第五章 兆しの果てに
はい、天義です。
この章から、世界観がざっくりと変化し、以前言ったように本旨も脱線していくようになります :D
気づいた頃には収集つかないほど話を書き進めていたので、もうこうなったら違う路線で攻めよう! と踏み切ったのもこの辺りです。
すみません、本当に(ToT)
「天候がどうかしたの?」
ジーナには、何のことやらさっぱりだったようだ。
「ジョンが神臨期にあったのも、俺がメノラの神臨期にあったのも、今さっきあいつがミネルヴァに怪物にさせられたのも、どれにしても天候が淀んだ時に生じている」
ジーナは、そう言われてみればと、今までのことを回想してみた。
「とにかく、カルチャナに急ぐぞ」
ジーナとアルヴェスは駆け足で、一行が目指すべきカルチャナへ足を運んだ。
ようやく、辿り着いた頃には、日も暮れていた。
ジーナは足くたびれたのか、カルチャナ脇に置かれていたベンチに座った。
カルチャナ――
そこはドーム状の屋根に覆われ、全ての窓にはステンドグラス、入口は鍵穴のような形をした穴、屋根のてっぺんには、避雷針のような尖った棒が刺さっていた。
見る者を寄せ付けない、そんな感じを漂わせていた。それでいてどこか、神聖さを感じさせる、摩訶不思議な空間と言った感じだ。
「さ、中に入りましょうか」
ジーナは、ジョンのことが心配なこともあってか否か、急いでいる様子だ。
中は、外見と比較して、意外にもありふれた研究所のような場所だった。
そこに、白衣を纏った女性がこちらに近づいてきた。
「どうかされましたか?」
その女性は心配してくれているようだ。
それもそのはず、ジョンは意識を失くしてもぬけの殻、ジーナとアルヴェスはカルチャナまでの長い陸路とミネルヴァとの遭遇もあって、満身創痍なのだから。
「あ、あの、ここでこの人を精神転生させて欲しいんですが」
とジョンを突き出す、ジーナ。
「わかりました、ではこちらへ」
案外、ここの人物は物分かりがいいのか、はたまたこの女性がいい人格なだけなのか、二人はジョンを抱え、その女性の後を追った。
「ここです」
そこは表札に、『転生ルーム』と書かれていた。
名前がそのままなのは、この際突っ込まないでおこう。
「中央の台座へ、その方を降ろしてください」
言われるがまま二人は、中央の人型の凹みの部分に合うように、ジョンをはめた。
続いて、ジョンの魂の入った瓶を、ジョンの懐に置いた。
「で、どちらへ転生させるのですか?」
その質問を投げかけられた時、ジーナは
「え?」
と驚き、アルヴェスは
「この世界です」
と答えた。
アルヴェスの答えに、冷静に
「わかりました。これより、現世転生を実行します」
と発言し、スタートボタンらしきスイッチを入れた。
室内に設置された装置はフル稼働し始め、ウンウンと唸りをあげる大型装置や、電子端末らしき物から発する電磁波やら電気が目に見えるほど、ほとばしっていた。
幾分か経った時、全ての装置が一斉に静まり返ったかと思うと、凄まじいほどの電流らしきものがジョンの体内を駆け巡った。
すると、魂がその電流らしきものに自然と同化し、ジョンはこの世に舞い戻った。
「な、なんだ? ここは、いっ...たい...。それより、体がしび...れ...る...」
「お帰り、ジョン」
ジョンに意識が戻った後すぐに、ジーナはおかえりの挨拶をした。
「あ、ああ...」
状況が飲み込めず、ただその挨拶に応えるだけのつもりなのか、苦笑いでそれに応じるジョン。
「小一時間は、その痺れはとれませんので、覚悟してください。では」
と、その女性が去ろうとした瞬間、
「待って」
