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高級男娼かぐや  作者: sillin
第二章 香具耶の刺客
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3 異形の三影

 ネットワーク、及び妖物へ意識を潜り込ませることは没入と言うが、ネットワークから人体への没入はフリップと呼ばれ区別される。背後霊のようになると考えればわかりやすいだろう。ただし、視覚野に侵入しないと物は見えないし、見えたとしてもそれは転じた対象が見るものを共有するだけである。神経に侵入すれば腕や足などを一時的に動かすこともできるが、それはふいをつくような一瞬しか不可能だ。


 香倶耶がされたように完全に意識をつぶして操るのは、相手がよほどの技量を持っていると言うことだった。もちろん体内温度を暴走させて脳みそを焼き切るなど、造作も無いことだっただろう。

 なぜ生かし、再び没入を要求したか。


 香倶耶は白い空間へ舞い降りた。視覚変換が、降り立ったつま先の部分から世界に色をつけていく。

 やがて構成された周りの光景は、夜の吉原だった。

 演算機はフリーズしていないから、すでにエレキネットへ接続している。江戸中のアクセスが擬似的な人型として描写されるのが常なのに、今日は人っ子一人見当たらなかった。


「源内様!」


 呼びかける。シンとした街中から返答はない。


「ご苦労だったネ……」


 背後から突然声をかけられる。同時に発生する巨大な威圧感。

 香倶耶は振り向き、身構えた。思わず身構えるに足る人物が、そこには立ち尽くしていた。


 まず目を引くのが異様に高い身長。そして真っ黒い喪服のような着物。髪はその足元まで届きそうなほど長く、顔立ちは中性的で年齢もはっきりつかめない。ただひたすら、ぞっとするほどの無表情。無機質な、この世のものとは思えない顔立ちだ。


 その足元にはそっくりな顔立ちの少女がふたり、左右に分かれてしがみついている。こちらはふたりとも晴れ着みたいに真っ赤な小袖を着て、おかっぱ頭だ。こちらを警戒するような、威嚇するような目つきでぎゅっと黒いすそを握り締めていた。長身の人物は枯れ枝のように細くて長い手を、それぞれ少女の頭の上へ置いている。


 三人とは想像しなかった。しかも内ふたりが少女とは。擬似的とは言え、肉体の表現は本体をそのまま使わずには不可能だ。感覚も擬似化されるため、他人や別の物になることはできない。

 それとも何か自分の知らない方法でそう表現しているのだろうか。実力は未知数だ。それもありえる。


「源内様をどうしたんです」


 視線を緩めず、香倶耶は質す。黒の長身はなんの表情も見せずに答えた。


「どうもしないサ」


「どう言う意味です」


「事が終われば勝手に目覚めるだろうって意味サ……」


「無事なんですね?」


「しつこいね、無事だって言ってるでしょ!」


 突然少女の右側ががなりたてる。

左側が口元に手を当てて笑った。


「らいちゃん、あたしムカつくからお尻を蹴っ飛ばしてやろうかしら。キシシ」


「そうしなよれーちゃん。キヒ」


「お黙りな……」


 口調は老婆、老人のようだが、声は澄み切っている。蜘蛛の足みたいな指を持つ手が少女たちを撫でると、ふたりは口をつぐんで着物へくっついた。

 あまりにも異様な三人組だ。香倶耶は眉を寄せたまま交互に見つめる。


「紹介しよう……。ワタシの名はデコ。右に居るのがライ。左にいるのがレーと言う」


「偽名ですか」


「名など個体を識別できればよいのではないかネ……。真も嘘もないサ」


 やりにくい。雰囲気に呑まれている。香倶耶の緊張が、擬似的な汗を額に浮かべさせた。

 商売柄観察眼には自信があるのだ。しかしそれも、まともな人間相手のこと。あまりにも目の前の人物たちは日常からかけ離れている。


「本題に入るヨ。オマエにはこの妖物ウイルスを受け入れてもらいたい……」


 少女の頭から片手が離れ、上向きに開くと、ぼっと青白い炎を上げてなにかが手の平の上へ現れた。

 形のない妖物を描画しているのだろう。それは半透明なクラゲを思わせる気味の悪い物体だった。

 デコはゆっくりとした、明朗な口調で続けた。


「この妖物は母体。オマエを媒介し複製を作る。オマエはその子種をこの世界へばらまくのサ。なに、難しいことはなにもない……。オマエは普段どおりに生活して、たびたびアクセスすればよいだけだ。あとは妖物が勝手にやる……」


「あなたの技量なら、僕にその妖物を植えつけるなど造作も無いことなんじゃないですか」


「然り。しかしそれでは、いずれオマエは気づき排除してしまうだろう……。それでは駄目なのだヨ」


「――僕にその妖物と結婚しろってことですね」


 自分の冗談ながら笑えない。デコも異様に小さい瞳孔を煌かせたまま、にこりともしなかった。香倶耶は再び質問する。


「妖物をばらまいてどうしようって言うんです」


「侵食する」


「侵食?」


「デコ、いいよ。どうせこいつは逆らえない」


 右側のライが高い位置にある顔を見上げる。

 左側のレーは香倶耶へ指を突きつけた。


「言うこと聞かなかったら脳みそを"がん汁"みたいにしてやるんだから!」


 香倶耶は考える。

 デコはともかく、このふたりの存在意義が分からない。香倶耶を脅すだけならデコひとりで上等だし、そもそもさっきから幼稚な発言を繰り返すこのふたりが没入していること事態が不思議だ。

 そう見せかけたいのか。相手は圧倒的に有利だ。そこまでする理由がない。

 違和感をだらけだ。


 そもそも、こんな回りくどいやり方をしなくても、源内の命を盾に脅せば済む。わざわざ香倶耶を操ってさらわせたり、その上で再度没入を要求したり、やっていることに無駄が多すぎなのだ。

 ならばそう言う趣向を凝らすのが好みなのかと言えば、先ほどからの無駄を省いたやりとりを見る限り、そんな印象を受けない。明快で単純な交渉を望む意志しか感じ取れなかった。


 そうしないと言うことはそうできないからだ。


 なぜか。源内をさらうのに失敗したからか。違う。香倶耶をこの方法以外で呼び出す手段が無かったとも思えない――。


「さあ、こいつを喰え」


 硝子を磨いたような無表情で手を伸ばし、一歩近づいてくる。香倶耶は逡巡する。

 時間切れだ。あとは賭けるしかない。

 意を決してデコの前に立った。


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