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高級男娼かぐや  作者: sillin
第二章 香具耶の刺客
8/8

4 あい

 興味津々の少女がふたり、両脇から覗き込んでくる。

 目の前へ差し出された異様なクラゲに手を伸ばし、香倶耶はつぶやいた。


「天鳳八式クラミツ……」


 手の中に闇の塊が生まれる。気づいたデコが手を引く前に、香倶耶はそれをクラゲへ押し付けた。

 じゅるっと気色の悪い音を残し、クラゲは香倶耶の手へ吸い込まれる。その場を飛び退って離れ、香倶耶は不敵に笑った。


「あーっ!」


「呑み込んだ!」


 一瞬呆然としていた少女たちが騒ぎ立てる。

 香倶耶が使ったのは、妖物捕獲用の言霊式。妖物の言霊式を細切れに分解して圧縮し、凍結する。こうなると妖物自力での復活は不可能。解凍は暗号を使って香倶耶かそれを知る誰かがするしかない。


「オマエ……立場を忘れたか」


 この状況でもデコに表情は生まれない。ただその内容から怒りらしきものを推測するばかりだ。


「あなたは源内様を殺したりできない。そうでしょ」


 答えない。図星と言うことだ。

 デコがなにも言わず一歩一歩進み、ぱっと足からライとレーが逃げるように離れた。

 哺乳類よりは昆虫を思わせる動きで、黒いそでを振り乱し両手を挙げる。


「さあ、勝負だ」


 振り上げた両手から稲妻のような光が発せられ、香倶耶を襲う。身をひねってかわし、かわしそこねた一撃は常時展開している防壁言霊式が弾いた。


「つっ」


 それでも防壁を貫いたほんの一部が香倶耶の肌を焼いた。やはり力の差は歴然だ。

 このエレキネットに没入した場合、言霊式の発動は言葉を使って行わなくてはならない。エレキネットは言い換えれば言葉が凝縮されて流れる空間だ。それ以外の方法はないはずである。

 それなのにデコは、一言も発せずに言霊を駆使している。


 香倶耶はある結論に至りつつあった。

 人は言葉を使わねば、言霊を操れない。ならば言霊が言霊を操る場合、言葉は要るのだろうか。


「うわっ!」


 続けざまの稲妻が香倶耶の防壁を吹き飛ばした。

 考え事は後だ。やはりあれしかない。


「発動・十八式カグツチ」


 禁呪を展開する。防壁は相手に悟られぬよう、普通は姿を隠している。

 それでも見破られそうな気がして、香倶耶は攻撃を放った。


「十二式タヂカラ!」


 言霊の情報を圧縮してぶつけるプログラムは、まともにデコへぶつかって、そしてなにごともなく消えた。かわしたり、防壁で防いだり、別の処理へ回したりして回避する対応は見たことがあったが、正面から受けて平然としているのは初めてだ。あれを喰らえばたいてい演算機本体のほうが処理落ちする。

 香倶耶はたどり着いた結論への確信をなおさら深めた。


「それだけかい、月の君」


 デコが真正面に立っている。頭ふたつほど高いその身長を、香倶耶は見上げる。


「あなたの目的がわかりましたよ」


「ほう……」


「エレキネットを侵食してどうするつもりですか」


「この世界はまことに心地がいい……。よりよい環境へ住み着くのは、オマエたちも同じではないかネ?」


「ふ……たしかに。僕もあなたたちも変わらないんでしょうか」


「知らない。興味のないことだ……。オマエも瑣末なことはもう、気にしなくていい」


 デコの手が伸び、胸へ当てられる。

 青白く光る手の平。擬似化された稲妻が発せられようとしたその間際――。

 真紅の炎が香倶耶の胸からデコの手へまとわりつき、瞬きする間も無く腕を駆け上って全身へ回った。爆音が辺りを揺るがし、衝撃を受けた香倶耶は凄まじい勢いで弾き飛ばされる。


