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転生爛漫 ~魔法が使えない魔王子の我儘異世界譚~  作者: 森 晶
第五章 冒険者編
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第40話 『山頂』

 辿り着いた天の咢の(いただき)。球技が出来そうな程に広いな。空気は少々冷たいが、雲も届かないこの場所は直射日光が当たり暖かい。溶けかけた雪があちこちに水溜りを作っていた。そうか、雪どけの時期だったか。凡ミスにも程がある。普通なら気候も考慮するだろう。夏を過ぎた後の中間期に登るべきだった。

 今更か。思い立ったが吉日という言葉もある。今はこうして仲間と共に、誰一人として欠けることなく、この天の咢という試練を乗り越えたことを喜ぼう。


「い~~た~~い~~まだズキズキする~~」


「魔力はリオの傷治すのに殆ど使っちゃったから、この沈痛薬飲んで休んでてね」


「ヴァン、ワタシにも一つ貰えますか?」


「はいはい」


 既にティアとアリンは目を覚まし、破力の副作用による痛みに呻いている。あれだけ騒げるなら問題は無いか。エイスクレピア印の薬はどれも効果抜群だ。ヴァンもスコールも飲んですぐ動ける程に回復したし、ティアとアリンも、そう時間を置かず痛みが引くだろう。

 ……正直、腕の一つや二つが無くなってもおかしくなかったとは思う。断界という環境下では無理があり過ぎたというのもあるが、フォービドゥンロックは“爺ちゃん”が唯一仕留められなかった深淵体(アビス)だ。ひたすら隙をついて逃げ回り、そして……


「おーいっ! とんでもないもん見つけたぜーー!!」


 ヤイヴァとスコールが何か見つけたようだ。ほぼ真反対の方でこちらに手を振っている。痛みが落ち着いたティアとアリン、ヴァンを伴い二人の元へ向かった。





 第40話 『山頂』





「これ……墓標、かしら?」


 破力でしか砕けない筈のこの天の咢の岩盤にどうやって刺したのか。錆だらけでボロボロに、触れれば朽ち果てしまいそうな大剣が、真っ直ぐ突き立てられている。

 剣身に名前が……そうか。遠い異国の地と言っていたが、こんな所にあったのか。


「……アウロレラ・サフィアイナ。ここに眠る」


「! オクタクリムゾンの家系っ。リオ、この人は」


「あぁ……爺ちゃんの妻。俺の婆ちゃんだ」


 今でも世界を巡る旅をしている爺ちゃん。だがその冒険は、当の昔に終わっていた。この場所が、爺ちゃんの限界だった。


「この天の咢を最初に踏破したのは、爺ちゃんと婆ちゃんだったのさ。……そして、爺ちゃんは諦めた――





 脱走王と呼ばれていた前魔王、リベルタス。こっそりと国を抜け出し、世界を駆け巡っていた。全ては初代魔王、アークの故郷を見つけ出す為であった。

 野を駆け、川を渡り、山を超え、海を巡る。ひたすらに、天の咢の向こう側を目指すため。だが何処まで行っても見えるのは死の影。無理に横断しようとし、死にかけた事もあった。

 やがてリベルタスはサフィアイナ家の長女、アウロレラを妻として迎え入れる。子を授かり、国王としても父親としても忙しくなる時期。だがそれでもリベルタスは向こう側を目指した。誰も知らぬアークの今なお抱き続ける想いを、何としても叶えたかったからだ。彼の望みをアウロレラはよく理解しており、その行為を一切咎めず、しかし寂しく、そして羨ましく感じていた。

 何故なら、アウロレラは魔法の才に非常に恵まれていながらも、生まれつき体が弱く体調を崩しがちで、滅多に外出しない虚弱な体質であったからである。何十年、何百年経とうとそれは一行に快復する様子は無く、出産を終えた翌年、珍しい病に罹ってしまい、死期が早まった。

 もう手に負えない状態であると、周囲の者は薄々感じていながらも、決して口には出さない。故に、リベルタスはアウロレラの最後の願いを聞き入れた。


『ねえねえリベル、私を外に連れてって』


『な、何を馬鹿な事を。更に寿命が縮まるぞ。この国だけで無く、各国までアウルの病を治そうと総出になって特効薬を探しているのだ。今飲んでいる皇帝の雫は延命措置に過ぎず、まだ女王蜂として若すぎるレインでは作る量に限界がある。僅かかも知れないが、治る可能性を信じて……』


『治らないわ。何となく分かるの。それに例え治ったとしても、今までと変わらないで、ずっと城の中。それなら、今ある少ない命を思いのまま使いきりたい。リベル、私外の世界が見たいの。世界で一番愛してるリベルが見た世界を、私も見たい』


 リベルタスはアウロレラを外へと連れ出した。アウロレラの妹、アローネも二人の旅に同行したいと懇願する。せめて愛する姉の最後を看取りたい想いがあったからだ。だが当時まだ若かった王子、グラウィスをリベルタスから託され、アローネは置いて行かれた。更にはリベルタスが帰ってきた際、アウロレラの姿は何処にも、遺品すら何一つなかった。アローネが今でもリベルタスを恨んでいるのはその為である。


