分が減っちゃうじゃん! とか内心舌を出してた。
あっくんは、そんな俺の心を知ってか知らずか、またあの優しい微かな笑みを浮かべて、「いいクリスマスをな」と言ってくれた。
「あっくんも、パーティー楽しんでな」
ニカッと笑って、あっくんに、バイバイと手を振って、ゆっくり歩いた。ダンボール箱の中でルームシューズが揺れる。
さあて、今年はどんなクリスマスになるかな?
俺からの……じゃないか、俺とあっくんからのクリスマスプレゼント、みんな喜んでくれるといいなぁ。
そしたら、また報告に来なきゃ。
1日遅れの、あっくんへのクリスマスプレゼントを持って。
<Fin>