第48話 『アズール』
「アニキーっ! あいつら上手く誘き寄せられたみたいですぜー!」
上空に放たれた一本の矢。矢尾に取り付けられたはためく青い布は、事が上手くいった証。それを見上げるクシャ顔の小男、ディッツが大きく手を振る。
「そーそー。ややっこしーけどー、それも重さの単位の一つなんだー。鉱石類は水豆でー、穀物なんかは決められた大きさの袋で量ってんだー」
「町民が質と量に関してかなりうるさいのは、昔“アズール石”を取り扱ってた頃の名残なんだろうな」
「えーっと、そこまでおいらは詳しく知らないけどー、多分そういう事じゃないかなー? そーいうのが直ぐ分かっちゃうリオって、やっぱ頭良いんだなー。半年で会話も読み書きも完璧に覚えちゃったしー」
俺の肩に乗りぺちゃくちゃと喋る毛むくじゃら、精人族のロンがちっこい羽をぱたつかせる。
「アーニーキーっ! もうそこまで来てますって! このままじゃあいつら串刺しですよ!?」
草原を疾走する大きな丸い影と三人の男。黒いウニのような物体がゴロゴロと地を転がり、青ざめ、鼻水と涙を撒き散らしながら懸命に走る男達を追っている。
「すっごいとげとげした深淵体だなー」
「……ウルレイトヘッジホッグ、か。つまらん。おーいっ、俺やる気無くなっちまったからーっ、お前らだけでやってくれーっ」
「無茶言わんで下さいアニキーっ!!」
「第五階位級なんて俺達下っ端じゃ手に負えませんよーっ!!」
「助けてーっ!! 死ぬーっ!! 死んじゃうー!!」
アズールの周辺に凶暴な深淵体が出現したから始末してこいとの事だったが、誘き出されたのはたかだか第五階位級。町にとっちゃこんな奴でも脅威に成り得ると言うのだから、つくづく普人族というのは脆弱な種族のようだ。
「もっ、もっ、駄目……いーちぬーけたっ!!」
「あ!? バロンの野郎逃げやがった!?」
「ガッツェ! 君の事は決して忘れないっ!!」
「ブルートてめぇ!! って近い近い近い!!? 嫌だーーーー俺まだ死にたくないよアニキーーーー!!」
仲間に見捨てられた哀れな禿頭の男、ガッツェが泣き叫ぶ。別に死んでしまっても俺にゃなんの痛手にも無らんが、見殺しにするのは流石に忍び無い。
本を閉じてロンに渡し、高枝から飛び降りてガッツェを来い来い手招く。蜘蛛の糸を見つけたカンダタのように顔を輝かせ、大喜びで駆け寄ってくるガッツェの両肩に手を置き、前転する踏み台に利用して大きく跳ね飛ぶ。
ヘッジホッグは全身に生えた長く硬質な体毛を利用し相手を攻撃、また今のように転がる際地面をとらえるスパイク代わりに使い、縦横無尽正確に追いかけてくる。
しかしそのスパイクは全て地面に面している訳じゃ無い。回転方向に対して真横の針は遊んでいる状態だ。高速回転する縦軸の鋭い針を避け、容易に捉えることの出来る横軸の針を掴む。一緒に俺もぐるぐると回ってしまうが、バランスを崩したヘッジホッグの重心が偏り、軌道は大きく逸れ大地に弧を描く。両足が地についた瞬間、回転軸を俺へと強引に移し、ヘッジホッグの回転力をそのまま奪い取り駒のように振り回す。その勢いを殺さぬまま、俺が乗っかっていた木の幹へと強く叩き付ける。
「ギイィィィィッ!!?」
バキバキと太い幹が折れ、強烈な衝突は大地を伝わり重低音が足元を揺らし、ヘッジホッグが痛みに叫ぶ。激しい衝撃はヘッジホッグを硬直させ、ぱっくりとその身体を開かせる。そこには鋸歯が所狭しと並ぶ黒いグロテスクな大口。へし折れ倒れてきた木を掴み、その不快な口目掛け跳躍し奥深く突き刺した。
ビクビクと震える大きな痙攣は徐々に小さくなり、ヘッジホッグは息絶えた。
「わああああああああーうぷっ」
俺の頭へとつっぷすように着地し、へにょ~と潰れ目を回すロン。お前まだ木の上にいたのか、すまんすまん。
「やっぱアニキはすげえなぁ。魔法無しでこんないとも簡単に深淵体をのしちまうんだもんなぁ」
「頭もめっちゃくちゃ良いし、絵本の王子様みてえな絶世の美男子だし、ボスが惚れ込んじまうのも納得だぁ」
