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第61話 『勇者参上』

「ようやく見つけたぞっ! 魔人族!! これ以上お前たちの蛮行を許しはしない!!」


 変化したヤイヴァとさして変わらない大剣を振りかざす軽微な鎧を纏った少女は、こちらが身構える間もなく跳躍と同時、剣を大きく振りかぶり、落下の勢いを伴いながら、俺目掛け叩きつけるように振り下ろし、衝撃波で砂埃が舞い上がった。


「なんだこいつ? リオお前なんかどっかで恨みでも買ったか?」


「んな訳あるか。お前達って言ってんだから、そいうことだろうよ」


 謎の少女からの攻撃に、咄嗟に対処へ移ったのはスコール。大剣を鼻頭すれすれの位置で白刃取り。そのまま引き寄せながら前蹴りを繰り出し、しかし少女は怯むことなくスコールに合わせ同じく前蹴りでスコールの足裏を蹴り、押され合う力を利用し大きく跳ね距離を取った。


 金髪碧眼。流れるような頭髪と深く青い瞳は森人族の典型的な容姿だが、この少女は耳が長くない。あれほどの鮮やかな色合いは普人族で持つ者はいないはず。

 それだけじゃない。こいつは……まさか……


「アンジー様!!」


「ちょっとアンジー、ぼくたち君と違って“跳べ”ないんだから、少しは待ってよ」


「敵の力は未知数。それも複数相手じゃ。独断専行するでない」


「…………」


 俺を睨み剣を構える少女の元に、続々と仲間と思われる者達が集まってきた。一人は成人男性より遥かに高い背の、やたら継ぎ目の多い青玉虫色の全身甲冑。長いローブに長杖と、魔法使いであることの自己主張高い、意地が悪そうな顔の小柄な少年。やや腰を曲げているが、相当な実力者であることが窺える、灰色髭を蓄える老人。そして大人しそうな狸顔(獣人族的な意味ではない)の、大剣を持つ少女と同年と思しき少女。計五人が俺達に対し敵意を向き出して構えた。


「やっぱアタシ達って嫌われ者なのよね? アズールのみんなが優しかっただけで」


「そうだね。悲しいけど、これがセット地方だと普通の事なんだ」


「…………。……?」


「え? 今何といいましたかスコール?」


 詠魂でやっこさんらの思考を読み取っていたスコールの口から出た奇妙な単語。それを確認するまでもなく、大剣の少女は三歩程進み、切先を俺達に向け、高らかに叫んだ。


「我が名は“勇者”アンジェリオナス!! この世に蔓延る悪を討つ天剣なり!! 魔人よ! 貴様らが世に齎す一切にっ、人々は悲しみ憂いている!! それを断じて見過ごすわけにはいかない!! 今! この場所でっ、我が剣をもって成敗してくれよう!!」


「…………え?」


「聞こえなかったのか? 勇者である私がっ! 魔人である貴様を討とうと言っているのだ!!」


「…………え?」


「何だお前耳が遠いのか!? 難聴障害なのか!? それともわざと聞き流しているのか!? 煽っているのか!!?」


 謎の少女が発する突然の宣告に急遽ヴァン達を集め、円陣を組んでしゃがみ状況確認を行うこととした。


「(なぁ。あれ、俺の聞き間違いじゃねえよな? 勇者ってよ……)」


「(勇者って、あの勇者よね? 幼児向けの本に出てくる、勧善懲悪の有名人)」


「(記憶のねえオレでも知識として知ってるぐれぇのな。いやでもよ……)」


「(…………個性的)」


 首だけ振り向かせ勇者を名乗る少女を仲間と共に見つめる。


「な、何だ!! そんなに勇者が珍しいか!!? 勇者を名乗るのがそんなに可笑しいか!!?」


 動揺を見せる勇者とやらをしばし観察し、再び顔を寄せ合わせた。


「(いや、勇者は嫌いじゃないよ? 人格者だと思うし、子供達のお手本みたいな人物像だし。でもこの年になってから僕は勇者だっ、って、それは……ちょっと……)」


「(幼心が祟って精神年齢をこじらせてしまったのでしょうか?)」


「全部聞こえてるのぉ!! 何よ何よ寄って集って馬鹿にしてぇ!! カッコいい役職じゃない!! 皆の憧れのお仕事じゃない!! 立派な職業なのぉ!!」


 その世間様に褒められる役目を職業とか言っちゃってるよこの人。大人びていていた口調は退行して見た目通りにまで落ち、駄々っ子のように剣を振り回し地団駄を踏み始めた。こっちが素の性格っぽいな。

