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第04話 『世界の中心で沈黙を叫ぶ』

 親父の後を付いて歩き四半刻程。横にも縦にも広いこの城は、地下の広さも半端では無かった。格子扉を三つ潜った先は、灯りが届かない円筒型の暗がり。長く渦巻く大きな螺旋階段。親父の目の前にふわふわと浮かび赤く光る謎の球体だけが辺りを照らすが、底は墨でも塗りたくったように真っ暗で何も見えず、響く足音がこの空間の広さを物語っている。

 背の小さな俺には階段を下りるという行為すら一苦労で、足元に気を払いながら注意深く進んだ。時折親父が俺を気にして振り返っていたが、俺が何も言わないからか、他に思うことでもあるからか、口を噤んでいる。二人して無言のまま、ゆっくりと時間をかけ下っていく。別に気まずい雰囲気がある訳でもないのだが、お互いに受け入れなけらばならない事実が、会話を許さなかった。





 第04話 『世界の中心で沈黙を叫ぶ』





 ようやく辿り着いた城の底には、見るからに鈍重そうな黒い鉄扉が鎮座していた。親父は懐から取り出した鍵を扉に差し込み捻った。見た目とは裏腹に高い金属音、鈴が響く音と、硝子が割れる様な音が混じった、何とも不思議な音を扉が発っした。扉を押し開き中へ入る親父へ続く。

 部屋の中心には黒い台座があり、扉に彫られた紋様と同系統のものが刻まれており、中心から外へと放射状に走り、その先には八つの水晶の出来た透明な柱が建っている。まるで祭壇のよう、というより祭壇にしか見えない。


「この世界には魔力という不可思議な力が存在している」


 親父が祭壇に目を向けたまま語りだした。ミランダ達の前で言った通り、全てを話してくれるようだ。静かに言葉を紡ぐ親父の言葉に耳を傾ける。


「その力は汎用性と万能性に富み、その者が望む結果に至るまでの過程を容易にし、夢想を現実に変える。武器として振るえば変幻自在にして強力無比。この世で最も優れた力だ」


 中空に翳された手の平から赤く輝く紋様(魔法陣というやつだろう)が浮かびあがり、目前に浮遊する赤い球と同じものがいくつも出現し部屋を満たした。


「強大になれば凶悪な兵器と化すこの力が、我々魔人族の身には膨大に宿っている。この地上に住まう者たちの中で、我々一族が最強と謳われる所以がそれだ。魔力は今日に至るまで一族の栄華を支えてきた礎であり、我々の種族同一性でもある。魔人族の魔とは、そのまま魔法を意味しているのだ」


 赤い球から熱が伝わってくる。魔力が物理エネルギーに転換されているのか、周囲の分子に影響を与えているのか。詳しい原理は理解出来ないが、親父がその気になればこれらを灼熱に燃え盛らせたり、一斉に襲撃させたり出来るということはなんとなく分かった。


「勿論魔人族だけの専売特許という訳では無い。森人族や竜人族も高い魔力を内包しているし、魔人であらずとも我々に匹敵するだけの魔力を備える突出した者や怪物も存在する。私の妻でありお前の母であるレティのようにな。だが魔人は特に圧倒的だ。他の種族から特別視され、羨望され、また畏怖されるほどに。良かれ悪かれ強き力に人々は集う。この国はそうして富んでいった」


 球は一つに集まり大きな球体になる。まるで小さな太陽だ。


「話が少し逸れたな……そんな魅力的な存在である魔力だが、大小あれど世の全ての者が扱うことが出来る。ただし、扱えるようになるのは生まれた日から千日目を超えてからだ。その前兆とも言うべきか、生後千日目を迎える子は前日から直前の間に体調を崩す。体内の魔力が不安定な状態で渦巻いていることが原因と言われてはいるが、定かではない。ともかく弱りきった子の中の魔力は徐々に収束し、やがて爆発する。周囲に飛散した魔力は空気中を漂う魔力と混ざりあい、再び子へと吸収される。これを封魔殻破(ほうまかくは)と呼んでいる」