そういや俺王子だったな、一応。もう自覚すらねぇや。
俺達が逗留を続ける町、アズール。規模は大きくも小さくも無く、二つの川に囲まれた、見てくれだけはいたって普通の町。
「んだよ、ウルレイトヘッジホッグか。つまんね」
「うひょー! このでっかいとげとげダンゴ虫、アニキが一人でやっつけたのか!」
川辺まで小舟で迎えに来たのはヤイヴァと、刺青女もといアナベラの弟であるベベル。運んできたヘッジホッグの死体に興奮し、周りをすげーすげーと飛び跳ねている。
「スコールとヴァンはどうした?」
「あっちで水産業手伝ってんぜ」
舟頭に立つヴァンは自慢の目で魚影を捉え指さし、同舟する男達が網を放り一気に捕まえる。揚げられた網は水飛沫を跳ね上げ大漁だ。喜ぶ男達に肩を叩かれ、抱き締められと、ヴァンはやたらちやほやされていた。
「おおー、水があんなに高く上がってるぞー」
別の場所で飛沫が高く跳ねる。一直線に走った水柱の後にぷかりと浮かぶ水草と共に、アリンが作ったシュノーケルを装備したスコールが浮上する。熟した水豆の収穫を行っているようだ。近くに寄せた舟が浮いた水豆を回収していると、その舟めがけ魚が飛ぶ。スコールは収穫の合間に魚まで獲っているらしい。
「アニキ、飯はまだなんだろ? おれ舟渡し終わったら水豆の煮っ転がし作って持ってくっからさ、ヘッジホッグの事教えてくれよ。どうやったらあんな深淵体と戦って倒せるのかさっ。なあいいだろ?」
水豆は川の中で栽培する作物でアズールの主食だ。炒ってポップコーンのように弾けでた中の薄黄色の実を食べる。下ざわりはしっとりとしたおからのようで、味は無い。副食は川魚、それと川で育つ海藻ならぬ川藻であり、食事で出されるほぼ全てが水中で育った食物である。
「分かった分かった。その代わり、サボったりしないでちゃんとやるんだぞ?」
「うん!」
「水豆って味っ気ねえからあんますきじゃねぇけど、ベベルの作った煮っ転がしはうめぇよなぁ」
「おねーさんのアナベラはてんで料理だめだけどなー」
「アナベラねーさんにゃ申し訳ねえですが、正直ゲロマズでしたぜ」
「意識吹っ飛ぶ料理って意味不明すぎだよなぁ。あのときゃあアズール川が三途の川に見えたよ。顔もしらねえじいさんばあさんが手ぇ振ってんだ」
川を渡り町中へ戻る。ヘッジホッグの死体に驚く町民を横目に解体場まで運んでいると、石の加工店で金槌を振るうアリンを見かける。一トン近くはありそうな四角い黒石にいくつもの楔を打っており、真っ直ぐ正確に振り下ろされた金槌によって見事に平らな断面を持った石へと割れる。それを見ていた男達は関心の声を上げ、アリンにあれこれ質問を投げかけていた。
「すっかり馴染んじまったな」
「アニキたちゃ良い人だって分かりやしたからね。ボスが亜人にあんま偏見持たねえってのもありやすけど」
「アニキの仲間、可愛い子ばっかだもんなぁ。面倒見たくなるのも当然っしょ」
「イシシシ。愛想良くして笑顔振りまいてりゃ向こうから勝手に寄ってくんだからちょろいもんだぜ」
「あ、アネキはその笑い方で台無しっすよ……」
「むぅー、おいらだってボスが可愛いって言ってくれるぞー」
「おめーは可愛いの意味が違うんだよ。つーか性別どっちなんだ?」
「女だよー。言ってなかったっけー?」
こんな感じで“雷花団”の面々は、俺と同じく深淵体討伐を命じられたこいつら含め全員フランクである。町民も最初は忌避の目を向けてきたが、今では快く受け答えており、軽く手をふってくれる者もいるほど。クリーグ語による日常会話を早く習得できたのも、こうして接してくれる人々の理解と協力を得られたからだ。最初の架け橋を作ってくれた村長には頭が下がる。
「リーーーーオーーーーっ!!」
重そうな荷、それに乗る商人二人をぶら下げた竜化ティアが着陸する。近隣にある町まで売り込みの手伝いだ。飛行能力があり力も強いティアは非常に重宝され、稼ぎ頭として忙しく飛び回っている。勿論他の町村の住人に見つからないようにだ。それが難しい時はヴァンも伴って透過魔術で身を隠し飛んでいる。