 ……ますます似てやがる。


「むぅ、アンジー様の弱点を初見で突いてくるとは、侮れん」


「やっと耐性ついたかなって思ってたけど、やっぱ駄目だったか」


「はぁ……未熟者め」


「(オロオロ)」


 俺らの勇者に対しての価値観というか、固定観念がセット地方では異なっている、という訳でもなさそうだ。赤く染まった表情を見る限り、怒りだけでなく羞恥心もあるのが窺える。


「うぅ~~……負けないっ、負けないもん! ……っ! 負けてたまるものか!!」


 持ち直したっぽい。剣を持ち直して構えを取った。まだ頬回りはほんのり赤いが。


「そうだ。亡くなったアズールの民の無念を晴らす為にも、ここでお前達を野放しにしておく訳にはいかない。命を持って償うがいい!」


「……どういうことだ?」


「とぼるな。魔人族は自らを生き永らえさせる為に他者の魔力を命ごと奪っている。そうだろう? 下衆のすることだ。この悪霊め」


「天人様が魔人の一人を仕留めた。でも実際はもう一人いて、天人様が帰還されたのを見計らい、魔力の回収をする。なかなか狡猾だね」


 ほう、あのファランの騎士連中、魔人の悪評も織り交ぜて俺らに上手く罪を擦り付けたのか。雷花団は元犯罪者だから殺して良し、町民は魔人の餌食となった、ってとこか。一応間違っちゃいねえな。死体とはいえ全部俺が喰ったし。


「潔く認めたらどうだ! アズールの人々の命を奪ったのは自分なのだと!」


「っは! そうだと言ったらどうする!」


「ちょ、リオ!!?」


「問答をするつもりは無いっ!!」


 勇者を含めた五人が戦闘態勢に入った。勇者は最初から俺狙い。躊躇いなく、素早く踏み込んで来る。


「いつもの悪い癖が出たわねっ。ほらヴァン散開っ」


「全くもうっ! こんな誤解話せば簡単に解けるのにっ!」


「言って聞くような方々なら、の話ですよね!」


「口耳講説」


 ヴァン達は俺から左右に距離を取りつつ、同じく散った後ろの四人へ牽制に走った。


 先んずるは勇者の攻撃。俺の首を狙う斜め下からの切り上げ。十分に避けられるそれを少々しゃがんで回避し、二の太刀に備え力を蓄える。躱された大剣は勇者を軸とし更に勢いを増して胴を回転斬りで薙ぎに来た。俺のフードにロンを放り込み、変化しながら手に収まったヤイヴァで衝突に合わせ弾くと、魔法陣を展開した左手が目前に突き出される。首を倒して回避し、視界の端であらぬ方向に風の刃が飛んで行くのを確認。と、ここで勇者が下げていた左足が俺の又目掛け振り上がる“だろう”。身体を捻り躱し、右脇で足首を挟んで捉えた。


「なっ!?」


「惜しかったな」


 驚く勇者ごと右に転がり完全に体制を崩させる。右半身側を縛られた勇者は頭と肩を強かに打ち付け、俺は足が再び地を掴んだ所で勇者を大きく振り回し、放り投げた。


「ぐはっ! うっ、つ、くぅ!!」


 三回ほど跳ねた所で勇者は地に剣を突き刺し無理矢理制動をかけ立ち上がった。


「イシシシッ。こりゃ面白え。いい筋あんじゃん。相手がリオじゃなきゃ四段目決まってたと思うぜ」


「初撃から二撃迄の流れ。回避か防御を狙わせながらもはったりの魔術。阻止された所で視野から遠い真下からの蹴り。型がどことなく俺に似てるな。だからこそ読めたってのもあるが」


 勇者の呼吸が落ち着いた所で今度は俺から仕掛ける。目前で衝突する二つの大剣。隙を狙って飛び交う剛剣を、同じく剛剣が盛大に弾く。豪快な剣撃に大気が幾度も震える。なかなかの筋力だ。やっぱこいつ、普人族じゃねえな。

 打ち合う最中、何かしらの魔法が発動し、勇者の身体が仄かに光る。真っ直ぐ突きを繰り出すと、それを受けようとも避けようともせず、しかし微かな光の粒子のみを残し姿が消えた。これは、高速移動? ……いや、瞬間移動か。


「あーあ、勿体ね」


 残念がる(ヤイヴァ)の中心を掴み、身体を捻りながら勢いよく引く。背後で半身に構える勇者の脇腹に、柄頭が鈍い音を立て食い込んだ。


「がっ!!?」


 痛みに剣を離さず、膝も落とさなかったのは流石だ。それでも大きな隙であることは変わらんがな。硬直した勇者の腕を再び掴み、また振り回し、今度は投げ飛ばさず地面に叩き付けた。