と去ろうとする女性を、颯爽と止めるジーナ。
「せめて、名前だけでも教えてくれませんか?」
「...アーシア・C・ディーリックです...」
と、初めての人物に緊張していたのか、あるいはまさか聞かれないだろうと思っていた質問を聞かれて戸惑っているのか、少し照れていた。
「実は私たち、三つの世界のことを調べているの。あなた、何か知らない?」
初めて会ったばかりの女性に、自分のことをベラベラしゃべるジーナもどうかと思うアルヴェス。
だがそこに
「俺、ジョンって...言うんだ! 彼女はジーナ...、彼はアルヴェスだ」
と、痺れながらも便乗するジョン。
こいつらの心のオープンぶりには、ほとほと呆れさせられるアルヴェスだった。
「三つの世界...ですか...。詳しいことを知りたいのであれば、第三研究所に来るといいですよ。あそこなら、世界についての資料も揃っていますし。私は忙しいので、これで失礼させていただきますね」
と、用事があってか、急いでいたアーシア。
「第三研究所か...ウッ!この...痺れが、...ある程度治まったら向かおうか」
三つの世界のことが気になって仕方ないのか、ジョンは痺れに耐えつつ、体を動かす練習をしていた。
「無理はするなよ」
アルヴェスだ。
「あの...なぁ...、そもそも...そんな無理を...させる状況に...追いやったのは......、アルヴェス...、お前だろ――」
それに苛立ちを垣間見せるアルヴェス。
「ならあの状況で、他にどうやってミネルヴァの眼を欺ける事ができたか、言ってみろ」
拗ねたのか、黙りこくるジョン。
「これだから、後先考えずに行動する馬鹿は困る」
火に油を注ぐアルヴェス。
「何だと!?」
「もういい加減にして!!」
と二人の声に、負けず劣らずの迫力を上乗せして叱責するジーナ。
「済んだことでしょ? それに、こうやってジョンも元気になれたんだからそれでいいじゃない! 何が不満なのよ...」
気まずい雰囲気が、転生ルーム一面に広がった。
「誰じゃ、神聖なるカルチャナで大声を張り上げとるやつは!」
そこに一人の老人が現れた。
「あなたこそ誰なの?」
と、度胸ある一言を放つジーナ。
「わしは、このカルチャナを管理しとる、デール・C・ディーリックじゃ」
自己紹介を終えた後、デールはジョンを舐めまわすように見た。
「な、何だよ...」
いうまでもなく、ジョンはその行為に対し、気味悪がった。
「なるほど、そなたがアーシアの言っていた虚無神の青年か」
何いう隙もなく、その男性はジョンの右手の甲を調べ、刻印を確かめたかと思うと物思いにふけっていた。
「なんでジョンが刻印を持っていることをご存じなんですか?」
一向はすぐさま、デールを怪しんだ。
「さっきアーシアが言っていたんじゃよ、あるはずのない刻印をもつ男性が現れたとな」
さすがはカルチャナの人間といったところか。
彼らの洞察力と観察力に、一切の抜け目がない事に恐れ入った一行だった。
「第三研究所は、どこか教えてくれませんか?」
三つの世界のことを調べるために、ジョンはデールに聞いた。
「もう身体は大丈夫なの? 無理してるんじゃない?」
心配するジーナ。
「さっきより、大分慣れたみたいだ。心配するほどの痺れはもうない」
それに、心配させまいと気遣うジョン。
「転生ルームを西側に出て、まっすぐ行けば第三研究所じゃが、何か調べたいことでもあるのか?」
デールは何が知りたいのか、ジョンに聞こうとした。
ジョンは、ようやく起き上がることができたのか、若干の痺れをよそにデールにこう言った。
「三つの世界のことについて、詳しく知りたいんだ」
