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高級男娼かぐや  作者: sillin
第二章 香具耶の刺客
6/8

2 転(フリップ)

 気がつくとひとり、夜の吉原の町外れに立ち尽くしていた。足元には用水路。見上げると月が半分に割れて生白く光っている。


 意識を失う前の出来事をその光で思い出す。あの強い輝き。あれはいったいなんだったのか――。


「そうだ、源内様は――あぐっ」


 動こうとしてひどい身体の痛みに襲われた。腱と筋が引き伸ばされたような痛み。筋肉が随所で痙攣を起こしている。


「なにが……」


 地面に膝を落として痛みに耐える。動かし方を間違えれば全身が砕けそうだった。ゆっくりと手をつき、身体を持ち上げる。

 屈んだ姿勢になったとき、ぱたっと胸元から紙切れが舞い落ちた。拾い上げ、目を通す。


≪没入せよ。月の君≫


 印刷機の印字で一言だけ。香倶耶は立ち上がり、何度も読み返してみる。それでも意味がわからなかった。思い当たる節も無い。


「香倶耶様―!」


 路地へと香倶耶を呼びながら走りこむ者がいる。月明かりが照らしたそれは、遊馬茶屋の小間使いと知れた。少年は息を荒げている。


「こんな、ところに、いらしたんですか。みんなずいぶん探しました――」


「僕は――いったいどうしたんだい?」


 小間使いはやっぱり覚えてないんですね、と相槌を打った。


「源内様の悲鳴が聞こえたかと思ったら、香倶耶様が源内様を横抱きにして、ものすごい勢いで外へ駆け出していったんですよ。あの時の目、まともじゃありませんでした。けっきょく誰も追いつけないまま見失ってしまって――」


「そうか――やっとわかった。やっと」


 なにが起こったかそれで把握する。

 香倶耶は没入されたのだ。何者かによって、自身の言霊を乗っ取られたのである。


 状況から察するに仕組まれた出来事だ。香倶耶に没入したなにものかはその身体を動かして源内をさらった。激しい筋肉痛は肉体が限界を超えた運動をさせられたからに他ならない。

痛みも気にせず、香倶耶は拳を握り締める。


「くそっ!」


 いまだかつて聞いたことのない香倶耶の悪罵を耳にし、小間使いは目を丸くする。激情を乗せたまなざしを向け、香倶耶は言った。


「うまく身体を動かせない。肩を貸してくれ。一刻も早く没入しなくちゃならない――」


「は――はい。はい」


 気おされた小間使いは何度もうなずき、香倶耶へ肩を貸した。

 非力な小間使いがよろめきつつ遊馬茶屋へたどり着き、店先へへたり込んだのも気にせずに、香倶耶は悲鳴を上げる身体に鞭打って二階の自室へ上がる。


 気づいた店の者が何人か香倶耶に声をかけようとしたが、その目を見てだれも何も言わなかった。鬼気迫る目つきは電灯の明かりをぎらりと跳ね返し、普段の物腰穏やかで小春日和な調子の香倶耶とは似ても似つかない。美しさは時に恐怖を呼ぶと、ただ息を呑むばかりである。


「今日は、ひとりっきりだ――」


 部屋は片付けられていた。演算機の電源を立ち上げ、起動を待つ。同僚の陰間が部屋の外から呼びかけた。


「だいたい察したよ。援護バックアップはいるかい――」


 しばし考える。香倶耶は源内の組んだ言霊式で防御されていた。それがなんの効力も発揮せずに抜かれたのだ。まるで未知の相手だった。巻き込むわけにはいかない。


「ありがとう。入らないでくれ」


「……なら、お前の援護はこれだ」


 薄く開いた障子の隙間から、棒状の記録媒体が投げ込まれる。転がってきたそれを香倶耶は手に取った。遠柴屋の製品。源内が良く使っているものだ。


「お前の部屋に落ちていた。おそらく源内様が間際に残したものだろう。封印の解除はしておいた――半分解けかかっていたんだ。差し込んで中身を確かめるといい」


「すまないね」


「うまくやりなよ。次は脳みそを沸騰ボイルさせられるかもしれない」


 同僚の気配は去る。演算機は立ち上がった。記録媒体を差し込み、情報を読み込む――。

 まず警告文が表示された。


≪禁呪・天鳳十五式カグツチ≫


≪本プログラムの通常における使用を禁ずる≫


≪本プログラムは妖物、若しくは悪意ある攻撃者に対する攻撃的防御を目的とする≫


≪人体へ発動した場合対象者の生命は保証されない≫


反動リバウンドにより使用者の被害も予想される≫


≪破壊力、危険性が過大であることから本プログラムを封印する≫


≪十六代目平賀源内≫


 それから仕様が続く。

 これは要するに防御用の言霊式であるのだが、攻撃した相手へ自動的に反撃するよう設計されているのだ。敵の攻撃が届くそれよりも早く、逆襲カウンターの一撃を喰らわせる。結果、こちらの安全は保たれると言う発想だ。


 その破壊力たるやぞっとするほどのものだった。過剰すぎる破壊力だ。人間相手に使えば間違いなく言霊の崩壊を招いて即死だろう。逆に没入した状態で使用すれば、書かれているとおり反動は避けられない。直接ダイレクトに受ければ脳に障害が残るのは避けられない――。


 香倶耶は内容を理解すると、接続装置を指へはめ、禁呪カグツチを体内へインストールする。他にも数種類言霊式を書き込んで、目を閉じた。


 専用の言霊式が発動し、エレキネットへの没入が始まる。


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