「オオオオアアアアアア」


 この世のものとは思えない声を上げてデコがのけ反った。炎の柱と化している。

 めらめらと上がる炎は小爆発を繰り返し、デコの身体を吹き飛ばしていく。

 長身は支柱か、立ち上がったナナフシを思わせた。燃え上がる奇怪な姿。

 とんでもない威力だ。かろうじて受身を取った香倶耶は、痛む腕をかばって起き上がる。


 デコは消し炭と化して燃え落ちようとしていた――。


 その身体がふっと、かき消えるように炎ごと消失する。

 どこかで見たことのある消え方だった。香倶耶は腕を押さえてそこへ駆け寄る。

 痕跡がなにもなかった。炭も、灰も。

 炎の残滓すら存在しないことに気づき、


「やられた――」


 香倶耶は舌打ちする。


デコイか」


 デコはデコイのことだったのだ。あまりの存在感に、まったく気づかなかった。今振り返れば確かに、乏しい表情や多様性に欠ける対応など、囮にありがちなものだ――。


 香倶耶は少女たちを探す。燃え上がったデコの姿に気圧されたか、ライとレーは抱き合って震えていた。


 香倶耶は半ば全てを悟った。

 あまりに不均一。とある部分が百あっても、別の部分は一しかない。

 平均性も統一性もない。

 香倶耶を操れるほどの技量を持ちながら、ほんの少しの刺激で崩壊してしまうような、不ぞろいな存在なのだ。


 そしてもうひとつ――。

 敵もひとりだ。確信だった。


「脅しに使えないのに、源内様をさらった理由がわかりましたよ」


 香倶耶は抱き合ったふたりの前で微笑みかける。


「そうしないと不安でしょうがなかったんですね。僕から身を守る布石が欲しかった――」


「そうだ、あ、あたしたちに手を出してみろ」


「どっちかが源内なんだぞ」


 ライとレーは虚勢を張って口々に言った。

 源内は乗っ取られて、この少女たちのどちらかに扮されているわけだ。

 しょうもない。香倶耶はなおさら可笑しくなった。


「偽者は消えてください」


「わ、わかるのか」


「わかるものか」


「わかりますよ。ほら――」


 香倶耶は左側の少女を引っ張る。レーはよろよろと香倶耶の腕へ抱かれた。見開いた瞳が見つめている。


「な――なぜ……」


「さあて」


 ライが後ずさった。


「あいのちから、か……?」


「恥ずかしいこと言いますね」


 香倶耶はレーを抱き上げ、唇を合わせる。何度か震えたレーは、腕の中で大きく伸び、その姿を変えていった。


「……香倶耶……」


 目を開けて言う。茶色の長い髪。少し広めのおでこ。深い二重の刻まれた瞳。

 源内だった。


「あいだ……おそろしい……」


 呻きながらライは膝をつき、そこから古い人形のようにばらばらと崩れていった。



***



「出たぞ」


 香倶耶が持ち帰った妖物の母体の解析結果を手に、源内が遊馬茶屋を訪れたのは数日後のことだった。

 自力で階段を登るように改良された車椅子を廊下の脇へ置き、香倶耶に抱かれた源内は部屋の隅の演算機の前へ座る。香倶耶はその隣、身体を合わせて腰を降ろした。


「どうでした?」


「結果を捨てたくなったよ。こんなものがばら撒かれなくてよかった」


 遠柴屋の記録装置を差し込んで表示させた情報は、恐るべきものだった。

 妖物はエレキネットへアクセスした人へ取り憑くようにプログラムされていた。それはつまり、不特定多数の人間が現実世界へ妖物を持ち帰ることを示している。妖物の特徴として複製を作り他者へ植えつけるという基本性質があるから、それはまたたくまに江戸、国内中へと蔓延するだろう。

 そこから先、ライがなにをしたかったかははっきりしない。ただ香倶耶には、漠然ながら確信がある。


「どう考えます?」


「……お前と同じだろうな。エレキネットを足がかりに、この世へ大規模な移住を試みようとした――」


「やはり源内様を乗っ取ったのは」


「言うな。考えたくもないさ。あれらが、これほどはっきりした意識や自我を持っているなど」


 源内はふと、窓の外へ目をやる。

 つられて香倶耶もそこへ視線を向けた。見慣れた景色。吉原の大通りが、二階からはよく見える。


「エレキネットは、この世とあの世の間に、中間地点を作ってしまった。この世にありながらあの世を写した場所だ。いずれ――」


 そこで言葉を切り、しばらく考え込んだ。


「……源内の一族は、後世からどう映るのだろうな。あたしは、この世に穴を開けたのだろうか」


 香倶耶には答えられない。ただ窓の外を見つめる――。


「あっ!」


 思わず声を上げた。


「どうした?」


「いま――。いや……なんでも、ないです……」


 通りの人ごみに、ライの姿が紛れているように見えたのだった。


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