デールは一度深々とうつむくと、
「それならワシが話そう」
と、率先して切り出した。
「こう見えても、昔は三つの世界の分野における重要な発見をした第一人者じゃからな」
自慢げに語るデール。
とりあえず、一行は第三研究所に行く手間が省けてよかったと、胸をなでおろした。
「じゃぁ、教えてください」
強張った面持ちで息をのむジョンとジーナ。
先ほどからアルヴェスは黙りこくったままなのだが、二人はあまり気にしてはいなかった。
「まず、この世には、空間世界と呼ばれる世界が三つ、存在するといわれておる」
「現実世界と逆説世界...」
黙っていたアルヴェスの口が途端に開いた。
「よくご存じじゃな」
デールはアルヴェスを少し称賛した。
が、ジーナは、
「ねぇ、どうして知っていながら私たちには、話さなかったの!?」
と、少し取り乱しているご様子。
「言う機会も必要性も垣間見えなかったからだ」
表情一つ変えずに、冷静に話すアルヴェス。
「なによ、それ...」
少しいじけるジーナ。
「続けてもよろしいかな?」
気まずそうなデールに
「お願いします」
と、頼み出るジョン。
「現実世界とは言わずもがな、この世界のことじゃ。逆説世界とは、この世の真理がすべて逆になっているといわれておる世界じゃ。この世界に、実際に行ったことのある者の代表としては、マルク神の巫子がある。お主も、禮祭から知り得た知識じゃろうて?」
デールはアルヴェスに質問する。
「それもあるが、家にある書物にそう記されていた」
アルヴェスは淡々と切り返す。
「そ、そうか。とにかく、それとは別にもう一つ世界が存在する。それが神々と死者の居られる並列世界じゃ」
実際に、並列世界の手前まで、行ったことのあるジーナ。
彼女の心境は、多少複雑なものがあったような気がした。
「それら三つを総合して、三つの世界というのか...」
ジョンは深々と考えた。
「ところで、刻印のことも知りたいんだが」
突如、アルヴェスが口を開いた。
「もちろん詳しいんだよな? 刻印と三つの世界には関連性があると、姉からは聞いているが?」
結構、威勢がいいアルヴェス。
そうまでして知りたい彼の気持ちにおける衝動の根拠は、おおよそ自分の紅い鶴の刻印と『ⅲ』という文字の関係を知りたいからなのであろう。
「お主も刻印の持ち主か! それにその『ⅲ』という模様、古代地球語の一つだったはず...。確かこの文字は、数字の『3』を表していた筈じゃ」
鶴を象徴する神とは...。
アルヴェスは、次にそれが気になった。
「鶴を象徴する神とは一体誰なんだ?」
「鶴は紛れもなく、メノラじゃよ」
スパッと答えを教えるデール。
「メノラ神を象徴する『鶴』の刻印に『3』を表す文字...、恐らくここにおける『3』とは、この世界、第三の世界のことで、お主はその世界におけるメノラと、何らかの関係を取り持つ者であろう」
メノラと何らかの関係を持つといわれても、今までにあったことと言えば、黒猫に刻印を刻まれたり、リルカやミネルヴァに襲われたりしたことだろう。
「それはそうとお主、ファミリーネームは何というんじゃ?」
何を思ったか、デールは振り返ってベッドに腰掛けるジョンのほうを向いて聞いた。
「ウォールドですが?」
「ジョン・ウォールドじゃと!?」
変な質問をした後、今度はデールが腰を抜かした。
何かと忙しいお爺ちゃんである。
「あの、伝説の...。古代地球語で『世界』という意味を持つウォールド...。第二の世界でこの世を黄泉の門から護ったとされる、あのジョン・ウォールドの生まれ変わりか!?」
