4 後日談
「アハハハハ。そいつぁ傑作だ!」
後日の遊馬茶屋。薫子との顛末を聞いて大笑いする源内は上機嫌だった。反して香倶耶は憮然としている。
「源内様、成分の分析はしていたんでしょう。なんで毒性を教えてくれなかったんですか」
「死にはしないとわかってたからな。それにお前なら、そっちのほうが粋に解決できると思ったのさ。でもタマとサオをなくして帰ってこなくてよかった。それじゃあたしが詰まらない――」
「人事だから笑えるんです。まったく……。で、源内様。あの妖物はいったいなんだったんですか? 新種なら報告しないといけない」
「新種ってほどじゃないよ。ただ珍しい合体の仕方をしてただけだ。あいつは『終わりの始まり』。言霊である妖物ってのは死じゃなく終の概念で捕らえるべきものだ。要するに末端へ取り付いて終止符の役割をする、妖物の寄生体なんだよ。妖物にとっては自然死の代わりの重要な要素だ」
「それがなんであんなことに」
「あの毒、ひいてはそれを抽出した植物に反応して、寄生したんだろうね。お前が見た花って言うのは、おそらく何種類かの植物が混じり合って、妖物化したものだ。あそこまで言霊式が組みあがるのには、長い年月がかかったろうよ」
「そうでしょうねぇ……」
薫子が殺されかけたのはまだ年端もいかぬころ。十年、二十年とかけて妖物は成長したのだ。その間自らの殻へ閉じこもり続けていたことを思うと、ひどい目に合わされたとはいえ薫子には不憫な想いを禁じえない。
「ま、一件落着ってことさ――」
源内がそう締めくくったそのとき。
「お――お客様、困ります」
にわかに階下が騒がしくなる。小間使いの少年が叫び、それを振り切るようにして階段を踏む足音が登ってくる。香倶耶はその場から階下へ声をかける。
「どうした?」
「ど、どうにも、はや……。あの、こんなにもらっていいんですか?」
小間使いは買収されたらしい。香倶耶と源内は顔を見合わせ、部屋の障子が開くのを見守った。
「お久しぶりでございます」
強引にここまで上がりこんだとは想像できないほど優雅に、薫子が部屋の前で微笑んだ。香倶耶はあんぐりと口を開ける。
「い、いったい……?」
「源内様もごいっしょと聞き及び、がまんならず飛んできてしまいましたの」
「どういうことだ、姐さん?」
とたんに表情をきつくした源内が、やくざ顔負けでガンをつける。それをものともせず、薫子は微笑を絶やさない。
「おふたりのお力で、わたくしは長年の悪夢からようやく目覚めることが出来ました。そのお礼を、まず……」
畳へ正座した薫子が、三つ指をついて頭を下げる。慌てて香倶耶も低頭した。
「いえいえ、これも仕事」
「特に香倶耶様の勇気にはわたくし、感動いたしました。そこで今日は、香倶耶様がこのような娼館をお出になる算段をしに参りましたの――」
「ああ? な、なんだお前、香倶耶を囲おうって言うのか!?」
狼狽した源内が、普段から良いとは言えない言葉遣いを荒くする。
「はい。資金も表に用意して……」
「駄目だ! こいつはあたしのだ!」
「はて、そのようなお話は伺っておりませんが」
「お前、確信犯だな。いいだろう、金ならこっちもある――」
「いいでしょう、受けて立ちます」
途方もない金額がふたりの口から飛び出始める。
突然始まった競売に、香倶耶は天を仰いでため息をついた。
「僕の身体は、僕のなんですけどね……」
とりあえず一段落するまで、現実世界から逃避しよう。
電脳の中へ没入するため、香倶耶はパソコンの前へ向かった。