 いつ魔法が使えるようになるのかと常々考えてはいたが、そんな現象があることは知らなかった。文字通り魔力を封じている殻、魔殻を破壊する現象。雛鳥が卵の殻を破り出てくるようなもんか。


「この魔殻の強さ、厚みとでも言えばいいだろうか。殻が堅牢であればあるほど、その者の潜在魔力をおよそ推察することが出来る。大量の魔力を持つ魔人族は特に魔殻が厚い。だがそれが弊害となり、自力では破壊することができないのだ。だから周囲の者の手助けを必要とする。炸裂し周囲から吸収する魔力量も尋常ではない。祖父……アークの封魔殻破は周囲の人をも巻き込み、中には命を落とした者もいる程だったそうだ。故に出来る限り被害を最小に留める為、この場所は強力な魔殻を持ち生まれた魔人の子専用の封魔殻破の空間として建造された。……長々と説明しているが、分からない部分はあるか?」


「特にありません。後は、自分の身に何が起こったのか。それだけです」


「……お前の魔殻は尋常ではないほど強固だった。私の際は五人の補助が必要だったが、お前には私を含めて九人。一族八頭全員と私がそろってようやく砕くことができた。もともとお前の魔殻の強さは分かってはいたが、これ程とは思わなかった。だから、お前には多大な期待が寄せられていたのだ。だが……」


 親父は言葉に詰まった。黙って次の言葉を待つが、なかなか切り出そうとしない。もう知っていることではあるが、言葉にすることを躊躇う程に、親父にとって、いや魔人族にとってそれは重たく、悲劇に満ちている。


「…………。皆無、だったのだ。お前は魔殻が砕けた以外、魔力が放出される様子も、周囲の魔力を取り込もうとする様子も、何の変化も見られなかった。体内に残ったままなのかもしれない。そう思い身体を調べつくしたが、やはり、お前からは魔力の一欠けらも感じ取る事は……出来なかった」


 沈痛な面持ちで俺を見る親父。その目は悲哀と謝罪が入り混じり、俺に何と言えばいいかと悩んでいるように見えた。

 しかしなるほど、いろいろと得心がいった。部屋に閉じ込めて外出も行動も制限し、やたらとちやほやされていたのは俺への期待度の表れと、万が一の誘拐や暗殺を必要以上に警戒していたからだったのだ。

 取り敢えず俺が魔力ゼロの無能野郎だったってことは分かった。そうか、俺魔法使えないのか。せっかく異世界に来たのに残念だが、なっちゃったのはどうしようもない。生き返っただけでも儲けもんだし、贅沢は言わん。だがこの俺の無能を押し付けられたり、もしくは自ら背負うような人がいるはずだ。責任というものは当人だけでなく、立場の弱い者にも押し付けられる。


「母上は何処にいます?」









 親父に連れられた書庫の一角に、大量の本が山のように乱雑に積み上げられている。その陰に隠れていたのは、あまりにもか細いお袋だった。あの美かったシャンパンゴールドの髪は、くすみ荒れ放題。顔色悪く頬は痩せ唇が色褪せている。服は着替えていないのか皺だらけで、青く血走る瞳だけが、微かに光を灯している。国の英知が集まるこの場所に籠り、不眠不休であらゆる資料文献を根こそぎ漁っていたのだ。俺の魔力を、取り戻すために。


「母上」


「っ! リオ……」


 水分すら取っていないのか、声が掠れている。睡眠不足と精神的な疲労で弱弱しい。絶世の美人が台無しだ。


「父上から全て聞きました」


「……ごめんね……ごめんねリオ……あなたをちゃんと生んであげられなくて……駄目な母親で、ごめんね……」


 お袋は合わせる顔が無いと言わんばかりに頭を下げ、か細く震える声で、幾度も幾度も、謝罪を漏らした。


「母上」


 お袋に近づく。俺の気配を感じ取ったのかピクリと反応したが、頭を下げたまま動かない。丁度俺の胸の高さにある頭を、ゆっくりと抱きしめる。驚いた顔で少し顔を上げたお袋に、微笑みかける。ちゃんと笑顔になってっかな?