このおじいさんのテンポに、今一ついていけてない一行。
ぽっかーんとした表情で、呆気にとられているのはジョンだった。
「あの...、かどうかは分かりませんが、たしかに俺の名はジョン・ウォールドです」
「ひとつ、確かめたいことがある、来てくれ」
デールは、今度は方角的に西へ向かって行った。
一行は恐らく、第三研究所へ向かうんだなと思った。
ジョンの体のマヒもとうの昔の事のように思えるくらい、ピンピンしていたみたいだった。
デールの後を追う一行は、予想通り第三研究所へとたどり着いた。
「これじゃよ」
堂々とした面持ちで、大々的な輪の形状をした機械のようなものを紹介していた。
「なんですか、コレ?」
無論、いきなりこれじゃよと説明されて、理解できるとは思えないジーナ。
「その昔、ジョン・ウォールド一世が使用されたとされる、三つの世界を移動するのに必要とされた機械じゃ」
鋭いアルヴェスには、おおよその見当がついていた。
「それを、このジョン・ウォールドにも同じように使える...と?」
そしてその見当を口に出して言った。
「予想じゃよ、予想。実際に空間世界を転移することができたなら、正真正銘、彼は代々伝わるジョン・ウォールドの後継者であるという、予想じゃ」
その極論ともいえる予想に、滑稽さを感じるアルヴェスだが、ジョンは
「俺、試してみる」
と、自ら名乗り出る反応。
「いいのか? 身の保証はできないんだぞ?」
ジョン自身の代わりに心配するアルヴェス。
「それでも、俺は俺の正体が気になる。幼いころから『ジョン・ウォールド』として育った意味が分かるかもしれない」
今までにない真剣な瞳で物を語るジョン。
その威勢に屈服させられたアルヴェスは、ジョンの思うままにさせることを胸に誓った。
「で、どうやったら別の世界とやらに行けるんだ?」
ジョンは半ば、自分は特別じゃない人間であるということに、祈りと諦めを織り交ぜたような感情を心に抱いていた。
「簡単じゃ。その機械の輪を潜ればいいんじゃ」
余りにも簡単と思われるその行為も、ジョンにとってみれば計り知れない勇気を必要とした行為であり、大きな緊張と謎の苦しみが交錯した行為である。
「では、行ってきます」
そうジョンの言った言葉には、何とも比べられないほどの恐怖があったが、それをジョンは表現すること無くポーカーフェイスで、かつ改まったような明るい口調で言い放った。
その輪に足を踏み入れた瞬間、じんわりとした何か電気に似通った痛みが足から上半身に駆けて巡り、体全体が輪の中に入ると、頭の中の脳波の音さえ聞こえそうなくらい静かな世界が訪れた。
そして目を開くと、今度は底知れぬほどの、情報の騒音と情景がやってきた。
その鼓膜が破れそうな騒音に、ジョンは一時頭がクラクラしそうなくらいだった。
「邪魔だ、どけっ!!」
行き交う人は死んだような眼をしていて、表情も生きているとは到底思えないようなものだった。
「きゃぁっ!?」
今度は後ろで人が刺されたようだ。
めくるめく止むことなき情報の輪廻に、ジョンは一人取り残されていた。
周りの状況を整理しようと、一旦落ち着いて状況把握した。
ここは、そう。
例えて言うなら、地獄。
昔在った大都市の中心部といったところか。
今、生きてると思われる人も死んだような眼をしていて、さっき刺された人も...!?
「嘘...」
そこでジョンは恐ろしい光景を目の当たりにした!
先ほど刺された人が、刺したと思われる男性に、お礼を言っているのだ。
「ぜひ今度もまた、殺してくださいね♪」
この人は何を言っているんだ?
『ぜひ今度もまた、殺してくださいね♪』...だと!?