「たっだいまっ! あのねリ「ダーーーーリーーーーンっ!!」
またか。ティアの良く通る声さえも遮り、甘ったるい声で俺に、正しくは顔、いやもっと正確に言えば唇へダイブする影。当然躱し……落とすのはなんなので右腕で受け止めてやる。
「いやん、ダーリンのいけずぅ。アタイは痺れるような口づけが欲しいだけなのに~」
「次にやったら地面と口づけさせるぞ」
俺達が堂々としていられる一番の理由。それは荒くれ共を取り仕切る首領であり、実質町を統治するこの女に見初められたからだ。名をクラウ。クラウディア・アレシガと言う。普人族であるが稀にみる魔力を有しており、その力でアズールを治めている。と言っても毎日をだらけて過ごしており、しかし人を引き付けるカリスマ性があるようで、特に仕事らしい仕事は一切せず、やりたい放題自由に生きている女だ。
「(いい加減しつこいのよこの阿婆擦れ)」
「ん~? あぁ帰ってたの蜥蜴女。そんなとこ突っ立ってないでさっさと商品を倉庫に運べば?」
「とかげっ……、それもそうね。働きもしないで見向きもされない相手に粘着恋慕するノータリンよりずっと有意義だわ」
「ちっ。そんなことお前に言われる筋合いなんか無いね!」
「はぁ!? それどういう意味で言ってんのよ!!」
「そのまんまの意味に決まってんだろ! さっさと諦めなこのダボ!!」
争い事には関わらない町人。喧嘩っ早いがいがみ合わず悪事は働かずの雷花団。そして俺達仲良しこよしのアスタリスク。争い事など何一つ起こらない筈の平和なこの町で、唯一険悪な仲を見せているのはティアとクラウの二人。顔を合わせる度に睨み合い、けん制し合い、時には聞くに堪えない口喧嘩が繰り広げられる。今日も今日とて飽きもせずいがみ合う二人の罵詈雑言はあまりにも耳障りだ。顔を突き合わせる二人の頭を掴み、互いのデコを思い切り衝突させる。
「「ぁがっ!!? ~~~~~~~~っ!!」」
痛みに悶絶しじたばたと暴れるティアとクラウ。最初の頃は口頭注意。それで収まらなかったので先日は転ばせ強制終了。ここまでしても効果が無かったようなので今回は痛みを伴ってもらった。口で言って聞くようなタイプじゃないのはティアはもともと、クラウも同様なのは分かったからな。
「おめえらもいい加減学習しろよ。リオを怒らせてんじゃ本末転倒じゃねぇか(オレは見てて飽きねぇけど)」
「「だってこいつが!!」」
「お黙り!! はしたない態度っ、醜い罵倒っ、見苦しいったらありませんっ! 恥を知りなさい!!」
「「で、でもっ」」
「デモもストもありません!! 今日という今日は許しませんよ!! そこにお座り!!」
まだ懲りないようだ。淑女たる者とは何なのかを徹底的に教え込む必要がある。地べたに正座させ、涙目を浮かべる二人をキツく叱る。
「(なぁアネキ。何でアニキ、小姑っぽい言葉遣いになってんですかい?)」
「(その場の勢いで言ってるだけだから気にしなくていいぞ)」
「(アニキ、うちのおっかぁよりこえぇや。絶対怒らせんようにしないと)」
「これじゃーリオが町のボスみたいだなー」
アズールは先祖代々から暮らす者と、流れ者、荒くれ者の集まりである雷花団で町を形成している。元々は雷花団という統括された組織は無く、犯罪者集団が町を長い間支配していた。それを十五年前、ここへやってきたクラウが全員叩きのめし乗っ取ったのだ。
クラウの支配はかなり緩く、しかし部下となった連中には厳しくあった為町民達は快く受け入れ、力有る者には逆らわない荒くれ者共は大人しく彼女に従った。いつの間にか悪行を働く者はいなくなり、元荒くれ者共はクラウの立ち上げた雷花団の団員として町と、ボスであるクラウの為に働くこととなる。
そんな過去があった故に、町民達は外からやってくる者達を排そうとする気が薄い。黙って受け入れ、近寄らず、関わらず。俺達六人の亜人が入って来ても、誰も騒ぎ立てないのはそれ故であった。
「紹介するよ! この人が今日からアタイの旦那になるダーリンだ!」
