第39話 『全員で』
「フォービドゥンロック。強敵だぞ。俺は破力供給に集中する。お前らだけで何とかしろ」
指先と言わず腕を、つま先を深く岩壁へ突き入れ、ヤイヴァをアリンに向けて放る。受け取ったアリンは岩壁を斬り、そこへアンカーを打ち込み荷を下げた。他の三人も同様に荷をぶら下げる。
「ギギギギッ、ガガガガガガッ!!」
ロックは俺に狙いを定めたようだ。大顎を開き、俺目掛け強く羽ばたき急接近する。
「上に他の奴がいんのに下狙ってんじゃねーよバーカ」
ヴァンが罵倒しながらスコールと共に飛び降り落下攻撃を加える。方翼に重い痛撃をくらい体勢を崩したロックは俺から逸れ、岩壁に衝突する。
「せいっ!」「やぁっ!」
ティアの向こう見ず真っ直ぐな叩き付け攻撃、アリンの馬鹿力が加わったヤイヴァの切り落としがロックに直撃する。ロックが岩壁に身を擦るように転がり落ちた。
「ヤイヴァ、力任せに振っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「あんぐれぇ何ともねえから、もっと気合い入れてやっちまえ。じゃなきゃあれ砕けねえぞ」
「流石はフォービドゥン級。尋常じゃ無い硬さだわ」
ヒットアンドアウェイで直ぐ離れたティア達だが、ヴァンとスコールはロックに張り付き打撃を加え続けている。しかし効果が今ひとつのようで、再び飛び上がったロックから離れ、崖にしがみつき俺達と合流した。
「センチピードなんか可愛いもんだったよ。こいつの岩みたいな鱗、段違いで重なってるから刃を入れる隙間が無い」
「リオ。もう少し破力を送ってくれ。破力を纏った拳でなければあの鱗は砕けん」
「しゃーねえな……ん?」
スコールへの供給量を増やそうとしたその時、ロックが全身をガタガタと震わせ、おかしな痙攣をし始めた。
深淵の焔……なら別に問題はねえが、一体何をしようとしている?
「あの堅牢な鱗、剥がれてってるね」
ボロボロと崩れる岩の鱗。その下から露わになったのは紫掛かった黒い波打つ体表。体積の殆どは鱗だったのか、胴体はやたらと細長い。裂けた嘴からは黒い体液が滴り落ちている。
「無駄に高え防御力を捨てんのかよ。馬鹿かこいつ?」
「……無用の長物、ということか」
恐らくスコールの推察が正しいだろう。こんな劣悪な足場、環境下でこれ程俊敏に動く獲物は居なかった筈だ。戦闘形態を変えて対処する腹らしい。
「何か仕掛けてくるのは間違い無い。ティアとスコールが前衛。ヴァンとアリンが補助を、っ!!?」
そこまで言いかけた所で、ロックは体に生え残っていた鱗を俺達めがけ散弾のように飛ばしてきた。顔と腹部辺りに飛んできたのを払い落とす。ロックからは目を離さないよう……速い!?
「きゃあ!!?」「ぐっ!!」「むぅっ!」
俺を狙い突撃してきたロックの行動はブラフだった。急激に上昇し、顕になった不気味に波打つ両翼でティアとスコールを打ち飛ばし、同じ行動を取ったと読み狙ったヴァンが強烈なカウンターを食らう。翼に打たれた二人は何とか崖にしがみついたが、ヴァンだけが大きく岩壁から引き離された。
「アリン!」
「はいっ!」
アリンはすぐさま荷へと近づき頑強な綱を取り出し腰に装着。同じく落ちるようにアリンの元へ寄ったスコールは綱を掴み、ヴァンの落下軌道を予測し跳躍する。かなりギリギリだったが、上手くヴァンの腕を掴み落下を防いだ。
「だああ! あのビチ糞野郎っ! 絶対ぶっ殺す!!」
「殺す事には同意するが、破力には飲まれるな」
酷い悪態を叫ぶヴァンをスコールが窘めた。無防備の二人にロックが再び突撃を仕掛けるが、
「こん畜生っ、お返しよっ!」
ティアが破力で強化した鉄爪で死角から腹部と思われる箇所を切り裂いた。黒い血を吹き上げたロックは攻撃を中断し、俺達から大きく離れ距離を取った。
こっちも集まり体制を整えるが、ジリ貧だな。四人が暴れれば暴れるほど破力は消費され、タイムリミットが近づく。
天候も荒れてきた。風が強くなり、まだ小さいが氷の粒が混じっている。
「おいリオ。一瞬でいいから破術剣使えないのかよ。【我昇天破斬】なら離れてたって……」
「ふざけんな! アイツは僕が殺す! リオは大人しくしてろっ、四人は手伝え!!」
ヤイヴァの提案を全力で拒否し、獲物を横取りされてたまるかと激怒するヴァン。しまいにゃスコール達に命令までする始末だ。
