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転生爛漫 ~魔法が使えない魔王子の我儘異世界譚~  作者: 森 晶
第五章 冒険者編
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第51話 『静観する者達』

「痛っ」


「どうしたジャーダ」


「壁に触ったら手切っちゃった。何かしら」


 横穴の一つに体を滑らせ内部を探っていたジャーダが痛みに手を抑え下がる。様子を見に来た全員がジャーダが触れたという壁面に注視すると、細く白い植物が壁一面に張っており、所々がカンテラの光を照り返している。それは薄い半透明の、爪の長さほどある金属質の棘が生えた蔓であった。


「これが有刺鉄蔓ってやつかい?」


「棘って言うより、小剣って感じだなー」


「鉄蔓と言うだけあって、結構固いですね」


「何を栄養にして成長してるのかな? 有機生物じゃ無いみたいだし、どう思うリオ?」


 それぞれが蔓の特徴を探り首を傾げる中、物静かなリオの様子に訝しく感じたヴァンは、反応を見ようと問い掛ける。

 しかし本人は心非ずといった様子であり、眉を顰め、視線は振り返るヴァンを透過し、虚空を睨みつけている。近しい者でのなくとも気付けるほどあからさまな苛立ちを滲ませており、しかしそれを出来うる限り表へ出さないようにと、口を一文字に結び歯を食いしばらせていた。


「だ、ダーリン?」


 クラウはリオから今までにない圧迫感を感じ取り、半歩後退った。普段ティアとの諍いを窘める際に見せる怒りとは全く別種の、凶器にも感じられる程の力。深く濃い、触れればその刺激で突沸してしまいそうな、怒気という活火山は小さな一石が落ちるだけで噴出しかねないと、クラウだけでなく、アナベラ、ジャーダ、そしてロンも、いつ爆発してしまうのかと粘着く生唾を飲んだ。


「ほら、リオってば」


 そんな彼に躊躇い無く近付き腰を叩いたのはティアであった。空間が戦慄し軋みすら聞こえる中、リオは自らを叩いたティアへと焦点を当てる。真っすぐと向けられた自身の映る金色の瞳をじっと見つめ、視線を外し仲間の顔を一人一人ゆっくり見渡したのち、ジャーダが触れたという蔓をなぞった。


「……棘が鉄並みの硬度を持ってるのは、岩肌に食い込ませて自身を支持する為。ヤイヴァ。……水分が含まれてるな。それに少し塩っ辛い。棘は塩の結晶に加え色々と金属成分を含んで、それが強度を上げてる要因になってんだろう」


 剣へ変化したヤイヴァで蔓を斬り、断面に吸い付き唾と共に吐き出す。冷静で、淡々とした分析。何時もと変わりが無いよう振る舞っているだけのリオの態度に、ヤイヴァは直ぐ様人型へと戻り、繋がったままのだらりと下がるリオの手を振るが、意に介そうとしない。


「塩や諸々の金属が溶け込んだ水で成長しているってとこか。黒三日月の親戚みたいなもんだな。ジャーダの話だと、アズール石は海の鉱石の可能性があんだっけか。案外、なんか関わりを持ってるかもな……」


 そのまま無言になり、蔓が這う先の暗闇へと足を進めた。スコールも沈黙を保ったままリオの後に続き、更にアリンが二人の元へと駆けていった。


 その場に残された者達は半分が安堵、半分が憂慮の面持ちで遠ざかるリオの背を見送り、ティアの大きな溜息によって張り詰めた空気は弛緩した。


「かなり、酷くなってるわね」


「煌霧の森で修行を始めたころから、ね。自覚はあるみたいだけど」


「……だから甘ちゃん野郎が、つってんだよ」


 元々彼らはリオが時折おかしな様相をちらつかせていたことに気が付いていた。子供のようでいて大人でなく、大人のようでいて子供でなく。冷静で在りながら柔軟で、飛びぬけていながら慎重なリオの行動が、少しずつ、少しずつ歪んでいたことに。それを最近リオ自身が自覚したことも当然彼らは察していたが、ただ静観を続け、歪みが解決することを待っていた。

 しかし日を重ねるごとに歪みは顕著となる。判断を仲間に委ねることが多くなり、後ろで傍観することが増え、旺盛なはずの好奇心は必要とされるものにのみ向けられ、自由と穏やかな時の流れを好む彼が、自らを拘束するかのように町に身を潜める。ヴァンが次の目的地を決める際話し合うも淡々と作業的で、安全や効率を優先するかのような意見ばかりを漏らしたりと、リオ本来の破天荒な性格からかなり剥離していた。


「おかしいわ……おかしいわ、あんなの。有り得ない……」


 水人族は命の流れ、生命の源である魔力の流れを読み取る力を持つ。ジャーダも当然、その力を生まれ持っており、だからこそ、大きく歪みリオの意識から乖離した破力が世界から逸脱した力であり、それを体内に巡らせるリオが、如何に生命としてあり得てはならない存在なのかをはっきりと見てしまった。


「この世で生きてるならどんな人だって必ず魔力があるはずなの。それが体の中を巡って、わたしたちの命を繋いでる。ずっとずっと、この世界が生まれた時から、人と世界は密接な関係にあって、それなのに……特異混血(シングラー)だからじゃ説明なんてつかない。彼は、この世界から切り離されてる。彼から命を感じられない。でもあんな、あんなおぞましい力が……本当に、人なの? あれじゃ、まるで……」


