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第00話 『今日は※※※※にはいい日』

 お前は、一度でも考えたことがあるか? 自分がどんな時、どんな場所で、どんな結末を迎えるのか。苦痛のない死に至る(やまい)? 痛みすら感じさせない不慮の事故? 家族に看取られながらの避けられぬ寿命? 曖昧ながらも、どうせならこんな風に死にたいと。 

 俺はある。適当に……いや、違うか。いい加減に選んだ、今現在通う高校をいい加減に過ごし卒業して、その辺の小さなブラックとでも呼ばれる会社にでも入り、満たされているような、いないような退屈な、無意味な人生を送って、ひょんな所で体を壊し、くたばる。

 まぁ、あれだ。何の変哲も無いつまらん死に方をするのだろうと、俺の性格からすればそんなもんかと決めつけていた。


 それが俺の、鳴世遊慈(なるせゆうじ)の人生だと思っていたんだ。だが、現実ってやつは、想像よりも、想像以上だった。


 俺が死んだその日。怖くなるほど澄み切った、雲一つない青空。ぽっかりお天道様が浮かぶ日。





 第00話 『今日は※※※※にはいい日』





 偶の休日は、じっちゃん家の古き良き日本家屋に備わる縁側に寝そべり、木々の葉が揺れ野鳥と奏でるコーラスを子守歌に昼寝。もしくは昔、父さんと二人で庭に作ったウッドデッキで、太陽の光と冷えた珈琲を味わいながら、暖かさと冷たさを同時に味わう。そんなちょっとしたなんて事のない行為に耽るのが、俺のお気に入りの日常だ。

 今日は朝っぱらから太陽が燦然と煌めき、まさに俺にとってナイスな日なんだが、テレビを見ればどのチャンネルでも、オラお出かけ日和だぞ外出ろ金落とせ、と国民を煽っている。俺は天邪鬼だからそんな企業の思惑に逆らいたくなるなるのだが、今日は一国民として経済に貢献する為に、喧騒と雑踏が蔓延る都会の一角、アクセサリー店に足を踏み入れた。今日しか空いてる日無かったんよ。


「ありがとうございましたー」


 店を出て購入した物を箱から取り出し、太陽に翳す。黒を基調に、透き通る紅紫色の羽を広げた、小さな硝子の蝶のブローチ。乱反射した紫色の光が零れた。

 明日は妹、綾音の誕生日だ。これはその誕生日プレゼントとして見繕ったもの。平日の帰宅途中以外であまり都心に来ない俺が、ここまで足を運んだのはこの為だ。安物だが、家族へのプレゼントとしては丁度いいんじゃなかろうか。一人満足して箱にしまい元に包装し直した。

 現在の時刻、午後二時。さて、どうしようか。休日の都会での過ごし方にあまり慣れてないから手持ち無沙汰だ。帰って積みゲーでも消費しようかと悩んでいたら、ポッケのスマホがブルブルと揺れた。メッセを確認すれば、一年一学期からつるむ友人、橘功太から。その橘の妹、美咲ちゃん、そして綾音の三人でゲーセンにて戯れているらしい。お前も来ないか? とのことだ。丁度いい暇つぶしになるな。正直、ゲーセンのように喧しい場所は好きじゃないんだが、偶にはいいか。


 店に入る前より強くなった日差しに気づいて、空を見上げた。怖くなるほど澄み切った、雲一つない青空。ぽっかりとお天道様が浮かぶ。





 視界が一瞬白く染まり、立ち眩んでしまった。日光を直視すんのはよくねぇわな。









 ――橘功太。桜岡高校へ入学し、一番最初に出来た友人だった。彼との出会い。それはそれは美しい邂逅だった。


「……てめぇ、朝からずっと俺の事睨んでたよな? 喧嘩売ってんのか、あぁ?」


 高校生活初日。彼の言う通り、俺は朝から気になって気になってしょうがなかった。初めて会った時から心惹かれた。強面でむすっとした彼に、この胸に詰まった思いの滾りを、言いたくて、言いたくてしょうがなかったのだ。


「実は……っ、君に、どうしても伝えたいことがあるんだっ」


 俺は自分の気持ちに嘘をつくのを止めた。真っ直ぐ偽らずに、俺の想いがちゃんと伝わるように。真剣な眼差しで、ありったけの心を込めた言葉を彼に送ろう。


「な、なんだよ。まさかてめぇあっち系の……」


 俺から何を感じ取ったのか。顔をこわばらせ、足を半歩後ろに引く橘。やはり、俺の言葉は届かないかもしれない。彼を傷つけてしまうかもしれない。でも、それでも、俺は言わなければならない。迸る感情に、自分を抑えることなどもはやできなかった。今の俺を、誰も止めることなど出来やしないのだ。


