第35話 『再始動』
アスタリスクとは、同年代の子供六人で構成された冒険者達である。落ち着きのない彼らが一つの場所に長く留まることはなく、次の場所へ、次の場所へと歩みを進める。
先々での出会いは程々ながら、掲げられた新たな刺激を求め暴れる旗頭は人々の記憶に鮮烈に残り、町から町へと伝聞し、そして世界に広がる。
彼らの名はアスタリスク。深淵体を切り裂き、悩める人々に手を差し出し、見返りを一切求めずただただ名を輝かせる冒険者達。
彼らの通った後、誰もが彼らを口にし、その大きな夢の達成を祈った。誰もがなし得なかった、不可能と言われた天の咢を踏破を。
だがアスタリスクが天に輝くには、幼すぎた。天に登るために必要な力が足りず、地に落とされたのだ。
『すまない。俺のせいだ』
天の咢を踏破する上で必要な力。それはリオの持つ特別な力、破力。何物にも左右されず、ありとあらゆる存在を破壊するこの力は、死の影すらも破壊する。
天の咢を攻略する上での要であったのだが、それを扱うにリオの肉体は未熟だった。彼の目論見に、肉体は耐えきれなかったのだ。
しかしおそらくリオ一人だけならば容易であろう。同じく破力を原動力とし破術として加工出来るヤイヴァが共にいるならば、更に生存率は上がる。
しかしそれでは意味が無い。彼らは六人揃ってこそのアスタリスク。リオは仲間を保護しながらの長時間の破力の使用に耐えうるだけの肉体を得るため、食物が豊富かつ修行するに相応しい場所へ長期逗留することを決定する。つまり、リオが成長するまで旅は一時中断とし、力を蓄える事に彼らは専念することになった。
その場所に選ばれたのは森人族の里。煌霧の森と呼ばれる森林地帯であり、リオの母、レティシアの生まれ故郷であった。
第35話 『再始動』
「ほらほらあんた達、ちゃんと朝ご飯は食べたの? 毎日三食きちんと取らないと、大っきくなれないわよ?」
ヴァンに群がる子供達へと手を打ち合わせながら近寄るティア。御飯という単語に子供達は反応し、広場から蜘蛛の子を散らすように我が家へ駆けて行った。
「ティア、何だかお母さんみたいだね」
「ありがとう、でいいのかしら? 今ぐらいの事できなきゃ、あの子達ずっとヴァンに喋らせ続けるわよ?」
そうだねと半笑いするヴァンの表情に、ヴァンの方がお母さんっぽい。とティアは口にしたくなったがぐっとこらえる。
ヴァンはその容姿のせいで度々女の子扱いされ、その度に臍を曲げ、それを宥めるのに時間が掛かる。本人はカッコよくなりたいと日々努力をしているのだが、
『可愛さが抜けるどころか磨きが掛かってきている』
とリオがこっそり漏らした感想に、ヴァン以外の全員が納得し、胸の内にこっそり隠していた。
「スコールもアリンも結局昨日は戻らなかったわね。何か手掛かりでも見つけたのかしら」
「手掛かりを見つけたかどうかは分からないけど、昨夜は向こうの山の森の中で過ごしたみたいだから、そろそろ帰って来るんじゃないかな」
ヴァンの指差す方向、木々の隙間からこの場所と似たような森に覆われた小山が覗えた。確かにヴァンの目は鷹の目より優れると言われるほどに高い視力を有しているが、それでもあれだけ離れていれば特定は困難なはず。
どうやって居場所を確認したのかとティアが問うと、特殊な道具を使っているとヴァンが返す。仕組みを説明しようとしたヴァンだが、隧道のような並木道を歩く件の二人が視界に入り、手を振った。
「スコール! アリン! おかえり!」
「そっか。じゃあウルヴの森は……」
「何も残ってない」
「近くに小さな農村があったんで話を伺ったんですが、どうやら大規模な森林火災があったらしいんです。それも随分前に。全部崩れ去ってしまってて、家なのかどうなのかも判別出来ないほどでした」
ここ煌霧の森に逗留し半年が経つ頃。リオが此処から南西の方角へ少々離れた位置に、ウルヴの森が存在することを住民から教えられた。
ウルヴの森は狼人族の隠れ里であり、もしかすればスコールと義両親二人以外に生き残りが居るかもしれないという。
しかし当の本人であるスコールは狼人族への興味が全くと言っていいほど無く、リオの話を聞き流していた。のだが、
『行ってこい』
その一言と共にスコールは煌霧の森から追い出された。大事な仲間と共に居られぬ悲しみ。リオに怒られた(とスコールは思い込んでいる)悲しみでとぼとぼと歩く彼に見かね、アリンが伴を務めると後を追った。
「骨折り損……になるぐらいならリオが行かせる訳無いわ」
リオは縦横無尽無差別にあれやこれやと成す人物であるが、基本的には無駄と分かるものには手を出さない。その事を仲間達は十二分に理解しており、今回の件もリオが何かしらの意図を孕ませているのは間違い無いとティアは頷く。
「昔の事、ちょっとだけ思い出した」
民家があったと思わしき場所に、焼け残っていた酒瓶。それはスコールに見覚えのあるものであった。
誰かに出来損ないと言われながら、それと同じもので額を殴られた気がする、とスコールは語る。悲痛な過去ではあるがその点については掘り返さず、ヴァン達はスコールが出来損ないと言われた意味を模索した。
だがスコールに欠点らしき欠点は無く、戦闘民族と言われた狼人族らしい身体能力をスコールは兼ね備えている。
「うーん、情報が少なすぎて何とも……。リオなら知ってるかなぁ」