ここは地獄じゃない、地獄よりももっと質の悪い場所だ。
ジョンはそう思うと、目的もなくただ歩き始めた。
こんな何事も予想できない場所じゃ、立っているだけという行為がいかに無謀なことか分かってきた気がする。
「貴様、生き生きとした目をしているな?」
怖い。
恐いじゃなくて、怖い。
何が起こるか分からないこの世界で、急に何を考えているのか全く分からない人に、何を目的に話しかけられたのか分からないから。
それも覆面ならぬ、覆口をしている。
「はい、してますけど、何か?」
男は急に近寄ってきて、
「ここにいては危ない。私についてきなさい」
と、思った以上の思いやりのある言葉で、安心するジョン。
何も疑問に思わず、その男性についていった。
人気のない場所に誘導されると、その男性は口を覆っていた布を外し、話しかけてきた。
「君は何者だ? 逆説世界の住人とは思えないなりをしているようだが...」
その男性は逆に、ジョンのことが未曾有の人間のようで、気味悪がっていた。
気味悪がりたいのは、此方のほうだというのに。
「現実世界の人間です」
すると、驚嘆したその男性。
「現実世界の人間だと! 並列世界の人間ぐらいしか足を踏み込むことのできないといわれるこの世界に、巫子以来の訪問者とは...。君、名前は?」
そして、ジョンは自分の通称を名乗ろうとした。が、
「ジョーネスド・クォールト・ウィリウス...、どうして!?」
おかしい、自分の意に反して言葉が出たのは生まれてこのかた初めてだ。
「どうしたのだ?」
「いや、思って発した言葉とは逆に、言いたくなかった本名を名乗ってしまったんだ」
すると、その男はその反応に対し、冷静に
「そういえば、巫子もこの世界に来た時は、時たまに自分の意とは正反対の言葉が出たそうだ。この世界では、現実世界の真理が、時々逆に作用すると聞く。かく言う自分は、もとは並列世界の人間だからな」
いい加減、思っていた疑問を投げかけてみようと思い、ジョンは聞いてみた。
「私の名前はジョン・ウォールドです」
しまった、逆に作用するんだった。
聞きたかった疑問が自己紹介になるのなら...、ジョンは本心を自己紹介するつもりで聞いてみた。
「あなたの名前は何ですか?」
「あ、あぁ、そうだったね。すっかり忘れていたよ。私の名前はクリス・ローレット。信じてもらえるか否かは分かりませんが、神に仕えるものです」
信じるも何も、一度ジョンはクリスに出会ったことがある。
だがどうやら、このクリスはそのクリスとは似て非なる別人のようだ。
「知っているよ。俺が旅を始める前に、一度会ったことがある。でも、君はまた別の人のようだけどね」
ジョンは、ありのまま思ったことの逆を話すと、クリスはそうかと思わんばかりに返してきた。
「そのクリスはきっと並列世界のクリスだよ。この世界では、並列世界の人間が入ると、精神と肉体が分離するようなんだ。それで自分はその精神の部分。現実世界の人間は、どうなのか分からないけど...」
ジョンは思った。
こんなことなら、もっと逆説世界のことを調べ抜いておきたかったと。
自分は今、どういう状況下で、どういう人間として存在しているのだろうか。
唯一つ分かることは、この逆説世界では現実世界のすべての真理が逆さになるということ。
「一つ気になったんだけど、なぜこの世界では刺されて死んだ人が生きてて、その人が礼を言ったりするんだ?」
単純にして究極の質問をしてみた。
「答えは簡単さ。現実世界では生き生きとすることで、生きていることを実感出来るだろう? この世界ではその真理が逆になり、死を体験し虚ろと化すことで生きていることを実感出来るんだ」
極論すぎる。
あべこべにも程があるというものだ。
ジョンはその答えに少しついていけなかった。
「じゃぁ俺も、殺されれば生き生きとすることができるのか?」
現実世界の常識ではあまりに馬鹿げている質問だったので、ジョンはこの質問をするとき、自分でも何を言っているんだろうかと自分で自分を嘲笑った。