「まるで、何だ? 何だっていいだろ」


 その先をヤイヴァは続けさせなかった。それはジャーダの推察を遮る為ではなく、一蹴するものである。


「自分が何者かなんてどうでもいいんだよ。オレ達はやりたいようにやってきた。これまでも、これからも。リオが常々言ってんだろ。自分の心が出した答えに従えってよ。そんなの決められんのは自分だけだ。オレ達はアスタリスク。だが所詮一個人の集まりに過ぎねぇ。だけどな……今のあいつは、甘えてんだよ。アスタリスクにな。泥一つ無い単純で綺麗な、理想のオレ達ってやつに。アスタリスクの答えは、リオの答えじゃねぇってのによ」


 リオと同じ本質を持つヤイヴァだからこそ気付いていた。リオの矛盾する感情。判断を放棄し目を背け続けているものがあることに。









 洞窟を潜り始めたころとは打って変わり、複雑な緊張感を保ったまま鉄蔓を辿る一行。途中、幾度と深淵体(アビス)と鉢合わせ、その度に声を掛け合わし、今日限りと思われる即席の一団は見事な連携で打ち滅ぼす。

 しかし、唯一人は思考の海に沈み込み周囲の声を完全に遮断し、もう一人は目的である石に注力しているのか、無言を貫き先導を続ける。


「……行き止まりだね」


「先に道は続いてるぞー」


「迂回するか、この鉄蔓を斬って進むかのどちらかですね」


「オレぶった斬るに一票」


「さっきと違って蔓が太いし刃が欠けちゃうんじゃない?」


 障害に当たり各々意見を述べ合う中にあっても、彼は口は閉ざすままである。そんなリオに彼の仲間達はそれをどうすることもせず、いつもの様に和やかな態度を崩さない。リオの力に畏怖し体をこわばらせていたジャーダ達も、アスタリスクの朗らかな様子に緊張は徐々に弛緩していった。

 ただ一人、クラウはリオという存在の大きさ。そして周囲に与える影響の大きさが計り知れないことを再認識していた。幼き頃はあちこちの盗賊頭目の下で働き他者を化かし合いながら育ち、今では町一つを統治する彼女は、統治者に必要な素養や能力を身をもって知っている。であるからこそ、他者を見ればそれに値するか否か判断出来る慧眼は、リオが唯の魔人族で無い事を見抜いていた。


「……各層の間隔が狭い。なのにこれだけ彼方此方掘り進めておいて落盤や沈下した様子がない。壁面を這う鉄蔓が洞窟全体を支えていると考えられる。むやみやたらに鉄蔓を斬らない方がいい」


 暫く立ち往生にあったが、突然口を開いたリオの意見に満場一致し、彼らは迂回路を探し来た道を引き返した。有無を言わせない的確で確信を抱かせる説得力。周囲の僅かな情報から複雑に絡み合う要因を読み取る洞察力。人の心身を読み取り納得させる声音に裏打ちされた、彼のこれまでの軌跡。それを紐解かずとも、彼が何者なのかをクラウの部下は漏らしていた。王子のようであると。つまり、リオは王家に連なる血筋を持つ者であると。そしておそらくそれは真実であろう。何故なら“自分と同じ人の上に立つ気を感じさせる”と、自らの思い出したくもない生い立ちをなぞりながら、冒険者へと身を落としたリオの心中を量った。


「ダーリンは……自分自身のこと、どう想ってるのかね……」


「どうした、ボス」


「いや、ね……ダーリンってさ、見た目も頭も抜群で、隠してるけど多分良いとこ出の、所謂完璧な人だと思ってたらさ、あれじゃない?」


「ああ、そういうことか。確かに、色々と抱えていることが多いようだ。あれで齢十五だというのだからな。最初に聞かされた時は心底驚いたぞ」


「アタイもさ。まさか年下の男の子好きになっちまうなんてね。物言いといい物腰といい、とても年齢通りの精神してるとは考えられないよ」


「そういやどこかの誰かさんも、似たようなものだったな」


 十五年前、荒くれ集団の首魁の首を刎ね、クラウは雷花団を組織した。当時の彼女は十を行ったばかりであり、男達の見下す視線、絡みつく卑しい欲情は当然耐え難いものであった。それらを押し切り撥ね退け、全員を屈服させたクラウの手腕。慰み者として虐待を受けていたアナベラが、クラウが自分よりも年下だと知ったのは、救いの手を伸ばされてから数年も後の事であった。


「止めろって。あの頃はああするしか、生きてく方法が無かっただけさ。ただただがむしゃらだったんだよ。正しく生きよう。人の為になることしようって。だから、今のダーリンも同じかなってさ。ダーリンにもダーリンなりの理想があって、きっとその理想ってのはアスタリスクのことであって、でも変えられない部分もある。何でも出来ちまうダーリンだからこそ、その変えられない部分に頭悩ませてんだろうな、ってさ。それが多分、あの力のことなんじゃないかと思う訳よ」


「ああ。……先程見せたのは表層だけだったろうが、それでもかなりの恐ろしさを感じた。あんな力が私に流れていると思うと……もう、雷花団には居られないだろうな」


「でも逃げたところで消せやしない。アタイも一緒さ。物を盗んだ。人を謀った。殺した。理由なんか単純で、頭悩ませたって仕方ないけど……それでも、時々後悔しちまうのさ。自分の嫌なとこなんて受け入れたくないけど、受け入れなくちゃなんない。その時のアタイがいたから、今のアタイがいるんだからね」






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