「あぐぁ!! ぐっ、くぅ……」


 受け身が取れるわけもなく、地べたに這いつくばる形となる。勇者は震えながら上半身を起こし、痛みと恨みを伴った目で俺を睨んだ。


「後ろを取っただけで決められると思うのは甘過ぎだ。俺は死角からの蹴りを止めたんだぞ? 最後の瞬間移動先も予測の範囲内だ」


「な……なんで、“跳んだ”って……」


「分かったのか、か? 後から来たあのチビが言ってたろ。『君と違って“跳べ”ない』ってよ。そん時からお前が何かしらの移動術を持ってんだろうって警戒してたからな。ああそれと、お前は決め手になると若干振りが大きくなる。もっと早い技なら相打ち程度にはなったろう」


 ヤイヴァから手を離すと人型へと戻り、残念だったなぁと嫌味ったらしく勇者の頭をパシパシと叩いた。


「アンジー様!!」


 斜め後方から接近する気配にヤイヴァを抱え跳躍し距離を取る。あれは、金属の大鷲、か? 勇者の元へ降り立つと、その金属の肉体が砕けるように弾け、再び組み上がり当初見た全身甲冑の人型へと変化した。


「すっげー! 見たかリオ。どんな身体してんだあれ?」


「ああイライラするぅ! 硬いしガチャガチャ姿変えて攻撃してきてメンドくさいっ!!」


 竜化していたティアが俺の傍に着陸しプンスカと怒りを顕にしている。どうやらあの鎧、大鷲以外にも変形出来る姿があるらしい。確かにティアが嫌がりそうな相手だ。トリッキーな動きをされると混乱してがむしゃらになり、余計悪化するのがティアの欠点だからなぁ。


「リオ、川の周りにいた人達、入ってきた」


「潮時か。スコールはあの爺と闘ったんだろ? どうだった?」


「ちょっと厳しい。勝てない」


 おおぅ、確かにただ者じゃない雰囲気はあったが、スコールに無理と言わせるほどの強さか。


「よし、そろそろ御暇(おいとま)するとしますかね。ティア、アリンとヴァンを拾って離脱するぞ」


「ま、待て!! 逃げる気か!!」


 ティアに乗り離陸すると全身甲冑に支えられる勇者が叫んだ。返事の代わりにケツを向けてペンペン派手に叩く。馬鹿にしているのかと顔を真っ赤にし、魔法の氷槍を飛ばしてきたが、ティアが片翼で全て弾いた。


「あっち。ヴァンとアリン」


 スコールが二人の居場所を指し示すが、確認するまでもなかった。豪快な火柱と水柱が互いを食い合うかのようにうねり、炸裂する。

 頭上で旋回しているとアリンが気付き、こちらを狙って弾丸を撃った。弾は返しが付いた錨へと形を変え、それをスコールが掴み取る。ヴァンがアリンの腰に抱き着くと同時、アリンが銃へと魔力を送ると、錨と銃に刻まれた魔法紋が呼応し、光の筋が銃と錨を繋いだ。互いに引き寄せられるそれはアリンとヴァンを引き上げることとなり、リールを巻き魚を釣るようにスコールが二人を引っ張り上げた。


「ふうっ! いやあの子凄い魔術師だね。術の一つ一つが強力でかなり押されたよ」

 

「後ろで補助をされていた方も、守りがかなり堅かったです。一発だけ【千棘裂・魔封弾(ニードル・バレット)】が当たったのですが、魔法も使わずに傷が瞬時に治ってしまいました」


 勇者とその一味。言い換えるなら、どこぞの国家公認の少数精鋭部隊。いいね。久方ぶりに楽しませてくれる連中が現れたな。


「リオ、あの方達が気に入ったのですか?」


「ああ。あの勇者を名乗る女も、お前らを苦戦させた他の奴らもな。今日から楽しい鬼ごっこの始まりだ」


「勇者の目的は分からないけど、魔人のリオをこのまま放って置く、ってのは、あの様子からして無さそうだからね」


 その通りだ。正義の味方だってんなら、世界を乱す俺を倒しに来い。


「…………」


「嫉妬」


「人の心勝手に読むのは止めなさいスコール!!」


「なぁなぁ、次の目的地、オレが決めていいか?」


 風まかせ波まかせなヤイヴァにも、興味のある土地があるようだ。先を促すと、親指で俺のフードの中で眠るロンを指した。


「こいつの故郷に行ってみようぜ。このままずっと連れ歩く訳にもいかねぇしよ」


「そういやちょいと離れたとこに“精人族の隠れ里”があるって言ってたな」


「おう。それによ、もしかすりゃオレの記憶の手掛かりがあるかもしんねぇし」


「そっか。もしかしたらヤイヴァって、セット地方の出身かもしれないんだよね」


 曾祖父ちゃんが連れてきた可能性があるってだけだから定かではないが、曾祖父ちゃんがセット地方生まれなのは間違い無いようなので、零ではないはずだ。


「ヤイヴァは記憶を取り戻したいのですか?」


「いんや、別にどうでもいい。が、後々厄介になりそうな気がしないでもねぇから、な。……終わったことだ過去の事だ、もう関わりもねぇし興味もねえ、なんてほっとくだろ? そしたらあのザマだ」