「それは分からない。なにせ、現実世界の人間だからね。だから注意してほしい。仮にも現実世界でいう人殺しは逆説世界でいう人助けに近いものだからね」
なんだかジョンは、今にも気がどうかなりそうだった。
「とにかく、私はこれから第四古都『東京』に向かうが、君はどうする?」
ジョンは耳を疑った。
おとぎ話に出てくる街の名前が出てきたのだから。
「東京って、あの東京ですか!? 第一の終焉まで日本という国で栄えていたと言われる、あの...」
ジョンは半ば腰を抜かしていた。
「この世界はね、第一の終焉により生まれたとされる世界なんだ。言わば、現実世界とのパラレルワールドという解釈で構わない。第一の終焉で殆どの国が滅んだとされているが、実際はこのパラレルワールドにその空間ごと転移してしまったんだ」
そこで疑問が浮かぶジョン。
「それじゃあ、ただのパラレルワールドの筈なのに、何故この世の真理が一転しているんだ?」
少し重い表情を浮かべはじめるクリス。
「虚無神の計らいだよ。第一の終焉により、この世は現実世界を基に逆説世界、並列世界が誕生した。そこでそれぞれの世界を支配しようとしたのが、メノラ、ツェッカ、レイトだったのさ。逆説世界の真理をアベコベにしたのがツェッカ、現実世界の大陸を、その原型を留めないほど崩したのがメノラ、そしてその世界を粛正したのがレイトということだ」
苦虫を噛み潰す表情で、続いて
「ツェッカは、人が絶望に浸る瞬間を糧にする神だからね」
と言った。
「それより、君は今後どうするんだい?」
指摘されて、特に何も考えずにこの世界に来たジョンは答えに迷っていた。
「とりあえず、クリスさんについて行こうかと思います。この世界を一人で旅する自信もないし、その東京という場所にも行ってみたいし」
ジョンのその笑顔は、不安と期待に満ち溢れていた。
「言っておくが、ここは超古代都市『奈良』だ。それ程、簡単に辿りつく道のりではないが、それでもついてこられるかね?」
ジョンの期待は、一瞬にして不安に覆い被された。
「ここから近い場所ってどこですか?」
照れながら質問した。
「古代商業都市『大阪』だな。だがあそこは気をつけろ。すぐ人を助けたがる慈善事業の本社があると聞く。間違っても殺されるなよ?」
「分かりました」
そして、二人は別れた後、各々の目的地へ向けて出発した。
平坦な道を歩いていると、ジョンはお腹が空いたのか、途中の路地にあったハンバーガーショップとやらに足を運んだ。
いらっしゃいませ、と呼び声が飛んで来るのかと思ったら、ドスのきいた目付きで定員はジョンを睨んだ。
ジョンは失笑したが、全ての真理が逆ということを考えると、現実世界で人を不快にさせる行為がこの世界では快感だということを改めて知った。
『このままじゃ、俺の精神もつのかなぁ...』
ジョンはドMに目覚めそうな気がしてならなかった。
でもこの行為も一応、悪意がないんだと考えると、どこか落ち着けるような気がしたジョンだった。
「どうかしたんか、コラァ!?」
店員がドスのきいた口調(笑)
それもガン飛ばしながら(爆笑)
もはやジョンにとってこの世界は、悪夢の世界というより、笑いの世界になりそうだった。
必死に笑いを堪えながら、ジョンは
「じゃこの、ハンバーガーっていうのと、フライドポテトお願いします」
「おい、客! これはセットでついてくるから、態々注文する必要ないんやぞ!」
こいつは不良か(笑)
きりのない笑いを一生懸命堪えながら、そのセットを頼んだ。
「これだけでエエんか!?」
もうちょっと、丁寧にいえないのか(笑)
ジョンは内心一人で聞こえないようにノリツッコミしながら、500ゲル渡した。
「これはなんや?」
店員は困った顔をしていた。
「ゲルという硬貨ですが?」
見たこともないような顔つきで、店員はゲル硬貨を舐め回すように見ていた。
「知らんなぁ... ドルとか、元とかなら聞いたことあるけど、ゲルって何だよ... それにこの国の硬貨は円だし」
それもそのはず、ゲルは第二の黎明(西暦8500年~)から使われ始めた硬貨なんだから仕方ない。