「大丈夫ですよ、母上。僕は大丈夫です」


「リオ……」


「魔力なんか無くたって僕は辛くありません。でも、母上が僕の為に身を削るのは辛いです」


「でも……でも、だってリオ、あなたが魔力を持たないことを「責める人たちがいるでしょうね」……」


 お袋の言葉を遮る。アンタの気持ちは十分理解できるが、まず当事者である俺の気持ちを知るべきだろ?


「分かってます。全部分かってます。みんな辛いんです。誰が一番辛いとか悲しいとか、そんなのどうでもいい。母上、一人で全部背負い込もうとするのは駄目です。僕が許しません」


「………………」


 お袋が目を見開いた。こんな責められ方をするとは予想だにしなかったからだろう。そうだな、とても三歳に満たない幼児の言葉じゃない。それでも、伝えなくてはならない。俺の意思を。


「こんな僕の為に、ありがとう、母上。でもどうか、ご自愛ください。僕も父上も、皆が母上を愛していることを、忘れないでください。……母上は、僕のことを、愛していますか? 魔力がない僕は、愛せませんか?」


「っ、そんなことないわっ! 愛してる。愛してるわ。心の底から、リオのこと、愛してる」


「十分です。それだけで、僕は十分満たされる。僕は、祝福されて、生まれてきた。父上と母上がいるから、僕はここにいる。だから大丈夫。僕に愛をくれて、ありがとう、母上」


「…………っ、………っ、う、ぅぅ~~~…………


 お袋は俺の胸にしがみ付き、嗚咽と涙を零した。俺の周囲の連中は、どいつもこいつも利他主義な奴ばっかだ。少しは自分の事も考えてほしいもんだね。なんてったって、俺自身が魔力云々の前に、唯の我儘野郎なんだよ。





 そう、これは俺だけが背負う業。誰にも渡さねぇ。俺に向けられる悪意も善意も何もかも、俺だけのものだ。一つ残らず、全て喰らい尽くしてやる。









 リオは自身の魔力が無い事を、才能が無い事を知ろうとも全く悲しむ様子は無かった。むしろそのことでどのような弊害が起こるのかを理解し、いの一番レティの元へ向かった。自分だけでなく、生みの母であるレティが非難を受けることにまで考えが及んでいたようだ。そして、レティがそれを一人で抱え込もうとしてしまうことも。

 レティはリオから悲しみと怒りをぶつけられると思い込んでいたようだが、リオが咎めたのは責任を全て一人で負おうとするレティの行為そのものだった。リオは許すとも言わず、責めることもせず、ただただ、ありがとうと感謝している。齢三にも満たない子が母を胸に抱きしめ、優しく諭すように頭を撫でるその姿は、まるで神話の絵画のように神秘的であった。

 本来なら、子の為に身を削り、与え、守る事が親の義務で、責務である筈だ。だが、私には何も出来なかった。どうすればよいと、何をすればよいのだと、同士達の意見を求め、頭を悩ませるだけだった。だが間違っていたのだ。私も、レティも。リオはまだまだ幼いが、それでも物事を弁えられるだけの才がある。ならば最初から話すべきだった。リオの意思を、きちんと聞くべきだった。そして現に、こうしてリオは自らの意思を、想いを語ってくれたではないか。





 我々魔人族は魔力を持って信頼を得て、この国を支配している。長きに渡り平和が存続しているのは、魔力という特別な力があるからこそだ。だが、リオはそれ以上の何かを持っている。今この時、私はそう確信した。

 ならば、魔力がないリオだからこそ、叶えてくれるかもしれない。私の、父の願いを。そして、祖父の夢を。我々魔人族の、悲願を…………





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