第44話 『理解者』
破力とは、文字通り破壊の力。この力を他者や他生物が殺気と感じるのは、自らが破壊される事、つまり死を恐れるからであるが、とうとうこの力は相手の精神に直接作用するまでに至った。相手の思考、感情、果ては本能までをも破壊する事が可能となった。
ダークコングは俺の声に乗せられ伝播する破気により深淵体が元々持つ殺戮衝動を壊され、存在目的を失い、恐怖のみを抱いた木偶人形と化し、俺の殺意に同調し自らを殺した。
「破力、前より強力になったわね。もう脅しじゃ済まないじゃない」
「こんなに無差別じゃじゃ馬な力じゃなかったんだがな」
日に日に増す効力に比例し、制御も難しくなっているのが分かる。半年間の修行は長時間放出し続ける為に行ったものだが、どちらかと言えば破力が俺の支配下から逃れ暴れようとするのを抑え込む方が困難だった。本当に扱いづらい力だ。
「○××○□△※※※」
後ろから聞こえるゆったりとした異言語に振り返れば、テリムの傍らに立つ少し腰の曲がった目尻の低い白髪の嫗であった。どうやら俺に話しかけてきたらしいが、全く持ってさっぱりだ。
チンプンカンプンやねんという思いが伝わったのか、老婆は頷くと手に見た事の無い式の魔法陣を展開し、直ぐに閉じた。……なんか、読めはしなかったが、何となく不自然な式だったな。
「“この言葉を話すのはかなり久しぶり”だが、ちゃんと聞こえるかい?」
「!! お婆ちゃんの言葉がエウスル語になってるわ! 一体どんな魔術を使ったの?」
「うんうん、問題無さそうだねぇ。さて……先ずはお礼を言わせておくれ。わたしはここヴィラガ村の長。みなを代表し感謝するよ。もしあなた方がいなければ、わたし達は皆殺しにされていただろう。本当に、有難う御座います」
呆気に取られる中、村長は近くにいた村人Aに何かを告げ、俺達に着いて来なさいと、テリムを伴いゆっくり歩き出した。
「……切っ掛けどころか、今最低限欲しい情報の殆どが手に入りそうだ。スコール、俺とティアは先に行ってるから、ヴァンとアリンを呼んでこい」
第44話 『理解者』
案内された場所は村長が住む小屋だった。基本的な日用品や家具が置かれている以外には、特にこれといった物品は無い。木製の引き違い窓からは時折村男達が覗き込み、入口からも何人かの呟き声が聞こえ、歓迎ムードからは程遠い雰囲気が漂っている。
最近は膝小僧が特に痒く疼くでのと村長はボヤき、膝まわりを擦りながら肘掛け椅子に腰掛けた。
「ふぅ……。大変申し訳無いけど、助けてくれたあなた方恩人様に、失礼を承知で言うが……」
「『俺達はさっきの深淵体を狙ってここまでやって来た。この村には何も無いと言ったら興味を無くし出て行った』とでも村の連中には後で伝えといてくれ」
「……魔人様は魔力だけでなく、人の心を読む力もあるのかの?」
深淵体を倒したからか多少は和らいだが、村人の俺達に対する警戒心は高い。村長はそんな彼らの意思を尊重してやり、村という一つのコロニーが乱れるのを抑えなければならない。こうして運良く出会えた貴重な疎通者だ。なるたけ好印象を与えておき、引き出せるだけの情報はケツの毛まで毟り取っておきたい。
「ねぇねぇ、長お婆ちゃん。さっき使った知らない人と会話出来るようになる魔術、教えて欲しいなぁ」
「え、そんな便利な魔術があるの? だったら僕も知りたいよ」
ティアとヴァンは身を乗り出し可愛くおねだりするが、長老はホッホッホと笑い、そんな術は無いよと二人の期待をへし折った。
「この言語はわたしがむかーし、幼い頃に使ってたものさ。わざわざ術と見せかけたのは……そっちの魔人様なら、気付いてるんじゃないかい?」
「この辺りでは禁じられているか、若しくは村人が嫌う連中が扱ってる言語だからだろう。それを長がホイホイ扱ってるぞと村人が知れば、長に対する不信感が生まれる。だから魔術を隠れ蓑にし、俺達と会話出来るのは魔法のおかげと思わせている、だろ?」
それと同時にこの村で村長以外に魔法が使える者、詳しい者はいないという事も判明したがな。先の戦闘から分かっていたことではあるが、下位魔法すら扱えないのは逆の意味で驚いた。