残念な面持ちで、ハンバーガーショップを後にしようとしたその時、ある女の子がジョンの下にやってきた。
「コレ使って!」
ジョンには、見たこともない札を渡された。
「これは?」
「いちまんえんさつだよ」
ジョンは女の子が万額単位のお金らしきものを持っているので、あまりの恐怖にその女の子に恐れおののいた。
「だいじょうぶ。あたしは、おかねをつくれるから」
不道理な話の展開に、ジョンは又してもついていけなかった。
「あぁ、すみません、ご迷惑をおかけして」
その娘の親らしき人がやって来た。
「もしかして、お腹が空いてるの?」
そういうと、懐からオニギリを渡してきた。
「そこのコンビニで買ってきたの。アタシの名前は麗亜。そして、この子は」
「亜美磨だよ!」
ジョンは初めて、日本人というものを知ったような気がした。
「よかったら、アタシ達の家に来ない?」
もちろんジョンは驚いた。
そして断ろうとした。
「い、いえ、結構です。俺みたいな不逞な輩なんかが、他所様の家に上がり込むなんて――」
「アンタ、現実世界の人間でしょ?」
それまで笑いながら喋っていた二人が、急に真面目な顔をしてそういった。
「そ、そうですが...」
道の端に追いやられて、こそこそと話しかけられた。
「この世界が逆説世界になってからね、人を殺すことが当たり前になってしまったの。それはあなたも知ってるでしょ? それに、大阪なんかに行けば、KRLAって団体が、ボランティアでアンタを殺しにくるかもしれない。最近じゃ、この近くでもKRLA見たって人が沢山居るの。だから注意して」
ジョンは苦笑しながら
「何故そんなに親切にしてくれるんですか? この世界の人なら逆のことをするはずなのに...」
レイアは深いため息をついた後、こういった。
「この世界の人間が誰しもみんな純粋な逆説世界人ってわけじゃないの。この世界の時間軸が狂いだした時から居る人だっているの。だからアナタがここの人とは違う、現実世界人だって判別ができるのよ。少なくともアタシとこの子はそうよ」
ジョンがアリスを見ると、アリスはニコッと微笑んだ。
「ところで聞いてなかったけど、アンタ名前は?」
先程と同様、ジョンは相手に名を聞く要領でレイアに
「俺はジョン・ウォールドだ」
と名乗った。
「あの英雄、ジョン・ウォールドねぇ...」
英雄と讃えられるほどのような器の人間でないことは、ジョン自身重々承知なので手でいやいやと目の前で左右に振っていた。
「言っとくけど、英雄と讃えられているのはアンタじゃなくて、第一の世界に存在していたジョン・L・ウォールドのことを言ってるのよ」
初めて聞くその名前に、えっ?と言葉のきびすを返すジョン。
「初代英雄ジョン・ルクソール・ウォールド...。その人は、魔法も魔術もない、科学が取り巻く時代に人を極限まで癒す能力があった。それも少し祈るだけで。その癒しのちからは計り知れず、重度の病気をも治すことが出来た」
そんな偉大な人物だったとは。
感心したジョンは、その偉大さに感服していた。
ジョンという名前にも、実は二つの英雄が存在する。
ジョン・ルクソール・ウォールド。
第二の世界のジョン・ウォールド。
ジョン・ルクソール・ウォールドは、自らが持つ癒しの力を世のため人のために使えないかと考え、ヒーリングマンションを設立。そこは病院とは違い、戦争や紛争に伴い、傷ついた人々やこころが病んでいる人が立ち寄る、心身を癒す施設である。そして、世界各国を一つに纏め上げ、WHGを作った。そして、3015年には『治癒』と書いて『ロクスル』と読むようにもなった。
第二の世界のジョン・ウォールドは、マルク・ハイデイスに選ばれた、世界で唯一の巫子で、この世を滅ぼすとされていた黄泉の門を消滅させ、世界と共に融合して消えたとされている。
二人のジョン・ウォールドに並べられたジョーネスド・C・ウィリウスは、この世界で何を成し遂げ、何を必要とすべきなのかを見定めていた。