「多分教えてくれない」
だろうねと頷くヴァン。教えるならばわざわざ遠出させることも無い。きっとそれはスコールの為になる事なんだろうと、ヴァンは納得することにした。
「あと、こんなものを見つけました」
そう言って背負った袋からアリンは石を取り出した。アリンの両腕で抱えられる大きさであり、厚みは小指の長さほどある、平たく青みがかった岩盤であった。
「何それ。石板?」
ティアが石板と呼んだ石の表面をなぞる。風化していて今一判断が付きにくいものではあったが、薄っすらと絵のようなものが彫られている。月か太陽か、天に浮かぶ丸い何かを見上げ、口を大きく開く獣の姿である。
「下に何か文字みたいなのが彫ってあるけど……僕達が使ってる文字じゃないね」
「何千年と大昔に作られた石板だと思うんですが……。確証できることと言えば、書かれている文字が“エスウル語”で無いことと、そもそも石板そのものの素材が周辺一帯で取れるものではないことからして、おそらく“向こう側”にあったものではないかと」
指先ほどしかない小さな金槌で石板を叩きながら推察するアリンに、ヴァン達は天の咢を見上げた。この岩山の向こう側と、こちら側と、一体どんな繋がりがあるのか。リオの話では彼の曾祖父であるアークの故郷が向こう側にあると言う。世界を隔てる謎の存在。そもそも何時からあったのか。疑問の尽きない天の咢という物言わぬ壁を、四人は何故か疎ましく感じた。
「うみぃーっす」
気の抜けたもごもごとした挨拶に四人が顔を向けると、大きな薄く丸い焼き菓子のようなパンを咀嚼しながら歩くヤイヴァであった。
口の中で咀嚼していたものを一気に飲み込み、食べ飽きたとスコールに押し付け、どっかりと丸太の椅子へ座る。
「スコールとアリンが帰って来ててちょうどよかったぜ。朗報だ。そろそろ仕上げに入るってよ」
とうとうその時がやってきたと四人が顔を示し合わせる。立ち上がるヴァン達に対し、ヤイヴァは疲れたから運んでくれとアリンへしな垂れかかる。しょうがないですねとアリンは苦笑し、剣へと変身したヤイヴァを背と荷の間に挟み立ち上がった。
「入って、どれほど経つ?」
「丸一日が経過しました。それにしても……うっ」
森人族の王、リュシアン・メルフェイエは気絶しかけた付き人を下がらせた。彼が見つめる洞穴からは得体の知れない殺意の波濤が漏れ出し、死神が死へと引きずり込もうとこちらに手を伸ばしているかのように錯覚させた。
煌霧の森の外れには絶対立入禁止区域が存在し、その理由がこの洞穴、断界穴であった。中は迷うことない唯の一本道で、突き当りには何もなく、広い空間だけがある何の変哲も無い洞穴である。
しかしその何もない空間は丁度真上が天の咢の影に覆われる場所であり、地中にありながらも断界の死の影が覆い、命を奪おうと鳴り響く、げに恐ろしき洞穴であった。
この断界が外へと伸びることは、少なくともリュシアンが生きている間は一度きりも無い。にも関わらずこのおどろおどろしい力は洞穴から溢れる。それは、断界の生み出す死の影とは別の存在が洞穴の中に潜み、その力を開放しているからであった。
リュシアンがその力に耐え洞穴の前に佇んでいると、打ち寄せる力は徐々に小さくなる。やがてかつかつと洞穴から反響音が響く。
暗がりから現れ太陽に照らされたのは、美しく長い紅髪をした少年であった。
「とうとう一日を耐え抜いたか。天を超えるには、十分過ぎる力を身に着けたようだの」
「ああ。他に問題が無さそうなら明日には出立する。世話になったな、リュシン爺ちゃん」
「なに。孫たっての願いとあっては断る理由はない。それも万能と言われた賢王子の頼みだ。誉れですらある」
森人の王。魔人の王子。その地位だけ見ればリュシアンの立場が上であるが、二人は気安く語り合う。それは親族だからではなく、森人族が初代魔王アークを崇めており、その末裔である王子も尊き存在として扱っているからである。
王子が里へと続く道を歩けば、遠目からであっても誰もかれもが足を止め、その場に傅き、頭を垂れる。王子が放つ力の余韻に、恐怖するどころか恍惚とした表情をする者までいた。
「何ならこのまま逗留し続けても構わんぞ。求心力のあるリオならばここを統括するのも容易いであろう」
「なに勝手に王座に据えようとしてんだ。明日出立するって言ったばっかだろ」
毎度毎度この手の話を持ち掛けられリオは辟易としていた。実際、崇め奉り拝む程に彼への森人族の信仰は厚い。
リオはそれを鬱陶しく感じており、だからと言って頼みを聞き入れた森人族達のリオへの信奉を無下にする訳にもいかず、甘んじて受け入れていた。
「リオスクンドゥム様。お食事、湯浴み。どちらも準備は整っております。如何なさいますか?」
気付けばリオの足元には数人の森人が片膝を付いており、少々離れた場所でも使用人と思われる者達が衣服や茶器、水瓶を手に持ち待機している。
「風呂だ。あぁ、そういや、今日は“舞燐の日”だったな。丁度いい。俺達がここで過ごすのも、多分今日が最後だ。盛大に祝ってくれ」
リオがそう言うや否や、使用人達は一斉に散っていく。リオの言葉を命令と受け取り、それを確実に遂行する為である。やはりここに留まらないか、というリュシアンの誘いを、リオは改めて拒否し、自身を見つけ駆け寄る仲間へと足を向けた。