 徐々に遠のくアズールに流し目を送るヤイヴァ。その瞳には、若干の苛立ちがあった。


「天人族には会えねぇわ、アズールは糞つまんねぇ結末迎えるわ。昨日の出来事が明日のオレらに返ってくる。断ち切って生きていけりゃいいけどよ……案外、身に染みるもんだな、知ってる奴が死ぬってのはさ」


 ヤイヴァの癖に気にしてんのか、等とからかう気にはなれなかった。勘違いされがちだが、ヤイヴァは冷血女じゃ無い。ロンの事を気にしてやっている所を見れば分かるが、人情には厚いほうだ。

 未だ家々が燻り黒煙をあげるアズール。そのなかに浮かぶ一点は、勇者の姿。


 悔しく、辛く、瞳を潤わすその顔が、どうしようもなく、あいつに似ている。いや、あいつそのものだ。


 これが神のイタズラってやつなのか? それとも、まさか、お前までこっちに来ちまったのか?


 綾音(あやね)…………










「ん〜む。流石は上位亜人(プロミネンサー)、と言ったところかのぉ」


 俯く勇者の元に集い、重い空気が漂う中、アーロンは乱れた髭に指を通し、先の戦闘を反芻しながら深々と頷いた。


「あの竜人の娘、華奢に思える肉体だが、恐ろしく堅牢だった。打撃を加えれば柔軟に流し、斬撃で裂こうとすれば金剛石のように傷一つつかない。力不足を痛感した」


「……あの爬人の奴は認めたくないけど、魔術技巧は僕より上だった。でもさ、有り得ないだろっ。何で“異なる術を同時に発動”出来るんだよ!? あんなこと出来る奴は絶対にいない! 先生ですら無理だって断言してたのに!」


「……、……」


 悔しさを漏らす三人にアーロンは神妙な面持ちで頷き、最後にアンジェリオナスへと問い掛けた。


「アンジー、いや、勇者よ。魔人との、初の闘い。どうじゃった?」


「……た。……だった……完敗だった!!」


 地に額を打ち付け、アンジェリオナスは胸に詰まる無念を吐露する。


「あいつは魔法を一度も使わなかった! なのに技の悉くか読まれてっ、いなされてっ、一太刀も届かない! 掠りすらもしない! 皆に認められた剣術を、あいつは嘲笑うかのようにっ! 余裕すら見せてっ! そんな剣で打ち合おうなんて片腹痛いって言わんばかりにっ! 嫌っていうほど力の差を思い知らされた!!」


「……彼の魔人の剣術は、アンジーより上だったのじゃな?」


 その問には答えず、答えられず。沈黙を保つアンジェリオナスに、アーロンはその老体からは考えられない覇気に満ちた怒号を上げた。


「この腑抜けが!! 潔く力量の差を認めるならいざ知らずっ、屈辱に屈伏し足を止め頭を垂れるとはどういう了見じゃ!!」


 重い叱責に、しかし項垂れる頭を上げることは出来ず、アンジェリオナスは自身の弱さを痛感し、臍を噛む。そんな彼女の心傷は、アーロンには手に取って分かる。それでも、甘い言葉を、気遣いの言葉を掛けることはない。


「勇者の名は伊達ではない。この重い名をお主が背負わされたのは、人々が決めたからでも、運命付けられているからでも無い。アンジー、お主が背負うと決めたからじゃ。ここでの敗北は、確かに重い一敗じゃろう。だがの、勇者の名はもっと重く、そして希望に溢れたもの」


 勇者。その意味を思い出させるかのように、アーロンはゆっくりと、アンジェリオナスに聞かせ続けた。


「勇者アンジェリオナスよ。立ち止まるな。じゃが急ぐ必要は無い。ただ、歩みを止めるな。常に堂々と、勇者たれ。そして忘れるな。成せるのは、お主しかおらんのじゃと」


 言葉が止み、沈黙が漂い、風が彼らを一撫でする。勇者、アンジェリオナスは立ち上がり、頬の泥を落とす。


 空の彼方を飛んでゆく黒い点を睨み、大剣を強く握りしめた。


「……。あの魔人を追う。……やっと見つけた手掛かり。逃さない」






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