だが、逆説世界という邪悪な世界で得るべきことなど言うまでもなくこのジョンにはなくて、本当は一刻も早くここから出て並列世界にあるとされる神の畔に行くことがジョンの目的だった。
それに気づいたジョンは
「俺はこの世界で何かを成し遂げようなんて思わない。一刻も早く神の畔へ向かわなきゃいけないんだ」
決意を新たにしたジョン。
だが、その決意は決してレイアには届くものじゃなく、アリスにしてみたらポカーンとした表情で何こいつ意味分かんないと訴え気な感じでもあった。
「この世界のこと、何も分からないんでしょ、あなた?」
その決意の先に何かを見破られていたジョン。
その問いに
「どういうことですか?」
と、取って返すジョン。
「この世界はね、現実世界と表裏関係にある世界なのは、もうあなたにも分かったでしょう? この世界では人を殺す事が生かすことになるの。そして、この世界に於ける空間世界を移動する手段、それはこの世界において人の為に最善を尽くす事で『善事者の道』という善き計らいをした者のみが通れる道が開通するの。その道で現実世界に戻るには、人を殺して最善を尽くさなければならない。但し、その過程で、貴方が恩返しと言う理由で殺されれば、この世のアナタは死んで、現実世界のあなたは抜け殻と化すかもしれない。気をつけることね」
レイアは深く労わりの表情を見せるとともに、もの哀しげな目つきでジョンを見た。それでもジョンには、その手段しかないのであれば、地獄のような毎日を送るほかなかった。
「人を殺して、人を生かす...か」
深いため息をついた後、ジョンは曇りきった空を眺めていた。
一方、コチラは現実世界...。
「ジョン、大丈夫かしら...」
姿形をなくしたジョンを案じるジーナ。
「そういえば、昔調べていた資料に載っていた覚えがあるのじゃが、逆説世界は第一の地球の世界が模られていると聞いた覚えがあるのぅ」
それに過剰に反応したのは、他ならぬ歴史マニアのジーナであった。
「どういうこと!? もしかして、ジョンは第一の地球に行ってるの? はぁ、羨ましいなぁ」
先程までの心配はまるで嘘のように、ジョンを羨んでいた。
「そもそも何故、第一の地球は滅んだのだ?」
そこへ横槍を入れるようにアルヴェスが入り込んできた。
「第一の地球は世界が始まって中世期と呼ばれるまでは自然から生み出される魔の力と人とが共存して生きていたのじゃ。しかし、魔の力に溺れる物を取り締まるようになり、魔の力は衰退していき、枯渇したといわれておる。それにより、それまで魔の力によって世界を覆っていた、他の惑星からの情報網がなくなり、逆に科学という表向きは世界を繁栄させる手段を手に入れたが、それは逆に裏では神をも恐れぬ力、時空の力を手にすることとなったのだ」
「時空?」
聞き慣れない言葉に、ジーナはそれを聞き返した。
「昔はタイムトラベルと呼ばれておった。時を遡ったり、未来を確認したりと、人がその夢の力を手にしたことで宇宙空間に亀裂が走り、地球の真横に黄泉の門が現れ、そこから時を超えてやって来た世界、アルカディアが出現したんじゃ」
その惑星に心あたりがあるのか、ジーナは「そのアルカディアって...」と呟いた。
アルヴェスもどうやら歴史には詳しく事の顛末を知っていてか、開いていた瞳を次第に閉じ始めた。
「そう。第二の黎明以前で世界が双球になった際に、第一の地球へ衝突した世界じゃ」
「ふーん、そうなんだ...」
ジーナは世界の事を深く知れて、ご満悦の表情だった。
「それよりもジーナさん、その服では何かと不便でしょう。私の娘の服を貸してさし上げようかの?」
人の好意を無駄にしたくないジーナは、つい
「は、はい。ありがとうございます」
ジーナはそういうと、デールの後を追いかけてカルチャナの更衣室らしき場所に向かった。
御拝読有難うございました。
いかがでしたか、パラレルワールド!
しかも舞台が…ね苦笑
ギャグ要素を無理やり書こうとして、一気に興ざめしたのも覚えてますw
やっぱり、初志貫徹って大切ですよねェ~… |彡サッ