「ちょっとヴァン、その言い方は無いんじゃない? またリオから拳骨貰いたいの?」
「うるさいっ! 何時までもリオに甘えてる訳にはいかないんだよ!」
……クックック。いっちょ前に生意気な口をききやがって。嬉しいぜ、ヴァン。
「策があんだろ? 言ってみろ」
「弱点を見つけた。右翼の付け根。アイツの体全体の変な脈動はそこから発生してる。こっちに飛んでくる瞬間に強く脈打つのが見えた。心臓のような力の発生源だと思う。今のアイツにティアの鉄爪が通るんだったら、僕の刀だって通るはず。隙を狙ってすれ違いざま、一撃で仕留める」
「だとよ。今回はヴァンが主役だ。スコール、アリン、ティア、ヤイヴァは脇役。俺は観客。ヴァン、存分に暴れて来い。俺をワクワクさせてみろ」
黙って頷き、刀を抜き構えるヴァン。スコールとアリンが作戦を立てる為ヴァンに近寄り、ティアもしょうがないわねと溜息をつき三人の元へ。アリンに背負われたヤイヴァはケタケタと笑っている。
破力で攻撃的になってるのもあるだろうが、自ら重要な役割を買って出るとはな。これでロックを討ち取ったのなら、旅の方針を変えるか。
さて、ロックの方も狙いを決めたのか、こちらへ大きく飛翔してきた。突撃する最中は翼を閉じていてカウンターは無理だ。ヴァンが跳躍し届く範囲で、右翼を広げさせる必要がある。
そして行動に移したロックは、無差別か、闇雲か。高速で突撃してきた。
「ギガガガガ!」
身構えた俺達に深淵の焔をばら撒いた。これは……なる程、目眩ましに利用したのか。目前まで接近していたロックが姿を消した。何処へ行ったか。
「ガガガガッ!」
殺気を感じそちらを向けば、ロックは顎を大きく広げ岩壁スレスレを飛んでおり、身を乗り出していたティアに喰らいついた。目論見通りに。
「ガッ!!?」
ティアという餌を食ったロック。大顎から二本の締縄が伸びており、両腕を崖に食い込ませたスコールと、ヤイヴァを突き立て強く握り締めているアリンの腰へと続いている。急激な静止にロックは大きくバランスを崩し、翼をばたつかせた。
ヴァンが仲間の作った隙を見逃す筈もなく、崖を走り、ロックへめがけ跳ぶ。羽ばたく右翼の下へ潜り込み、
「シッ!」
赤黒い一線。そのまま通り過ぎロックの尾を掴んで素早く駆け上がり、大顎の根本を横一線で切り裂く。筋を断裂された大顎が開き、中で防御体制を取っていたティアを担ぎ、ヴァンはロックの頭部を蹴った。
「くたばれ」
ロックの高速飛翔にも負けぬヴァンの早業。ロックは何をされたのかも理解出来なかっただろう。黒い瘴気をその場へ残しながら、ロックは崖下へと墜落していった。
第39話 『全員で』
夜の冷気を運ぶ風が吹き荒ぶ。三分の二あたりを登ったあたりで飛来していた氷の礫、塊が丸いのは、岩肌あるいは互いに衝突し合い削られていたからだ。高度が上がると角ばったものが目立ち始め、今では巨大な氷柱がそのままの形で飛び、或いは落ちる。
「せいっ!」「ふん!」「はぁ!」
数十メーダーはある尖った氷塊をヴァン達が外側へと殴り、蹴り飛ばす。そろそろ体力も精神も限界だ。早く登り切らなくては。アリンは既に登るのが精一杯で口すらきけなくなっている。
「っ……不味いぞ! 雪崩だ!!」
ちっ。ここまで来たってのによ。スコールが雪崩だと言ったものは、雪の硬度を遥かに超え雪崩ではなく圧縮された氷の障壁。広い範囲に及び崩れ、回避する余裕がない。砕くのも無理だ。
破術を使うか? いや駄目だ。今の俺では技に耐えきれない。一か八かに掛けてふんじばるか? いくらなんでも無茶過ぎる。くそっ、万事休すだ。
「ねえリオっ! ヤイヴァ! アタシの竜化を破力で出来ないっ!? アタシが皆を背負ってあれを飛び越えるわ!!」
「はぁっ!!? 何言ってんだ馬鹿姫! そんなことすりゃ体内に直接破力が流れ込んで体中を巡る魔力が砕かれんぞ! 死にてえのか!?」
「断界でやられるよりはマシでしょ! それにこのままじゃ落ちちゃうもの! それならやってみた方がいいに決まってるわ!!」
「そりゃそうだが……だぁ畜生! リオ! どうする!?」
ただでさえ【覆黒血痕】の効果でボロボロ。俺もこれ以上破力を放出するのは危う過ぎる。破力の魔力侵食速度は測ったことがないから未知数だ。一体どれだけ耐えられる?