「その通りだよ。そして魔人様の口ぶりから察するに、あなた方は相当遠い地から来たようだね。この村にこの言葉を扱える者も、知る者もおらんから、今は気にしなくともいいが、他所では控えなさい。何をされるか分からないからねぇ」
そこまで抑圧されてんのか。早急にこちら側の言語を習得しなくては。ほらティア、此の世の終わりだと言わんばかりにがっかりしたって無いもんは無いんだ。諦めてしっかり学べ。
「長様。ワタシ達はあの大岩山を乗り越えてここまで来ました。ですのでここ村周辺だけでなく、周辺地域に関しても全くの無知なんです。よければ、お知恵を授けてくれませんか?」
天の咢を越えやってきたというのは長老にとって青天の霹靂だったようで、信じられないものを見る目付きでしげしげと見つめられた。信じたのか否かは分からないが、神妙に頷き椅子へ深く座り直す村長。
「あなた方は、この村を救ってくれた恩人様。わたし程度の知識が役に立つなら、お好きなだけ持っていって下さいな」
どうやら快諾してもらえたようなので、まずは大ざっぱに三つの情報を教えてくれと頼んだ。
・村人達の種族について
・魔人族他亜人達の迫害について
・天人族という種族について
「あなた方の土地には普人族はいなかったのかい? 数だけは多いから、何処にでもいるかと思ってたんだけどねぇ……
普人族とは、突出した能力、特性、外見を持たない、何の変哲も無い種族。肉体は弱く、潜在する魔力量もごくごく平凡。稀に優れた魔力を持った個体もいるが、ほんの一握りである。社会形成においては身分出自や血筋が重視され、国と呼ばれる規模になると貴族、王族と呼ばれる特権階級を持つ者達がいる。個々の持つ文化は住む各土地に大きく左右され、普人族全体として一律した性格的特徴は無い。
……魔力以外地球人とそんな変わんねえじゃねえか。
「面白味のねぇ種族だな。弱えくせに数は多いって、あれか? 万年発情期か? 頭ん中桃色花吹雪子種吹雪か?」
「ヤイヴァ、下品」
確かに人とは性欲旺盛で季節気候関係無しに繁殖できる生物ではある。加えて知恵知識という重荷にならない力を手にし、地上において生物の頂点を勝ち取った訳であるが、それは普人族だけの特権ではない。より優れた種族が他に存在するのに、どうやって繁栄したのか。それは、天人族という強力なバックが存在するからだ。
「まぁ、あなた方にとっては、矮小に見えるだろうねぇ。事実、わたし等は弱い生き物さ。……だからなのかも知んないよ。自分の弱さを認められないから、他の種族を陥れるような決まりを作ったのは……
獣人、爬人、竜人、巨人、その他多数の、身体に大きな特徴を兼ね備えた種族を普人と区別し、総括して亜人と呼ぶ。“トリスフィア教”において、亜人は正しき人の形から逸脱した存在であり、全生命の主たる神の創った世界の異分子である。彼らは卑しい下等生物の為、人として扱ってはならない。
「……トリ、スフィア教?」
「宗教団体、よね? 名前だけだと活動内容がさっぱりだわ」
「オレ達にとっちゃ非常に性質の悪い宗教ってぇのは分かるけどな。うざってぇ宗教だぜ」
「宗教を利用した思想、世論誘導ってやつだ。生活基盤の一部とも言える教義に従う民衆を煽動し、政治戦略において有利な状態を作り出すのさ」
広めたのは天人族か? だったら気になるのは、普人族を支配下に置いた理由だ。数が多く力が弱いからか? それだけでは理由としてしっくりこない。天人族の勢力圏を拡張させる為に利用しているのは間違い無いだろうが、普人族に一体どんなメリットを見出した?
「難しいことは、わたしにも分からないけどね。とにかくそういった亜人を否定する考えが、大昔から人々の間に浸透しているんだよ。大きな所では奴隷の亜人が沢山いるよ」
それが広まり始めた年代は、さすがに長でも知らなかった。何百年とかけて人々の間に浸透させた教えは、出元を辿るのもほぼ不可能だ。
「それで、魔人様達についてだね。彼等は……彼等は、大昔の大戦で、天人族の手により滅ぼされた……そういうことに、されている」
長老は、遠い過去を思い返していた。