集まった雷花団と町民達。壇上に立つクラウ。腕をがっちり抱きしめられる俺。言葉は理解出来ないものの、それは誰がどう見ても明らかにお披露目の講演であった。
「あ、あれが魔人族なのか。もう遠い過去に消えた種族だと思っていたが、まさかこの目で見る日が来るとはな」
「ああ、しかしえろう美人な男子じゃのう」
「なんじゃ。随分と疲れ切った顔をしておる。もうボスに絞られたんか?」
「まあ、悪さしないんだったら何でもええ」
顔を見合わせる町人達だが、特に言うことは無いといった様子だった。
「魔人を旦那にしちまうなんてなぁ。教会の糞共が聞いたら大騒ぎすんぜ」
「おれたちゃ元々はみだしモンだ。シャバの事情なんざ無視無視。それより、ボスの旦那っつーことは、おれたちの……なんだ、えっと、アニキ?」
「お、それいいな。そう呼ぼうぜ。アニキーっ! よろしく頼んますー!!」
「「「「「「宜しくお願いしますっ、アニキ!!」」」」」」
ボスの親近者(強制)ということで雷花団は一切の反対なく受け入れ、俺は何故か兄貴分として、そのまま自然と雷花団の面倒を見る係となった。
「それからこっちにいるのがダーリンの下僕達だよ。つまり、アタイのモンでもある。使えっけど言葉が喋れねえらしいから色々教えてやんな。手はだすんじゃねえぞ」
「うっひょーっ! ちょーマブい女の子ばっかじゃん!」
「あの爬人の子もろ好みなんすけど! もうアニキのお手付きなのかなぁ」
ヴァン達も同様であり、特に差別的な扱いを受ける事はなく雷花団の団員に加えられ、クラウの直接庇護の下、毎日を割り当てられた仕事、目的であるクリーグ語の習得に奔走することとなる。
しかし、ここに来てちょっとした問題が発生した。ティアの勉強嫌いが障害として立ちはだかったのだ。
「もーやだ! 勉強やだ! やだやだやだ! アタシには必要ない! こんなのどっか行っちゃえ!!」
「あっ!? 何も放り投げる事ないでしょ!?」
学習意欲の高いヴァンとヤイヴァは書物を使い勝手早々にクリーグ語を覚え、スコールとアリンは町民達と雷花団から習い、俺は四六時中付きまとうクラウとの会話を中心に覚えた。
だがティアについては本当に苦労させられた。勉強は嫌いだと豪語していたが、まさか本を読み始めて五分と経たず眠ってしまうとは。しかも一度寝ると例のごとく何しても起きねえし。
「何でやねん! 物語本とか自叙伝書は読めるんやろ!?」
「だって勉強っていう目的で読んだら眠くなっちゃうんだもん!」
「竜王がティアに後継がなくていいっつったのって、為政者に向いてないからじゃねぇの?」
しまいには勉強なんてしなくても生きていける。クリーグ語を覚えなくても俺達が通訳してくれればいいと駄々をこねる始末だった。それを見かねた、というより本を粗末に扱われた事によって怒った我等アスタリスクのマザー・ヴァンは、ティアにとって恐ろしい制約を科せた。
「これより、アスタリスクはエウスル語での会話を禁じ、クリーグ語のみを扱うものとする」
「何よそれぇっ!? そういうの虐待って言うのよママ!!」
「誰がママだよ!! こういうのは常日頃から使わないと覚えられないの! 勉強が嫌なら尚更! ていうか何でみんな僕の事女の子扱いすんだよ!! 止めてって言ってるだろ!!」
「雷花団の皆さん、ヴァンが男の子だって知って凄い顔してましたね」
「!!?」
「アリン、時々しれっと大燃料投下すんの止めちゃれ」
その青天の霹靂だとでも言わんばかりの顔、どうやら自覚が無かったらしい。詐欺だとかよくも騙したなだとか言う阿呆もいたんだが、自分の事とは思って無かったようだ。一部それはそれでいいとか益々興奮する奴もいた事教えてやろうか。どんな風に発狂するか見ものだ。
「ティア、ヴァン。諦めが肝心」
「「うわーーん!!」」
とまあそんなこんなはあったが、会話縛りという荒療治は中々に効果的で、仲間はずれにされまいとティアは必至になり、読み書きこそは出来ないものの、なんとか日常会話が出来るレベルには達したので良しとした。後は自然と覚えるだろうと半分諦めてしまったのもあるが。