「あの……その……。あのね? あなた、社会の窓、開いてるの……きゃ、言っちゃった///」


「はぁ? ……どわあぁ!? マジだ恥っず! いつからだ!?」


「一限目終わった後の休憩からだ。いやぁ、怖い顔してっけどイキってるようにしか見えなくて笑えたぜ」


「早く言えよ!? クッソ、やたら周りの連中の視線が刺さると思ったらこれのせいかっ」


「いや、それは俺が「あの子、露出癖持ちなの。じっくり観察してあげて(はぁと)」って一人一人に吹聴したからだな」


「歯ぁ食いしばれやっ!! ――





「今にして思えば最悪の高校生活の皮切りだったな」


「元凶はお前だよユウジ。あの日のことが原因で担任にも生徒指導の鈴木にも目つけられるし、暫くクラスで浮いちまったろうがよ」


「コウは強面も手伝って完全に危ない奴扱いされてたな。はは、ざまぁ」


「ぐ、別に俺は……はぁ、もういいわ」


 溜息をついて肩を落とすコウ。やんちゃだった彼も俺と行動を共にするうち、落ち着きを持つようになった。きっと気苦労が絶えないのだろう。妹の美咲ちゃんが最近妙に腹黒いせいか……


 ……一瞬視界が白く染まったが、すぐ元の色を取り戻した。店を出た時の事といい、一体何なんだ? 風邪か? 何度も目を瞬かせ、手を握ったり開いたりしたが、特段異常はない。視線を戻せば、綾音と美咲ちゃんが楽しそうに遊ぶ姿が見える。気のせいか。


「にしても美咲ちゃん、ハードモードもクリアできるようになったのか」


「みたいだな。綾音ちゃんと最近部活帰りここに入り浸ってる。小遣いが~って最近うるさいんだよ。バイトまで始め出した」


 そう言ってコウは顔を顰めた。コウは昨年の半ばから、将来の為、又自らの汚名を払拭する為に遊び人から真面目君へとジョブチェンジしている。そんな彼にとって、部活とアルバイトに精力を傾け、ゲーセンに入り浸り勉学を疎かにしている妹の将来に、一抹の不安を感じずにはいられないようだ。

 その魅惑溢れる空間へと引き込んだ張本人である我が愚妹、鳴世綾音は美咲ちゃんと共にピコピコポンポンとゲームに勤しんでいる。当初は綾音が橘家にお邪魔していたようなのだが、コウが買い物に行こうと外出しようとした際、せっかくだからと美咲ちゃんと共に便乗してついてきたらしい。