 では旅そのものはどうだったのかと言えば、やはり長くは続かず、アウロレラはますます衰弱していく。だというのにアウロレラはそれを感じさせない程に生き生きと、笑顔が絶えなかったという。






 ――爺ちゃんと婆ちゃんはこの天の咢を踏破した。恐らく、婆ちゃんの命を、代償として」


「……代償って、どういうことよ?」


「天の咢は魔力を削る。だがそれでも大量の魔力があれば、理論上は登り切る事が可能だ。しかしそれには絶大な量の魔力が必要。今の曾爺ちゃんに匹敵するか、それ以上のな」


 だがそんな魔力をどこから調達するのか。舞燐で大地から吸い出された魔力を加えても足りないだろう。しかし、それを可能にさせる魔法、正確には魔法剣がある。親父は会得出来なかったみたいだが、爺ちゃんは出来てたんだろうな。


「魔法剣奥義、【絶極滅天崩剣アドヴェントディアボロスライザー】。行使者の持つ全てを倍加させるこの技は、魔力をも増大させる」


「……それでも、足りなかった?」


 スコールは大凡察したようだ。なんだか、特殊能力がちょいちょい見え隠れしているな。やはり……いや、今それはいい。


「ああ。だから爺ちゃんと婆ちゃんは、この奥義の持つ別の増大方法を使用した」


「まてリオ、それ言っちまっていいのか?」


 別に構わんさ。お前らなら絶対口外しないし、こんな場所で聞き耳立ててる奴なんかいたら口から心臓飛び出るぜ。


「……【絶極滅天崩剣アドヴェントディアボロスライザー】は、使用する際に組み上げる増幅装置に生贄を捧げることによって、その贄の魔力を増大させ、かつ術者に還元することが出来る」


「り、リオ。もしかしなくても、それって、禁手魔法(タブースペル)、だよね」


 生命への冒涜。倫理観に抵触するからと、犠牲魔法は昔から忌み嫌われている。元竜王テールがカラミティディヴァイダーを倒す際に使用した術も同様のものだ。竜王の死というあまりにも大きすぎた犠牲が、禁手魔法(タブースペル)に対する忌避感に拍車を掛けている。人前でふざけて口にすればまず間違いなくぶん殴られるほどだ。


「……ワタシ達が昔、ヤイヴァと出会ったあの地下にあった物も、同じなんですか?」


 気が付かない訳が無いよな。そういや、あの赤い結晶柱の中に人がいると一番最初に気付いたのはアリンだった。構造物に対する好奇心と貪欲さは、アリンにあの柱の異常性を気付かせていた訳か。


「その通りだ。あれは、初代八咫紅蓮(オクタクリムゾン)達の成れの果て。国を守る為に、その身を捧げたんだ。カオスディアマンドの亡骸によって朽ちる事の無くなった彼らは、半永久的に【八紅金剛封陣(ディアマンドヴェール)】を張り続ける」


「ここにカオスディアマンドの亡骸なんて見当たらないわ。……アウロレラ様のご遺体は、無くなってしまったのね」


「そうだ。これはただの墓標。婆ちゃんの肉体は全て魔力に還元されて、何一つ残っていない」


「で、でも、それだけの犠牲を払ったんだったら……」


 少なくとも、何かを得ただろうってか? 残念ながら、爺ちゃんは何も手にすることは無かった。いや、天の咢の向こう側にも、確かに世界があったと証明出来ただけでも快挙と言えよう。


「爺ちゃんは俺に、俺達に託すってよ。世界を暴れまわれ回るついでに見つけて来いってさ。だから悲観する必要は無い。背負う必要も無い。俺達は今まで通り、アスタリスクのあり方を貫くだけだ。……お? 雲が晴れるぞ」


 雲が風に流され、朝日に照らされた向こう側の世界が、俺達の前に姿を現した。

 その光景に、言葉を失う。聞かされた以上に、いや、誰もがこの瞳に映されたモノを、幻だと言い、夢であったと言うだろう。どれだけ写実的に描こうと、たとえ投影魔法を使用しようと、これは他者に説明など出来ず、共感など得られない。


 荒れ果てた大地。黒煙を上げる活火山。白く輝く氷山も見え、海と見間違うほど大々規模な湖。これら大自然の脅威が思うがまま牙を剥く森羅万象の中で、それらを超えたずっと先に見える、ここ天の咢に匹敵するのではと思わされる巨大な物体。

 快晴の空よりも純粋で透き通り、まるで生命を吹き込まれたかのように踊り舞う輝きが何処までも続いている。光の届かぬ深海ですら一切合切を照らしてしまうだろう。太陽の様に温もりがある訳でも無く、月の様に優しく柔らかな光でも無い。私が唯一無二、唯一絶対、唯一存在だとその美しさを誇張させ、見る者全てを跪かせる強烈な圧倒。


 超巨大な燐光樹が、そこに鎮座していた。





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