「リオ! ここまで来て僕達を気遣うのは止めてよ!! 僕は引き返すなんて絶対に嫌だ! 登り切ってやろう!!」
「そうよ!! 我儘なのはリオだけじゃないんだから!」
おうおう、威勢のいいこって。そこまで言うならティアの魔力量、竜人としての頑強さに望みをかけるとしよう。
ティアに寄り添いヤイヴァを握らせ、暴発ぎりぎりまで破力を流し込む。
「「【破術・竜名解放『METEOR』】!!」
術が発動し、ティアが黒炎に包まれた。体長が大きくなり、炎が消え、其処に現れたのは何時もの空色の竜では無かった。鋭い漆黒の竜鱗を生わせ、瞳を俺と同じく紫色に輝かせた黒龍。
「ガ……ガ、ガガ……ヴヴ……」
様子がおかしい。焦点が合っておらず、おかしな痙攣を起こしている。明らかに不味い状態だ。
「竜化の式なんかちゃんと覚えてねえし即席で構築したから不安定だ! 精神がイカれんぞ!!」
「ヴァン! スコール! アリン! 急げ!!」
俺達が捕まると、ティアは不安定ながらも飛び立ち、落下する巨大氷壁を危うくも超えた。だがやはり無理が祟った。高度は上がらず、崖に近づくことも出来ず、竜化が解ける。
素早く縄を二つ取り出し、一つをヤイヴァへと素早く括り付ける。
「スコール飛べ!!」
俺の思考を“聞いた”スコールが縄とヤイヴァを掴み、俺の腕をばね付きの踏み台のように利用し高く跳躍する。それだけでは届かない。が、スコールがヤイヴァを投擲し、岩壁へと深く突き刺し……氷柱に弾かれただと!?
「なめんじゃねええええっ!!」
ヤイヴァが人型へと戻り、手を伸ばして岩壁に付着した氷壁にしがみ付く。この馬鹿がっ。お前には破力を送ってないんだぞ!
「リオっ!」
「言われずとも!」
ヴァンを踏み台にしスコールへと跳び、更にスコールを中継地点として跳躍し、ヤイヴァの元へ駆けつける。すぐさま破力を流し込み断界の効果を遮断する。
「シ、シシシ。ギリギリだったぜ、相棒。死ぬかと思った」
「ったくよ。流石の俺も心臓バクバクだ」
ヤイヴァはニヤリと笑うと剣へと変化し、黙り込んだ。気絶したのだろう。
後ろを振り返ればスコールが、更に後ろで綱にしがみ付くアリンと、ティアを抱えるヴァン。よくやったよお前ら。後は俺がお前らを引っ張り上げてやる。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ…………えほっ……がぁ!? いっ……痛ぅ……!!」
「…………っ、…………!」
山頂に辿り着くと同時、日が差した。ここには断界が存在しない。だが天の咢を攻略したという感慨に浸る余裕もない。竜化が解けた時点でティアは気絶していたが、アリンも俺が破力の供給を経ち、その副作用の痛みで意識を失った。ヴァンとスコールが痛みに悶え、ヤイヴァ意識が戻ったのか人型に戻り、珍しく気遣うような視線を俺に向けた。
「おいヴァン、痛がってるとこ悪いが、急いでリオを見てやってくれ」
「つつ、うん。…………っ!!? リオ!! 大丈夫なの!!?」
もう痛みを通り過ぎたからどうなってるか分からんが、俺の皮膚はどこもかしこも裂けているだろう。服が血でべちょべちょして気持ちわりぃ。
「なんだかんだで今まで無茶やって生き残ってきたからな。今回も平気だろ。それより……ヴァン、今日のお前、最高にイカしてたぜ」
「え!? えと、えと、その、うん。あ……ありがとう。でもさ、よくよく考えてみればリオがいなきゃどっちにしろ登るのもあそこまで戦うのも出来なかったし、なんか、感情が抑えられなくて生意気なこと言っちゃってたし……」
「いや、あれは間違いなくお前の功績だ。そして俺達を俺以上に信じ、アスタリスクとしての強い意志を見せた。お前も立派な男だ。恰好良かったぞ」
俺なりに誉めてやったつもりだが、ヴァンは顔を真っ赤にし黙ってしまい、【万能静謐】で俺の裂けた皮膚を繋ぎ始めた。なんでそこで乙女っぽくなっちゃうのかね。
「スコール、ティアに魔力を流し込んでくれ。多少はマシになるはずだ」
そしてティアも立派に自身の役割を果たした。深淵体の凶悪な攻撃に臆さない度胸。破力に精神を犯されつつも、屈せず俺達を困難から救い出した。勿論アリンとスコールもだ。サポート役に求められる判断能力の高さを、十二分に披露した。
「痛ってぇ。腕が血だらけだ。怪我なんてすんの何年ぶりなんだ?」
「名誉の証だな。土壇場であんな行動とるとは、ヤイヴァも隅に置けねえな」
「イシシシ。今回は何もやる事なかったからな。一度ぐらいオレの見せ場を作っときたかった。どうだリオ、オレもカッコいいだろ?」
最高さ。お前ら全員な。お前らと一緒で良かったと、改めて感じたよ。