 ……綾音はともかく、美咲ちゃんのことだ。綾音を笠に着てコウに奢らせる魂胆で出てきたに違いない。


「~~♪~~~♪、♪、~~~~っ♪」


「いやしかし綾音ちゃん、相変わらず凄まじいな。筐体がずっと金色に輝いてるぞ」


「もはや凄いを通り越して気持ち悪い」


「~~~~♪♪♪、♪♪♪、♪♪♪っ♪」


「おいユウジ、またパーフェクト出しそうだぜ……あ、おい」


 どや顔でパネルを叩き続ける綾音の背後へ、右人差し指を構え、そっと這いよれ遊慈さん。


「~♪~♪~♪~♪♪♪♪、~♪~♪、パー♪、フェ♪っク♪、とひゃあああああああああ!!?」


「っ!? どうしたのあやねっち……って、ユウジさん……」


「……まあ、ユウジが黙って見てる訳無いよな」


 俺のゴールドフィンガーに綾音は数々の筐体が発する音以上の嬌声を店内に響かせた。俺もお前も敏感肌だからね。しょうがないね。


「何すんのよお兄ちゃん!? 最後の最後でズレちゃったじゃない!! ああああもうあとワンコンボだったのに~~~~っ!!」


「悪気はない。お前の偉業を誉めてやろうと思ったんだよ。この曲で鬼モードオールパーフェクトなんだろ? おめっ!!」


「たった今失敗したでしょ! 誰かさんのせいでっ! 普通女の子の背中無言で指でなぞる!? やり方もタイミングもどう考えたって悪意まみれでしょ! エッチ!」


「……小娘がいっちょ前にエッチだって。ププッ」


「ムキイイイイイイィィィィィィィッ!! このっ! このっ! コンニャロウがっ!!」


 筐体の台から飛び降りた綾音は顔を真っ赤にし、俺の弁慶の泣き所へ怒りのローキックをかましはじめた。


「ハッハァ! 効かん! 効かんなぁ! 我が肉体に綾音神拳は効かぬっ」


「……フンッ、フンッ、セイッ! ハァ!!」


「き、効かぬと言ってあ、待って、あぁん! 流石に、い、痛いわ! あぎゃん! 折れる! 折れちゃうぅ!」


「ねぇコウにぃ。現役サッカー部員の蹴りの威力って、どのくらい強いのかな?」


「さあな。ただ、体格や蹴り方にもよるが、瞬間衝撃力は一トン近くでる場合があるって、どっかで読んだことあった気が……」


「セイヤァ!! オラアッ!! チェストオォ!!!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」





「大丈夫かユウジ? 生まれたての小鹿みてえになってんぞ?」


「む、武者震いだ」


「何と戦ってんだ、何と」


 くそう。綾音の奴、下半身がプリンよりプルプルして動けなくなった俺のケツから、今や過疎化した財布を抜き取って、貴重な住民である野口を拉致っていきやがった。そのままじゃ他国(筐体)に売れないからとバラバラ(両替)にする始末。あまりにも猟奇的すぎやしないか。


「許すまじ……許すまじ綾音……!」


「自業自得だっつの」


 俺の金を惜しげもなくホッケー台に投入した綾音は、美咲ちゃん相手に激しい戦いを繰り広げている。負けたら相手にアイスを奢りだそうだ。現役女子サッカー部員だけあって綾音のフットワークはなかなかのものだが、美咲ちゃんも負けていない。実に嫌らしいポイントをついて綾音を翻弄している。


「次は2on2で行くわよ、お兄ちゃん!」


 ……ゆったり穏やかな日常が、空虚であっても俺が求める生活。だが、こうして誰かと馬鹿騒ぎしてりゃ、それも多少は気がまぎれる。昔のままの俺だったなら、どうなってたかな。あぁやっぱ変わんねぇかも。そりゃ色々あったが、そこそこ満足してるよ。


 だから、今日は……


「ん? どうしたユウジ? 気分悪いのか?」


 まただ。景色が白くなる。何故か“あの言葉”が脳裏をよぎった。足が床を踏んでいる感触が薄い。ふわりと体が浮きそうになる。


「っ、ユウジさん、大丈夫ですか?」


「もう、お兄ちゃんまた体調悪いの隠してたの? 帰って休も? ………お兄ちゃん?」


 俯く俺を覗き込んだ綾音の瞳が焦点に定まったその時、耳が痛くなるほどの低い音が周囲に響き、形容しがたい爆発音と共に凄まじい揺れが、俺を、俺たちを、この町一帯を襲った。


「っ、地震だ!! でかいぞ! おいユウジ! 大丈夫か!? 動けるか!?」


「うっ、ぐっ! 平気だ。お!? おわあああああああっ!!?」


「きゃああああああああああ!!?」


「いやああああああああああ!!! お兄ちゃあああああん!!!」


 もはやまともに歩行することすらままならない。こんな大地震……地震? これは、地震なのか? いやまて、どうしてそんなこと疑問に思う?


 おい、誰だ “俺を見てるのは?” 俺が、この揺れの……中心に……


 抱き着く綾音を見る。駄目だ。俺の傍に居ちゃいけない。しがみ付く手を振りほどき強く綾音を突き飛ばした。揺れは更に激しさを増す。軋む天井に目を向ければ亀裂が放射状に走り、俺が感じた恐怖に答えるように崩れ、瓦礫が降り注いできた。









「…………いちゃんっ! お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!」


 誰かの叫び声が鼓膜を叩く。頬を何か温かいものがなぞっている。なかなか開こうとしない目蓋を懸命に開けば、俺の左手を握りしめた綾音が、大粒の雫を垂らしていた。でもその感触が、温もりが、俺の意識が、薄い。気を抜けば、簡単に再び失神するだろう。


「ユウジさん!! お気を確かに!!」


「おいユウジしっかりしろ!! 今っ、助けてっ、やっかんな!」


 美咲ちゃんの顔も見える。コウが俺にのしかかる瓦礫を持ち上げようと、必死になっている。腹から背中へと続く異物感。どうやら瓦礫の鉄筋が俺の体を貫いて、床に縫い止めているようだ。これは無理だ。どうやっても動けない。


「……コゥ…………ォィ…………コ、ゥ…………」


「コウにぃ! ユウジさんが!!」


「どうしたユウジ!? ってうお!?」


 震える腕に力を込め、コウのシャツの襟首を掴み、耳を俺の口元へ強引に近づける。


「…………、…………、……、…………」


「!! ユウジ……何も、こんな時に……」


「…………行け」


 万感の思いを瞳に込め、コウを睨む。さっきの揺れは、また襲い掛かってくる。逃げてくれ。逃げてくれ……。


「っっっっ、糞があああ!! おいユウジ!! 直ぐに戻ってくっからな!! くたばったら承知しねえぞ!! 美咲!! 綾音ちゃん!! 行くぞ!!」


 綾音と美咲ちゃんの手を握り、コウは走り出した。綾音のこと、頼んだぜ。


「なんで!? お兄ちゃんは!? どうしてお兄ちゃんを置いていくの!? 離して!! 離してよお!! お兄ちゃん!! お兄ちゃああああん!!」


「っ! ユウジさん!! ユウジさん!!」


 遠ざかる二人の声。他にこのフロアにいた人達も、とっくに避難したようだ。ここには、この空間には今俺一人しかいない。外は大パニックだろう。だがその騒ぎも、遠い世界のことのように感じる。


 体から血が流れ落ちて行く。体が空っぽになってくからか、全身がなんとなく、ふわふわと軽い。……死が近い、んだな。俺という命の灯が、小さくなっていく。

 不意に思い出し、バッグに入れた綾音へのプレゼントを取り出した。箱は潰れてくしゃくしゃになり、隙間からぽろぽろと破片が零れた。震える手で箱を開ければ案の定、小さな蝶のブローチは方羽が砕け、残った羽にもヒビが入り、細い触角が無くなっていた。

 崩れた天井から、空が見える。震える手で砕けた蝶を翳せば、乱反射する紫色の光が零れた。


 死への恐怖。感じない。俺、思ったより潔いな。この世への未練は……そう、だな、綾音の誕生日、祝ってやりたかったな。

 他には……特に、無ぇなぁ。日々を楽しく、刹那的で、どこか空っぽの日常を歩んできた俺だ。今だけを望み生き、明日の事で必死にならなかった俺が、将来の夢や希望など考えたことは無かった。しかしまぁこんな形で幕引きになるとはな。もう一度、空へと目を凝らす。


 怖くなるほど澄み切った、雲一つない青空。ぽっかり浮かぶお天道様。これが俺の最後に見る光景か。こんなにも清々しくなれる日に似合う言葉はなんだろうか。


 ……そうだ。さっき思い浮かんだ言葉がぴったりじゃねえか。誰も見てねえけど、どうせならカッコよく、潔く死んでやる。お天道様のお膝元で死んで逝くんだ。悪くない。ホントに





「今日は、死ぬには良い日だ…………





 再び大きな揺れに“襲われる”。再び遠くなる意識の中で、お天道様が、冷たくなってゆく俺の体を、最後まで暖め続けた。

























 白い。何もかもが白い。自分が何を考えているのか、何を見ているのか、何を聞いて、何を感じているのか。空間も時間も、自身の存在すら、認識できない。









 悠久だったのか、一瞬だったのか。少しずつ、少しずつ。覚醒する意識は白い世界に色を付け始める。



 俺は…………そうだ、俺は…………



 徐々に蘇る記憶は俺の存在を確固たるものとし、やがて白い世界が、吹き飛んでいった。

















 ぼやけた視界。まるで山腹の濃霧のようだ。だが不安は一切ない。そんな靄の中現れたのは、俺を見つめ、柔和に微笑む女性。美しすぎる容姿は、まさに天使という言葉がぴったりだった。

 彼女は俺よりずっと大きいのだろう。抱き上げられ、ゆらゆらと揺すられた。どうやら俺は、天国に来たようだ。この女性の腕の中はさながら、天使の揺り籠と言ったところだろうか。心地よい温もりと香り。無意識に、女性の顔へと手が伸びる。


 触れようとする俺の手。それを見た瞬間。脳内を驚愕と困惑が渦巻き、そこで完全に、意識が覚醒した。なぜなら





 俺の手が、赤ん坊の手になっていたからだ。





私の処女作になります。

どうか、主人公と一緒に笑ってやって下さい。

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